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永井冬弥の懺悔 2

「殺した、か。別にそんなことはないんだけどな……。あれはただ、俺の不注意と無謀さが招いた事故に過ぎないんだから」


 冬弥くんは間近で俺が流される姿を目撃している。

 他でもない、溺れかけていた自分のことを助けてくれた人が、自分と関わったせいで命を落とした。

 そういった罪悪感に囚われてしまうのも無理はない。だって、彼はまだ小学生なんだから。


 それでも、俺は冬弥くんを助けたことに間違いはないと思っている。

 決して後悔していないわけではないけど、それは、俺自身が氾濫した川に入るべきか逡巡(しゅんじゅん)した時間と、他の手立てが思いつかなかったこと、そして自分の体力を過信していたという事実を直視しなかったことだけだ。


 決して冬弥くんに過ちがあったわけじゃない。だから、そんなに苦しまなくてもいいんだ。

 ……なんて言葉を軽々しく投げかけたところで、きっと冬弥くんは自分を責め続けると思う。

 だとしたら、俺は何をしてあげられる?

 どうしたら、冬弥くんのことを……。


「違います。あの日ぼくがお父さんと喧嘩して、あんな雨の中家を飛び出さなかったら……。それに、いつもは行かない場所に行かなかったら、ぼくは川に流されることもなかったんです」

「……そうだったんだ」


 冬弥くんの境遇はどこか俺に似ていた。

 家族と些細なことで喧嘩して、それから話さなくなったか家を飛び出したかの違いしかない。

 きっと、お父さんのことを大っ嫌いだと思いながら、心のどこかでは仲直りしたいと思っていたに違いない。

 今、冬弥くんの家族はどうしているのか知らないけれど、俺のせいでますます関係が悪化していてもおかしくはなかった。


 だったらなおさら、冬弥くんには過去を引きずることなく、家族と仲良くして生きていてほしい。

 死者である俺が言うのはあまり良くないかもしれないけれど、冬弥くんの背中を押してあげられるようなエールを送ろう。


「でも、家族と喧嘩して家を飛び出すことなんてよくあることだと思うよ。俺だっていつも兄貴と口喧嘩していたしね。だから、あの日の出来事は単なる事故なんだよ。冬弥くんは俺のことをそんなに気にしないで、昔みたいにみんなと仲良くしてくれたら、俺はそれだけで満足だよ」

「……ですか」

「ん? 今、何て――――」

「ぼくだけ幸せになんて、なれるわけないじゃないか! ぼくは、晃さんを殺した! みんなから必要とされていた晃さんは、ぼくのせいで命を落としたんだ!」

「……」


 感情を爆発させた冬弥くんに、かける言葉が一瞬出てこない。

 今まで俺があってきた人たちは、生きていることに感謝しているか、先を見据えて頑張っていることが多かったせいで勘違いしていた。

 冬弥くんは、間違いなく俺のせいで極端に追い詰められている。

 俺が溺れかけた冬弥くんを助けて、そして目の前で死んでしまったばっかりに、俺と同じぐらい….いや、むしろ俺以上に俺の死を認めたくないんだ。


 助けた頃よりもだいぶ痩せているように見えるのもそのせいかもしれない。

 姿勢も縮こまっているし、さっきから声も震えてぼそぼそとしか出ていない。

 学校でもこんな調子じゃ、誰も声を掛けてくれないだろう。

 それほどまで、冬弥くんは自分のことを追い詰めてしまっている。


 ……確かに冬弥くんの言う通りだ。

 あの日あの時、冬弥くんのことを助けなければ、自分が命を落とすことはなかっただろうし、今も生きて誰かのために働いているに違いない。


 けれど、そんなもしもを叶えるすべなんて二度と訪れない。

 人生に一度として全く同じ状況が訪れないように。

 そして、死んだ者はどうあがいても生を謳歌できないように。

 だからこそ、俺は――――。


「どうして、ぼくを助けたんですか? 助けなかったら、晃さんは今ごろ……」

「もちろん、誰がなんと言ったって、自分のためでしかないよ」

「自分の、ため……?」

「そうさ。……あの時、俺は君を見殺しにしたくないと、絶対に助けだしたいと思っていた。そんな自分の信念に従って考えなしに行動しちゃっただけなんだ」


 そもそも、冬弥くんを助ける云々(うんぬん)の話以前に、俺がレインコートの男性の言うことを聞いていたら、まず間違いなく死ぬ事はなかったと思う。

 でも、男性の言葉を無視して繁華街へと向かい、冬弥くんの悲鳴を聞いて駆け出し、氾濫した川に入ったのは、途中で違う選択だってできたはずだった俺の責任だ。

 決して、冬弥くんが背負うべき業じゃない。


「だったら、どうして今になって……」

「それは……、神様からちょっとだけ粋な計らいをしてもらってね。ちょっと遅くなったけど、一日だけ俺が死んでないことにされている世界で、みんなにさよならを言う機会をくれたんだよ」

「だから今日はみんなおかしなことを言ってたんだ……。でも、そんなことってあるんですか?」

「こうして俺が直接話しかけているだろ?」

「幻覚なんじゃないかって思ってました」


 そう言って、冬弥くんはへらりと笑った。

 自虐的ではあったけど、ようやく冬弥くんの笑顔が見れた気がする。

 やっぱり、冬弥くんだって年相応の男の子なんだ。ただ、あの雨の日の出来事のせいで擦り切れているだけで。


「そういえば、もしかして……ですけど、ぼくにも何か言うことがあったりするんですか……?」

「ん? それはもう言ったよ。過ぎたことにくよくよしすぎないで、家族と仲良くして、そして今の人生を楽しんでほしいんだ。……俺は決して、冬弥くんのことを恨んだりしていないんから」

「……はい。くよくよするなと言ってくださって、ありがとうございます。……でも、ぼくは晃さんに救われた。それを忘れて、のうのうと生きていくことは出来ません」

「ああ、もちろん、俺のことが忘れられないならそれでいいんだよ。ただ、あんまり気にしすぎないでほしいだけだからね」


 冬弥くんが正確には何才なのか俺は知らないけど、死んだ人の思いなんて、小学生が抱えるようなものじゃない。

 まだまだ将来のことや過去のことなんて考えずに、友達と仲良くして今を楽しむべきだよな。

 ……ああ、そういえば、これも冬弥くんに言うべきか。


「それと、さっき恨まないって言ったけど、ちょっとだけ恨んでることがあるかな」

「えっ! な、何でしょうか……?」

「そうやって俺の言葉に怯えているところとか、あと、せっかく助けたのに全く幸せそうにしていないところとかだよ。俺は決して、冬弥くんにそんな顔をさせるために助けたんじゃない。出来れば、笑ってくれないかな? 俺は冬弥くんが次の日も友達と一緒に笑って遊べるために頑張ったんだからさ」

「……ごめんなさい。今は、無理、です……!」

「ああ、そうだよね。俺も気遣いが足りてなかったかな」


 俯いてしゃくり上げ始めた冬弥くんの体をぎゅっと抱きしめる。

 まだまだ小さくて弱々しい体で、自分のことを責め続けてきたんだ。俺が認めてあげないと、きっと冬弥くんは一緒あの日に囚われてしまう。

 だから今は冬弥くんの苦しみを受け止めてあげよう。

 体に熱いほどの温もりが宿っている限り、俺のようないなくなった人のことを抱えていて欲しくないから。


「辛い思いをさせてごめん。それと、ありがとう。俺のことを覚えていてくれて」

「そんな、こと――――っ!! うわああああああ!!」


 ついに大声で泣きだした冬弥くんの頭を撫でる。

 俺が苦しんでいる時、母さんからこうやって撫でてもらっていたから、その真似をしているだけだけど、少しでも気持ちに区切りをつけて、気が楽になったらいいな。


 ――――そうして、冬弥くんの震える体が落ち着くまで、日が落ちたあともずっと抱きしめ続けた。

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