寺田晃の悲劇 3
「どうして、お前まで……」
「悲しいからに決まってるじゃないですか! 本当はこの光景を、あなたに見せたくなかったんですから!!」
涙を振りまきながら、俺へと投げかけられたその怒声で、はっと我に返る。
苦しそうに体を震わせながら、隠すことなくぽろぽろと涙をこぼしている案内人は、とてもではないが、嘘を吐いているようには思えなかった。
「……だからって、泣くなよ。泣き虫」
「う、うるさい! です!」
そんな姿を見ているうちに、俺の涙は自然と止まっていた。
自分が泣いたら、他人の悲しみを収める力でも持っているのか?
ファンタジーじゃあるまいし、そんなことはないか。
「死んでいるのに感情があったり、目から涙が出たりする理屈がよくわからないんだが」
「私だって知りたいですよ、そんな事!」
案内人を名乗っておいて、その辺りの知識は無いのかよ。
……でも、ここまでしておいて、このままあの世に連れていく、なんて野暮な真似はしないと思いたい。
最近、話題になっている異世界転生とかはごめんだが。
相変わらず、案内人は両腕で涙をぬぐい続けているけれど、流石に泣き止むまで待っていられない。
話が進みそうにないから、俺から言うしかないか……。
「それで、俺が死んだ事実を見せてどうする? そんなことをしたって、このままあの世行きなら―――」
「……そんなこと、させませんっ! そのために、私は居るんです! ……あと十秒、待ってください……。少し落ち着きますから……」
「ん……っ!」
そう言って深呼吸をし始めたのだが、ラジオ体操の深呼吸だった。
思わず笑いそうになるが、寸前で堪えた。
本当にそんなので落ち着けるのか……?
「今笑いましたよね?」
「わ、笑ってないぞ!」
「……そうですか」
訝しげな視線を向ける案内人だが、最初のころに感じていた人物像からはすでにかけ離れている。
……もし、これがすべて計算ずくなら、大したものだ。
「すみません、落ち着きました。本題に入りますね」
「異世界転生ならお断りするぞ」
「イセカイ、テンセイ……? 何のことでしょう?」
おっと、違ったようだ。
だが、それなら一体何だって言うんだ?
別人として転生? 死に戻り? それとも、別世界と化したこの世界に再生するとか……?
いや、流石に最後は無いか。
あの話は前衛的過ぎてウケが悪そうだし、おまけにグロテスクな世界観だしな。
「それなら、何をするんだ」
「一日だけ、貴方が生きていた世界に帰してあげられます。それが、私の仕事ですから。……もちろん、条件付きですが」
「……帰れるのか!? 現世に!?」
「ち、ちょっと落ち着いてくださいよ!」
「それを早く行ってくれよ! どうすればいい! どうすれば元の世界に戻れる!!?」
早く教えてくれ!
俺にはやりこのしたことが沢山あるんだ!
こんな所で死んでいるわけにはいかない。
これからの人生を、もっともっと楽しんで―――!
……ちょっと待て、案内人はなんて言った?
「生きていた世界に帰してあげられます」
ああ、喜ばしい限りだ! 是非とも帰してほしい。
……けど、何かしらの制約があるはずだ。
「もちろん、条件付きですが」
どんな条件だって呑んでやるよ!
生き返れるなら俺は何だってやってやる!
「……一日だけ」
―――ああ、そうか。
俺が戻れるのは、たったの一日だけだった。
「いい加減に落ち着けバカ!」
「……っ!」
「あ……っ、その、えっと……」
ずっと肩を掴まれてゆすられていた案内人は、罵声を浴びせながら俺の体を無理やり引きはがした。
そのころには、もう、俺は脱力していたわけだから、もちろん、地面に叩きつけられる。
―――いや、実際には地面なんてないわけだから、その場で転げただけなんだが。
それでも、案内人はまたもや泣き出しそうな顔をしていた。
いい加減にしてくれよ……泣きたいのはこっちだって……。
「一日だけ、なんだな」
「……はい。そうです」
「ちなみに、条件は?」
「……その前に、一ついいですか?」
「―――何だよ?」
一向に泣きそうな顔をしているままの案内人に、またもや俺は苛立ちを感じていた。
コイツが悪い奴じゃないってことはわかってる。
けど、こうやって泣かれても、どうしようもないだろ。
俺も、涙もろい方だから、人のことはいえないかもしれないけどさ。
そんな事を考えているうちに、彼女は息を大きく吸って、吐き出した。
……なんだよ、結構普通に深呼吸できるんじゃないか。
笑って損した。
「あの時どうして飛び込んだんですか? 死ぬ可能性だって充分にあったと、理解出来なかったわけではないでしょう?」
「! それは……っ!」
案内人に感じていた、さっきまでの苛立ちが、一気に吹き飛ぶ。
確かにそうだ、俺はどうして、あの時飛び込んだんだ?
飛び込むことで自分が死ぬ可能性なんて、充分にあったはずだった。
男の子の元にたどり着く前に、彼が流されてしまう可能性だってあったし、共に流されて意味のない救助になっていたことも十分に考慮できたはず。
それなのに、俺はどうして……。
―――そうやって、考え込んでいるうちに、なぜかアイツの困った顔を思い出した。
いつもアイツはそうだった。
強情な割に、厄介事をすぐ抱え込んで、一人で解決しようともがき続ける。
その姿を見ることが、俺は嫌だった。
目の前で苦しんでいるのに、何もできないなんて。
それこそ、俺が居る意味が無い。
だから……。
「あの時、飛び込んでおかないと後悔すると思ったんだ」
「後悔する、って……。飛び込んだ結果がこの結末ですよ!? わざわざ自ら死に赴くような行為をして、こっちの方が後悔するに、決まっているじゃないですか……っ!」
「もちろん後悔しているさ。あの時見捨てていたら、俺が死ぬことはきっとなかったし、また、いつものようにみんなと一緒に過ごせていたんだと思う」
「それなら……!」
案内人が言っていることは正しい。
あの時の俺は、きっとどうかしていたんだと思う。
誰かのために、何かできないかと焦った結果がこれだ。
どうしようもない、愚かな死に様になってしまった。
……それでも。
「それでも、あの時、あの場に俺が居たから、あの子は無事に救助できた。もしも、俺が川に飛び込まなかったら、あの男の子は間違いなく死んでいたと思う。そうならなかっただけでも、俺の死は無駄じゃないはずだ」
「……そう、ですか」
だから、俺の行動が貶されるとしても、正しかったと言い続けてやる。
人命救助に大事なのは何よりも結果だ。
過程でどれほど優秀だったとしても、実践やその行動によって起きた出来事の方が、圧倒的に言いに決まってる。
「―――それなら、私から言えることなんて、ないのかもしれなませんね」
俺の言葉を聞いた案内人は、またもや大粒の涙を目に溜めている。
けど、今回ばかりは思いとどまったようだ。
目を閉じて大きく息を吸っている。
本当に、ずっとこんな調子だと、なかなか話が先に進まないな。
案内人と名乗っている割には、あまり信用できそうだとは思えない。
それに、そのたどたどしい口調も良くないな。
そんなことで時間がかかってしまうのなら……。
「では、条件を……」
「なあ、いい加減、普通に話していいぞ」
「え……?」
「そっちの方が俺も気を使わなくて済むしな」
「……」
正確に言ったら、敬語よりもタメの方が早く伝わりやすいから、という理由なんだけど。
俺の言葉を聞いた案内人は、少し考えこむような仕草をする。
そして、意を決したのか、俺へと目を合わせてきた。
「それなら普通に話そうかな。いや、慣れない敬語を使うと、やっぱり堅苦しくなるよね」
「……」
「何? 敬語を使わなくていいって言ったから、普通に話しているんだけど?」
やはり、慣れない敬語を使っていたようだったが、思っていた以上に砕けた喋り方をしてきた。
そんなものだろうとは思っていたけれどさ……。
流石に、気安すぎやしないか?
「い、いや、思っていた以上に切り替えが早くて、ちょっとびっくりしているだけだ」
「ふふん。私が生きていたころは、切り替えが早い人って言われていたんだから」
いや、それは褒め言葉じゃない。
明らかに貶されているだけだと思う。―――ってちょっと待て!
「今、生きていたころって……」
「あ、そのこと? 私も死者だよ。だって、生きている人がこうやって話せるわけないじゃん」
「いや、まあ、そうだけど……」
「で、本題に入っていいよね?」
「あ、ああ、頼む!」
そうだ、今はそんな事なんてどうでもいい。
こうした間にも、時間が過ぎていく。
俺が蘇って、活動できる時間も減らされているのかもしれない。
それなら、有意義な一日を使うために、制約をしっかりと覚えておかないと……!
「―――こと。以上! 覚えた?」
「ああ、思ったよりも少なくて単純だな」
「そんなに多くても、一日で出来ることって少ないから」
「なるほど、納得した」
提示された制約は、本当に少なかった。
まず、『黄泉還り』できるのは、初盆の盆入りの日だけということ。
これは、現世にまだ近い位置にいる俺が、最も長時間活動できるかららしい。
確かに、死者が戻ってくるとされている初盆なら、納得できる理由だった。
次に、途中帰還と強制終了があるということ。
『黄泉還り』をもう終わりたいといる人がいることや、『黄泉還り』中に犯罪行為に手を染めないようにするためだそうだ。
これも、納得できる理由だ。
死者が生者に迷惑をかけてしまっては、そもそもこの『黄泉還り』すらできなくなっても、おかしくないだろうしな。
最後に、俺が現世に戻って来た事を悟られないようにするために。
その一日だけ、俺は死んでいなかったことにされる。
そして、一日が終わるころには、『黄泉還り』していた俺の事を忘れて、また元の日常が返ってくる、とのことだった。
―――こればかりは、納得できても悔しさに歯噛みしてしまう。
誰の記憶にも残る事が出来ないなんて、それだと、現世に戻る意味の半分がなくなってしまう。
……だからと言って、俺は何もできないなんてことないはずだ。
「これだけでいいんだよな?」
「まあ、後は一応聞いておいて」
「はいよ」
一応の分だが、後で損することもあったから、聞いておいて正解だった。
俺が着ている服や持ち物は、あの日のままだという事とか。
生前に、案内人の事を知っていた人しか、案内人の姿が見えない事とか。
それに、他人に触れることは出来るけれど、Hができない事とか。
―――いや、最後は聞かなくてもそうだろうなと思っていたけどさ。
……とにかく。
「本当に、信じていいんだよな?」
「どちらにしても、決めるのはあなた。たとえ私が言ったことを信じたとしても、信じなかったとしても、私はあなたが行く先へと案内するだけだから」
「……」
確かにその通りだと、認めざるを得ない。
案内人に見せられたあの光景は、現実とも比べ物にならないほど、鮮明で、臨場感があった。
―――だからと言って、彼女の言っている言葉全てを、それだけで信用する理由にならないのも確かだ。
「……わかった。今は信じる」
「よろしい! じゃあ、目をつぶって」
「は?」
「あなたはこれから、一時的に肉体を持つの。だから、五感を合わせるために、全ての電気を切るイメージをして」
「スイッチを切る、イメージ―――」
今だけ全ての五感を感じないように努める。
段々と体が何かに吸い込まれるような、そんな感覚に包み込まれた。
―――こうして、俺はたった一日の為に、現世へと帰れることになった。
やり残したことをやり遂げて、みんなへと別れを告げるために。
《『黄泉還り』終了まで あと24時間》




