椎葉結実の告白
雨なんて、二度と見たくない。
雨が無いと生活が不便になるだとか。
飲み水がなくなってしまうだとか。
そんなこと別にどうだっていい。
あの雨のせいで、多くの人が亡くなった。
暮らしていた場所は無残に荒れ果てて、今でもたくさんの人が苦しんでいる。
さまざまな人たちの生活を破壊した挙句、あなたの命を一瞬にして奪い取った雨を……。
私は一生許さない。
展望台は昔と一切の変わりなく、相変わらず閑散としていた。
よく訪れていたのは俺たちのゼミ員ぐらいかもしれない。
それほどまでに何もなく、ただ海に沈む夕日が綺麗に見えるだけの人気のない場所だった。
「……あれ、まだ結実は来てなかったか」
「女性は色々と準備に時間がかかるんだよ? ぱぱっとしたく出来る男性とは違ってさ」
「それもそうか」
走って駆けつけたはいいものの、肝心の結実の姿はまだついていないのか見あたらなかった。
もしかすると、一度私服に着替えているのかもしれない。
にしても、仮の肉体が与えられているせいか、坂道を駆け上がったら強い疲労感と溢れ出てくる汗に襲われる。
ここまで走り続けているのはあの日と同じぐらいかもしれない。
そういえば、なんだかんだで水分補給してないが、脱水症状でぶっ倒れるだとか、もう一度死ぬだとかは流石にないよな……。
「当たり前だよ。あくまで1日しかもたない仮の肉体なんだから、そういった死に繋がりそうな要素は持ってません! 実は橙子ちゃんの時だって、あのまま落ちていたとしても、地面に激突する直前で力学がリセットされていたんだよ」
「……それは前もって聞きたかったな」
そうしたらあそこまで焦る必要はなかったってのに。
……けど、まあ、あの場では良くも悪くもあの対応が正解だったのもまた事実だ。
たとえ案内人が意図して俺に教えなかったとしても、その点だけは感謝しておくべきだな。
「――――そんな目で睨まれても、あんたに対する評価は変えないからな?」
「ちぇーっ。……けど、いいねぇ。青春だねぇ」
「何の話だよ」
「え、だって、待ち合わせ場所に走って駆け付けるんだよ? これを青春って言わずになんていうの?」
いや、当然でしょ、とばかりに言われてもな……。
悪いが俺は、そっち方面の青春を過ごしては来なかったから、何と言われても「そんなもんか」としか返せないぞ?
「いやいや、待ち合わせの時間に遅れそうになったら、誰だって――――」
「何言ってるの。待ち合わせの時間までは、全然余裕あるってのに、どうして全力疾走する必要があったわけ?」
「…………は?」
「時計。よく見てみたら?」
そういえば走ってばかりで時間を見ていなかったな。
体感では、集合5分前にはどうにか展望台に到着出来たと思ったんだが……。
案内人の言う通り、勘違いしているのかもしれないと、スマホを取り出そうとズボンのポケットに手を突っ込む。
「あ……」
「ほら、言ったじゃん」
掴んだスマホをポケットから引き抜くのとほぼ同時に、サイレンが街中から聞こえて来た。
ドヤ顔で見つめてくる案内人がうざったらしいが、こいつの言う通り、本当に随分と早く着いてしまったみたいだ。
「……確かに予定よりも随分と早くに着いたみたいだ」
「ね! それほどまでに会いたかったんじゃないの!?」
「あんた本当に変なところでがっついてくるな……。会いたかったのは会いたかったが、他の人と同じぐらいだ。別に特別意識しているわけじゃない」
「――――嘘ついてないよね?」
「何でだよ、今の話にわざわざ嘘をつく必要なんてないだろ」
かといって、急いで向かっていたのはまぎれもない事実なので、よくよく考えてみるとおかしな話だ。
俺はどうしてこうも急ぐ必要があったんだ?
遊園地から早く立ち去りたいあまり、急いで退園したとしても、ここまでの道中はゆっくりすることも出来たはずなのに。
少しでも長く話すことができるようにするため?
それとも、前もって着いていた方が、迷惑にならないから?
……どれも当てはまらないような気がする。
ここまで自分の気持ちがわからなくなったことなんて、正直なところ今まで一切なかったから、凄く困惑していた。
「そうだ! いいこと考えついちゃった……!」
「いいこと……? あんた、文乃の時と同じように、また変なこと企んでいないだろうな?」
「大丈夫、大丈夫! ただ結実さんがどんな人なのかあなたの口から聞きたいだけだから」
こいつの口から発せられる大丈夫の言葉ほど、信じられないものはないんだけどな。
色々と気遣ってくれている点は感謝してもしたりないが、余計なちょっかいや悪戯心は余計すぎる。
……涙目で上目遣いされても評価は変えないからな?
「むーっ!」
「にしても俺の口からわざわざ言うことか? 知っているのは同級生になった高校時代以降のことだけだぞ?」
「そうそう、それでいいよ。結実さんの到着までまだまだ時間かかりそうだし、どんな経緯で知り合って、愛を深めたのか知りたいし!」
「別に恋人同士とかじゃないんだから、そんな事はしてない」
「えー、つまんない」
なぜそこでふてくされるんだ。
……いや待て、そもそも話すとも言っていないのに、どうして話す流れになってるんだよ!
「聞いたところで別に面白くもないだろ。女性同士ならまだしも、俺は男なんだから」
「そんなことない! 女子にとって恋愛トークってのは、聞く相手が男か女か問うことなく、キャーキャー言ってテンションアゲアゲになれるんだから!」
「言葉のチョイスが古いな……」
案内人も俺と同様に死者なんだろうが、もしかすると死んだ時代が違うのかもしれない。見た目こそ俺より年下だが、こいつの年齢は一体いくつなんだ……?
それはさておき、俺が小耳に挟んだ女子の恋バナは、昼ドラ並みに結構ドロドロとした内容ばかりだったが、女性はそんな話を好んでキャーキャー言い合う恐ろしい奴らだったのか……!?
いや、今どきの女子がどんな恋バナをしているのか、俺も良く知らないけど。
「まあ、昔話ならしてもいいか。聞いたところでつまらないだけだと思うけどな」
「やった!」
「ガッツポーズするくらいかよ」
全身で喜びを表現するなって、Tシャツからヘソが見えてるぞ。それに、あとでつまんなかったと言われる俺の気持ちにもなれっての。
……まあ、いいや。どうせ過ぎ去った過去の話をするだけだしな。
それに、アイツとの思い出を話しながら振り返った方が、俺がさっきから抱いているモヤモヤした気持ちの正体もわかるかもしれない。
「こう言った話は、まず俺とアイツが出会ったところから始めるべきだよな。ええっと、確か……、アイツと初めて会ったのは四月の半ばだった」
沈みゆく日を見ながらベンチに腰掛け、季節外れの雪が降っていたあの日を思い出しながら、俺はゆっくりと話し始めた。




