表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/37

それは唐突に訪れる、逃れられない別れだった。

全ての災害によって命を落とした方と、そのご遺族の方。

そして、被災者の方に、この物語を捧げます。


あなたがもし、悔いを残したまま亡くなってしまった時、一日だけ元の世界へ帰ることができたらどうしますか?

愛する者の元へと帰る人もいれば、恨んでいる人を殺そうと考える人もいるでしょう。

ですが、黄泉還ることができるのは一日だけ。

せめて、やり残した後悔を少しでも晴らせる日となりますよう、心掛けてくださいね。

命は何があろうとも、一生に一度だけしか無い、尊いものですから。

 【オレは大丈夫だ】

 【今日は病院で定期検診を受けていたから】

 【お前は大学だったよな?】

 【無理して外に出るなよ!】


 よかった、健治は無事か……。

 今の今まで心配していた俺は、ほっと胸をなでおろす。

 絵文字やスタンプが一切ない単調な文字列。

 それでも、その報告は俺にとって朗報だった。

 無料チャットアプリで、わざわざ友の無事を確認するのは女々しいかもしれない。

 だが、あいつは手足に障害があって、いつも電動車椅子で移動していたから心配だったんだ。

 けどまあ、無事を確認できたから、これで一安心できる。

 家族も職場に到着している頃だし、ゼミのメンバーも俺のすぐ近くにいるから、もう心配することは……。


「おい、(あきら)! お前の家土砂崩れに巻き込まれたって聞いたぞ!」

「……なあ(かつ)(まさ)、それ本気で言ってんのか? こんな時に、不謹慎な冗談を言うなよ―――」

「バカ野郎! こんな時に、冗談なんか言えると思うか!?」

「―――っ!!」


 克正の怒声で我に返った俺は、思わず家がある方角の窓に目を向ける。

 いつもなら、ここから山に面した我が家が見えるはずだけど、今日は避難警報が発令される程の大雨だった。

 降り続ける雨のせいで、普通の窓がまるですりガラスのようになり、外の景色の全てがぼやけてよく見えない。

 けれど、もし本当に、土砂崩れが起こっていたのなら……。


「……まずい! 兄貴!!」


 そうだ、今日は珍しく兄貴が熱を出していたんだ。

 だから「ほっといてくれ」と言われたし、今朝から自室にこもって、ぐっすりと寝ているはず。

 もし、警報が発令されていると知らずに、避難することなく部屋で寝ているなら……!

 おまけに、兄貴の部屋は一階の山際じゃないか!!


「ちょっと、晃! どこ行く気なの!」

「決まってんだろ! 家に帰るんだよ!!」

「おい! 特別警報が出ている大雨の中、何も持たずに出ていくなんて、自殺行為だぞ!!」

「知るかよ! 家にいる兄貴の安否を、確認しなきゃいけねぇんだ!」

「レスキュー隊だって、まだ救助活動が出来ない状況なのよ! そんな中行ったってどうしようもないじゃない!」

「そんなこと言っている余裕なんてない! 悪いけど、行かせてもらうからな!」

「待って、晃!」「待てって言ってんだろ、おい!」「ちょっと! 晃君!?」


 結実(ゆみ)、克正、(まい)……悪ぃな、。

 けど、俺はどうしても、兄貴の安否が気になるんだ。

 だから、今だけは無茶を止めないでくれ……!

 必死で呼び止めてくれた三人に、そんな言葉をかける事すらできないまま、キャンパス屋内から、降りしきる雨の中へと駆け出した。

 校舎に取り残してしまったけど、あいつらはきっと大丈夫。

 舞はしっかり者だから、無鉄砲な二人を見ていてくれるはずだ。

 克正も結構突っ走る野郎だけど、婚約者の舞を置いて行くことはしないと思う。

 問題は結実か。あいつは周りから反発してばっかで、我が強いヤツだから、後を追いかけてきてなけりゃいいけど……。

 ってか、今はそれよりも、兄貴の方を優先すべきだよな。

 それにしても……。


「くそっ! やっぱり返事が無い! 無事だよな、兄貴……!?」


 三人の事を考えつつも、走りながらスマホの画面を触り続ける。

 普段こんなことをしてしまったら危険極まりないけど、この緊急時でそんなことは構っていられない。

 兄貴へと何度も電話したけど、一切繋がらないし、無料チャットアプリにも既読が付いていなかった。

 大学を出てから数分しかたっていないのに、あっという間に時間が過ぎているように感じる。

 クソッ! それもこれも、雨の勢いが一向に収まりそうにない事が悪い!

 目を半開きにしないと、ろくに視界が見えないし、雨粒が目に入ってきてうっとうしい。

 風が強くない事だけはまだマシだけれど、それでも体に纏わり付いてくる水滴のせいで、服が重くなって動きにくくなってしまう。

 もはや、全身がびしょ濡れになってしまっていたが、そんな事に構っている余裕なんてない。

 ただひたすらに、家へと駆け続けた。


「よし、ようやく橋まで……」


 兄貴へと電話をかけ続けながら、雨と格闘しているうちに、ようやく家の近くにある大橋近くまでたどり着いた。

 ここらで一番大きな川にかかるその橋は、全長百八十メートルを超え、数十年前に建てられたとは思えないほど綺麗なままで残っている。

 朝通って来たけれど、川の水は増えている様子はなかったから、ここを通っても、きっと問題ない。

 ……そう思っていたのに。


「ちょっと待て! マズいだろ! 今にも氾濫するぞ、これ!」


 大学へと向かう時は、ただ色が濁っていただけで、水位が上がっていなかったはず。

 それなのに、明らかに水かさを増した川は、茶色の水面をうねらせる濁流となって、今にも道路へと流れだそうとしていた。

 特別警報が出ているからって言っても、この川は二級河川だぞ!?

 どれだけ強い雨が降り続いているんだ……!?

 それに、もし、渡っている途中で、橋が川に飲み込まれたりでもしたら―――。


「んなことは、起こってから考えればいいだろ!」


 こうしている間にも、雨は降り続ける。

 川の水位はどんどん上がっていくだろうし、街中でも洪水が起こり始めるに違いない。

 ―――そして、兄貴が助かる確率も。

 無駄な事を考えて、もたもたしている時間なんて無いんだ!


「うおおおおおおおおおお!!」


 雨と向かい風に逆らうように叫んで、橋へと駆け出す。

 全てを飲み込んで氾濫しそうな川も、悲鳴のようなきしむ音を立てる橋も、全て無視した。

 ただ、早く我が家へと帰るために、それだけを考えて。


「はあっ、はあっ……」


 ど、どうにか、無事に渡りきれた……!

 急がなないとだけど、ちょっと、休憩を―――。


「うわっ……!」


 耳を劈くような大きな音と、立っていられない揺れを感じて、思わず地面へ這いつくばる。

 振り返ってみると、そこにはもう橋はなく、じわじわと泥水が街へと流れだしていた。


「あ、危なかった……。っと、そんなのを見て、惚けている余裕なんてないだろ!」


 休憩のため止めていた足を、力強く先へと踏み出す。

 橋を越えたんだ、家まではそこまで遠くない。

 小さな交差点を左に曲がり、人気のない路地裏を駆ける。

 坂道から滝のように流れ落ちる水をどうにか乗り越えて、右に曲がればすぐ……。


「はあっ、はあっ……嘘、だろ……!!」


 そこには、克正が言ったとおりの光景しかなくて……。

 裏が崖になっていた家は、何処も例外なく、土砂の中に埋もれてしまっていた。


「おい、兄貴! いたら返事しろ! おい!!」


 大声で呼びかけてみても、返事らしきものは聞こえてこない。

 雨の音にかき消されて俺の耳に届いていないのか、それとも、俺の声が届いていないのか……。


「おい! 聞こえてんのか!? なあ! 何とか言ったら―――」

「君! そこで何しているんだ!」


 右側から唐突に声を掛けられた。

 こんな時に何の用だと、文句を言おうとそちらへと顔を向ける。

 そこにいたのは、防災用の頑丈な雨合羽を着た男性。

 たぶん、消防隊員か警察官だと思う。

 自衛隊や救助隊が来るには、まだまだ時間がかかるはずだ。


「ここが俺の家で! 土砂崩れに巻き込まれたって聞いて……!!」

「まずは落ち着いて! 誰か探しているのかい!?」

「……兄が熱を出して、家で寝ていたはずなんです! もしかしたら、土砂崩れに巻き込まれているかもしれない!」

「ちょっと待ってくれ!! こちら永井! 土砂崩れの現場付近で―――」


 雨合羽の男性はそう言うと、無線で誰かと会話をし始める。

 けど、俺には、待っている余裕なんてないんだ!


「すみません! その間に探し―――」

「駄目だ! ここに居ろ!」

「っ! ちょっと! 放してください!!」


 無線機を片手に男性は、いまにも家があった場所へと向かおうとする、俺の腕を右手で掴む。

 振りほどいてやろうと思ったけれど、片手とは思えないほど、その手の握力は強かった。

 俺だって、高度救助隊に入るために相当に鍛えたはずだけど、握っている腕が全くびくともしないのは、俺以上に体を鍛えているのか、それとも、絶対に離さないように全力で掴んでいるからなのか……。

 そんな事を思っているうちに、無線での通話は終了していたようだった。


「確認が取れた! 君のお兄さんは無事に避難している!」

「ほ、本当ですか……!?」

「ああ! 警報を聞いて公民館に避難したそうだ! いま市の職員が看病している!」

「―――良かった。ああ……心配して、損したじゃ、ねぇかよ……!」


 その言葉を聞いた反動で体から力が抜ける。

 最近喧嘩ばかりしていたから、兄貴なんてどうなろうが気にしないと、勝手に思っていた。

 でも、無事が分かってここまで安心しているし、涙が止まらないのは、やっぱりいなくなってしまうのは辛いんだと確信した。


「あ、ごめんよ! 手、痛かっただろう?」

「いいえ、ありがとうございます。あのまま駆け出していたら、どうなっていたか分かりませんから」


 ようやく放された腕には、男性の手の跡がくっきりと残っている。

 その人も、力を込めすぎていたのか、手を痛そうに振っていた。


「ここは危険だ。お兄さんの安全も確認できたことだし、君もすぐに避難した方がいい」

「はい、すぐにでも避難します」

「そうだな……この状況だから、大学に避難するよりかは―――」


 ザザッという音と共に、若い男性の声が、無線機から聞こえ始めた。


「ごめん、ちょっと待ってくれ。こちら永井……」


 避難先を言おうとした雨合羽の人は、左胸の無線機をもう一度耳に当てる。

 話をしている途中だけど、仕方がない。

 彼らは現役の仕事人だ。こんな環境だと、優先順位は人命と同じぐらい情報に偏る。

 それに、俺は若いし男性だ。いつまでも心配されるような立場ではいられない。


 ―――それなのに、自分勝手に大学を飛び出した。

 ゼミのメンバーや教授、もしかしたら、避難し終わっている、両親や兄貴にも心配をかけてしまったかもしれない。

 人の事を考えているつもりで、自分のことを優先してしまった。

 ……なんて愚かな人間なんだ。

 せめて、何か手助けできることがあれば―――。


「―――なんだって!?」

「!」

「あ、ああ、すまないな。……で、特徴は……中学生の女の子と、小学生の男の子か。女の子は爪にピンクのネイル、男の子は……そうか、わかった」


 男性は無線機を胸ポケットへと戻す。

 その顔は、どこか憔悴しているように見えた。


「……逃げ遅れた人がいるんですね?」

「あ、ああ。けど、君には関係ない。山の中腹にある公民館に避難するんだ。君のお兄さんもいることだしね」

「……俺に、出来ることはありませんか?」

「何を言っているんだ! 君に出来ることは、ここから避難することだ!」

「いいえ、出来ることはあります! 俺は最近、特別救助隊のテストに合格しました! 春からはその一員です! きっと力になれる―――」

「だとしても、君は現場を知らない! 無謀だ!」

「けれど……!」

「繁華街はもう水没しかけているんだぞ! 状況も知らない人間が出しゃばっても、ただ被害が増えるだけなんだぞ!!」

「う……っ!」

「いいから、早く避難するんだ! わかったな!!」

「……クソっ!」


 男性が言っている言葉は、どれも正論だ。

 俺ががむしゃらに探し回ったって、二人を見つけられるとは限らない。

 それに、疲れた俺が洪水に巻き込まれて、二次被害を出してしまう可能性だって十分にある。


「わたしは、彼らの自宅へ行く。いいか、絶対に変な事を考えるなよ!」


 彼は、そう言い残して、足早にその場を去っていく。

 俺は、それをただ見ることしか出来なかった。


「―――ちくしょう! じゃあどうしろって言うんだよ!」


 雨空にそう吠えてみたって、何の返事も帰ってこない。

 俺は、このまま人に迷惑をかけて、のこのこと公民館に避難することしかできないのか……?


 ―――そんな事、俺自身が許せるわけがないだろ!!


「ごめんなさい。やっぱり俺は、困っている人を見過ごすわけにはいかないんだ」


 両頬をパンパンと、両手で強く叩く。

 気合いを入れるとき、気分を切り替えるときに使う、いつもの癖だった。


「うし! 行くぞ!」


 未だ降りやむ気配が無い雨の中、俺は雨合羽の人が向かった方向とは違う道へと、再び走り出した。

 行方不明の二人を探して、いち早く安全な場所へ避難させないと……!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ