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『さよならロックンロール』

作者: れのん


ねえ。僕らはどこまで一緒にいれるのだろう


わからない。わからないから、今を必死に居よう


※最後に出てくる歌詞の訳は個人のサイトで気に入った物を使わせていただいています。かなりの意訳というか曲解が入っていると思うので雰囲気だけで味わってください。


 バイト先からの帰り道。偶然いつもと違う道を通った。そこで見つけた少年。


 下手糞なギターを弾いて、 い か に もな歌を歌っている。そんな少年。正直に言うと、この町にもこういう人種がいたのかとその時笑ってしまった。


 顔は少しカッコいいと思ったけれど、ただそれだけだ。

それだけなのに不思議と足を止めて見入ってしまう様な何かはあった。


 曲はニルヴァーナの『Come as You Are』。

 有名な曲ではあるが――それでも、わかる人にはわかるというだけだ。


 世間一般で言う流行りから逸れているどころの話ではない。この町で歩いてる人にこの曲を知ってますかと聞いても殆どが知らないと返すだろう。いやまあ私は知ってんだけどさ。知ってるけど、だからこそもう少しうまくやれよと。そう言いたい。


 珍しく足を止めてみてくれる観客の存在を意識してか、へたっぴなコバーン少年はハイトーンのきれいな歌声で尚更熱を入れて歌いだす。


 As I want you to be

 As a trend, as a friend 

 As an old Memoria


 矛盾している様だが、熱くてそれでいてしっとりと軽やかに歌い上げていく様子に、ギターは下手だけど歌は存外悪くないと、不覚にもそう思ってしまった。


 しばし聞き入っていると曲はやがて終盤へと差し掛かる。


 No I don't have a gun. No I don't have a gun.

 No I don't have a gun. No I don't have a gun.

 Memoria, memoria


「No I don't have a gun.」そう繰り返し歌っていた彼は二十七歳で口に銃を突っ込んで引き金を引いてあの世へ行った。どう思って彼は死んだのだろうか。どう思って彼はこの詩を綴っていたのだろうか。


 そんな事を考えているとは露知らず、少年は私に向かって「どうでした?」と、問いかけた。

「歌。よかったと思う。ただギターの方はもう少し――というか、かなり練習が必要だと思うけどね」


「ですよね。僕もそう思います」

 そう言って笑った。意外と純情そうな笑い方だった。


 少しそれが可笑しかったし可愛かった。


「ふふ……。あっ、拍手とかした方が良かった?」

「いえいえ。それよりもお金か食べ物がありがたいです。実は僕今お金なくて」


「あー……たしかに。いうたらアレだけど見るからにお金なさそうだね」


 彼の恰好は薄汚れたダメージジーンズとTシャツの上に古めかしいジャケットを羽織っただけだった。


「なんかコンビニで買ってきたげよっか?」

 少しなら別にかまわないし。


「マジですか! ダメもとでも言ってみるもんだね! 神に感謝!」

 いや、神よりも先に私に感謝をしろと。




 少し場所を移し、近場の公園のベンチに腰を掛ける。

 カシュっと、キリンのタブを開けると気持ちの良い音が鳴る。


「いいなー。おねーさんビール飲んでら」

 そう言ってこちらを羨まし気に見てくる。


 買ってきた物はビール一缶に値引きシールが張られたシャケとおかかのおにぎり二種。そしてレジ横のフランクフルト。


 少年にはビール以外をプレゼント。


「仕事終わりのビールは大人の特権だよ?」

 そう言った後、CMの様にできるだけオーバーにゴクゴクと音を立てて飲んでやった。


「でもさ。僕のおにぎりとフランクフルトじゃん!」

「なーに。何か不満があるのなら今からでも返却してもらうけど?」


 なんていうか、不思議とからかいたくなる子だなぁ、と思った。


「いえそうではないんですけども! アレです……水分が欲しいという事なのです」

 んー。確かに私が気が利いてなかったという事かもしれないが、気を利かせる道理もない……。


「んなら自販機とかで買ってきなよ。お金ないならそんぐらいはまた出すから」

 といって財布をバックから取り出そうとしたがそれを制止する少年。


「いえいえ。わざわざ買ってくるのもなんですからおねーさんのを一口だけいただければそれで」

 時折芝居がかった口調になるこの少年はどうやらビールを飲んでみたい様だ。


「一応聞くけどきみ何歳よ」

 別に私も大学に入ってすぐコッソリ飲んでたけどね。


「答えたらこれを貰えなくなる年齢とだけ……」

 そこ正直に答えるんだ……。


「ほれ。いーよ。飲んでみ。んでも、君が想像しているみたいにそんなに美味しいものじゃないよ」

 ビールの憧れなんて早いうちに捨てとくのがいい。ホントにあんまり美味しいものじゃないのに。


「えっ、いいの? ダメって言われるかと」

「別にー。いいんじゃない? 個人の自由だし。なんで?」


「いやだって歳聞いてきたからさ」

「あぁアレ? 意地悪で聞いただけよ。ホレ。飲んでみ」

 そう言って途中まで飲んだキリンの缶を渡す。


 少年は受け取ると食べていたものを飲み込んで少しためらってから口を付け――ゴフッと小さくむせた。


「プッ」

 こっちとしてはまさかむせるとは思っていなかったので思わず吹き出してしまった。


「ゲェホ……ヴォェ……」

「むせるって! 初めて飲んだにしてもなかなか無いぞ!」


「――ウェッ……ハア……ふう。そういえば俺炭酸苦手なんだよ……」

 それはビールに向いていないとしか言えない。というかなら何故そんな飲みたがるのか謎だ。


「大人がみんな飲むからなんとなく旨いもんなのかなって……」

 うーん。気持ちは分からんでもない。


「ビールは大概は初めて飲んだ時苦いって感じるんだけどね……。味分かった……?」

 苦いという人にはチビチビ飲まずに一気に飲んでのど越しを味わえと言うんだけど。


「うーん。なんとなく苦い感じはした」

 炭酸が苦手ならビールは向いてないよ。うん。




 あまりのビールは私が飲み干し、口直しにお茶を自販機で買ってきてあげる頃には少年も私が買い与えた食べ物を食べ終えていた。


「ありがと。おねーさんは歳は幾つなの?」

 その問いかけをした後かれは渡したお茶に口を付ける。


「女性に歳は聞いちゃいけないって親に教わらなかった?」

「んー確かにおばあちゃんに教わったけど、おねーさん若いしいいかなって」

 そうまで言われて立腹するほど狭量ではない。


「二十一の女子大生。ちなみに近くにある塾のバイト帰り」

「ちなみに僕は女子大生っていう響きに魅力を感じる高1男子です。名前はカナタ」


「コバーン少年の名前はカナタというのかー」

 カナタが先ほど歌っていたバンドはニルヴァーナと言ってそのギターとボーカルを担当していたのがカート・コバーンという人だ。


「おっ、いーね。おねーさんもニルヴァーナ好きなんですね?」

 そう言って同志を見つけた喜びから花が咲いたような笑顔を見せる。


「じゃなきゃあんなギターリフで足止めて素人の演奏なんて見ないから」

 その笑顔を曇らせようとワザときつい言葉を吐いてみたがカナタは気にした素振りもない。


「どうです。ご飯のお礼にリクエスト受けてますよ。もう一曲だけ聞いていきませんか」

「なら同じニルヴァーナの『Smells Like Teen Spirit』でお願い」


「歌詞は分るし歌えるんですけど、生憎とギターで弾けるのって『Come as You Are』だけなんですよ」


「は……?」

 ならなんでリクエスト聞いたし……。


「いやリクエストって一回やってみたくて」

 そう言って笑顔で笑うが、なんども笑顔だけで誤魔化されてあげる私ではない。


「貸しなさいそのお飾りのレスポール! ほら私が弾くからアンタ歌いな!」

 それを受け取り、肩にかけると久々のズシリとした重さがバイト終わりの肩を襲うが、むしろそれさえ心地よく感じる。


 当然の様に身体になじむ感覚。これだ。

 ギターがしばらくリズムを刻んだ後、彼の声がやってくる。


 Load up on guns, bring your friends

 It's fun to lose and to pretend

 She's over bored and self-assured

 I know, I know a dirty word


 観客なんて居ない、リズムも強弱もあったもんじゃない様な合わせ(セッション)になったけど、それでも最高に気持ちがいい夜だった。




 これから私たち二人は、公園で、カナタが歌っていた路上で、駅前で、いろんな所で二人で演奏をした。私がギターを弾いて、さらにカナタが歌う。そして雨の日や暇な時は私がカナタにギターを教える。


 私はいかにもな感じの歌を歌い路上ライブをする若者の仲間入りをしていた。


 


 ただ、それも長くは続かなかった。カナタは背が伸びて、声も変わり、そして歌えなくなった。

 人よりも声変りが遅かったカナタは声変りの時期に差し掛かり、それでも無理して歌い続けた結果、今までの澄んだハイトーンの声とは違ったものになってしまった。


「ねえ。私さ。もう四年生でさ」

「うん」


「それで、就職活動とかもさ、しなくちゃいけないからさ」

「……うん」

「もうこれで最後にしようよ」


「うん……。分かった」

 二兎を追うものは一兎も得ず。そしてロックシンガーという夢に生切る彼らは、カート・コバーンの様に銃で自らの手で命を絶ったり、シド・ヴィシャスの様にヘロイン中毒で死んだり、ランディ・ローズの様に飛行機事故で死んだり、ジョン・レノンの様に射殺されたり、そんなろくでもない未来が待っていた。


 結局。こんなもんなんだろう。現実って。


「でもどうか覚えていて。二人の時間を。それだけは絶対に覚えていて。夢を追いかけた時間を」

 さようなら大切だった人、そしてこれからも大切な人。私たち二人は何者にもなれなかったけれど、アナタは私の中で大切だった。


 伝えられなかったけれど、確かに大切だった。


 When I swear that I don't have a gun

 俺は銃を持っていないよ

 No I don't have a gun

 心からの言葉だよ。

 No I don't have a gun

 君を傷つけたりはしない。

 No I don't have a gun

 君のことを深く想っているんだ。

 No I don't have a gun

 俺の心の声さ。

 Memoria,

 覚えていて。

 Memoria

 どうか覚えていて。




結局、こんな終わり方になっちゃったね。


それでも、声が枯れるまで歌った。日が暮れるまで一緒にいた。

それらは無駄なんかじゃないんだ。

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