椎葉結実の告白 2
知り合ったきっかけは本当に些細なことだったんだが、満開の桜に雪が降るという異常気象の日だったからよく覚えている。
その日、俺は日直だったこともあり、放課後の部活動見学に行く前に日直簿を職員室に届けに行っていたんだがその途中、下校中の健治と、風紀を乱しまくっている服装の見たことがない女子生徒が言い争っている姿を目撃した。
たしか、普段はあまり怒ったりしない健治をここまで怒らせるのは何事だと思って、野次馬のように近づいたんだったかな。
「だ か ら、何であなたがそこで謙遜する必要があるわけ!? 悪いのは全部アイツらでしょ!」
「謙遜はしていないと言っている! あの時の俺は多少驕っていただけだ。それに適材適所というものがあるだろう!」
よくよく話を聞いてみると、どうやら彼女は、同じクラスの男子たちから、健治が半ば強制的にクラス委員の役を降ろされ、それを仕方がないと受け入れたことに怒っているそうだ。
で、健治も健治で男子たちに言い返すのが面倒だったからという理由で、甘んじてそれを受け入れたわけなのだが、翌日になって青アザを作った彼らから、恐怖に怯えながら謝られたという。
なんでも、目の前にいる彼女が、放課後に男子連中を肉体的にも精神的にもボッコボコにしたらしい。
だから、余計なお世話はやめてくれと、こうして怒っていた。
女子生徒の言いたいことはわかる。俺だってその場に立たされたら、健治を陥れた奴らを一発ずつ殴っていたかもしれない。
けど、健治はそれを望まないとも理解している。
というか、その件で一度殴り合いの喧嘩まで行きかけたしな。
その場で俺が何を言ったかは覚えていないが、どうにか二人を落ち着かせて、また言い争わないように見張りながら一緒に帰路に着いた。
これが結実と俺たちの出会いだった。
それからというもの、何かあったら衝突し合う健治と結実の仲介役として俺は駆り出されるようになった。
まあ、かたや根っからの堅物少年、かたや正義感が強すぎる怪力少女だ。考えなしに止めに入ると痛い目にあうという危機感から、唯一二人と接点の多い俺に頼ってしまいたくなるのもわからなくはなかった。
だが、学年が上がるたびにだんだんと健治と言い争うことは少なくなり、俺たち三人は共に勉強し合う仲くらいにはなった。
主に結実の成績が悪かったから、結実へと勉強を教えるような会だったけどな。
その頃には結実の暴力的な性格はなりを潜めていたが、原因は病弱だった彼女の姉が亡くなったことから始まる一連の出来事だと思う。
「お姉ちゃんの分まで、私は幸せになってみせるから」
そう言って非行的な行動の一切をやめ、姉が進もうとしていた医療関係の道へと猛勉強を始めた。
それがどれほど無謀なことなのかわかっていても、彼女はがむしゃらに頑張っていた。
そして、長期的な無理がたたり、通学路の途中にある駅のホームで倒れ、線路に転落してしまう。
幸いにも俺たちがすぐそばにいたから、即座に救助と緊急停車ボタンを押すことができ、ことなきを得たが、それでも結実の焦りは治ることがなかった。
だから俺は結実を叱責した。
「お前の姉は妹に苦しんでまでも自分の夢を叶えてくれと言ったのか!」と、今考えればとても失礼な言葉まで投げかけて。
……それが、結実にどんな影響を与えたのかはわからない。でも、それから結実は変わった。
自分は姉ではないと割り切って、さっき文乃が俺に言っていたように、姉に誇れるような人になると決心していた。
姉の死から吹っ切れることができたおかげか、有名大学の医学部は落ちてしまったものの、俺と同じ大学、それも同学部に合格できるまで結実は成長していた。
そして大学に入ってからも、唯一の同校者だったことから、結実とは学業の事でよく話し合っていた。
結局ゼミも同じ場所を選択したしな。
そう考えると、結実とは健治と同じぐらい長い付き合いになる。
だいぶ個性が強いやつで、いつになっても口調や我が強いけれど、そばに居ても不思議と居心地は悪くなかった。
むしろ、落ち着くというか、安心するというか。
卒論のラストスパートをかけようとしていた、あの夏の日もそうだった。
その前の春の日も、昨年の冬や秋だって……。
なんだかんだで俺は結実のそばにいたし、結実も俺のそばにいた。
隣にいても何の違和感も感じないほどに、俺たちはずっと――――。
ああ、そうか。当然のことのように思っていたけれど、そうじゃなかったのか。
心地よいこの感覚は、自然と心温まるこの気持ちは……。
「はあ……」
「どうしたの? 急に大きな溜息なんて吐いて」
「いや、ようやく自分の気持ちに気付くことができたんだが、気づくのが遅すぎるだろ、と思ってな」
「それって……」
「ん? 意外な表情だな。アンタのことだからどうせ――――」
「……うん。まあ、ね」
キャッキャと喜ぶか、にやけた笑みを浮かべるだろうと勘ぐっていたが、案内人はどこか辛そうな、もの悲しげな表情で目を伏せていた。
自分で話を振っていて落ち込むなよ……。本来なら俺が落ち込むべきなんだぞ?
……とにかく、これで俺はようやくめちゃくちゃ鈍感だったんだと自覚できたわけだ。
そして、自分が抱いていた感情にも、これでやっと説明がつけられる。
苦痛ではないがどうしても晴れない心のモヤモヤ、ふと気づけば隣に何かが足りない気がする寂寥感。
そして、恋なんて言葉では表せない不思議な感覚。
これを愛と呼ぶのなら、とうの昔に俺は愛していたんだ。
誰よりも正義感が強くてひたすらに不器用な椎葉結実の事を。
「それと、少し離れていてくれないか。お前がいると気が散って仕方がない」
「ちょっと、なにそれ! 扱いが酷くない!?」
「まあ、今まで散々貶しといて何だが、……どうか頼む」
ベンチに腰掛けたまま、隣に座っている案内人に、本心から頭を下げる。
結実との決着は二人っきりでつけたい。
それにもう5時半を過ぎている。昔のことを話している途中でそれっぽいスーツ姿が坂を登る姿も見えたしな。
「……わかった、頑張ってね」
「ん? ……おう、頑張るよ」
右拳を突き出した意図に気づいて、俺も同じように右拳を突き出し、案内人の拳にぶつける。
もちろん、案内人は俺と違って肉体がないから当たるはずもないが、心からの声援には答えてやらないとな。
「終わったら声をかけてね。すぐに戻るから」
「余韻に浸る時間までくれるとは、これまた粋な計らいだな。最初からそうしてくれたら文句はなかったんだが」
「もう! 気を配ったのに何その言い草!」
「いや、ちょっと、今になって緊張してきてな……」
「えぇ……?」
いやはや恥ずかしい限りだが、結実とあって何を話すべきか、俺の気持ちをどうすればいいかが、今になって急に押し寄せてきた。
自覚したらなおのこと酷くなるって、何だそりゃ……。
「あなたなら絶対に大丈夫。今までも何だかんだで乗り切ったんだから」
「……まあ、そうか。……そうだよな。いつも通りの素の俺でどうにかやってみるか」
「ん。それじゃあ、ガンバレ!」
にっ! と笑い両手でガッツポーズを作った案内人はそのまま煙のようにふっと消えた。案外便利な体をしているんだな。
「さてと……、やるぞ、俺!」
気分を切り替えるわけではなく、覚悟を決めるために、パンパンと両手で頬を叩く。
海の向こうに沈み始めた陽から目を逸らしてベンチから立ち上がると……。
「はぁ、はぁ……。 ゴメン、遅くなっちゃった」
「大袈裟だな、8分程度の遅れくらい別に気にしねーよ」
俺が到着した時と同じように、肩で息をしている結実に、そう言って笑いかけた。
……さあ、始めようか。
俺とお前が抱いている気持ち、優劣などなく忌憚もない最後になる本音の言い合いを。




