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西村文乃の厭世 2

 ……で、すぐさま遊園地まで連れて来られたわけだが、今の俺はあの日の服装のままだ。

 つまるところお金なんて一円すら持ってないが、流石に生徒である文乃に払ってもらうわけにもいかないし、一体どうするべきなんだ……?


「そこは全く心配する必要ないよ! なんてったって――――何その顔」

「(急に話しかけてくんな! びっくりしただろ!)」

「えぇ、補足説明しようとしただけで、その態度って酷くない!?」


 文乃の家から遊園地にたどり着くまでずっと黙っていたくせに、今になって唐突に声をかけられると流石に驚く。

 いや、何だかんだ話が弾んでしまって、こいつのことを忘れていたなんてなくはない。

 決して先ほどの恨みとばかりに無視していたわけじゃない。……いや、本当に。


「(……それで、心配しなくていいんだな?)」

「うん! 文乃ちゃんに聞けばわかるよ!」

「(結局、自分で話さないのかよ……)」


 どうやら怒られたことを根に持っているらしく、多少ふくれっ面になった案内人は、何の説明もしてくれない。

 いや、背後から急に話しかけられると誰だって驚くから。それが、幽霊だったなら尚更驚くだろ。

 俺だって幽霊だけどさ!


「……先生?」

「ん? どうした?」

「これ、先生の分のチケット。替えがないから無くさないでね」


 どうやら前もって二枚持っていたらしく、ポケットから取り出したフリーパスの片方を俺へと手渡してくる。

 それを何の疑いもなく手にとって、そこでふと疑問に思った。

 文乃は元引きこもりのゲーマーだ。偏見になるが、夏休みともなれば、一日中部屋に閉じこもってゲームに明け暮れていてもおかしくはない。

 だというのに、文乃は遊園地のチケットを持っていた。それも二枚。

 これが意味することは、おそらく……。


「……なあ文乃、このチケットどうしたんだ?」

「クラスメイトの男子に貰ったの。デートしてくれって」

「えっ!?」

「それで、断った」

「断ったのか……」

「うん。そしたらチケットいらないからって貰ったんだ」

「そ、そうか……」


 てっきり千恵さんと二人で行くつもりだったのかと思ったが、それは違ったようだ。

 にしても、相手の男子は随分と古典的な告白をしたもんだな……。今時の告白事情なんて知らないけど。


 こんなことなら死ぬ前に恋人の一人は作っておくべきだったか……?

 いや、今更何を言ってもどうしようもない。それに、俺に恋人がいたのなら、そいつにも深い傷を負わせてしまうことになっていた。

 そうならないためにも、やはり恋人は作らないで正解だったな。


 とにかく、文乃は引きこもり時代から比べると、全く考えられないほどませていた。

 普通に人付き合いができるようになったところは喜ばしいが、こうもませてしまうとはなぁ。


「おーい、ちょっとだけいい?」

「(……なんだよ)」

「せっかくの遊園地だからさ、二人きりで楽しみたいよね?」

「(ん? いや、別にあんたがいてもいいだろ。文乃には見えないわけだし)」

「あーもう、乙女心が分からん男だなぁ」

「(は……?)」


 急に話しかけてきたと思ったら、どうも変な解釈をしているらしい。

 一体何が言いたいのやら……。


「とにかく、私は私で遊園地を楽しんでくるから。若い二人は誰にも邪魔されずにデートを楽しんでね!」

「(あのなあ……って、もういないし)」


 少し視線を外したすきに、案内人の姿は何処かへと消えてしまった。

 楽しんでいるのは絶対にあいつの方だと思うんだがなぁ……。


「先生? どうかした?」

「いや、なんでもない。じゃあ行くか」

「うん! あ、そういえば、先生って絶叫系得意?」

「まあ好きだけど」

「じゃあ、お化け屋敷とか! とびっきり怖いヤツ!」

「おばけなんていないから何ともなぁ……」

「えー、つまんないなぁ」


 これでも特別救助隊で培ってきたあれこれが役に立っているからか、絶叫系アトラクションは得意だ。

 お化け屋敷などの恐怖系も、どうせ作り物だからそこまで怖いとは思わない。……いや、今は少し怖いかもしれない。


 こうやっていつのまにか文乃に握られたこの手には、温もりと汗の感覚がちゃんと感じられる。

 だが、俺本人はすでに死んでいる……要するにお化けみたいなものだから、本当に笑えない。

 文乃の中手の感覚も気を抜けば消えてしまうかもしれない。

 そんな現実を叩きつけてくるお化け屋敷が、少しだけ恐ろしいものに見えてきた。


 ……とはいえ、臆しながらも突入してみると、やはり案の定の出来だったこともあり、二人して笑いながら突破してしまった。

 文乃に至っては、あまりの陳腐さからか、終始昨今のホラーゲームの、クオリティの高さの話をしていたぐらいだった。

 やっぱ悪いことばかり考えていちゃ駄目だな。せめてあと数時間、文乃と一緒にアトラクションを楽しむことにするか……!

 

 *


 その後、不人気アトラクションの制覇というわけがわからないルールを定めた文乃に連れられて、色々と回った。

 ヴァイキングとかメリーゴーランドとか、人気がありそうで案外ないんだよな。


 あと、夏場に賑わうウォーターライドやプールといった水のアトラクションはことごとく閉鎖されていた。

 どうにも、あの大雨の影響でことごとく客足が遠のいてしまったのが原因らしい。

 天災による影響は実害以外にも、風評的なものも大きいことは重々承知していたが、実際に目にしてみると納得のいかなさも感じる。

 いや、被害者代表ともとれる俺が言うようなことではないけど。


「ふふふ ふんふん ふふふふ ふふーんふん……」

「先生その曲好きだよね」

「あ、また鼻歌が出ていたか」


 文乃から呆れたように笑われてしまった。

 しょうがないだろ、どうしても頭から抜けないんだから。

 そういえば、家庭教師で教えている時も、時間が空いてるたびに鼻歌を歌っていたかもしれない。

 けど、いつのまにか口ずさんでしまうほど身に染み付いているってのに、まだ題名を思い出せないんだよな。


「次に不人気なのは観覧車……って、もう人気どころまで入っちゃってるね」

「観覧車は最後に取っとくか? ジェットコースター系は夜になると乗れなくなるしな」

「んー、順番通りでいいよ。ジェットコースターは乗り飽きたし」

「そんなこと言って、実は怖くて乗れないとかじゃないよな?」

「そ、そんなわけないじゃん! もう! 早く乗ろ!」

「ははは。わかった、わかったから」


 照れたのか顔を真っ赤にした文乃から、半ば押されるように観覧車の列に並ぶ。

 時間が遅くなればなるほど観覧車は混むが、今は夕方前ぐらいだからか、そこまで人は多くない。

 これならすぐに順番が回ってきそうだな。


「……ねぇ、先生」

「どうした? まさか、実は高所恐怖症だとか言わないよな?」

「もう! そうじゃないってば! ……ちょっとだけ真面目な話をしてもいい?」

「お、おう、茶化して悪かった。それで、話って?」

「あ……、ここじゃ恥ずかしいから、観覧車に乗ってからね」

「もう乗れるぞ?」

「あ、あれ……? 結構早かったね」


 たはは……と笑いながら、係員に案内されつつ文乃はゴンドラへと乗り込む。

 その顔には、少しだけあの頃の暗い面影が残っていた。


 もしかすると、文乃は俺のために無理しているのかもしれない。

 俺と久々に会うことを考えて、昔とは違う自分に変われたから安心してほしい、と俺を不安にさせないように強がっているのだとしたら。

 それは――――――――。


「懐かしいよね。こうやって向き合って座るのは、先生が本気で怒ってくれた時以来だもん」

「……なあ、文乃。無理してないか?」


 俺がそう問いかけると、文乃は一瞬だけきょとんとして……、面白おかしそうに笑った。


「なんだー、先生気づいていたんだ。急に落ち込んでいるからどうしたのかと思ったよ!」

「やっぱりか……」

「どうして先生が落ち込んでいるのか知らないけどさ、あたしはあたしが変わりたいって思ったから、こうして無理を承知で頑張ってるんだから。それに、無茶はするなって先生が言ってくれたから、無茶なことだけはしてないよ?」

「だったらいいんだが……」

「悩みがあったら先生に相談するって言ったでしょ?」


 確かに、最後に会った時そんな約束をした気がする。

 ただその頃は、だんだんと身だしなみを気にし出し、少しずつ外出が出来るようになっていたくらいだった。

 そこから今に至るまで、俺が家庭教師として文乃に色々と教えていた時間よりも圧倒的に短い。

 たった一年の間に、文乃はどれほど努力してブランクを埋めてきたんだろうか。


「あたし、決めたんだ。これからの人生をどうするか」

「――――」

「今でもこの世界は理不尽で大嫌いだけど、この世界でしか味わえないものが沢山あるって先生に教えてもらったから、そのためなら、何があっても死んでたまるかって」


 ああ、そうか。

 文乃は見つけたんだ、自らが幸せを掴み取るための道しるべを。


「成長、したな。正直に嬉しいよ」

「ありがと! これも先生と、()()()()()のおかげかな」

「――――()()()()()?」

「うん。……今は思い出せないんだけど、とても辛いことがあったんだ。眠れない夜が続いて、何度も死んでしまおうかと思うほど、つらい出来事が」

「――――」


 やはりそうだ。

 文乃が変わろうとしたキッカケになったのは、俺の死が深く関わっている。


「けど、ここであたしが死んだところで、何も生まないだろうし……。それに、怒られてしまうから」

「怒られるって……」

「もちろん、先生に決まってるでしょ」

「あ、ああ……。そう、だな」

「だから、あたしは生きるよ。どんな苦汁を味わっても生き抜くつもりだし、幸せを手に入れるためなら、どれほど辛くても戦い続けてやるって、そう決心したから!」


 ああ……、本当に文乃はたった一年でたくましく成長していたんだな。

 もちろん、変わってくれることは喜ばしい。……けど、それが俺の死によって引き起こされたものだ。

 変革に苦しみがつきまとうのはどうしようもない事実。だが、それが信頼していた人の死だというのは不条理で、どうしようもなく悲しい。


『私のようになったら、絶対にダメだからね……!』


 ……ああ、わかってる。誰が発したのかわからない幻聴に叱られるほど、俺は馬鹿じゃない。

 そうだ、悔やんでばかりいても結末を変えるなんて出来ないことぐらい、もう十分に思い知らされたじゃないか。

 だとしたら、俺に出来る事はただ一つだ。


「悪い、文乃。これから先、相談に乗ってやりたくても無理な場合が大半を占めてしまうと思う」

「特別救助隊って大変なんでしょ? それならしょうがないよ」

「本当にすまない。けど、俺はいつでも、どこにいても文乃の味方だ。それだけは覚えていてほしい」

「もちろん! ……でも、たまには顔を見せてほしいな」

「――――ああ、善処するよ」


 出来ない、とは口が裂けても言えなかった。

 そうすることで、また文乃を昔のような厭世家に戻したくはない。

 ……だから、これを別れの言葉にしよう。

 たとえ忘れ去られる記憶だとしても、未来へと歩み始めた文乃の足を引きずる足枷になど、決してなってたまるものか。


「ねぇ、先生? スマホが鳴ってるよ?」

「あ、わ、悪い!」

「あたしのことは気にしないで通知を確認していいよ? ちょっと話疲れちゃったから、あたしはちょっぴり休憩!」


 そう言うとすぐ、ちょうど真上を通り過ぎた辺りの風景を、小さく歓声をあげながら見つめ始める。

 こうして気がきくようになったのも凄い成長だな。

 とはいえ、あまり周りのことばかりを気にしないでほしいとも思ったりする。

 ……やっぱり、俺もまだ文乃に色々と教えたかったな。


 なんて感傷に浸りつつ、スマホの通知を確認すると、連絡してきたのは舞で、その内容は……。


『結実と連絡がついたよ!』


 ――――――――マジか!

 思わず飛び上がりそうになるが、ゴンドラに乗っていることを思い出して堪える。

 それよりも、連絡がついたことについて詳しく聞かねば!


『本当か!? 結実は何か言ってたか?』

『ああ、展望台で17:30に会おうって伝えてほしい、って言ってた』

『了解って返しておいてくれ!』

『おけ!!』


 17:30となると、観覧車を降りたらすぐに出ないといけない時間ではある。

 この時間帯を逃せば結実に会える機会は二度と訪れないかもしれない。

 文乃には悪いが、この観覧車を最後にしてもらわないとな。


「なあ、文乃。申し訳ないんだが――――ッ!」

「ん? どうかしたの、先生?」


 いや、どうかしたの、じゃなくてだな……。

 通知の返信をしたってだけなのに、どうしてお前はふくれっ面で俺のことを、じとっと睨んでいるんだ……?

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