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バカンス

僕たちがペンションを出ると、そのすぐ裏手に、小さな寂れた神社があることに気が付いた。

以間知未神社

そう書かれている。

正確な読み方はわからない。

「いましらまつ神社?いかんちすえ神社?いま、い、かん、しる、ち、まつ…。」

未知の漢字の読解で、薊は頭を抱える。

「いましらすえ神社。祀神は啓魔落(けいまら)様。」

後ろから声がして振り替えると、紙の長い女の人が立っていた。

女の人は紫の花が描かれた着物をきていて、全身から神秘的な雰囲気を撒き散らしている。

「いましらすえと読むんですか?」

薊が女の人に確認する。

「ええ。そう。ここは、三つ首の怪物を、神として奉り上げた神社。」

女の人は髪に手を触れる。

「あなたたち、ここの神社に参拝するの?」

女の人が、少し目を鋭くして訪ねてくる。

一歩前に出て僕が答える。

「ええ。そのつもりです。」

「そう。」

女の人はうつむいた。

「じゃあ、一つ。ここの神社では、自分以外の誰かが関わる願いだけはしては駄目。恋愛とかはもちろんだし、健康成就、安産祈願、交通安全でも、誰かの為に祈っては駄目。その人に不幸が訪れるから。ただ、祟るんなら、ここの神様はこれ以上ない力を見せてくれる。」

なんとも物騒な神様だ。

攻撃にステータスを全振りしたような神様だな。

「啓魔落様の伝承、聞きたい?」

女の人が僕たちに訪ねてくる。

「ガイドブックに載ってたやつですか。それなら大体把握してあります。」

女の人はかぶりをふる。

「ええ。そう。けど、それはほんのさわり程度。」

そうなのか。正直、興味はある。

「いいえ。結構です。聞きません。楽しい旅行に血生臭い話は要りません。」

しかし、薊はお断りをして、そそくさと僕の手を引き、神社の中に邁進していった。

僕は去り際、女の人に頭を下げた。

神社に入ると、すぐに賽銭箱の前に立ち、鈴を鳴らして5円玉を投げ込んだ。

(僕の平穏が長く続きますように。)

特に自分のことでは、他に願いもないので、とりあえず平和を願っておいた。

「薊はなにお願いしたんだ?」

お祈りの内容を聞いてみる。

「んー。健康成就かな。自分のことなら他になかったし。」

参拝も終えたので神社を出ることにした。

「そういえば、私達が出会ったのも神社だったね。」

薊が子供の頃を振り返る。

「そうだね。」

「あの頃は楽しかったね。皆で仲良く遊んだよね。私と、生に雄介、それから…。」

薊はそこまで言って、はっと口を閉じた。

もう一人の幼馴染み、愛美のことは、あの事件以来、僕たちの中では禁句のようになっていたからだ。

沈黙が重苦しい。

僕は無理やりそれを破った。

「海にいかないか?バカンスといえば海でバカラ的バカ騒ぎだろ。」

僕は薊の手を引いて、海まで歩き出した。

海には僕たちの他に、二人の女の子と、おっさんが一人いた。

女の子二人はビーチボールをしている。

おっさんは、日焼けをしているのか寝転がって動かない。

みんな楽しそうにしているが、僕は海にきたことを後悔していた。

気温が、昼になるにつれて徐々に上がっているらしく、釜茹でのように体が暑い。

海では日光が強く肌に突き刺さった。

「UV、暴れまわってるな。紫外線に赤外線と放射性廃棄物で、日焼け効果がやばいやばい。」

やれやれと、大袈裟に首を振ってみた。

とはいえ、日焼けを気にしたことは、生まれてこのかた一度もない。

「そんなこと言ってないで泳ぐよ。」

薊は、日焼けなんか気にしない。といった様子で浜辺を走っている。

手を引かれて、僕も強制的に高気温熱中症耐久マラソンに強制参加だ。

走ると余計に体温が上がる。

暑い。焼ける。

燃える。燃え尽きるよ。

真っ黒にな。

薊の水着は上下共にピンクのフリルで、下はスカートのようになっている。

その薊のセクスィー&プリティーな水着姿も、僕の体温をあげるのに三役買っているのは言うまでもない。

ボチャンと、海に飛び込んだ。

手を繋いだままなので、巻き添えをくった僕も続けてボチャン。

一気に暑さは何処かへ吹き飛んだ。

爽快感が身体中を駆け巡る。

思わず叫んだ。

「「つめてーーーーーー!!!」」

ハモった。

しばらく泳いでいると、薊が僕にある提案をしてきた。

「ねえ。泳ぎ勝負しない?」

「いいともさ。」

「そんで、負けた方が、勝った方のいうことを一つ聞く。」

「いいともさ。」

勝負のルールは、旗から旗までどちらが早く到着できるか。というだけの簡単なものだった。

僕らは位置についた。

レディ・ゴー!

合図と共に全力で泳いだ。

勝ったのは、薊だ。

勝負は接戦だった。

最後の最後に、少し大きめの波が僕に直撃し、それが動きを遅らせた。

「勝った!じゃあ、なにお願いしようかなー!」

薊は上機嫌にお願い事を思案していた。

それから夕日が照りつけるまで、僕たちは海で泳いでいた。

泳ぎ疲れた僕たちはペンションに戻った。

ペンションに戻ると夕食のいい香りがした。

オーナーのネームプレートには吉田とあるので吉田さんが出迎えてくれた。

「お夕食の用意がございますが、いかがなさいますか?」

「どうする?」

僕は薊に丸投げした。

「じゃあ、食べちゃおうか。そうですね。はい。食べます。」

「では、こちらに。」

吉田さんに案内されるがまま食堂に入った。

食堂は一風変わった作りで、大きな円卓が一つだけあり、そして椅子が13個だけあった。

テーブルと椅子には、1から13までの数字が時計回りに書いてある。

廊下から扉を開けると、正面の壁に大きな十字架の飾りがあり、その下に剣の置物がある。

そのちょうど前に1番の席がある。

薊が呟いた。

「これは、アーサー王の話だよね。」

「そうだね。とりあえず、13番目の席はやめておきなよ。呪われてるから。」

僕は薊にそういって、2と3の席に座った。

しばらく待っていると、吉田さんが水を運んでやってきた。

「どうぞ。どうですかこの食堂は。いい作りでしょう。アーサー王物語、知ってますか?普段は13番目の席は鎖で巻いて使えないようにしてるのですが、今日は人がちょうど13人いるので、使えるようにしてるんです。」

そう笑顔で言ってくる。

どうやらこの食堂は、完全に吉田さんの趣味らしい。

「そうなんですか。いいデザインっていうのかな。だと思いますよ。」

そういうと、上機嫌な足取りで吉田さんはキッチンに戻って行った。

しばらく食事を待っていると、食堂に男二人組が入ってきた。

二人組の片方は、金髪パンチパーマで、所謂、ヤンキーといった風貌だ。

もう一人は、黒髪リーゼントという時代錯誤の、所謂、ヤンキーといった風貌だ。

ヤンキー二人組、(複数系をつけてヤンキースとでもしようか。)は、僕たちの正面の席に座った。

ヤンキースに続いて、頭を金髪に染め上げて、化粧で顔中をコーティングした山姥系女子が入ってくる。

山姥系女子はヤンキースのリーゼントの隣に座った。

そして、三人でなにやら、やたらと大きな声で話始めた。

どうやらこの三人はこれでセットなようだ。

リーゼントをハンバーガー、金髪パンチパーマをポテトとしたら、山姥がジュースかな。なんて考えた。

続いて、食堂におっさんが入ってくる。さっき、海で体を焼いていたおっさんだ。

おっさんは髭面で、やたらとダンディズム溢れる見た目をしていた。

ヤクザか探偵だな。

僕の中でストーリーが作られ始めた。

おっさんは、なんと13番目の席に座った。

「13番目だな。」

僕は薊を見て、小さく呟いた。

「なんか縁起悪いな。」

続いて食堂に入ってきたのは、彰さんだった。相変わらずカメラを持っている。

彰さんは僕たちの方に歩いてきた。

「やあやあ、君たち、楽しんできたかい?いやね。この島はいいな。いい画がたくさん撮れたよ。」

「そうですか。」

写真に関しては知識がないので、無難にあいずちを打つ。

「あそこは行ったかい?島の北側に鍾乳洞があってね。そこがなかなかいい風景なんだ。あとは、回りにある昔の村の跡地なんだけど、ホラーな感じを醸し出してて良かったよ。」

「そうなんですね。鍾乳洞は少し興味あります。お宝とかありそう。クラーケンの財宝が隠されているかも。」

そう答えたのは薊だ。

「キャプテン・クラーケンか。いったいどんな財宝残したんだろうね。」

彰さんはそこまで言って、唐突に僕たちの側を離れて向かいに移動した。

「君たち!」

ヤンキースに大きな声で話しかける。

ヤンキースのリーゼントが「なんすか?」と、怪訝そうな目で答えた。

「いいねぇ!いいよ!悪そうな感じ出てて。こう、いかついって感じのは最近見ないからね!写真撮らしてくれないかな?」

ヤンキースは満更でもない様子で、「別にいいっすけど。」と言って立ち上がった。

「じゃあ、そこの壁の前に立って、ちょっと上目で睨むように、よしよし、いいねぇ!」

フラッシュがたかれた。

「次はヤンキー座りで、中指を立てて…。」

そんなやり取りが目の前でなされる中で、食堂の扉が開いた。

さっき神社で会った、着物を着た神秘的なオーラの女の人だった。

一瞬、食堂が静まり、皆の注意がそちらに向く。

女の人は気にした様子もなく、真っ直ぐ歩いてきて、僕の隣に座った。

「こんにちは。またあったね。」

女の人はそういって挨拶してくる。

「席、変わって。」

薊は小さな声でそういうと、僕を立たせて席を入れ替わった。

薊が女の人の隣になる。

嫉妬心というやつかな。

まあ、それだけじゃないんだろうけどね。トラウマ防止用肉壁になってくれてるんだろう。

「どうしたの?」

薊の方を見て、女の人が声をかける。

「彼の隣には座らないでください。」

ピシャリと言い切った。

修羅場か。ここからドロドロの三角関係になり、ドロドロの血飛沫が舞散るわけだな。

スプラッタはお断りだ。

どの口が言ってんだろうか。

「どうして?」

女の子は、本当に分かってない様子で訪ねる。

「付き合ってるからだよ。」

薊が僕の腕をとってそう言った。

回りの人が少しこっちに注目する。

少し恥ずかしいので、天井を見て明日の天気予報に思いを馳せた。

ただし、ここにはテレビがないから適当だ。

翌日は、晴天なり。

「そうなの。」

女の人はそういって、納得した様子だった。

そんなことより、昼間の話が気になる。

さっきは薊に阻止されたが、会話に割って入って聞いてみることにした。

「それより、さっきの啓魔落についての伝承、聞きたいんですけど。」

女の人は微笑みを浮かべて、頷いた。

「いいよ。」

「駄目。」

すぐに薊が阻止する。

「…、薊って、怖いの苦手だったっけ?」

「…苦手じゃないよ…。全然平気だよ。」

顔を強張らせながら平気という。

大丈夫そうには見えないが…。

しかたないか。

「やっぱり、いいです。」

僕は断った。

しかし、僕が断ると、薊が言った。

「いいですよ。教えてください。」

女の人は話し始めた。


昔々、虹輪村を飢饉が襲った。

虹輪村は漁をして食べ物を繋いでいたが、漁に出ても魚が取れない。

村の農業も、不作で食べ物がなくなった。

困ったときの神頼みで、村人達は神社に行った。

神社でお祈りをしていると、後ろから気配を感じた。

村人達が振り返ると、啓魔落様が座って村人達を見ていた。

村人達は啓魔落様に、飢饉から村を救ってくれるように頼んだ。

啓魔落様は村人達に言った。

若き女の血が飲みたい。

三つほどもあれば満たされるはずだ。

わしに供物を捧げよ。

さすれば、飢えから村を救ってやろう。

村に戻った村人達は三人の少女を捕まえた。

しかし、村人の何人かは、少女を渡すまいとする家族に殺された。

村人達も、少女の家族を殺し返す。

十人と少しの死人が出て、ようやく少女達を連れ去った。

村人達は少女を縛り、啓魔落様に捧げた。

啓魔落様は、捧げられた少女を食らい出す。

少女を食らい尽くした啓魔落様に、村人達は言った。

では、村を飢饉から救ってください。

そう言われた啓魔落様は言った。

飢えからなら、すでに村は救われている。

村人達はなんのことかわからずに顔を見合わせた。

十人と幾ばくかの血が流れたのだろう。喰う者が減れば、食う物は残る。

つまり、啓魔落様がされたことは口減らしだった。

そして、さらに啓魔落様は言った。

しかし、まだ豊とは程遠い。

わしに供物をまだ捧げよ。

残った者に、私は福をもたらそう。

村人達はお互いに殺し合いをした。

最後に残ったはお前か。

お前には無限の幸を与えよう。

啓魔落様の祝福を受けた最後の一人は、今生まで幸福に過ごしたのだった。

しかし、その者の側で過ごした者は、すべからく不幸になったという。

女の人の話が終わる。

「つまり啓魔落様は、誰かから幸福を奪いとって自分の幸福にする。そういう神様だよ。」

僕が隣を見ると、薊はげんなりしたような顔をしていた。

「だから、誰かの為に祈っては駄目だと。」

昼間に言われたことを思い出した。

「しかし、あなたは詳しいんですね。ガイドブックにも載ってないような話を知ってて。昔の虹輪村の関係者だったりするんですか。」

僕のその問いに、女の人は別の形で答えた。

「私、未知(いましら) 神名(かんな)って名前なの。」

いましら?確か神社はいましらすえ神社だったな。

「じゃあ、あの神社の。」

「そう。祭祀をやっていた家系。そして今も、たまにこの島に戻ってきて、巫女としての仕事をしてる。」

巫女だったのか。

神名さんの話が終わった頃、吉田さんが料理を運んできた。

料理はクリームシチューだ。

僕はクリームシチューを食べる。

旨かった。まるで口の中で玉手箱と宝石箱が忘れられない思い出に…。

どうやらグルメリポーターの才能は、僕にはないらしい。

食事を終えると、まずヤンキースたちが食堂から消えた。

次に薊が「外、探検しようよ!」と提案してきた。

「懐中電灯2つあるし、電池も30個ほど持ってきたからさ!」

用意周到過ぎる。

この子は雪山でも、遭難とかしないんだろうな。と感心した。

探検する為に、僕たちが食堂を出ると、入れ替わりで女性が二人入って行った。

昼間、海で見かけた人たちだろう。

軽くお辞儀をして、僕たちはペンションを出ていった。

夜の森は真っ暗で静まり返っていた。

時折聞こえる虫の声や、踏み締める草木の音だけが空間にこだまする。

しばらく歩いていると赤い鳥居が見えた。

どうやら以間知末神社の裏側に来ていたらしい。

鳥居の中に入ると、昼間は気がつかなかったが、三つの首を模した石像があった。

北側に鯰の首が、西側に蜘蛛の首が、そして東側にフクロウの首が置かれていた。

鯰の首は一回り大きく作られている。

「気持ち悪い。」

薊はそう言って立ち去ろうとした。

石像は精巧に、かつリアルに作られていて、夜で懐中電灯がなければなにも見えない暗さであることもあってか、かなり不気味に見える。

「この神様って鯰があくまでメインなんだな。」

「いいからいこうよ。」

「わかった。」

薊が急かすので、もう立ち去ることにした。

入り口の近くに来ると、行きは気がつかなかったが、入り口に石碑があり、その隣に大きな絵が飾られていた。

絵を懐中電灯で照らすと、その絵が浮かび上がる。

絵では、首だけの鯰、蜘蛛、フクロウが笑っていて、その下に人間の女の子が数人足や手を切られて横たわっている。

女の子はもがいて逃れようとしているが、逃げ道に首のない熊が立ち、道を塞いでいる。

熊の近くには翼を切り離されたコウモリが転がっていて、熊は片手で切り離された翼を握りしめている。

さらに、女の子達の体には、タコの足が絡みついて、首を締め上げている。

「ひっ。」

薊は驚いたようで、小さく悲鳴をあげた。

「悪趣味だな。神様ってより、ただの化け物だよな。」

僕のそんな言葉は聞いてないようで、薊はペンションまでの道程を走り出した。

僕もとりあえず追いかけた。

息を切らせて玄関に倒れ混む。

「なになにどーしたのー?ぜーぜーしちゃって。」

始めて見る男が僕たちに近寄る。

「すげー息、マラソンしてきたみたい。」

その男と話をしていると、吉田さんがやって来た。

「太郎、戻りなさい。」

どうやら、その太郎は吉田さんの息子らしい。

「つまんないのー。わかった戻るよー。」

そう言って、太郎は去って行った。

年は僕たちと変わらないぐらいなんだろうが、ずいぶんとガキっぽい人だな。と思った。

ガキー太郎と心の中で呼んでやろう。

僕たちが部屋に戻ろうとすると、吉田さんが引き留めた。

「もし、よろしければ、体の温まるものでもお持ちしましょうか。紅茶でもいかがですか。」

僕は勧められるがまま、紅茶をいただくことにした。

「じゃあ、お願いします。」

「では、そちらの談話室の方でお待ちください。」

礼をして、吉田さんはキッチンに消えた。

なんか、プロフェッショナルな感じの人だな。アーサー王のくだりを除けばって条件はつくけど。

談話室は、人でごった返していた。見渡す限り人、人、人。

それもその筈だ。

どうやら、ここの客全員が、ここに結集しているらしい。

そして、見渡す限り酒、酒、酒。

大人達が大騒ぎで酒盛りをしていた。

僕はこの中に混ざり込める自信がなく、見なかったことにして扉を閉じるか、見てしまったものは仕方ないとして黙って立ち去るか。の2択問題に頭を悩ませた。

僕が頭を抱えていると、彰さんがこっちにやって来て、飲めや踊れやのパニックワールドに僕たちを引き込んだ。

そして、薊と一緒に中のソファに腰かける。

「さあ。少年。ぐっと飲むがいい。」

彰さんは僕の目の前にビールの入ったボトルを置いた。

「少年。つまり、未成年だと分かってるのに、平然と酒を勧める倫理観の無さに僕は驚愕を覚えるのですが、とりあえずそれは置いといて、赤ワインならいただきましょう。」

飲んだこともないのに、ふてぶてしく偉そうに言ってやった。

「はいよ。」

隣から、赤ワインがやって来た。

赤ワインを寄越してきたのは、ヤンキースのリーゼントだった。

「未成年者でも気にしたら負けさ!俺も、義人(よしと)恵美子(えみこ)も…、あ、俺は海斗(かいと)だけど、みんな17だけど気にしてないぞ!」

リーゼントが海斗。金髪パンチパーマが義人。山姥が恵美子。という名前らしい。

3人そろって、チンピラ戦隊!ヤンキース!

じゃなくて、気にしろよ。

法令遵守だ。法律を破る奴は非国民だ!

しかし、ブーメランになるので口には出さなかった。

とりあえず、自分で注文した手前、飲まない訳にはいかない。

一口飲んだ。

消毒液の臭いが口の中に広がり、味のゴミ箱だー。

「ごちそうさま。」

そう言って、ワイングラスを置いた。

「なんだ。飲まんのか。ならいただくぞ。」

ヤクザ探偵のおっさんが、ワイングラスを引ったくる。

「誠治さん。飲み過ぎじゃないですか。」

ヤクザ探偵は誠治さんらしい。

「いやいや、大丈夫だよ。咲っち。」

さっきの女性二人組の一人はさきっちらしい。因みにもう一人は美紗って名らしい。

さきっち さきち 佐吉…。

佐吉?男っぽい名前だな。

「男みたいですね。」

小さなか細い蚊が鳴くような小さく細かい声をあげて言ってみた。

「生、顔、真っ赤だよ?大丈夫?」

隣でなにやら薊が威っている。

体があっちっちを木にかけて暮れているらしい。

「君の瞳が美し過ぎて照れてるだけさ。僕の女神様。素敵だよ。」

とりあえず、抱き締めて、ほっぺにチューをしてみた。

なにやらまわりから声があがりゅ、あがるこど、上がるけど気にしない。

「酒、弱いんだなー。平気か?」

誰かの声が聞こえた。

しらーぬ。ぞんぜーぬ。まりあんぬ。

僕は、なんも聞こえないのだ。

楽しくなって笑い声がこぼれる。

笑ってるうちに意識がなくなった。

目が覚めると、僕はベッドの上にいた。

隣のベッドで薊も寝息をたてている。

頭が痛い。昨日何があったっけ。

赤ワイン以降の記憶がぽっかりとない。

とりあえず、体もダルいから二度寝することにした。

二度寝して体を癒すのは至福だ。

しばらくして、薊に起こされて起きる。

「おはよう。」

寝ぼけた眼を擦りながら、挨拶をする。

まだ、頭が痛い。

「ずつーひでー。」

固めを強くつぶりながら、痛みをアピールする。

「大丈夫?」

薊は心配そうな顔で見てきた。

「平気、平然、どんなケガでも病気でも、動ける内は大丈夫なのさ。」

親指を立てて無傷をアピールする。

「じゃあ、朝ごはんいこうか。」

薊の手を引いて、僕は下のフロアに降りていった。

食卓に入ると、彰さんがなにやら楽しそうな顔で近付いてきた。

彰さん以外にも、食卓についている全員、ヤンキースたち、それからヤクザ探偵がこちらを気にしている。

「女神様とは今日も仲良しか。いやーよかったよかった。」

なんだそれは?

薊を見ると、なにやら頬を赤らめている。

僕が怪訝そうな顔をしていると、彰さんは残念そうに口ずさんだ。

「なんだ。記憶にないのか。まあ、思い出さない方がいいやな。」

彰さんは食事に戻った。

僕たちも席について食事をした。

僕たちが食事を終えて食卓を出ると、吉田親子が来客を出迎えている所だった。

「朝日 真央様ですね。」

その名前を聞いて、僕はぞっと背中に鳥肌がたった。

手足が小刻みに震え出す。

薊も気が付いたらしく、僕を庇うようにして手を引いて、裏口から外に出た。

表に回って中の様子を窺う。

後ろ姿しか見えなかったが間違いない。

僕は、昔あの女に受けた残虐な行為を思い出して具合が悪くなった。

薊が僕の肩を抱いてくれる。

すると、気持ちが少しずつ落ち着いてきた。

「まったく嫌な奴が現れたもんだよ。なんだか、昔、折られた指に痛みが戻ってきた。ああ、なんか頭も痛い気がするな。ああ、こいつは二日酔いか。」

早口で色々口ずさむ。

さらに気持ちが落ち着いた。

僕たちは真央が去ったのを確認すると、表の玄関で靴を取り、そのまま二人で遊びに行った。


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