燃えるペンション
義人くんの話が終わる。
「そう。その時、姫奈を苦しめてた連中がそいつらだよ。なあ、美坂 美紗!吉田 太郎よォ!」
憎悪に満ちた表情で、凄まじい形相で、二人を睨み付ける。
その顔は、すでに人間のそれではなかった。
「お前ら笑ってたよな?姫奈が死んだって聞いて、平然とよ。楽しそうに笑ってたよな?人殺しはどっちだ。ああァ?どっちだか言ってみろよ!」
義人は激昂したようで、思い切り暴れまわる。
美紗さんが口を開いた。
「そんなの知らないって話だよ。あの姫奈は勝手に死んだだけでしょ?人殺し呼ばわりしないでくれる?そんなことより、そいつ早く縛りつけて警察につきだしてよ。もうじき嵐も去るだろうしさ。」窓の外を見ると、嵐はすでに弱まっている。この分だと、そろそろ船も動かせるだろう。
美紗さんがふてぶてしく言うと、さらに義人くんは怒りを顕にする。
太郎も美紗に続けて言った。
「そうだよ。そんなにたいしたことしてなかったのに勝手に死んだんじゃん!俺には関係ないよ!俺は、ただ姫奈の先輩として遊んでやったんだよ。そんなちょっとした遊びで勝手に死んだんじゃん!俺はなにも悪くない。」
「テメェら、悪いとも思わねぇんだな。テメェらはァ!」
義人くんが暴れ出すので、彰さん達が抑える力を強くする。
「一つだけわからないな。あの誠治さんとは、君たちとかなり年が離れてたと思うけど。」
そう。誠治さんは、義人くんたちのパパぐらいの年齢の筈だ。
いじめの話には関係なく思える。
「あいつは、そんときの教師だよ。部活のな。まあ、あいつは俺達の独断だ。姫奈は名前残してなかったけどさ、姫奈を救わなかったやつらは同罪なんだよねぇ!」
そんな話をしていると、どこからかオイルの臭さがただよってきた。
この部屋のドアが開いた。
海斗くんだ。
ノコギリを手に持って、その隣には、真央が腹から血を流して倒れている。
真央は呻き声をあげる。
どうやら生きてはいるようだ。
「この部屋の外に灯油を撒いた。邪魔をするなら火を放つ。俺達はどうせ、全部終わったら死ぬつもりだったからいいけどよ。てめえらはまだ生きていたいだろ。」
海斗くんはそういって、彰さん達に、義人くん、恵美子ちゃんを離すように指示した。
「その二人だけは殺す。」
扉を義人くん、恵美子ちゃんに封じさせて、ノコギリを持った海斗くんがまず美紗さんに迫る。
「いや!やめて!いや!ごめんなさい。謝るから。やめてやめてやめてやめて!」
僕は薊の手を引いて、扉に迫った。
ナイフを取り出して、恵美子ちゃんが僕にそれを向ける。
「あんた…。」
「待った。」
手ひらをかざして恵美子の動きを止める。
「邪魔をするつもりはないよ。君たちの動機が復讐ってこともわかったし、なら、僕にも薊にも関係ない筈だ。僕たちに危害が及ばないなら好きにしたらいい。だから部屋から出してもらえないかな。それに最初から死ぬつもりだったなら通報も恐れてないんだろ?バレずに殺せりゃそれでよし、バレてしまってもそれでよしぐらいの気持ちだったんじゃないか?なら僕たちに手を出す必要性はない。そうだろう。」
恵美子ちゃんは何やら考えている様子だったが、結局、ナイフを下ろし僕たちを通した。
僕は神名さん、彰さんにも声をかける。
「神名さんも彰さんも、彼らの話とは関係ありません。早く部屋を出てください。」
外に出た僕の手を薊が引っ張る。
「助けないと!ねえ!」
「駄目だ。下手に手を出したらあいつらは火をつける。そしたら、皆、揃って丸焼けだ。こんがり肉にはなりたくないし、こんがり薊肉なんてもっとごめんだ。」
僕がそういうと、薊は諦めた様子を見せた。
「わかった。わかったよ。」
僕たちに続いて、彰さんに神名さんも中から出てくる。
「仕方ないよね。」
「ああ、仕方ない。」
二人は「仕方ない」をしきりに口にしていた。
唯一、吉田さんは中から出てこなかった。
「待ってくれ!頼む!息子は助けてくれ!代わりに私を殺していいから!」
吉田さんは残って犯人の説得を試みてるようだが、恐らく効果はないだろう。
僕たちが部屋から少し離れた時、大きな声が聞こえた。
「ふ、ふざけんな!殺しなんか…、させるかっ…!犯人は、お前達には、私が…!お前達は、罰する!」
血塗れで真央が立ち上がって、美紗に太郎を助けに行こうとする。
入り口で、義人くんに突き飛ばされ、真央は廊下に倒れ込んだ。
起き上がれないようで、苦しそうにのたうち回っていた。
僕は真央の近くに行き、私怨による傷口を踏みにじりたい衝動を抑えて真央を背負った。
怪訝そうな目を義人くんが向けてくる。
「真央は関係ないんだし、回収してもいいよな。」
そういうと、義人くんは僕に背を向けた。
好きにしろってことだろう。
正直、見殺しにしてやりたいが、薊の前でこれ以上見殺しなんて情けない真似を晒したくない。
扉の中では、すでに美紗さんが血を流して倒れていた。
首からどぱどぱと大量の血が流れ出ている。
あれではもう、助からないだろう。
そして、吉田さんはそんな中で、それでも太郎を救おうと、必死に3人に懇願していた。
「どんな罰でも私が受けよう。だから太郎は。太郎は!」
太郎は父を盾にして、ただ震えているばかりだった。
「太郎は別にいいけどさ、吉田さんはできれば助けてやって欲しい。」
そう義人くんの背中に向かって言うと、義人くんは軽く頷いた。
僕は薊たちのところに急いだ。
1階に降りて外を見ると、もう雨はだいぶ弱くなっていた。
「この程度なら船にも乗れるんじゃないか。もしかしたら、迎え、きてるかもしれない。」
僕たちは、ペンションから出て船着き場に向かうことにした。
僕たちが外に出ると、ペンションの二階が激しく燃え上がった。
きっと、3人が死ぬ為に火を放ったんだろう。
吉田さんはどうなったんだろうか。
気にはなったが、僕たちはペンションを後にした。
船着き場に着くと、ちょうど一隻の船が着いていた。
「おお、無事だったか。嵐、凄かったからな。迎えにも来られんで。これでも、できるだけ早くこっちにこれるようにしたんだぞ。」
僕は船長さんに言う。
「あながち無事でもないですよ。」
船長さんが、僕が背負った血塗れの真央に気が付いた。
船長さんがぎょっとした顔になる。
「なにがあったんだ。」
「殺人事件です。」
「とりあえず、応急手当てできるようなものはありませんか。」
僕がそういうと、船長は真央を受け取って、船に乗り込んだ。
彰さんに、神名さんも船に乗り込む。
振り返り、島で最も高い場所で燃え盛るペンションに向かって小さく頭を下げた。
そして、僕は最後に船に乗り込んだ。
船は、燃え盛るペンションを背にして、島から遠ざかって行った。