永井冬弥の懺悔
遠くの方、俺たちが下ってきた山の辺りでひぐらしが鳴いている。
夏の夕暮れ時って、どうしてこうもちょっとした寂寥感を感じてしまうんだろうか。
「おっと」
なんてノスタルジックな気分になっていたからか、足元のアスファルトに転がっていたアブラゼミの死骸を、危うく踏みそうになってしまった。
土の中で生命の大半を終え、成虫になってからはおよそ十日にも満たない日付けでその一生を終える蝉目には、命ってどう映るんだろうな。
「そもそもそんなことを考えるのは人間だけだと思うんだけど?」
「いや、そうだけど。人の一生が蝉みたいに短かったなら、一体どうだっただろうってな」
それこそ、案内人の言う通り、こうやって考える余裕なんてなく、ただ生きるために食事を行い、未知なる未来のために自らの子孫を残し、命を散らしていくだけなのかもしれない。
だとしたら、思いなんてものに縛られることがなく、命を謳歌できる。……なんて虚しいんだろうか。
……にしても、どうしてこうも暗い考えに陥ってしまうんだ?
文乃や結実への未練は完全にとは言えないが、どうにか断ち切ったつもりなんだってのに。
「んー、やっぱり暗いからじゃない? 町中なのに街灯だって全然ないし」
「そういえば、この辺りは俺が現世に戻ってきた公園付近だったか。だとしたらまあ、ひとけがなかったりするのはおかしくないよな」
「え、どうして?」
「どうして、って言われてもな。見てわからないか?」
「……ああ、なるほどね」
案内人は俺の言葉に従い、辺りをキョロキョロと見渡して納得したように頷いた。
あの雨の日、流された俺がジャングルジムのてっぺんにしがみついていたぐらいだから、そこまで水位が上がっていたことになる。
そこまで水かさが増していたのだから、近辺の建物も、一階部分は水没していてもおかしくはない。
そして、水が引いたとしても、室内には大量の土砂が流れ込んでいる。そんな環境で人が暮らすのはまず無理だ。
だから、住宅街を歩いているにも関わらず、街灯の大半は撤去され、明かりがついている家もほとんどない。
さっきアブラゼミの死骸を踏みかけたのも、考え事に集中していただけじゃなく、陽が落ち、だんだんと暗くなり始めてきた足元がよく見えなかったこともあった。
「じゃあ、ここに住んでいた人たちは? それにあなたの家も土砂崩れに巻き込まれたそうだけど、家族はどこにいるかわかってるの?」
「おそらく、被害が大きかった小学校付近に作られた仮設住宅地帯にいると考えている。一年経ってもまだこんな状況が残っているんだ、一軒家やアパートの数も限られているだろうから、俺の一家は仮設住宅に残っていると思ってな」
見晴台に到着しベンチに座った際、案内人に昔話をしながら、一年経ってなおところによっては荒廃している景色を眺めていた。
その時に小学校付近に大量の仮設住宅を見つけた。家を失った人たちの中には、今でもそこに暮らしているのだと思う。
「じ、じゃあ、急いだ方がいいでしょ! 家族の居場所がわからないまま会いに行こうとするなんて……!」
「まあまあ、そう焦っても仕方ないだろ。いざとなれば市役所で確認を取ればいい話だしな」
などと軽口を叩くが、焦っていないのかと言われたら、多少の焦りがあるのも確かだ。
俺に残された時間は、深夜の誰にも会えない時間帯を除くと、残り六時間程度。
決して長い時間じゃない以上、早いうちに見つけたいのは山々だが……。
戻ってきた公園を通り過ぎようとして、ベンチに腰掛けて俯く子供の姿を見て、思わず足が止まってしまった。
「ちょっと、何してるの!?」
「……悪いけど、先に行ってどうにか家族の居場所を見つけてくれないか。あの子と話がしたいんだ」
「あの子って、あのベンチに座ってる子のこと? 知り合いか何か?」
「いや、知り合いとは言いがたいな。けど、もしかしたら、俺の因縁の相手かもしれないんだ」
「それって……」
どうやら俺が言いたいことが伝わったようで、案内人は顔を強張らせていた。
多分いつものように心を読んだんだろうけど、こういったときに使うならまだしも、他の場で心を読むのはやめてもらいたいものだ。
「……あー、もう! 早く家族に会わないといけないんでしょ! むこうで待ってるから早くきてよね!」
「すまん、頼んだぞ」
しばらく黙考していたようだが、どうやら俺の意思を汲み取ってくれたのか、怒った口調で注意してすぐに、案内人の姿はその場から消えた。
やっぱりアイツは、ちゃんと人の気持ちを考慮してくれるいいやつだ。普段がアレなことを除いて、だが……。
「……さて、いくか」
せっかく二人きりにさせてくれたんだ、彼が今どうしているのか、ここでしっかりと知るべきだよな。
夕陽が当たらない影になった場所から少しも動かない子供へとまっすぐ進む。
ああ、そうだ。暗くてよく見えず、あの時よりも随分と痩せているから別人かもしれないと思っていたけど、やっぱり、この少年は間違いなく……。
「ああ、晃さん。ぼくを迎えに来てくださったんですね。それとも、ただ罵声を浴びせに来たのですか? それ相応のことをやってしまったんですから仕方ないと言えば仕方ないのですが……」
「別にそんなことはしないよ。こうやって話をするのは初めてだね。ええと……」
「ぼくは、永井冬弥と言います」
「冬弥くんか。無事で良かったよ。あれからどうなったのか、俺は知らないから心配してたんだ。それと、少し気になったんだけど」
「どうして僕は、みんなと違って晃さんが死んでいると知っているのか、ですよね」
冬弥くんはそう言って頭をあげると、くたびれた顔で俺に笑いかける。
初めて文乃と会った時に似た、何も見たくないと言っているかのような瞳をしていた。
「当然じゃないですか、一度として忘れることなんて出来やしませんよ。だって……、ぼくのせいで晃さんは死んだんだから」




