神のみそしる -今朝のうっかり作りすぎー
登校用のカバンを手にしたまま、私は考えた。今朝作った味噌汁の鍋をしまうべきか、しまわざるべきか。キッチンに立っている場合じゃない。外出の時は迫っている。
昨夜の経験は、まだ記憶に新しい。昨日の味噌汁は腐らせてしまった。友人をあてにし、部屋を出たのがいけなかったのだ。気温も下がってきているし、まだ大丈夫かもしれないと油断したが最後、夕食を前に異臭を体験した。恐る恐る一口すすってみたものの、嘔吐。とても食べられたものじゃない。ミソスープをさらに発酵させたものは、腐敗の汚泥と表現するより他になかった。作り置きしようと思っていたのに……。
そんな苦い体験をした翌日にまた作りすぎてしまうあたり、やはり私は抜けているのかもしれない。だが、仕方ないだろう。頭に血が巡り始めるより早くできていたのだ。今は対応を考えるより他にない。
蓋をした鍋の側面に触れてみる。量があるせいかまだ温かい。このまま冷蔵庫に突っ込めば、内部では惨劇が繰り広げられるはずだ。鍋の熱が買い置きや作り置きの食材に伝播し、他の食材の鮮度まで損ねてしまう。一面生ごみと化した冷蔵庫の内部を想像し、気が付けば吐き気がこみ上げていた。常に最悪のシナリオを想定すべし……。
しかし、このまま鍋を放置してしまえば、待っているのは昨夜の光景だ。実家から送られてきた茄子がいたたまれない。一部を切り捨てるか、リスクを取るか悩ましい。
とりあえず、ボウルに水を張り、保冷剤とともに鍋を突っ込んでみた。ぎりぎりまで粘ることにする。しかし、効果は思わしくないようだ。遅刻寸前まで粘ってみても、鍋はまだ生温かい。このまま冷蔵庫に入れるのは危ないかもしれない。
悩んだ末に、もうしまってしまうことにした。これで腹を壊してしまったら、おとなしくもがき苦しもう。まあ、胃腸は強い方だし、多分大丈夫だ。うん、きっと大丈夫だ。
食中毒に半ばおびえながらも、私は鍋を冷蔵庫の中に入れた。ボウルから取り出した表面を、布きんで拭うことは忘れない。さて、今夜はどうなっているだろう。
のんきにしていてもいけない。早く家を出なくては。私は玄関に小走りで向かった。靴べらでかかとを靴に滑り込ませる。
「行ってきます」
何となく冷蔵庫に向かって挨拶をして、入り口のノブに手をかける。カチャリと軽やかな音がした。
あとはもうなるようにしかならない。施錠とともに気持ちを切り替えて走り出す。未来の不確かさが、何だか妙に心地よかった。