永井冬弥の懺悔 3
「……で、戻ってきたけど、いつまでそうしているつもり?」
いつのまにか戻ってきていた案内人から、呆れたような言葉を投げかけられる。
いや、いつまでって言ってもな……。
結局泣き疲れた冬弥くんは、隣に座った俺の胸にすがりついたまま眠りに落ちてしまってる。
起こすのはかわいそうだけど、いい加減家に帰らないと親御さんが心配しているに違いない。
とはいえ、冬弥くんを起こしても、あの日と同様に普段行かないような場所へと向かったとしたなら、帰り道がわからないなんてこともあり得る。
だから、どうしようかと悩んでいる。
なんて、考えを読み取ってくれるように、目線で合図する。
……暗いせいであんまり姿は見えないかと思ったら、こいつは自分が光源なのか、いつでも同じくらいの明るさで見えるんだよな。
「まあ、あなたのことだから、そんなところだろうとは思ったよ。だから、ここに呼んだから」
「呼んだ……? 一体何のことを……」
「いた! 冬弥!」
「冬弥君!」
二人の男性の声と共に、公園の入口から懐中電灯の光が近づいてきた。
一人は冬弥くんの父親だとして、もう一人はおじさんかな?
どこかで聞いたことがある声だけれど、確認するよりも前に冬弥くんを起こさなきゃな。
「冬弥くん、迎えが来たみたいだよ」
「迎え……? あっ、お父さん……! それにおじさんまで……!」
父親の姿を確認してすぐに、冬弥くんは俺のそばから離れ、父親の体に抱きついた。
やっぱり、年相応の子供じゃないか。
素をさらけ出した冬弥くんの姿はとても新鮮で、どこか昔の自分を見ているかのような懐かしい気持ちになった。
「遅い時間になったのに、全く帰ってこないから心配したんだからな」
「……ごめんなさい。でも、晃さんと一緒にいたから大丈夫だったよ?」
「ん、晃って……あ、君かぁ!」
「あんたさん、あの時の青年じゃねぇか! 偶然だなおい」
冬弥くんが抱きついている男性は、あの日、俺の家の前にいた、レインコートの男性だ。
そして、冬弥くんがおじさんと呼んでいた男性は、俺をベランダに引き上げてくれようとしていたあの男性だった。
「お二方はお知り合いだったんですか!? それにお父さんって……!」
「え? 晃さんこそ、お父さんの知り合いだったの?」
「え。あ、まあ、ちょっとね。はは……」
そういえば、氾濫した川の水が引くまで、冬弥くんはあの男性とともにいたことになる。
冬弥くんの父親ておじさんが知り合いなのも、そう考えるとおかしくはない。
それにしても、冬弥くんの父親があのレインコートの男性だったとは……。
「久しぶりだな。あの時あんたさんがいなかったら、冬弥くんはきっと助かってなかっただろうよ。泳げねぇオレの代わりに助けてくれて感謝してる」
「いえいえ、俺に出来ることをしたまでですから……。それに貴方が冬弥くんを引き上げて下さったからこそですよ」
「そ、そうか? そこまで言われちまったら照れるな……」
アパートに暮らしていたおじさんは、恥ずかしげに頭をかいていた。
けれど、あの時あの場にいたからこそ、冬弥くんは助かったといっても過言じゃない。
俺一人だけでは冬弥くんを見つけることすら難しかったし、何より川から引き上げてくれそうな人は他にいなかった。
だからそう謙遜とかしないで、自分の行いをもっと誇ってもいいとは思うんだけどな……。
「之義さん、少しいいかな」
「おお、そうだった。敦さんも話すよな」
アパートのおじさん……之義さんは、冬弥くんを抱き上げた父親……敦さんに場所を譲る。
小学生の男の子を片手で抱きかかえているあたり、やっぱりと言うべきか、俺以上に体を鍛えていそうだ。
「この姿では初めまして、だね。冬弥の父の永井敦です」
「ど、どうも、土砂崩れの時はお世話になりました」
「なに、あの時は自分の業務に徹していただけさ。とはいえ、あれほど忠告したというのに繁華街に向かったと聞いた時には耳を疑ったけどね」
「そ、その節は、申し訳ないと思ってます……」
ヤバい、これは怒られるパターンだ。
いい歳して人の父親に怒られたとか今までにないから、すごく恥ずかしい。
てか、敦さんは俺よりも背が高く体もがっちりしているから普通に怖いし、一度として父さんに叱られたことがないのもあいまってか、なにを言われるのか恐ろしい。
出来ればそこまで酷いことを言われませんように……!
「あの時私の忠告を破ったことは勿論許せる行動じゃない。でも、おかげで無事冬弥を保護することが出来たから、何とも言いにくいんけれどね」
「は、はあ。それはどうも……」
怒鳴られるかと思って身構えたけど、なんとも歯切れの悪い言葉を告げられたことで、その心配は杞憂に終わった。
いや、冬弥くんを助けたのは間違いなく俺だけど、それでも無理したことは怒られそうな気がしたんだが……。
あ、もしかして――――。
「……もしかして、行方不明だった男の子って」
「おや、伝わってなかったみたいだね。そう、お恥ずかしながらうちの冬弥だったんだよ。後になって聞かされた私も、その時にはらしくないほどに冷静さを欠いてしまってね。だから、君が命がけで助けてくれたことを知って、心底ほっとしたよ。本当に息子を助けてくれてありがとう。感謝しても足りないくらいだ」
「……いえ、俺はそんな大層なことをしたわけではありませんよ。冬弥くんを助けることは出来ましたけど、痛い目を見る羽目になりましたし、感情に流されることなく、敦さんの忠告を聞いておくべきだったと反省していましたから」
とはいえ、反省したところで次に対策するような機会なんてものはないしな。
生きていたのだとしたら、高度救助隊員として働いている際に幾度となく思い出す出来事にはなっていたに違いない。
……本当、無茶なんてものはするべきじゃなかった。
てか、なんだかんだでいい加減に死を割り切ってきた感じがあるな。
『黄泉還り』してからすぐは、ずっと死んだことを自覚していなかったり、思い出すたびに落ち込んでばかりいたってのに。
いい加減、死んだことを飲み込める余裕ができてきたのかもな。
って、そういえば! 今一体何時だよ!?
「す、すみません。今何時になりましたか?」
「ん? そろそろ8時ぐらいになるぜ。……もしかして、急ぎの用でもあったか?」
「あ……。ごめんなさい、晃さん。使える時間が限られているのに、ぼくのせいで」
「こらこら、そうやって悲しむことはないって言ったよな? 予定通りちょっとくらい遅くはなっているけれど、大したことないからさ」
またまた泣きそうになっている冬弥くんを励ます。
昔と違ってネガティブ思考になっているのかもしれないけど、こうやってよく泣くのは俺だって同じだ。
だからきっと、この出来事さえ乗り切ってしまえば、冬弥くんは俺よりもずっと強い男になれる。
その成長を見守れないことが凄く残念に思うけれど、困難や挫折を乗り越えていける強い男になれるって俺は信じてる。
「そうか、晃くんはもう実家から離れて訓練所に住み込んでいるんだね」
「はい。今から実家に帰ろうとしていたところでした」
「それならちょうどいい! 冬弥がお世話になったことだし、家の前まで送るよ。幸い、晃くんのご家族とは同じ仮設住宅地区だからね」
「本当ですか!? ありがとうございます! 助かります!」
思わず抑えきれなかった喜びの感情をあらわにしてしまった。
脈絡もなく唐突に大声を出してしまったから、三人から怪訝に思われたかもしれない。
でも、家の場所がわからない俺にとってこの話は渡りに船だった。
それに、さっきから黙ってくれている案内人が二人を連れて来たのはこういった理由もあったんだと、今更ながらに気がついた。
「どう? わたしだってやれば出来るでしょ?」
ああ、見直した。本当にありがとな、案内人。
余計な事ばかりするから悪口も多く言ってしまったけど、なんだかんだでアンタは他人思いのいいやつだよな。
「ふ、ふん。わかればいいのよ、わかれば!」
いや、一回褒めただけだってのにそこまで照れることか……?
まあいいや、放っておこう。
とにかく、これであとは兄貴たちに会うだけ。
そして、最後の別れを告げるだけだ。
頼むから、全員家にいてくれよ……?
《『黄泉還り』終了まで あと10時間》




