日比谷健治の心情 3
「で、どうなんだよ? それとも、オレにすら言えない事か?」
その場から少しも動いていないのに、眼前へと迫られて、威嚇されているように感じてしまう。
いつだってそうだ。高圧的ではないけれど、気持ちが半端じゃないほどに込められた、健治の言葉や態度には、心へ訴えかけてくるものがある。
……だから、俺はいつもコイツには嘘が吐けなかった。
「わかったよ。ああ、そうだ。俺は今凄く悩んでいる」
「やっぱりな」
「けど、これは自分で解決しなきゃいけない問題なんだ」
俺が死んでしまっている事なんて、今の健治は信じられないだろうし。
そもそも、俺が死んでいると、悟られたくない。
わざわざ記憶が書き換えられているというのに、そんな事をもう一度、コイツに教えてしまったら……。
きっと、俺以上に苦しむことになる。
それだけは、どうしても避けたかった。
「そうか……」
そう、ぽつりと呟いた健治は、難しい顔をして頭を掻く。
こうやって反抗するのも、いつ以来だろうか。
思い返すたびに、喧嘩したり仲良かったりと、色々な思い出が溢れてくる。
そして、その度に俺は泣きそうになってしまう。
その思い出を頭から振り払った時、そんな俺の姿を見て、健治も何か思ったらしい。
つぐんでいた口から、言葉が続けられた。
「なあ晃……いつだっていいからさ、何かあったらオレに言ってくれよ」
「何だそれ?」
「何だそれ? じゃねぇよ。お前はいつだって、何でも一人で抱え込んで苦しむだろ。もう、そんな姿は見たくないんだ」
悲しそうな健治の顔を見て漸く理解した。
そうか、俺がアイツを見捨てられなかったのは……。
アイツが俺と似ていたからだったのか。
数年前の雨の日にお前がアイツと喧嘩していたのも、きっとそれが原因だったんだな。
そして、きっと……俺が死んだことは覚えていないはずだから、おそらく感覚的な物なんだろうけれど。
――――健治は俺と、もう会えないってことに気付いたんだと思う。
「それに、オレが苦しんでいた時、お前は黙って側にいてくれた。愚痴を言ったら付き合ってくれたし、いつでもオレの味方で居てくれた。そのことは本当に感謝しているんだぜ?」
「そう、なのか」
「ああ、そうだ。……だから、何かあったらいつでも頼ってくれよ。オレ達、親友だろ?」
「―――」
何か返事を返さないといけないのに、言葉が口から出てこない。
ああ、そうか。
あのお世辞を並べたような弔辞は、コイツの本心だったんだ。
何の飾り気もなく、いつだって真実を見抜いてきた健治でも……。
親友と言える人を失ってしまった苦しみは、抱えきれないほど重たいもので。
俺との記憶を、かけがえのないものとしてしっかりと覚えていてくれて。
そして、もう二度と叶えられない約束の代わりに、こうやって花を届けてくれているんだから。
「まあ、その時にはついでに『猫の手』を借りなきゃだけど。……いや、それだけじゃなく、『孫の手』も借りなきゃいけなくなるかもな。なにせ、片手しか使えねぇから」
また、そんな風にへらへらと笑いながら、小さい右手を楽しそうに降る。
そんな冗談、俺はぜんぜん笑えねぇよ。
誰の手を借りなくても、お前のアドバイスは、いつだって俺の手を引いてくれたんだ。
だから、自分を卑下するようなことを言うな……!
「今のオレだと、あの時のような無茶は出来ない。その分、今まで以上に、誰かに支えてもらわないといけなくなった気がするんだ」
この言葉が、健治の本心だってことは、聞くだけで分かる。
でも、俺にはそれが出来ない。
今まで散々助けてくれた、お前に恩返しをしてあげられないんだ……!
「だから、晃もこれから先オレの右腕でいてくれよ? お前以外、頼れるやつがいないんだから」
「―――ごめん、本当に、ごめん……っ!!」
「おいおい。何泣いてんだよ、らしくねーな」
「……うっせぇ」
そんな事を言われて、涙を堪えられるわけがないだろ……!
俺の事をずっと考えてくれた親友に、俺は何も返すことが出来ない。
これほどの苦しみが、あってたまるかよ……っ!
―――でも、きっとお前もそうだったんだよな、健治。
だから、あの葬儀の弔辞を受けてくれたんだろ?
普段は人前に立ちたがらないお前が、あの時、あの場に出たのはきっと……。
「っと……もうこんな時間か。名残惜しいが今から出勤しなきゃいけないんだよな」
「それは仕方がないよな」
健治は生きている人だ。
それに、スーツ姿ということは、社会人なのだろう。
それなら、俺がこの場にコイツを留め続けるのは良くない。
俺が死んでしまっても、健治には健治の人生があるんだから。
「じゃあ、また今度な」
「―――ああ、また今度な!!」
声がでけーんだよ! と笑いながら車椅子は後ろを向き、ゆっくりと前へと進みだす。
その後ろ姿に、思わず手を伸ばした。
「(置いて行くなよ。―――なんてな。)」
ありがとう、健治。
もう二度と会うことが無い、俺の唯一無二の親友よ。
お前の人生が幸せになる事を願いながら、俺は先に行ってるからな……。
伸ばした手を下げる頃には、もう公園の中に健治の姿はなかった。
本当に、最後の別れだって今更のように理解したのか、一度止まっていた涙が頬を伝った。
「―――大丈夫?」
「大丈夫……なわけないだろ……っ!」
「そう、だよね……」
空気を読んでいてくれたのか、案内人は今になってようやく話しかけてきた。
彼女は俺と同じように悲しそうな顔をして、健治の姿が消えた公園の入り口を見ている。
その表情をみているうちに、段々と涙が収まっていく。
癒されたとかそう言ったわけじゃなくて……ちょっとした焦りから。
―――実は案内人の事を忘れていた、なんてとてもじゃないが言えない。
「また今度……って言っちゃったけど、いいの? 別れを告げるために戻って来たんだよね?」
「……」
「まあ、いいけどね。どんな理由だったとしても、最初と考えていることが変わったとしても、私はあなたを案内すると決めたんだから」
「……すまない」
「それにしても、ズルいよね。あんな切り出し方されちゃったら、また今度って言いたくもなるよ。私でもきっと、あなたと同じように答えちゃうだろうなぁ……」
なんて、そっぽを向いて淡々と言っているけれど、頬を流れる涙の跡は隠しきれていなかった。
なんだかんだ言っているけど、やっぱり俺よりも泣き虫じゃないか。
そう思ったら、なんだか落ち着いた。それに、少し気が楽になった気がする。
やはり、コイツには何かしらの力でも備わっているんじゃないかと思わざるを得ない。
「じゃあ、次に行く?」
「ああ、流石に話し過ぎた気がする。早く次に向かおう」
名残惜しいけれど、これでいい。
俺に与えらえた時間制の奇跡は、得ることが出来ただけでも運がいいんだ。
高望みしすぎてしまったら、きっと罰が当たる。
それに……限られた時間だからこそ、俺が幸せだったんだと知ることが出来たわけだしな。
―――結局、別れの言葉は言えなかったけど。
仕方が無いので、健治がさっきまで立っていた場所に向けて祈る。
じゃあな、健治。
俺のようになるなよ……。
『私のようになったら、絶対にダメだからね……!』
「……?」
「どうかしたの?」
「今、何か言ったか?」
「え、何も言ってないけど?」
「ならいいんだが……」
ただの気のせいか?
……いや、確かに聞こえた。
案内人の声で、俺と同じような事を言っていたはず―――。
「ぼーっとしていていいの? 時間は?」
「そうだ! こうしている暇なんてないんだった!」
とりあえず、聞こえた声の事は無視しよう。
特に役に立つようなことを言っていたわけじゃないし、今はそんなことに構っている余裕はない。
「行く先は決めてるの?」
「ああ、この時間帯で会える人と言ったら限られるしな」
健治と長時間話していたけど、まだ午前中の早い時間帯であることに変わりはない。
そんな時間に家族に会うことはできないだろう。
だとしたら、ゼミメンバーも同じかもしれない。
同い年の健治が社会人になっていたということは、少なくともあれから一年は立っているはず。
……だとしても、あの人になら会えるかもしれない。
次の目的地は、俺の学び舎。
そう、清綾大学だ。
《『黄泉還り』終了まで あと22時間半》




