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寺田悠希の使命

「……まぁ、いずれバレるんじゃないかな、とは思っていたんだけどね」

「いや、最初からバラす気しかなかっただろ」


 見た目に関してはうろ覚えだったからわからなかったけど、あの変な深呼吸は悠ねぇ以外の人がしているところを見たことが無い。

 砕けた口調になった後はずっと、俺のことを年下の子供のようにからかってきていたし。……現に昔はずっとからかわれる側だったし。

 そうそう、自分の墓に誘い込もうともしていたな。


 そして、最後は家族の前で本名まで明かした。

 なぜか全員覚えてないといった反応だったけど、俺だけは腑に落ちていたもんだ。

 ……ああ、やっぱり案内人って悠ねぇだったんだって。


「実はね、私も『黄泉還り』を経験したことがあるんだ」

「薄々そうじゃないかなとは思ってたよ。からかいながらもしっかりと助言してくれてたしな」

「もう、わかってたらあんな態度取らなくてもいいじゃん!」

「いや、確証が持てないまま決めつけるのは良くないと思ってな。見た目や癖が悠ねぇだとしても、中身がおっさんだったりしたら困るし」

「どーしてそうなるのよ!」


 いや、悠ねぇは知らないと思うけど、TSモノっていうジャンルがあってだな……。

 っと、話が脱線してしまった。


「それで、悠ねぇはどうしたんだ?」

「私も晃と同じだったよ。最初は何かの悪い冗談だと思っていたし、死んだなんて到底信じられなくて、とにかく泣いたよ! いっっっっぱい泣いた! 晃を案内した時とは比べ物にならないくらい、ずっと泣いてた」

「……でも、俺みたいに一日を終えて、こうして案内人になった」

「ここに戻ってきてもわんわん泣き続けていた私を、おじーちゃんが叱ってくれてさ。『誰だって後悔なく生きることは出来んが、充実した生を過ごすことは出来る。沢山の人から別れを惜しまれた悠希は幸せ者だ』って言ってくれたんだ」


 確か悠ねぇの祖父って、随分と前に徴兵されて、センチで亡くなったんだよな。

 写真でしか見たことがなかったけれど、一体どんな人だったんだろう……。


「あ、違う違う。そっちのおじーちゃんじゃなくって」

「そっちじゃないって、もしかして……満秀爺ちゃんか!?」


 嘘だろ!? そんな偶然があるってのか!


「ふふっ、驚いてる驚いてる。まあ、私も晃の口からおじーちゃんのことを聞くことになるとは思わなかったよ」

「そりゃあ、そうだろうな」

「ちなみにおじーちゃんが『黄泉還り』したときは、おばーちゃんと約束していた旅行をしたんだって」

「爺ちゃんも『黄泉還り』の経験があったんだな」


 そういえば、『黄泉還り』に選ばれる要因をしっかりと聞いた覚えがない気がする。

 爺ちゃんから俺まで一つの家系ないで完結しているけど、爺ちゃんの前にいた案内人は一体誰だったんだろうか。


「いいよねー純愛って。私もこんな恋したかったなぁ……って思ったら、ボロボロ泣いちゃって、おじーちゃんを困らせちゃったんだよね。今でも泣けるけど」


 なんて感極まったのか目尻に浮かぶ涙を拭う。

 ほんと、俺よりも泣き虫だよな悠ねぇは。


「『黄泉還り』中、あれほど泣いていた晃に言われたくないんだけど!」

「同じくらい泣いていて何言ってんだよ」

「ぐぬぬ……」


 面白いくらいに顔色が変わるな、悠ねぇは。

 けど、その底抜けな明るさが、クラスメイトたちに愛されていた理由としたら合点がいく。

 感情的でいじられ役で、それでいて困っている人に寄り添ってあげられる悠ねぇは、間違いなくみんなから好かれていたんだと。

 少なくとも、いじられていた割によく悠ねぇと遊んでいた俺は、多少なりとも好きだったんだと思う。


「いやはや、毎日の幸せって、失ったときになって漸く気が付くものばかりだよね」

「……悠ねぇは、人助けのためだけじゃなくて、自分ももう一度家族と再会したくて案内人になったんだよな?」

「うん。それに、なんだかんだで、あの世にもう一度だけ帰りたかったって気持ちもあったからかな。……でも、いざ晃の案内を始めたら、久々に見た町は跡形がほとんどなくなってた。田んぼだった場所の大半は、住宅地やマンションになっていたし、山は半分ほどなくなって大型ショッピングモールができていたりで驚いてばかりだよ! ……それと同時に、災害の悲惨さも知ったんだけどね」


 まあ、それもそうか。

 悠ねぇが死んだのは、今から十五年くらい前になる。

 その頃はあの町もまだまだ田舎の分類だったし、ほとんどの敷地が田んぼだから、戸惑ってしまうのも無理はないのかもしれない。

 ましてや大雨で町が水没するまでの体験なんて、一度としてあるはずがないしな。


「実はね、案内人の仕事を少しだけサボって、私も実家に帰ろうとしたんだ。……けど、きっと、引っ越したんだと思う。新築のアパートが立っていて、私が住んでいた一軒家はどこかに消えちゃった」

「そうか、遊園地にいた時とか、家族と会っていた時にその場からいなくなったのは……」

「そうそう。私の家族が今どうしているか知りたかったから、故郷へと帰っていたの。まあ、結局逢えなかったんだけどね」

「……言ってくれたら、母さんたちに聞くことだって出来たんだぞ?」

「ううん、いいの。今回は晃の『黄泉還り』だから。私はもう経験した身だし、これ以上の高望みをしてしまったら罰が当たっちゃう」


 なんて、悠ねぇは強がって笑っているけれど、内心は悔しくてたまらなかったに違いない。

 そんな状況で母さんから抱きしめられてしまったら……そりゃあ大泣きするよな。


「そうそう、その板見たいなヤツ……スマホだっけ? 今のケータイは進んでいるなぁって、俗世離れした老人みたいに考えていたりしたよ」

「悠ねぇってどんな携帯電話を使ってたっけ?」

「あの時の最新鋭はカメラ付き携帯だったかな。電話にカメラが付くなんて革命的だって言われてたよ」

「うわ、そんな時代だったか」


 そう考えると、今のスマホはもはや電話機とは言えないよな。

 使っている人のほとんどが、電話とは違う機能を使っている時間の方が多いわけだし。

 たった十五年ほどで、技術ってのはここまで成長するんだな……。


「そうだ……。話を戻すけど、悠ねぇが『黄泉還り』をしていた時、確か俺にも会っていただろ?」

「もちろん。それも最後の最後だよ。あれだけ「私みたいにならないで」って言ったのに、すっかり忘れていたし……、本当に許さないから」

「……いや、それについては謝るしかない」


 何度も頭の中に響いていた声……。あれは悠ねぇが俺に何度も伝えていた言葉だ。

 正確に言えば、『まだ生きている頃の』が頭につくんだけどな。


「あーあ、あの時は素直で可愛かったのになぁ」

「あの頃は小学生低学年ぐらいだったからな。まだ純粋だったんだろ」

「……晃ってば、本当に昔の面影の一切をなくしているよね。最初見た時誰だよこいつってなったもん」

「こいつって……。変わらない人なんていないぞ。『黄泉還り』してみて一年後を見ただけでも、みんな色々と変化していたんだから」

「ま、それもそうだよね。もし私が生きてたら、今頃いい歳したおばさんだよ? 想像出来なくない?」

「ぶっはははは! 止してくれ、ほんとに想像出来ないだろ!」

「いやさ! 大笑いしてるのに想像出来ていないわけないでしょ! 晃の嘘つき! 本当に可愛げがなくなっちゃって! 生意気ぃぃぃぃ!!」


 生前も『黄泉還り』中も散々からかわれたからな。ここらでいい加減仕返しをしておきたいんだよ。


 ……なんて、な。

 魂だけの存在になったからか、今ならあの頃のすべてを思い出せる。

 あの時……悠ねぇが『黄泉還り』で現世へと戻っていたとき、俺は幼い子供だったにもかかわらず、悠ねぇがいなくなってしまうと何故か気付いて泣きじゃくっていた。

 そんな俺を、悠ねぇは普段からは考えられない態度で優しく抱きしめてくれていたっけ。


 ――――それが、今では立場が逆になってしまった。

 悠ねぇは苦しみながらも俺を導いてくれたのだと、そう思うだけで、また泣きそうになってしまう。

 まあ、からかわれるだろうから絶対に泣かないけど。


「それにしても、大好きだったお姉ちゃんの事を忘れるなんて、酷くない?」

「十五年も前だぞ? 顔を忘れていてもおかしくないだろ」

「だとしても酷いからね! 私との約束を全部忘れているんだから!」

「……『黄泉還り』の時にした「私のようにならないで」の指切りだよな。忘れてしまうことが逃れられなかったとしても、その約束は覚えていたかった」


 友人を庇って死んだ悠ねぇだからこそ、俺の死因を知った時のショックは大きかったと思う。

 あの日の約束を、完全に裏切る形になってしまったんだから。


「そうそう! お姉ちゃんのいう事は全部聞くようにするって約束もしたよ!」

「いや、そんな約束はした覚えが無い」

「え? お姉ちゃんに絶対服従だったっけ?」

「それもないんだけど」

「だったら、お姉ちゃんのお婿さんになるとか」

「それは、……してたような気がする」


 今になって取ってつけたように約束を追加するのはやめとけよ、悠ねぇ。

 ――――最後のは、まあ、あれだ。幼心に漬け込んだ悠ねぇが悪いってことで。


「私の約束を忘れただけでなく、無茶をして死んじゃうなんて、ほんと晃は大バカだよね」

「ごめんごめん」

「恩知らずの恥さらしだし!」

「ごめんって」

「頓珍漢のあほ!」

「……悠ねぇ?」


 笑顔で愚痴を垂れていた悠ねぇの顔がゆっくりと歪んでいく。

 ああ、やっぱり悠ねぇは、『黄泉還り』の間中、ずっと思い悩んでいたんだ。

 俺との約束をことごとく裏切られたこと。

 戻ってきた現世で家族に会えなかったこと。

 そして、誰一人として自分のことを覚えていないこと。


 そんな当たり前を失ってしまった悠ねぇに、今の俺に出来ることなんて……。


「あれほど注意したじゃん……! どうして、私と同じような理由で死んじゃうのよ、バカぁ……っ!!」

「……ごめん」

「ぜっっっったいに許さないんだから! 一生後悔してろ……っ!!」

「悪い。死んでいるんだから、一生なんて言葉に意味なんてないと思うんだけど」

「うるさい!!」

「えぇ……?」


 俺はこうして、ただ謝り続けるしかないのかもしれない。……けど、それじゃきっと駄目だ。

 このままだと、悠ねぇは悲しみに暮れたまま、消えてなくなってしまう。

 ――――それだけは、ごめんだ。


「っ! あき、ら……?」

「今こそ、俺の胸を貸す時、だろ?」


 そう言って、泣き続ける悠ねぇをそっと抱き寄せた。

 触った感覚なんてものはなく、体の温もりも、涙で服が濡れることもない。

 それでも、壊れ物を扱うように、そっと、ぎゅっと抱きしめた。


「ありがとな、悠ねぇ。俺が散々罵倒しても見捨てないでくれて。『黄泉還り』の案内をしてくれて。家族の居場所を見つけてくれて。……それに、俺のことを愛してくれて」

「そんな……っ、ことっ!」


 僅かに服をぎゅっと掴まれる感覚が伝わってくる。

 もう、苦しまなくていいんだよ、悠ねぇ。

 俺は悠ねぇがどれほどみんなのことを思っていたのか、俺には全部わかるから。


「お節介な従姉で、ゴメンね。頼りない従姉でっ、ほんとっ、ゴメン……っ!!」


 大声を上げて本格的に泣き出した悠ねぇの頭を静かに撫でる。

 あの頃、すぐ泣いていた俺に悠ねぇがやってくれた時のように。


 ――――苦しんでいる人のそばに寄り添うこと。


 その言葉通り、こうやって寄り添うことで、悠ねぇの苦しみが少しでも晴れてくれたら嬉しいな。


 *


「……で、その……、非常に言いにくいんだけど、俺はいつまでここにいられるんだ?」

「あっ! しまった!! 今何時……? ひゃあ! もうこんな時間!?」

「やっぱり制限時間があるじゃねぇか!」


 慌てて俺の体から身を離した悠ねぇは、虚空を見つめてあたふたし始めた。

 てか、悠ねぇこそ制限時間を忘れるんじゃねーよ!

『黄泉還り』に制限があるくせに、この白い空間に制限がない、なんてことはないとずっと思ってたっての!


「おおお、おつち、おちつ、おちついて、きき、聴いてね……!」

「まず悠ねぇが落ち着けよ。ほら、深呼吸深呼吸」

「わわわわ、わわ、わかった……!」


 相変わらず変な格好の深呼吸のせいで思わず笑いそうになるけれど、今はそれどころじゃない。

 とにかく、早くしてくれ……!


「はぁ……。うん! もう大丈夫!」

「……本当に?」

「本当だってば! ほら、よーく聞いてよね」


 ふたたび焦りそうになったのか、大きく息を吐いた後に、真剣な眼差しで、俺の瞳を見つめた。


「晃、次はあなたが、私に代わって案内人になる権利を持つことになるんだよ」

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