3つの死体
僕たち食堂にいたグループが談話室に集まると、後から二階にいた真央に、女性二人組が入ってきた。
「殺されたって、誰が殺されたんです?」
僕が吉田さんに話しかけると、身体中をガタガタ震えさせたまま答えた。
「浅倉 誠治さんだ。」
誠治、ヤクザ探偵か。
「どういう状況だったんですか?」
その質問には、吉田さんの代わりに太郎が答えた。
太郎もブルブル震えている。
親子揃って震動してばかり、忙しいな。とか思った。
「俺が、デザートの話をして回ってたんだ。最後に、あのおっさんとこに行ったんだ。開けたら、血塗れで死んでんだ。」
さらに大きく、太郎は震えた。
要領を得ない。
後で自分で確認するか。
女性二人が声をあげた。
「その話、本当なんですか?」
女性は訝しげな様子だ。
いきなり人が死んだとかなんとか言われても、現実感がないのだろう。
「間違いない。本当だ。脈も取った。確実に死んでたよ。」
吉田さんが俯いた顔言うが、女性二人はまだ信じてない様子だ。
そんな女性二人に太郎が大声で叫んだ。
「信じないならさ!自分たちで見てこいよ!二階に上がって!あのおっさんの部屋で!」
太郎の様子を見てようやく女性二人は信じたらしく、暗い顔で黙り込んだ。
談話室を沈黙が支配する。
「あの、リーゼントの人は?」
重苦しい沈黙を破って神名さんが声をあげる。
そこで皆、リーゼントがいないことに気が付いたらしい。
ヤンキースの二人が不安そうな顔で答える。
「多分、部屋だと思いますけど。」
吉田さんが震えながら言葉を口にした。
「まさか、あの人が…?」
皆が吉田さんに注目する。
リーゼントがヤクザ探偵を殺したと考えているのだろうか。
それを受けて、真央が叫ぶ。
「あのリーゼントが殺人犯ってこと。なら、死んでも捕まえないといけないね。」
「とりあえず、部屋まで確認しに行こう。」
彰さんがそう言った。
ガキー太郎が首を横に振る。
どうしても二階に行きたくはないらしい。
「嫌だよ!あんなとこに行きたくない!俺は絶対いかない!勝手に皆で行けばいい!」
彰さんが言う。
「わかった。仕方ないな。じゃあ他の人たちだけで行くか。」
「待ってください。」
僕はガキー太郎はどうでもいいので放っといて、薊に言った。
「薊も、ここに残った方がいいよ。」
薊は頷いた。
「うん。そうする。」
続いて、女性二人組も残ると言い出した。
それを見て、吉田さんが呆れたような表情で太郎を見た。
吉田さんの視線に気がついて、太郎が「なんだよ!」と叫ぶ。
「他は皆、女の子なんだぞ。情けなくないのか?」
太郎は逆上した顔で叫ぶ。
「知るか!だいたい、俺はもう一回行ったんだ!いかない!いかない!いかない!」
僕たちは薊、女性二人組、太郎を残して二階に上がった。
リーゼントの部屋に行き、彰さんが部屋の中に声をかける。
「海斗くん。海斗くん、いるのか?」
彰さんがノブを回すが鍵がかかっている。
皆して顔を見合わせる。
「合鍵とか、マスターキーとかはありませんか?」
吉田さんに聞くと、吉田さんは首を横に振った。
「ないよ。部屋の鍵は一つずつなんだ。」
「なら、破りましょう。なにか斧とかありませんか。」
僕が吉田さんに言うと、「倉庫に1つだけ。持ってきますよ。」と去って行った。
すぐに斧を持った吉田さんが戻ってくる。
僕は吉田さんから斧を受け取り、扉を、ドアノブの近くに穴を開け始めた。
扉に空いた穴から手を入れて、鍵を開けた。
扉を開けると、中は真っ赤だった。
部屋の真ん中の床が、一面染まっている。
血の生臭さが部屋中に充満している。
僕は嗅ぎなれた血の生臭さの中に、なにか別の生臭さが紛れていることに気が付いた。
なんだ?これは?
正体は思い当たらなかった。
「酷い。」
神名さんが口を押さえて絶句する。
ヤンキースが部屋の中央に駆け出す。
「海斗!海斗!しっかりしてくれ!おい!おいってば!」二人がリーゼントの肩を揺らす。
リーゼントは、足を裂かれて殺されていた。
彰さんもリーゼントに近寄る。
僕も遅れて彰さんに続いた。
それに続いて、真央が中に入ってきた。
神名さんは外から中を窺うが、入ってはこない。
脈を測るが、すでに手は冷たかった。
彰さんが、リーゼントの体の下から何かを取り出し僕に見せる。
それは鍵だった。
「おい、これ。」
「鍵、ですね。この部屋のものでしょうか。」
続いて僕は窓に近づいた。
同じ事を考えたのだろう。彰さんも、同じタイミングで立ち上がり窓に寄って行った。
窓の鍵は閉まっていた。
他に出入り口はない。
「密室殺人ってやつだな。」
そういって、彰さんは慣れた様子で部屋の中を何枚か写真に納めた。
「戻ろう。」
彰さんが、遺体にすがって泣いている二人に声をかける。
僕は、遺体の頭の所に1枚の紙が落ちていることに気が付いた。
彰さんも除き込んでくる。
僕はそれを手に取り、広げてみる。
真坂 姫奈 を 知っているか?
紙にはそう書かれていた。
再び、全員で談話室に集まる。
まず、女性たちにリーゼントのことを報告した。
「本当なの?あの人も死んでるって。」
薊が泣きそうな顔でしがみついてきた。
頭を撫でながら答える。
「そうみたいだね。時間差みたいに、間髪入れず、二人目の死人だ。」
僕たちは状況を説明した。
部屋には鍵がかかっていたこと、その鍵は遺体の下に落ちていたこと、窓の鍵もかかっていたことだ。
最後に、僕はさっきの紙について説明した。
「あと、遺体の近くで紙を拾いました。紙にはこう書かれています。」
紙を皆の前に開いて出した。
「真坂 姫奈 を 知っているか?」
僕がそれを読むと、女性二人と、ガキー太郎の顔色が変わった。
もっと反応を見る為に言葉を続ける。
「暗号なのか、そのままの意味なのか。被害者が書いたのか、犯人が書いたのか。それはまだわかりません。」
「状況からいって自然なのは犯人でしょうか。真坂 姫奈っていうのが鍵なら、犯人はその関係者を狙うのかも。」
ガキー太郎の顔がみるみる内に青ざめていく。
やはり、関係者なのだろうか。
断定はできないが、その可能性は高いだろう。
「いや!帰る!帰る!私は関係ない!!」
突然、女性二人組の咲さんが叫んだ。
咲さんは談話室を飛び出して、玄関に向かった。
「ちょっと咲!待ちなよ!」
それを追って二人組片割れの美紗さんも飛び出した。
しかし、すぐに二人は絶望した顔で戻ってきた。
彰さんが近寄って聞く。
「どうしたんだ。」
二人は俯いて言った。
「外、すごい雨、風も。この嵐じゃ、島から出られない。」
しばらく沈黙したあと、太郎が声を発した。
「そ、そうだ!警察!警察に電話しよう!」
吉田さんは冷たく吐き捨てた。
「電話なんてない。知ってるだろ。」
尚も、太郎は食い下がる。
「無線機ならあった筈だよ!」
吉田さんははっとした様子を見せた。
「そうだ無線機だ!無線機で連絡とればいいんだ!そうだ。無線機だけは、緊急用に用意しといたんだ!
吉田さんが食堂を出るとそれに皆続いた。
吉田さんの私室に入る。
しかし、もたらされたのは、新たな絶望だった。
無線機は、使い物にならないよう、破壊されていた。
落胆した様子で、談話室に戻った。
「どうすればいいんだよ…。」
吉田さんは頭を抱えてる。
皆も暗い顔で、ため息ばかりだ。
この中に人殺しがいると思うと、当然だろう。
いや、しかし、外部犯の可能性はないだろうか。
気になることがある。
調べてみるか。
しかし、ひとりだと怪しまれるよな。
僕は彰さんに来てもらうことにした。
「彰さん。誠治さんの現場、少し調べたいんですが、一緒に来てもらえませんか?」
彰さんは「ああ、そうだな。調べてみた方がいいな。行こう。」とOKをしてくれた。
そんな僕たちに、真央が近づいてきた。
「なら、私もいく。人殺しなんか絶対許せないし、見つけ出して罰を与える。」
僕は、真央の言う罰という言葉に血が凍りつきそうになった。
僕にも、罰の名目で、指折ったり、体焼いたりしてくれたからな。
しかし、彰さんは首を横に振った。
「駄目だ。君は。」
僕との因縁のことが頭にあるのだろうかと一瞬思ったが、違った。
「あのとき、食事を終えて二階に戻った後の短い間で誠治さんと海斗くんは殺された。わからないか。」
なるほど、つまり、二人が殺されるとき上にいた人物が黒に近いっていうことか。
それなら僕は、少なくとも、薊と、彰さんと、神名さんの無罪は証明できる。ずっと食堂にいたのだから。
途中で抜けたヤンキースについては断定できないな。
彰さんも同じ事を考えているのだろう。
真央は彰さんをすごい形相で睨んだ。
彰さんは怯んで目を逸らす。
「そう。確かにそうね。じゃあ、二人だけで行けばいいんじゃないかな。その代わり、もし片方が犯人で、片方が殺されて、殺した方が犯人に襲われた!なんて口にしたら、誰にもそれが嘘か本当かわかんないけど。」
…真央の言うことは一理ある。
しかし、彰さんの無実は、僕にはわかりきっているが…。
いや、彰さんが、遠隔で殺害できる方法をとっていたらわからないか。
密室の上、遠隔で殺しを…?
…無理だろうな。
けど、念のため、もうひとり呼ぶことにしよう。
僕からして、無実が確定できるのは、後は薊と神名さんだけか。
僕は薊に血を見せたくなかったので、自己中だが神名さんを誘った。
「わかった。ついていく。部屋の前までなら。」
神名さんはあまり死体を見たくないようで、少し困った顔でそう言った。
「それでもいいです。感謝します。」
僕たちは、吉田さんにどこが誠治さんの部屋かを聞いて、三人で、誠治さんの部屋に向かった。
部屋につくと、彰さんは、まず死体を調べ始めた。
僕は、死体には目もくれず、床を隅から隅まで眺め尽くした。
「何をしてるんだ?」
彰さんが怪訝そうに訊ねてくる。
「外部犯の可能性を考えていたんですが、それはあり得そうもないですね。それを調べたかったんですよ。」
彰さんがどういうことかと訊ねてくる。
「食事のずっと前から、すでに天候は嵐でした。外部犯が侵入したなら床が濡れている筈です。」
「なら、やっぱり犯人は俺たちの中の誰かだと確定したわけか。」
「そうですね。彰さんの方はなにか見つかりましたか?」
彰さんは大袈裟に首を横に振った。
「いや、全然。けど1つだけ。この死体、足と頭を裂かれて死んでいる。」
それがどうしたというのだろうか。
「啓魔落の生け贄と同じだな。最初の少女は足から食われる。次の少女は足と胴を食われる。最後の少女は、胴を食われて、頭と足を食われる。」
死体を確認すると、確かに頭と胴を裂かれて死んでいた。
「だとすれば、先に殺されたのはリーゼントの方で、次に誠治さんの方ってことになりますね。」
彰さんが頷いた。
「後は…、なにも無さそうだな。」
改めて確認すると、死体の側に血のついた包丁が落ちていた。
なぜ?
もしそうなら、それはあり得ない。
僕はそれに違和感を覚えた。
しかし、それは、今、考えても仕方がないことだった。
「僕も確認したいことは全て確認できました。」
「じゃあ、戻るか。」
扉を開けると、神名さんがどうだったのかを訊ねてくる。
「後で皆の前でまとめて説明しますよ。」
談話室に戻り、全員に調べた事を説明する。
「この中に人殺しがいるんだね。」
薊が震えながらしがみついてくる。
「そういうことになるね。」
全員が全員を、疑いの目でにらみ合っている。
「そんで、第一の容疑者が私と、咲さんに美紗さんだと。」
真央が、首を竦めながら、冷めた目で僕たちを見てくる。
「そうだね。もっとも怪しいのは確かだろう。」
次点でヤンキースか。
しかし、ヤンキースには、ヤクザ探偵はともかく、リーゼントと入れ替わりで食堂にいたのだからリーゼントは殺せないが。
あるいは、太郎か、吉田さん。
または吉田さん親子の共犯の線もあるか。
ただ僕は、太郎が犯人の可能性に関しては、ないと思っている。
あんなヘタレ臭ただようガキっぽい小物に、人殺しなんか無理さ。
真央が馬鹿にしたような顔で自分の考えを口にした。
「あんたたち四人の共謀って事はない?全員が共犯で、嘘の証言をしてるのかも。」
回りの視線が僕たちに集まる。
確かに僕たちには、その可能性は否定できないだろう。
しかしここで始めて会った僕たちが、始めて会った人を共犯で殺したとでも思ってるのか。
いや、まて。
『真坂 姫奈 を 知っているか?』
あの紙はなんだろう?
実は面識の有った人がいた。ということだろうか。
口に出して、また、反応を確かめて見ることにした。
「真坂 姫奈を知っているか?…か。」
まただ。女性二人組と、太郎の顔色が青く変化する。
咲さん美紗さんと太郎は面識があるのだろうか。
三人はヤクザ探偵を知っていたのか。
それとも、ヤクザ探偵と三人が直接知り合いなんじゃなくて、全員、真坂 姫奈の知り合いなんだろうか。
僕が思案していると咲さんが叫んで出ていった。
「私は知らない!嫌だこんなところ!」
そんな咲さんを、美紗さんが追いかける。
続いて太郎も、皆を睨みながら消えて行った。
「そうだよ!俺もやだ!どいつが人殺しかわかりゃしない!」
太郎を追って、吉田さんも消える。
こういう状況の定石は、まとまって動かないことだと思うんだが。
僕は三人は放っといて、薊にどうするか聞いてみた。
「こういう状況の定石は、全員集まって固まることだけど、仮に集まっていたって、犯人に死に物狂いで襲われたら、2〜3人は犠牲者が出るかもしれない。どうする?」
「わからない。生、どうしたらいい?」
薊は僕の判断に従うつもりのようだ。
「少なくとも、僕は君をひとりにするつもりはない。…固まってようか…。」
談話室に残ったグループは、僕、薊、彰さん、神名さん、ヤンキース、それから真央だ。
残ったグループは、自然、真央から少し距離を取る。
僕たちは、自然、彰さんと神名さんの近くに寄る形になる。
時刻は今、12時になった。
24時間表記なら24時だ。
ヤンキースが食堂を出ようとする。
「どうした?」
彰さんが呼び掛けると、ヤンキースは言った。
「そろそろ眠らないと、眠らないと倒れるっすよ。」
疲れきった表情で、二人が出ていった。
「こんな状況でよく寝れるね。」
真央が背中を睨みながら言った。
「そりゃ怖いっすけど、でも、眠らなきゃいつか倒れて、そのときこそ犯人にやられるかもしれない。」
金髪パンチは金髪パンチなりに、頭を金色に輝かせて物事を考えているらしい。
「へえ。そうなの。もしかして、あんたたちの視点で見ると、犯人なんかいないから、ぐっすり寝れるのかな。」
金髪パンチは真央を睨んだが、なにも言わず去っていった。
「やっぱり、あいつが?
あいつなら、粛清をしなければ…。」
金髪パンチが出ていくと、神名さんが言った。
「わたしは、寝られそうにない。」
人が二人も死んだんだ。当然の反応だ。
二人が出てからすぐ、何処かから悲鳴が聞こえた。
「キャアアアアアアアアアアアア!」
五人で顔を見合わせて、食堂を出て駆け出した。
ヤンキースの近くで、誰か倒れている。
悲鳴を出したのは山姥だろうか。廊下に座り込んでいる。
たどり着くと、廊下で咲さんが倒れていた。
胴と頭と足を切られている。
廊下が血塗れだ。
「ヤ、ヤぁ…、あああ、いやアアアアアア!」
薊が叫び声をあげて僕にしがみついた。
がたがたと体が震えている。泣きじゃくって、顔がぐちゃぐちゃだ。
しまった。
咄嗟のことで頭が回らなかった。
食堂に残してくるべきだった。
神名さんも、「うっ。」とえずつと、口を手で覆い視線を新たな死体から外した。
真央は、僕と彰さんに続いて死体に近寄る。
今回の死体は、今までの死体の中でもっとも悲惨なものだった。
とりあえず、一緒に居た筈の美紗さんを確認したい。
「美紗さんはどこに?」
僕の声に全員が反応する。
「一緒に居た筈では?」
美紗さんは、震えながら遅れて現れた。
それに続いて二階にいた筈の全員が表れる。
美紗さんは咲さんの死体を見ると、駆け寄って涙を浮かべた。
「咲!咲!嘘でしょ?嘘だよね?ありえないよ!嘘だよ嘘!咲!咲!咲!咲!咲!咲てば!ねぇ!」
必死で体を揺すっているが、咲さんは動かない。
「美紗さん、どうして咲さんと離れたんですか?」
状況的に言えば、美紗さんが一番疑わしい。
咲さんを殺してその場を離れた後、今の今まで咲さんの死を知らなかったという風を装ってるんじゃないだろうか。
誠治さんも、海斗くんも、美紗さんには殺害が可能だった。
咲さんと美紗さんが共犯で、二人を殺して、そして、仲間割れをしたのか。
可能性としては考えられる。
「トイレに行くからって部屋を出てって…、それから、ずっと戻ってこなくて、怖くて、見にいけなくって…。」
泣きながら美紗さんが訴えかけてきた。
他の人たちも話を聞くと、似たようなもので、悲鳴を聞くまで部屋にいた。悲鳴が上がってからも、怖いので人が集まるまで中で様子を見てた。ということらしい。
「とりあえず、この遺体。どこかにしまわないか。」
そう言ったのは、彰さんだった。
「こんなところで野晒しにしてたら、不安になるだろ。」
「そうですね。」
遺体は僕と彰さんの二人で運んだ。
場所は、海斗くんの部屋の中だ。
とりあえず、壁際に、咲さんの遺体を安置する。
部屋の中を見回して、すぐに外に出た。
僕は皆の所に戻ると、神名さんに話かけた。
「あのガイドブックに載ってた啓魔落の生け贄の話って、続きはありますか。」
「どうして、そんなこと。」
「最初の一人、海斗くんは足を切られていました。次の犠牲者の誠治さんは、頭と足を切られていました。三人目の咲さんは、胴と、頭と足を切られていました。あの話と類似しています。犯人があえて似せた可能性もあるかなって思って。」
話していて、妙な部分に気が付いた。
足を切られて…。
なぜだ?どうして、あいつは?
頭の中でピースが組合わさる。
少しずつ、確実に。
確証が欲しいな。
「そうね。あの話はあれで終わり。後はより詳しい手順とか、呪文とかが存在するだけよ。」
なら、あの話に似せた殺人なら、これで終わりということか。
あの話に似せた殺人なら、ね。
僕たちはこの後、部屋に戻った。
一ヶ所にまとまって眠る事を提案はしたのだが、太郎が大きな声で叫んだ。
「寝てる間にやられたらどうするんだ!」
大多数の人たちは太郎に同調した。
見ず知らずの奴等、人殺しがいるかもしれない中で眠るよりは、一人で眠る事を選んだのだ。
同じベッドで、薊と寄り添い合う。
薊はがたがたと震えて僕に抱き付いてきた。
「大丈夫だよ。僕も薊も、殺されることはないから。」
根拠は、あのメッセージだ。
僕たちは、あのメッセージにあった真坂 姫奈という人物とは一切関係がない。
おそらく、海斗くんも誠治さんも、真坂 姫奈と何かしらの関係があったのだろう。
咲さんも、おそらくそうだ。
仮に関係がなかったとしても、まるで関係があるような動きをしてしまったから殺されたのだと思う。
僕たちは、そんな動きは一切してないし、大丈夫だ。
ただ、一応、策は講じるべきか。
僕はベッドから立ち上がって、ドアを背中にべったりつけると、そこで横になった。
ドアは外から押して中に入るタイプだ。
「こうしておけば、侵入者が中に入ろうとしたとき、背中にかかるドアの圧力で気がつく。」
布団なくてちょっと寒いけど、身を守る為だ。我慢しよう。
「だから、安心しなよ。」
そう言って、僕は眠りについた。
目を覚ますと、掛け布団が体を覆っていた。
掛け布団だけじゃなく、同室のルームシェアしてる女の子も、僕を覆っていた。
薊は怖かったのか、僕の近くで眠ることにしたらしい。
目を擦りながら立ち上がると、薊は僕に抱きついていたようで、引きずられるようにして起きた。
「あ、おはよ。」
あまりよく眠れなかったのだろう。目元に隈ができている。
「おはよう。」
僕は薊を連れて、1階の食堂におりた。
食堂に入ると僕たちに、何人かの睨むような視線が突き刺さった。
また、誰か犠牲者でも出たんだろうか。
しかし、食堂には全員、生存者は揃っている。
吉田さん親子はいないが、この時間ならキッチンで料理だろう。
単純に、場が猜疑心に支配されてるだけのことか。
すぐに料理を持った吉田さん親子が料理を持って現れる。
「こちら、朝の料理ですが、本来のメニューとは、変更させていただいてます。ご容赦ください。」
本来のメニューとはなんだろう。
彰さんが、スマートフォンを取り出した。
「本当は魚の料理だったらしいね。」
吉田さんが申し訳なさそうに頭を下げる。
「はい。どういうわけか、冷蔵庫から魚がかなりなくなってまして。」
「誰か、盗んだのか?」
彰さんがそう言いながら辺りを見渡す。
しかし、皆、なんのことだ。といった表情をしている。
皆がそんな顔をしてるから、僕もなんのことかな。といった顔を作った。
魚、ねぇ。なんのことかな。
何者かが食材を処分して、飢え死にを早めようとでもしてるのだろうか。とか思ったが、それは第二候補。第一候補として、僕は全く違う可能性を考えていた。
食事を終えて辺りを見渡すと、皆、あまり食欲がないようで、ほとんど手付かずのまま料理が残っていた。
ちなみに僕は全部食ったけど。
「…大丈夫?食べれないの?」
薊の手を取って訊ねた。
「うん。ダメみたい。」
ヤンキースの山姥が吉田さんを呼んだ。
「あの、これ、何か小さいタッパーか何かに入れてもらえませんか?」
今は食欲がないのだろう。
手をつけついるのは半分ぐらいだ。
隣の金髪パンチも似たようなもので、あまり食事を摂れていない。
金髪パンチも、「じゃあ俺も。」と頼む。
僕も手をあげて、薊の分を頼んだ。
吉田さんは順番に食事を持ってキッチンに行き、タッパーに詰めた料理と割り箸を持ってやって来た。
「では、こちらです。お待たせいたしました。」
順番にタッパーを手渡して行く。
軽く頭を下げて、僕はタッパーを受け取った。
「お腹が空いたらお食べ。」
受け取ったタッパーを、薊に横流しする。
「ありがとう。」
そう言って、薊はタッパーを受け取った。
「雨、止まないね。」
神名さんが窓の外を見ながら呟いた。
「明日には晴れますよ。きっと、おそらく、多分。」
根拠もなくそう言った。
「それまでに皆、殺されたら?」
神名さんが暗い顔で言う。
「大丈夫ですよ。」
だってもう犯人、わかったから。
今回の事件をまとめる。
まず海斗くんが殺された。
啓魔落の生け贄を模しているのか足を切られて。
海斗くんの部屋のドアには鍵がかかっていて、窓にも鍵がかかっていた。他に出入口は無かった。
次に殺されたと思われるのが誠治さん。頭と足を切られていた。
海斗くんの死体の側には、『真坂 姫奈 を 知っているか?』と書かれた紙が落ちていた。
それに対して妙な反応を見せたのは太郎と、咲さんに美紗さんだった。
被害者が殺された時間は、全員が揃って食事をし、それを終えて部屋に戻ってから、太郎がデザートを進めに二階にあがるまでの僅かな時間。
食堂にいたのは、最初、僕、薊、彰さん、神名さんの四人と、海斗くんだった。
しばらくして、食堂に金髪パンチと山姥が現れてから、入れ替わりで海斗くんは部屋に帰っていった。
なぜ一緒にいないのか二人に訊いたが、要領を得ない話しか返ってこなかった。
この後、被害者は殺害されたと思われる。
次に殺されたのは、咲さんだった。
咲さんは胴を切られて頭と足を切られていた。
咲さんが殺された場所は二階で、その時、二階にいたのは、吉田さん親子に、咲さん美紗さんだけだった。
第一発見者は金髪パンチに山姥だった。
僕は確認したいことがあった。
しかし、どう切り出すべきか悩む。
薊さえいないなら、簡単に切り出せることなのだが。
僕が思考錯誤をしていると、太郎が口を開いた。
「わかった。やっぱりやったのは、美紗さん、あんただ!あんたなら、誠治も海斗も、咲さんも殺せる機会があった!あんたしかいない!」
美紗さんが太郎に怒鳴り返す。
「なに言ってんの!そんなこと言ったら、あんただってどちらも殺せる機会があったでしょ!」
「ふざけんな!あんただ!あんただ!俺じゃない!俺はやってない!皆、コイツだって思うよな!」
太郎は僕たちに同意を得ようとしてきた。
「さあ、どちらかと言えば、美紗さんの方が怪しいのではないでしょうか。」
僕はあれを確認しに行くため、美紗さんに生け贄になってもらうことにした。
太郎はどうだ。といったような顔で、僕たちを見てくる。
「美紗さんが犯人なら、最初の二件の殺人事件に関しては、説明がつきます。もっとも、あの密室については説明できませんが、何かしらのトリックを使ったのでしょう。」
嘘だ。
密室の謎なんてとっくに解けてる。
これは真犯人を油断させる為の布石。
「それにそもそも、咲さんはかなり怖がっていました。そんな彼女が誰かに近寄ってこられたら、誰であれ逃げるんじゃないでしょうか。美紗さん以外だったら。」
皆の注目が美紗さんに集まった。
真央が美紗さんに近寄って行く。
無理やり真央が美紗さんを組伏せた。
「お前が、イカれた殺人鬼だったのか!制裁してやる!」
真央が美紗さんの腕を捻りあげると、美紗さんは悲痛なうなり声をあげる。
「とりあえず、ロープかなんかで縛りつけよう。」
そう言ったのは山姥だった。
吉田さんに聞く。
「このペンションには、人を閉じ込めておける場所はありませんか?」
「地下室なら、外から鍵をかけられます。」
美紗さんは、地下室に幽閉されることが決まった。
そんな話し合いの最中、僕は神名さんにある話をして、その場を抜け出した。
うまくやってくれるといいけど。
僕は手斧を持って、ある部屋に向かった。
手斧でその部屋をこじ開け、そこにあったカバンを漁る。
やっぱりあったか。
ようやく、自分自身、半信半疑だった推理に確証を持てた。
僕はそれをポケットに入れて、談話室に戻った。
談話室に戻ると、一件落着といった、安心仕切ったぬるま湯のような雰囲気になっていた。
何人か人が神名さんの近くに寄り、背中を撫でている。
どうやらうまく注意を引いておいてくれたらしい。
お陰で、今までいなかったことに気付かれていない。
「よかったな。犯人捕まって。」
なんて、彰さんが言っている。
それに追従して、皆、うんうんて頷いている。
皆の注目を引くよう大きな声で言った。
「捕まってませんよ。犯人。」
皆が僕の方に注意を向ける。
「なに言ってんだよ!お前もアイツだって言ったろ。」
太郎が僕の方を見てブーたれる。
「どういうこと?」
薊が僕に訊いてくる。
「あれは嘘ですよ。偽りです。虚言です。でまかせです。僕にはあることを確かめる為に、皆の注目をそらす必要があった。だから、美紗さんにだしになっていただいたんです。」
訝しげな視線で皆が僕を見る。
「密室の謎の解明がまだでしたよね。今からそれの…、いいえ。事件全ての正答をお見せします。」
まるでアニメのように気取った口振りで言って見せた。
「密室の謎って、わかったのか?」
彰さんが驚いた顔で訊いてくる。僕は大きく頷いて見せた。
「今から、そうですね。海斗くんの部屋にいきましょうか。そこで全てを説明します。」
最後に、吉田さんに一つ頼みをした。
「ああ、それから、包丁を1本貸していただけますか。」