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寺田一家の幸福 2

「はぁ……。やっぱり、想像した通りだ」


 相変わらず父さんの部屋は船の模型で埋め尽くされていた。

 けど、俺が生きていたころよりも、1.5倍ぐらい増えてないか?

 そのうち、足の踏み場すら無くなりそうな勢いなんだけど……。


「悪い悪い、ちょっと待ってくれよ。すぐに椅子の上に置いていた模型の部品をずらすから」

「そんなに慌てなくても出てったりしないって……」


 雑に整理されていたパーツの山を、これまた雑に机の隅へと移動させている。

 兄貴とは比べ物にならないほどの適当さ……とはいえ、兄貴並みに几帳面な性格なのは我が家の中で一人もいないから、よく兄貴は誰に似たんだろうと話題になってたっけ……。


「これでよし、と……。いやぁ、待たせたなあ」

「いや、そんなに待ってないから。それにしても、父さんから話があるって珍しい気がするんだけど」


 俺から話しかけることは幾度となくあったけれど、父さんから話かけてくること……ましてや部屋に招いて二人っきりで話そうとしていることなんて、昔を振り返ってみても数回程度しか覚えがない。

 一体どのような心境の変化があったんだろう……。


「どうした、ぼーっとして……あ、そうか。こうやって話すのも久々だし、おれらしくないなぁとでも思ってるな?」

「ま、まあな」

「しっかりしろよー。今からますますおれらしくない真面目な話をするんだから、ぼーっとせずによく聞いとけー」

「真面目な話かぁ」


 俺の楽天的気質は父さん譲りだけど、ここまで気が抜けていると心配になってくる。

 てか、俺がいなくなっても全く変わってない辺り逆に怖くも感じるんだが。

 なんて、困惑している俺の胸中を気にもせず、父さんはいつものように微笑んだまま話し始めた。


「晃が訓練所に入ってからは、おれたち三人の間にはそりゃあもう何事もなかった」

「……ん? 何事も無い方がいいだろ。少なくとも、喧嘩とか怪我とか、その……不幸ごととかがなかったから、久しぶりに帰ってきた俺はこうしてほっとしているんだけど」

「まあまあ、そういう風にも受け取れるなあ。でも、本当に()()()()()()()()()()。家族でピクニックに行くだとか、一緒に買い物に行くだとか、そういったことも一切なかったんだ」

「それは……」


 父さんが言いたかったことがようやくわかった。

 日々を平穏無事に過ごせてはいたけれど、その中からは、行事ごとや家族として関われるような出来事が失われていたんだ。


 原因はきっと……、いや、間違いなく俺がいなくなったから。

 家族の中でも一番率先的に話しかけていた俺がいなくなってしまったことで、表面上の関わりはそのほとんどが途絶えてしまったんじゃないか?

 我が家は全員が働きに出ているから、そもそも時間が合う機会なんてものが多くはなかったけれど、


「ああ、悪い悪い。そんなに深刻な顔をする必要はないさ。いずれこうなると、前からお母さんと話し合っていたことだから」

「……?」

「いや、なに、これはただの近況報告なんだ。今はおれたちに話しかけてくれてた晃がいなくなったから、どうしても会話とかの数が少なくなってしまってる、ってだけのさ」


 なんだよ……、真面目な話だからって前もって言われてしまったから、余計に身構えてしまったじゃないか。

 えーと、つまり、父さんは近況報告をするために俺を呼んだってわけか?


「それで、ここからが本題。晃がいないとどうしても我が家は寂しくなるけれど、おれたちの事は心配するなよ。晃がいなくてもきっと大丈夫だ。時間はかかるかもしれないけれど、いつかは絶対に乗り越えられるはずだから。……おれも、らしくないことをやってみようかと最近は考えているんだぞ?」

「父さん……」


 変わってしまったことに嘆くことなく、前向きに改善していこうとしていたのか。

 もしかして、離れてしまう俺へと向けた、「心配するな」のメッセージなのかもしれない。

 だから、あえて言わせてもらうけど――――。


「そんなこと言ってる父さんが一番心配なんだよなぁ」

「むっ、なぜそう思う?」

「なぜって……、船の模型だよ。俺が出て行った後さらに数増やしてるだろ。あまりに没頭しているから話が出来ていないんじゃないか」


 父さんは不安を抱いている時になると、いつも船の模型作りに没頭していた。

 確か、作業しているうちは辛いことを考えなくて済むからといった理由で。

 つまるところ、ここまで模型の量が増えているってことは、不安になっていた時もそれ相応にあるということになる。


「は、はは……。それは間違いない。なるべく会話できる時間も作らなきゃなぁ」

「……まあ、無理だけはするなよ。倒れたら俺だけじゃなくてみんな迷惑するし、悲しむんだから」

「おうさ。ほどほどに頑張ってみるよ。そうそう、晃もたまには一緒に――――」

「ごめーん、晃。やっぱりちょっと来てもらえない?」

「悪い、母さんが読んでいるから、また今度な」


 ナイスタイミングでかけられた声に反応して、俺は席を立つ。

 ちょっとだけ悲しそうな父さんに、一言でも声をかけて……いや、やめとこう。

 下手したらなんだかんだで引き込まれる可能性だってある。

 いや、悪い、父さん。限られた時間を模型作りに割きたくないんだ。


「はいはい、なにを手伝えばって、あれ……、兄貴は?」

「包丁で指を切ってたから絆創膏しているところかしらね」

「ええ……」

「そう思うわよね! あんなに几帳面なのに不器用だとか、ある意味器用すぎるのかしら……あ、玉ねぎを切ってくれる? 肉じゃが用の大きさでお願い」

「了解」


 途中まで切られて放置されている玉ねぎに、包丁の刃を当てて、サクサクと切っていく。

 手際の良さはどちらかといえば母さん譲りだったような気がする。

 それにしても、懐かしいな。昔はよくこうやって料理の手伝いをしていたっけ。

 俺が悪戦苦闘している横で、まるで楽しんでいるかのように鼻歌まで歌って。

 ……鼻歌?


「ふんふん、ふふふふん、ふふふふふふん、ふふーん……」


 どこかで聞いた、鼻歌が、聞こえて――――。


「………………あ」


 ――――やっと思い出した。

 頭の中に流れ続けていたメロディーの正体。

 この曲は、ずっと母さんが台所で口ずさんでいた歌だ。

 原曲は英語の歌詞で、確か英語の宿題として出されたから一度だけ和訳したことがある。


 曲名は……『Yesterdey Once More』。

 日本語だと『昨日をもう一度だけ』。


 ――――なんて、皮肉だ。たった今、俺は、俺が居ない世界で、昨日のような当たり前の日々の夢を見ているんだから。


「う、あぁぁぁ……っ!」


 父さんの決意を聞いて決壊寸前だった涙腺は、ついに堪えきれなくなったのか、瞳からとめどなく涙が溢れ出てくる。

 今日だけで一生分の涙を流していそうなのに、その勢いは少しも止まりそうになかった。


「あら、晃って玉ねぎ切るのダメだったっけ?」

「あ……うん、ちょっと、思ってた以上に、目にしみてからさ……っ」

「そっか……」


 玉ねぎを切っている時で本当に良かった。

 いきなり泣き出してしまったら、間違いなく母さんを困惑させてしまう。

 清々しく別れが出来るようにしたいのに、こんな状態じゃ駄目だ。


 ……いや、ちょっと待てよ。

 俺って母さんの前で何回も玉ねぎを切ったことあるよな?


「――――うん。晃、ちょっと話さない? このまま料理なんて出来ないでしょ?」

「……やっぱり、バレてるよなぁ」

「当然じゃない。昔っから玉ねぎ切って泣いたことがないのに、騙せるわけないでしょ」


 そりゃあごもっともです。

 俺としてもさっきまでの俺に、なに気を抜いてるんだって叱りたいぐらいだ。


「お父さん、朝日と一緒に晩御飯作ってて。あたしも晃と少しだけおはなしするから」


 俺の背をリビングへと推し進めながら、母さんは部屋から顔を覗かせていた父さんに言う。


「えっ、お母さんってば、まさか本気で言ってる?」

「もちろん。普段はやらないけど、お父さんだってあたしと同じくらい料理得意でしょ。今日くらいやってくれてもいいんじゃないかしら?」

「わ、わかったよ……」


 有無を言わせないような凄みを感じたのか、渋々と部屋から出てきた父さんは、少しぎこちない手つきでエプロンを身につけながら、先に兄貴が戻っている台所へと入っていった。


「これでよし。それで、何かあったの? 何も言わずに帰ってくるなんて晃らしくないし、急に泣き出すものだからびっくりしちゃった」

「いや、ごめん。実は俺も泣いてる自分に驚いたんだ。多分、久しぶりに帰ってきたから、あまりの懐かしさに涙腺が緩んだんじゃないかなって……」


 嘘じゃないけれど、本心の吐露までは流石にできない。

 明日にはもう、二度と会うことすら出来ないだなんて、言ったところで信じそうにないし、はっきり言って迷惑だ。


「……それ、本当にそれだけ?」

「うっ……」


 目敏い。いや、ほんと、母親ってものは、どうして、こう……。


「……ごめん。それしか、言えないんだ」

「そう、なら仕方がないわね。ちょっと屈みなさい」

「? こう――――っ!」


 言われた通り膝立ちになると、母さんは俺をゆっくりと抱きしめた。

 ……ああ、畜生っ。俺も冬弥くんのことを言えないな。軽く抱きしめられただけだってのに、また涙が止まらなくなる。


「うちの人たちは辛いこと、苦しいことを抱え込む人ばかりだから、あたしが受け止めてあげないとね。もちろん、晃のことだって、ちゃんと受け止めるわよ。だから、どんなに遠く離れていても、晃のことを受け止めてくれる人がいるってことは、絶対に忘れないこと。いいわね」


 一言も発することができなかったけれど、母さんの胸元に抱かれたまま、ゆっくりと、けれど強く頷いた。

 約束するよ、絶対に忘れないって。たとえ消えて無くなる存在だとしても、いなくなるその時まで、俺は絶対に忘れないから。


「おぅい、お母さん。流石に煮込み料理だけは勘弁してくれないか」

「はいはい、今向かうから。最後にこれだけは言っとくわよ。辛い時はまたいつでも帰ってらっしゃい。どれほど歳をとったって、晃はあたしたちの大切な息子なんだし、晃がどこに行ったとしても、あたしはあなたの母親なんだから、ね」

「ああ、そうだよな……! よし! 俺もいい加減本気で手伝うよ」

「それは助かるわ。あの二人に任せると、いつになっても出来上がりそうにないからね」


 母さんの温もりから離れ、顔を見合わせると、お互いに満面の笑みを返す。


 きっといつの日か、もう二度と起こることのない奇跡だとしても、また帰ってくるよ。

 だから、それまで待っててくれよ、母さん。


 *


 最終的に家族全員で料理を作るという、生きていた時でもやったことのない状況になっていた。

 けどまあ、そのおかげで早く晩御飯が完成し終わることも出来たからよしとしよう。

 しいて問題を挙げるとすれば……。


「やっぱり、張り切って作りすぎちゃったかしら」


 テーブルに隙間なく並べられている料理の数々……、ロールキャベツ、サバの味噌煮、それに肉じゃがと、どの料理も俺の大好物だが、明らかに一食分の量をはるかに超えていた。

 最期に家族の料理を味わうことができるなんて、これ以上ない幸せだとはわかっているけど、流石にここまで多いと食べきれる気がしない。

 いや、食べきれなくてもさして問題はないかもだけど、どうしても勿体ないというか……。

 元々命あったものを頂く以上、残すことなく食べてしまいたいと、今はそう思う。


「うん、うちにあと一人いたら食べきれたかもなぁ」

「余ったら明日の弁当に入れたらいいだろ。冷めないうちに頂こうぜ」

「そうしましょうか。それじゃあ手を合わせて」


 母さんの号令を名残惜しみつつ、ゆっくりと手を合わせる。

 ――――と、その時、タイミングよくインターフォンがなった。


「あら、こんな時間に誰かしら?」

「また父さんが注文した船の模型とかじゃないよな?」

「そ、そんなわけないじゃないか!」


 ああ、父さんはあれほどの模型をいつ買いに行っているのかと思っていたけど、いつも通販で購入していたんだな……。

 父さんと兄貴の口喧嘩が始まった中、そちらへとまったく意識を向けることなく、母さんはインターフォンの通話ボタンを押していた。


「はい、寺田ですが……」

「こんばんはー! 晃君の彼女のユウキって言います!!」

「ごふうッ!?」


 聞き覚えのある声がインターフォンから聞こえてきた……ってか、まず間違いなくアイツだろ!

 くそっ、今最も来て欲しくない奴が、最悪の形でやって来やがった……!!

最後にギャグ臭が漂い始めていますが、本文内に出てきた『Yesterdey Once More』の日本語訳を、下記にて載せておきます。



若い頃はよくラジオを聞いていた

お気に入りの曲が流れてきたら

一緒に歌って笑顔になっていた


本当に幸せな時だった

それほど昔のことではないのに

どこに行ってしまったのかと考えたけど

自然とその時は蘇ってきた

むかしから音信不通だった友人のように

どれもみんな大好きな曲が


全ての覚えているの曲が

全ての覚えている思い出が

今もまだ輝いている

あのメロディで始まる歌だって

とても素敵だ


曲があの部分に差し掛かる時

そう、彼が恋人の心を傷つけてしまうところ

その部分を聞くと私はどうしても泣いてしまう

まるで昔と同じように

昨日のことみたいだと感じるほどに


過ぎ去った月日を振り返ると

数々の素敵な思い出が

今の私を悲しくさせる

あれから本当にたくさんのことが変わってしまった


あの頃歌っていたのはラブソングだった

今でもどの曲の歌詞も覚えている

懐かしいメロディは今でも私を心地よくさせてくれる

まるで過ぎ去った時間を溶かすかのように


全ての好きな曲が

全ての好きな思い出が

まだ輝いている

あのメロディで始まる歌だって

とても素敵だ


全ての思い出は今だってはっきりと浮かんでくる

中にはついつい泣いてしまう思い出だってある

まるで昔と同じように

昨日のことみたいだと感じるほどに


全ての愛している曲が

全ての愛している思い出が

まだ輝いている

あのメロディで始まる歌だって

とても素敵だ……

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