表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

35/37

Eplogue:きっと、あなたのことを忘れない。

 八月十四日。


 まだ新しい墓石の前に、青年の死を惜しむ者たちが一堂に会した。


「あら、久しぶりね健治。後ろの子は彼女さん?」

「ち、違います! 彼女なんかじゃないですって!」

「彼女は西村文乃ちゃん、晃の生徒だよ。坂道で悪戦苦闘していた俺を押してくれたんだ」

「ふぅん、女の子に押されるとか、恥ずかしくないの?」

「あたし、こう見えても最近体を鍛えてるので、健治さんを押すくらい楽勝ですよ! それに、私の今の先生でもありますから」


 晃の墓前の側で胸を張る文乃に、違うそうじゃないと言いたそうな結実、そんな二人を交互に見て、健治は呆れたように頭を抱えていた。


「徹先輩、あれからどうっすか?」

「いやはや、夢を追い求める過酷さを実感しながら、懸命に努力しているとこだ。克正こそ、ちゃんと舞さんを労っているんだろうな?」

「ご心配いただき、ありがとうございます。うちの旦那は頼りないところが目立ちますが、これでもやるときはやる男ですよ」

「普段からやる気を出していたら、卒業研究で危なっかしい発表することなかったのにねー」

「ま、舞。安室教授まで……勘弁してくださいよぉ!」


 同様に墓前付近で徹先輩を弄ってやろうとしていた克正だったが、舞と安室教授から逆に弄られてしょぼくれている。


「お父さん、ネクタイ曲がってる。そんなんじゃ、晃からみっともないって笑われちゃうわよ」

「ああ、悪い悪い。久々に着たものだからね」

「ったく、母さんとこの爺さん婆さんが親父を見たら呆れちまうぞ」


 墓前で父、篤哉の衣服の乱れを注意していた母、浅子の言葉に同意するように、遅れてやってきた朝陽はだらしない父を咎めていた。


「あら朝陽、さっきまでどこ行ってたのよ」

「悠希姉さんの墓を掃除してきた。叔父さんたちはまだ到着に時間がかかりそうだったしな。それと……」


 朝陽がその場から右に動くと、彼の背後にいた男性と少年が前へと進む。


「寺田さんお久しぶりです、永井敦です。……ほら、冬弥も」

「お、お久しぶりです。永井冬弥です」


 悠希の墓石を掃除し終えた朝陽は、墓石の場所がわからずさまよい歩いていた二人を見つけ、ここまで案内していた。


「晃くんのおかげで、息子は今もこうして私たち一家と一緒にいられています。本当に何と言えばいいのか……」

「頭をあげてください、永井さん。息子はあなたに謝ってもらいたいとは思っていませんよ」

「そうだよ、お父さん。晃さんはきっとみんなに笑っていてほしいんだと思う。……ずっと僕のせいだってふさぎ込んでいたからかもだけど、晃さんが僕の夢の中で言ってくれたんだ。笑ってくれって」

「冬弥……」

「それならあたしたち家族も見たわよ。もしかしたら、みんな夢の中に晃が出てきたのかもね。」


 浅子が発したその何気ない言葉は、離れていたところで話していた者たちへと伝播していく。

 それは、暗い雰囲気を吹き飛ばしたいという、晃の願いの様に。


「なになに、夢のお話? それならあたしも見たよ!」

「それは奇遇だな、俺も晃とまた会う約束をする夢を見た」

「いい夢見られて羨ましい限りだわ。私は晃から振られるだもの。……まあ、好きって言ってもらったけど」

「えぇ!? ずるいですよ! あたしなんて、ただ振られただけなんですから!」

「そういえば、俺は夢を応援される夢を見た気がするな」

「それって、徹先輩の都合のいい解釈とかじゃありませんよね?」

「そんなこと言って、あなたも今朝方「晃に会う夢を見た」ってはしゃいでいたじゃない。わたしも、晃からお腹を触ってもらったような、そんな夢を見たけどね」

「みんな晃の夢を見てくれていたのか……。やっぱり晃は愛されていたんだなぁ」

「当然じゃない。あの子は何が何でも人のために頑張る子だったんだから」

「ああ、アイツは困っている人を見るとどうしても助けたくなってしまうヤツだった。……もしかしたら、みんなが苦労しているのをあっちから見ていて、夢の中にまで化けて出たのかもな」


(違うか……晃? 少なくとも俺は、お前のおかげでもう少し前向きに生きていけると思うぞ)


 ある人はまた今度会おうと約束をした。

 ある人は、結婚式に出席すると約束をした。

 ある人は、一生応援し続けると約束をした。

 ある人は、告白を断られた。

 ある人は、幸せになることを約束した。

 そして一家は、彼の最後の願い事を叶えた。


 消えて無くなるはずだった奇跡のような記憶は、故人の思いとともに、間違いなく彼らの中で生き続けていた。


 *


「それでは、またの機会に会いましょう」


 晃の父、篤哉の号令にて、一同は帰路へと付き始める。故人との懐かしき思い出に浸りながら。

 そんな中、ふとしたタイミングで皆一様に墓地へと目を向ける。


『みんな、ありがとな。それと、俺からは何も返せなくてごめん。けど、みんなのおかげで、俺は幸せだったよ』


「今、のは……」


 誰が発した言葉なのか、はっきりとわかる。

 この世からいなくなったはずの彼だ。


 当然ながら、彼の最後の言葉を聞いた人はいない。

 だが、今だけは皆一様に、帰り際に夕陽の逆光に照らされる情景と、笑顔で手を振る彼の幻を見ていた。


 思わず笑みがこぼれた彼らは、その影へと笑顔で小さく手を振る。

 感謝と別れを、自分たちが伝えられる精一杯の気持ちで彼に返すように。


 幻の姿が消えて無くなるまで、寺田晃の死を惜しむ者たちはその手を振り続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ