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ディメンションゲート  作者: 藤井 サトル
1巻 運命を変える者
9/35

VSアイゼンスライム

 気持ち悪い……


 『アイゼンスライム』と戦う前、草原についたばかりのころに戻った大和が最初に思ったことである。

 クリスタルのいる場所からこの世界に来る時、様々な色が混ざり合いぐにゃぐにゃした景色を強制的に見せられた。

 それはまるで死んだ時間から自分が望んだ時間までに見た物を強制的に見せられると同時にジェットコースターに乗せて上や下に体をシェイクするように振り回される感覚を一気に体験させられたかのようだった。

「ヤマトはアレ知ってるの?……ってアンタ顔色悪いわよ」

 プリムが冷や汗をたらしてモンスターから大和に振り向くと、その大和は顔色が真っ青になっていて心配になる。

 大和はプリムの一言で今、どんな状態か、どんな状況かを理解する。

「え?……本当に顔色が悪いです。ヤマト大丈夫ですか……?」

 セラがプリムの声を聴いて人と認識している『アイゼンスライム』から目を離し大和に近づき、セラは覗き込む様に大和の顔を見る。

 大和より身長の低いセラは下から上を見上げる形となる。つまるところそれは好きな女の子が心配そうに、且つ、やや上目遣いで声をかけてきている状況だ。

 そんな状態で平常心で返事が出来るわけもなく、大和は気持ち悪さも忘れて恥ずかしさがこみあげ、心臓の鼓動が少しだけ早まり、頬を赤くしながら答える。

「あ、ああ。だだ大丈夫だよ……」

「大丈夫ならいいけど……それで、ヤマト。アレは何なの?」

 顔色の悪さはよくなさそうと思いながらもプリムは大和の言葉に頷いた後、もう一度、草原に佇んでいてまるで不吉の象徴を形にしたようなモノについて尋ねる。

 セラはピンと来ていないのかプリムを見つつ『人じゃないの』と内心思いながら首をかしげているのを他所に大和はどう答えるかを考える。


 このまま情報を教えて大丈夫だろうか。言えば記憶喪失である自分の事を疑うよな。……それじゃあ言わないほうがいいのだろうか?だけど、言わなければあのモンスターがどれくらい危険かセラ達には分からない。分からないまま不用意に近づいてしまえば……また死ぬことになるか。それなら言って疑われるか。でも、さっき死ぬ前に口を滑らせても深く詮索されなかったから……きっと言って大丈夫だよな?それにもう、セラが死ぬのは嫌だ


「アレはアイゼンスライムだ」

 セラが驚いた様に大和に振り向きプリムは疑うようなまなざしを大和に向ける。

 それも当然で大和は前日に記憶喪失で自分の名前以外知らないと言ったばかりだ。

 少しでも警戒を解けてきた矢先にこのセリフである。心の中で大丈夫だ。と何度言っても大和の冷や汗は止まらない。

「ヤマトはその……アイゼンスライム?の事を知ってるんですか?」

 プリムから何か言われるかと身構えたが、先に口を開いたのはセラだった。

「ああ、少しだけ知ってる」

 大和は前回と同じ様に続ける。

「あれも一応スライムなんだ」

「人の姿してるけど、スライムなの?」

 セラが首をかしげながら投げかけた言葉に大和は頷く。

「そうだ。ちょうど伸びている草のせいで見えにくいが、脚がスライムの形をしているんだ。だが、スライムと違って鉄のように硬い上にあの体は水のようにしなやかに動いてくる柔軟性も持つ凶悪なモンスターだ。戦ったら……死ぬだろうな」

「そんな、なんでそんなモンスターがここに……」

 『アイゼンスライム』の異様の姿が大和の言葉に信憑性を持たせたのか、セラは青ざめた顔をしながら嘆くようにつぶやく。

「プリム、俺たちの依頼は偵察だよな?なら、ここは退いてギルドに報告して終わりでいいんじゃないか」

 プリムがどれくらい自分の言葉を信じてくれるか分からないが、それでも言える事を伝えられた大和としてはこの場から一刻も早く離れさせたい事でいっぱいだ。

「…………」

 更に疑ってくると思っていたプリムのまなざしはいつの間にかに消えていた。

 変わりにプリムのまなざしは『アイゼンスライム』に向けられていた。

「確かにギルドの依頼をはそうなのよね……でも……」

 あのモンスターが危険である事は直感的に理解しつつあったところに大和の説明を聞いたプリムは、ここで逃げるのは十分ありだとわかっていた。だが、それと同時にもう一つの不安要素が彼女を踏みとどませた。

「だ、ダメ!そんな危険なモンスターがもし町に向かったら大勢の人が……」

 そしてその不安要素を口にしたのがセラだった。

 確かにあのモンスターが町に行ってしまったら町は壊滅する事が大和にも容易に想像が出来る。

「だけど俺たちじゃ勝てない……死ぬだけだ!」

「そんなの、そんなのやってみないと分からないじゃない!……それとも町にいるハンターの方なら倒せるんですか!?」

「それは……」

 口を濁すしかできなかった。あの町はゲーム≪ディメンションゲート≫内では最初の町なのだ。ゲームと同じ世界ならば『アイゼンスライム』に対抗できる人はいないだろう。

 しかし、だからと言って戦っても勝てる見込みも無い。それならばもう逃げるしかないのである。

「私は……あの町が大好きなんです。私の育った町。もしここで逃げて後悔する事になるくらいなら…………私はあのモンスターを倒したい!ううん、倒さなきゃだめなの!」

 セラは大和から『アイゼンスライム』に振り向きなおして立ち上がった。

「そうよね、私達の町だもんね。守らなきゃダメよね」

 少し遅れてプリムも立ち上がる。

 二人とも逃げる選択肢は既に捨てているのである。

「俺の話を聞いてたのか!?」

 セラとプリムを交互に見ながら大和は訴えるが、二人ともコクリと頷くだけで考えは変わらないようだった。

「ヤマトは逃げて。」

 セラは続けて言う。

「これは私たちの町の事だから、ヤマトは巻き込まれなくてもいいんです。だから逃げてください」

 寂しそうな、悲しそうな顔でセラは大和に言う。

 恐らく本能的に戦ったら死ぬという大和の言葉が正しい事を理解しているのだろう。その死を前にしてもセラは『アイゼンスライム』に向けてエネルギーセイバーの『フリューリング』にスイッチを入れて構えた。

 そのセラの姿を大和は見蕩れた。

 本当は怖いだろうに、そんなに震えて……だけど、やっぱりセラは俺が好きな主人公なんだな。大事な人、大事な物。それらを守る為ならどんな強敵でも立ち向かっていく女の子。

 そんな彼女を守りたいと大和は強く想う。

「俺一人逃げてもしょうがないんだよ……」

 セラにもプリムにも聞き取れない声で大和はつぶやいた。

 「え?何?」

 「いや、なんでもないよ」

 プリムの聞き返しに答えた大和は立ち上がり、エネルギーセイバーの『ヴィンター』の強度を5箇所目、最大の強度にメモリを回して刃を作る。

 「さっきも言ったがモンスターは鉄の様に硬い……いや、恐らく鉄でできているんだろう。だから、武器の強度を最大にしておいたほうがいい。ただ、それでも傷つける事が出来るかどうかはわからないけどな」

「え?ヤマト、逃げないの?」

「なんで逃げないのよ。アンタは関係ないでしょ」

「二人を残して逃げるわけには行かないだろ」

 大和は続けて言う。

「それに、宿代チャラにしてもらわないと困るしな」

 冗談混じりに言うや大和はニヤリと笑った。

 それをみたセラとプリムも緊張した面持ちからつられて笑顔が溢れる。

「アイツの主な攻撃方法は俺が知る限り3つだ。腕を伸ばしてムチの様に振り下ろしてくる攻撃、腕を槍の様に尖らせて突き刺してくる攻撃、それと腕の先端を鎌に変えて切りつけてくる斬撃が主な攻撃だ。どれか一つでも食らえば無事じゃすまない、攻撃は出来る限り避けるんだ」

 セラは『うん』と返事してエネルギーセイバーの『フリューリング』の強度を最大にする為、スイッチを回す。刀身の見た目は特に変化が起きていないが確かに強度が高まったのを肌で感じ、セラは構えなおした。

 『アイゼンスライム』も大和達に気づいたようだ。こちらを見て笑っている。何度見てもおぞましいあの醜悪な笑みで。

「不用意に近づけばその腕の餌食ってわけね」

 プリムは続けてどうやって戦えばいいかを思案する前に大和が口を開いた。

「近づかなきゃ切れないからな、俺がやる事は一つだ!」

「あ、ちょっ、まちなさい!」

 プリムの制止も聞かずに大和は飛び出し『アイゼンスライム』に向かって走り出した。当然、『アイゼンスライム』は右腕を伸ばしムチの様に振るい大和の頭上に振り下ろした。

 最初の時と同じだ。たぶん、コイツの攻撃パターンは縦の振り下ろし、まっすぐの突き刺し、多方向からの切り裂きしかないのだろう。なら、鎌の攻撃だけ注意すればやれる!

 まっすぐ振り下ろされた鉄のムチは大和にあたらず地面と衝突する。大和はすぐに『アイゼンスライム』に向きなおし、『アイゼンスライム』の左腕に注視する。前回はこの後に槍の形状で突き刺されたのだ。

 『アイゼンスライム』の左腕は槍の形になっていた。予想通りと思った矢先に大和の肩を狙ったように『アイゼンスライム』の左腕は射出されたかのように勢いよく伸びてきた。

 今回はしっかり起動が見えている。大和は左肩を引いて攻撃を躱かわしし、そのまま『アイゼンスライム』の懐に飛び込んだ。

「うぉおおおおおおおおおおおお!」

 『アイゼンスライム』に対しての恐怖を払拭する為に大和は叫ぶ。

 『アイゼンスライム』の胸にある円形状の赤色部分を目掛けて刃を振るう。真横一文字に振られた刀身が『アイゼンスライム』の体に接触し金属を引っかく音と共に火花が散ちる。

 だが、刃は『アイゼンスライム』にほんの少し傷をつける程度で『アイゼンスライム』を真っ二つにするは出来なかった。

「なんて硬さだ……」

 エネルギーセイバーを振り切った事でつけた傷跡を見て『アイゼンスライム』の予想以上の硬さに大和は絶句した。

「ヤマト危ない!!」

 セラが叫ぶ。大和がその声で気づいたときには『アイゼンスライム』の右腕が目と鼻の先程の距離しかなかった。

「うわっ!?」

 大和の動きが止まっている時に放った『アイゼンスライム』のその大振りな一撃を大和はギリギリのタイミングで『ヴィンター』を構えて刀身の腹に左手で支えて受ける事が出来た。

 直撃はなんとか免れたものの衝撃を逃す手段がなく、大和は宙に舞い、地面に背中から着地させられ、勢いを殺すことができずに二転三転と転がった。

「がはっ……」

 背中に衝撃を受け肺の空気を無理やり出させられた感覚に陥ったのもつかの間、何とか態勢を立て直そうと起き上がり見上げた矢先、『アイゼンスライム』の腕が高く伸ばされていた。その先端は丸っこいムチの時の攻撃ではなく、一撃必殺の鎌の形に変えられている。

「ま……じかよ……」

 再び絶句する大和は頭の中でエネルギーセイバーの刀身を縦にして受ける事を考える。

 だが、どこを守ればいい?頭か?腹か?腕か?足か?

 大和は今の態勢だとどこでも打ち放題だと理解してしまった。

 『アイゼンスライム』の腕はまだ振り下ろされない。ゆらり、ゆらりと大和の恐怖心を煽りながら、鎌を振り下ろす場所を探し楽しんでいるように見える。

 そんなものを見せられた大和は腕を切られた時の痛みがフラッシュバックする。あの痛みがもう一度襲ってくるのだろうか。考えるだけでも恐ろしく、身が固まっていく。

「プリムちゃん!!」

 セラが大和に向かって走り始めると同時にプリムに呼びかけた。大和が自力でどうにも出来ない事を察したのだ。

「わかってる!!」

 セラがどうしてほしいのかを瞬時に判断したプリムは掌を大和に向けると、その掌に風が集まりだした。

 そんな周りの動きを気にすることなく『アイゼンスライム』は大和の恐怖心を(あお)り飽きたのか、その鎌を振り下ろす。

「ヤマトーーーー!!」

 走っているとはいえセラと大和の距離はまだ空いている。まず間に合わないだろう。だが、今近くにいるのは幼いころより一緒にいるプリムだ。先ほどの呼びかけですべて理解してくれていると信じ、セラは大和の名前を叫びながら近づいていく。

「セラ、行くわよ!」

 プリムと大和の直線上を走っているセラの返事を待たずにプリムは掌に集めた風を掛け声と共に解放する。

「ウィンドボール!!」

 プリムの掌から放出されたのは圧縮された風の集合体。それが緑色の球体を模ったままセラの背中に当たると同時に破裂した。その時に生じた衝撃を利用し、セラは大和との距離を一気に積める。

 風魔法の当たり方が悪かったのか、セラは衝撃によりほんの数ミリ浮くかたちで移動することとなり、崩れかけたバランスを必死に建て直しながら足を伸ばし地面を蹴って跳躍した。

「やぁぁぁぁぁぁっ!!」

 空中というバランスが取りにくい体制の中でセラは体を回転させる。

 自らを一回転する事でエネルギーセイバーの振る幅を広め威力を上げて『アイゼンスライム』の鎌を狙って刃を振るう。

 エネルギーセイバーの刃と鎌が接触する。しかし鉄に食い込む事はなく、火花が散るがそれも一瞬で終わり横から切りつけられた鎌は大和とは離れた方向に弾かれていった。

「ヤマト!早く走って!」

 大和はセラが差し伸べた手を取り、立ち上がるとセラは大和を引っ張る様に一緒に走り出す。

 直後に後方から地面に重い何かを叩きつけた様な音が響いた。

 考えるまでもなくわかる。走り出す前にいた位置に『アイゼンスライム』が腕を振り下ろしたのだ。

 そうなると次の行動もわかる。そして全力で走らないと死ぬという事も同時に理解した。

 セラと大和が少し前に走っていた場所に次から次へと『アイゼンスライム』は腕を振り下す。

「一先ずプリムちゃんの近くへ!!」

 元の位置にいるプリムの場所なら『アイゼンスライム』の攻撃は届かないと考えたセラは大和にそう言って手を繋いだまま走り続け、滑り込むようにプリムの近くに大和とセラは逃げる事に成功した。

 この距離であるなら『アイゼンスライム』の攻撃も避けるのに余裕が出るだろうと思い三人は安堵の溜息を吐いた。

「一人で突っ走りすぎです!」

「何が……どうなったんだ?セラは俺から遠かったよな」

「プリムちゃんに風魔法で押し出してもらいました。……本当にギリギリだったんですからね!あと一歩遅かったら死んでたんですよ?プリムちゃんが私の意図を分かってくれたから間に合ったんです……」

 ゲーム≪ディメンションゲート≫はRPGである。ゲームの要素として当然の様に魔法が存在し、属性が火、水、地、風、氷、雷、光、闇の8属性となる。

 プリム・ローズが使用出来るのはその内の『風』属性である。

 その初期魔法の風魔法『ウィンドボール』は確かに最初から使用できる魔法だが、ゲームでの効果は敵に小ダメージを与える魔法だった。仲間を押し出す事なんて出来なかったはずだ。

「聞いてますか!?」

「ああ、ごめん。本当に助かったよ」

「一先ず無事だったんだからその辺にしなさい。それにどんなふうに攻撃してくるかも見ることが出来たわ」

 怒っているセラをプリムは横目で見ながら(なだ)め、『アイゼンスライム』に構え直すように促した。

「ねぇ、ヤマト。アイゼンスライムの胸にある赤色のアレッて核かしら」

 プリムは『アイゼンスライム』の左胸にある円形の赤い色をした模様を見る。

「たぶん。確信はないがあいつも一応スライムだ。なら核があるだろうしアレが一番怪しい」

 ゲームと違って単に攻撃して『スライム』を倒せる世界ではなく核を壊さない限り倒せない世界だ。

 なら『アイゼンスライム』も同様だろう。だが、言い換えればHPを削りきるんじゃなく、核さえ壊せば倒せる、勝機があるとするならそこだけだ。

「最初の一撃で核を壊せれればよかったんだけどな」

「予想以上に硬かい見たいね……」

「集中攻撃してみますか?」

「そうね、それくらいしかなさそうだわ」

「それじゃあ、散開して敵の攻撃を各自回避しつつ核を集中攻撃ってことで!」

 大和が言葉を言い終えるとプリムは左にセラは真正面に大和は右にそれぞれが一斉に地を蹴って走り出した。

 『アイゼンスライム』が三人の動きに合わせて両腕を伸ばし始める。目がないのにこちらの動きは正確にわかっているようだ。

「セラ!プリム!振り下ろし攻撃がくるぞ!!」

 大和は『アイゼンスライム』の両手が丸みのソレで伸ばしているのを見るや、二人に注意を促す。

「わかりました!」

「わかったわ!」

 二人が返事した直後に『アイゼンスライム』との距離が一番近いセラに鉄の腕が鞭の様に振り下ろされる。

 少し横にずれるだけでセラは最小限の動きで攻撃を回避した。

「やぁぁぁぁぁっ!」

 『アイゼンスライム』の腕が地面に衝突したと同時にセラは地を蹴り、十分な距離に近づくや否やセラが気合を乗せて『アイゼンスライム』の懐まで踏み込みエネルギーセイバーの『フリューリング』を振るう。

 セラの背中から『アイゼンスライム』の右肩にかけてピンク色の刀身から成る軌跡が描かれた。

 しかし、その大振りの一撃でも傷つける事しかできず、火花を散らせるのが精一杯だった。

 『アイゼンスライム』の腕が上がる。大和の時と同じように近くのセラを攻撃するのかもしれない。

「セラ!早くそこから離れろ!次の攻撃……うわぁっ!」

 『次の攻撃が来るぞ!』そう言おうとした矢先、『アイゼンスライム』の腕はセラには向かずに大和とプリムに目掛けて振り下ろされた。

「危ないのは私たちみたいよ?」

 ギリギリで避けた大和と違い、プリムは余裕を持って『アイゼンスライム』の振り下ろし攻撃を避けていた。

「そうだなって、しゃべっている余裕を与えてくれないようだ」

 再び『アイゼンスライム』の腕が大和とプリムに振り下ろされた……がそれだけでで終わらず、腕が落ちてきては1秒後にまた落ちてくる。大和とプリムは休む暇なく右に左に後ろにと避ける。幸いにも『アイゼンスライム』の攻撃はムチによる振り下ろししかしてこない為、一撃食らえば死ぬ恐怖はあるとは言え、回避するのは難しいことではなかった。

 二人が避けている間にもセラは攻撃を続ける。だが、切りつけても切りつけても火花は散るが傷跡すら残らない。

「これならどうですか!」

 それでも切るのをやめないセラは少しだけ距離を取ると右に持っているエネルギーセイバーを振り払うように腕を伸ばし、剣先が斜め下に向くように構えた。

「ソードダンスっ!」

 勢いよく地を蹴り、右下から左上にかけて振りぬき、刀身をすぐさま自分の左脇腹辺りで構えてから右に振りぬいて、勢いをそのまま自分が一回転して左下から右上にかけて振りぬく時にエネルギーセイバーにつられるように小さく跳躍し、頭上にエネルギーセイバーを両手で構えて落下すると同時に振り下ろした。

 ゲーム≪ディメンションゲート≫でセラが使用できる必殺技だ。

「これでもダメなの……」

 セラは『アイゼンスライム』の体を確認するとちょっとだけ深く傷跡が残る程度で真っ二つに切るには至らない。

 必殺技でも切る事が出来なくてもセラは諦めるわけにはいかない。と自分を奮い立たせて『アイゼンスライム』を横切りながら切りつけた後、真後ろに回り込んでから再度切りかかる。

 プリムは振り下ろされる『アイゼンスライム』の腕を回避しながら銃の撃鉄を下す。セラが『アイゼンスライム』の後ろに移動した事でセラに弾丸が当たる心配がなくなったのだ。そしてプリムの腕をもってすれば動きながらでも胸の赤色の核に狙いを定める事が出来る。『アイゼンスライム』がプリムを見た瞬間。それが撃ち込むチャンスだ。何度も来る攻撃を回避しながらプリムは今か今かとチャンスを伺う。そして時は来た。『アイゼンスライム』の顔と体がプリムに振り向いたのだ。

「これでも食らいなさい!」

 プリムはトリガーを引いた。射線上には障害物は一切ない。確実に捉える一発……になるはずだった。プリムの攻撃を察したのか、弾丸が射出される前に『アイゼンスライム』はすぐさまプリムと大和の間が真正面となる様に体の向きを変えたのだ。

その結果、『アイゼンスライム』の鉄の体に弾丸が斜めから当たり、その弾丸は跳弾となって大和の頬を掠めた。

「ちょっ、俺を殺す気かっ!!」

 頬を掠めた弾丸は傷を作り、血を足らりと流しながら大和はプリムに抗議をする。もう少しズレていたら顔の中心に風穴が空いていたのだ。

「う、うっさいわね!コイツに言いなさいよ!いい感じに反射角度を利用してくるなんて聞いてないわよ!!」

 だがプリムは顔を少し赤くしながら『アイゼンスライム』に指をさしつつキレ返した。

 確かに、今の動きは偶然で片付けるには『アイゼンスライム』の動きはおかしすぎる。単純に攻撃目標を大和に変えるだけだったら大和に振り向くはずだ。それを反射角度を考えたのかプリムと大和の間に振り向く事で弾丸が斜めに入る様に仕向け、跳弾を狙える程知能があると考えるのが妥当である。

「きゃっ!」

「うわっ」

 口喧嘩なんてしている暇はなかった。まだ敵の攻撃は続いているのだ。大和もプリムもギリギリ回避出来たが次々と振り下ろされる攻撃のスピードが上がってきている事を実感する。そのせいか焦りもあり大和もプリムも『アイゼンスライム』の攻撃を大きく回避する。

「え?ヤマト??なんでアンタこっちに来てるのよ!」

「はぁ?それは俺のセリフ……まて…誘い込まれた?」

 攻撃スピードが上がった事と避ける事に気を取られ、大和とプリムは『アイゼンスライム』の前に誘いこまれていた。気づけば大和とプリムは背中合わせで立つ。だが、何故かここで『アイゼンスライム』の攻撃の手が止まった。

「攻撃が来ない……?」

 『アイゼンスライム』の腕は空中で止まっている。何かを待っているのか。それとも大和とプリムを見て楽しんでいるのだろうか。

「プリム、ウィンドボールを使えばアイツの体を貫くこと出来ないかな?俺が剣を突き立ててる時にウィンドボールを俺に当てて刃を押し込むとかでさ……」

 大和は次の攻撃が来ないかを警戒しつつ、やや顔を横に向き、横眼で背中のプリムを見る。

「無理ね。セラに痛みが残らないように魔力を抑えてるけど、少し早くなる程度よ。仮にアンタが密着して刃を突き付けてても貫けないでしょうね」

「魔力を抑えて……か。抑える事が出来るって事は調節できるってことだよな。それなら最大まで威力を上げてから俺に当てるとかさ」

 威力を上げれば接触時の衝撃も相当なものだろうと考えて大和は提案するも、プリムはその問いに少し怒りながら返す。

「バカ!そんなことしたら痛いなんてものじゃすまないわよ!?」

「でもよ、セラも頑張ってくれてるが傷つけるのが精一杯みたいだしな。多少無茶しても――」

「ダメよ」

 大和のセリフをプリムはピシャリと(さえぎ)った。

「そんなことするくらいなら、私の銃でアイツを撃ちぬくわよ。まっすぐ撃ち込めればアイツの体を貫ける……まではいかなくても穴を開ける事くらいはできると思うわ」

「でもまた体の向きを変えられたら跳弾するだろ?」

「ええ、だからね?ヤマト……囮になってちょうだい?」

「はぁ!?おま、それじゃあ危険度はウィンドボールでも同じだろ」

「全然違うわよ。ヤマト……貴方ならアイツの攻撃を全部避けれるって思ってるから言ってんのよ」

 『いや無茶だろ!』と言おうと大和は振り返ったところでプリムは立て続けに言った。

「だから、お願い」

 既に大和に振り向いていたプリムは大和の顔を覗きながら銃を所持していない左手で『ごめんね』のポーズをとった。つまるところ170㎝のある大和の顔を覗く事で必然的に上目遣いになり、戦闘中という事も一瞬忘れ大和もドキッとしてしまう。

「……ったく、しょうがないな」

 プリムの可愛さに負けて承諾したわけじゃない。それが最良だと思っただけだし……。っと大和は心の中で言い訳をする。

 直後に『アイゼンスライム』の腕が変わり始めた。槍か鎌。どちらかになるだろうと大和は考えていたが、その予想は裏切られた。『アイゼンスライム』の腕が木の板の様に平べったく伸び始める。それはまさに中華包丁のような形だった。そして問題なのはその長さだ。リーチいっぱいまで伸ばされている。

「な、何よコレ……」

「何が起きてるんだ?」

 その異様な光景を目に大和とプリムは驚愕する。


 今までの攻撃なら振り下ろしてくる場所を後か左右に避ければよかった。しかし、この腕で攻撃されたら左右のどちらかにしか避ける方向が無くなる。回避場所を一つ潰しに来たか。それでも左右に避けられるのは変わらないはず。

 大和はそこまで考えてから、自分の甘さを認識した。

 『アイゼンスライム』の両腕が端から大和とプリムがいる真ん中に向けてゆっくり動く癖に縦に振り下ろしている腕の速さは千切りを思い出させる程ズダダダダダダダっと高速で地面を刻む。

「まずいわね。ヤマトどっちに走る?」

 『アイゼンスライム』の腕を左右どちらか潜る様に回避することは不可能と即座に判断したプリムは大和に聞いた。

 その質問にはたった二つの道である前か後ろかしか残されていない。

 前に走れば『アイゼンスライム』に向かう形となる。利点としては安全圏までの距離はそこまで遠くない事だ。だが、それは『アイゼンスライム』の真ん前に体を差し出すのと等しい行為だ。

 では、後ろに走るとどうなるか。前に走るより腕の範囲外にでるまで距離はあるがそれでも走れば避けれる距離だ。

「アイツに近づいたら隠し刃でぐさって刺してくるとかって有ると思うか?」

 大和はそれに『アイゼンスライム』を見ながら答える。

「さぁ、どうかしら。でも、知能ある見たいだしこの状況で不用意に近づいたらそれが罠って事もあり得るかもね」

「なら決まりだな。走るぞ!」

「ええっ!」

 大和とプリムは二人同時に地を蹴り、『アイゼンスライム』から離れていく。

 直後に『アイゼンスライム』の両腕の近づいてくるスピードが速まった。

「まずいわ!もっと早く走るわよ!」

 プリムが走る速度を上げる。それにつられて大和も走る速度を上げた。

 徐々に『アイゼンスライム』の両腕が届かない場所に二人は近づく。だが、それと同時に両端から聞こえる音と感じる振動の感覚が速くなっている事にも気づいた。全力疾走、それでも間に合うか間に合わないかギリギリのラインだ。当然一発でも食らえば即死は免れない。その恐怖が二人を煽り続ける。

「飛べえええええ!」

 『アイゼンスライム』の両腕が大和とプリムに振り下ろされるまでの時間はもうない。大和は一か八かプリムと同時に力の限り地を蹴って飛びだした。

 着地を考えてなかったせいか大和は地面に転がりながら『アイゼンスライム』の両腕、その攻撃範囲外に逃げる事に成功した。

「プリム?プリムは大丈夫か!?」

 もし間に合っていなかったら。と最悪な事態も想定しながら、起き上がりつつ回りを見渡すと同じように地面に転がったのか、プリムは起き上がりつつ答える。が、その声は肩で息をしながらの途切れ途切れになっていた。

「ええ、なんと…か……ね」

 無事の姿を見てホッと大和は安堵し、『アイゼンスライム』の方に大和は振り向いた。そこには両腕を鎌に変えているだけではなく、体をセラに向けていた。標的を大和達からセラのみに絞った事を一瞬で理解する。

「しまった。俺たちをセラから離すのが目的か!?」

 大和は急いで立ち上がる。

「ま……まずい…わね。早く…手助けに行か……なくちゃ…」

 落ち着かない呼吸を無理に落ち着かせようとするが、疲労が激しくなかなか思うようにいかなかった。

 連続攻撃による休む暇もない回避行動と、その後の全力で走ったのだ、息が上がるのは無理もない。

 『アイゼンスライム』の本当の狙いはこれだったのだろうか。と大和は目に見えて披露しているプリムを見つつ、改めて『アイゼンスライム』の知能に驚愕する。

「プリム。少し休んでろ。」

「な、何言って……んのよ!……私が…助けに……行かなきゃ…」

 今、セラは一人で『アイゼンスライム』の攻撃を避け続けている。だが、一人で受け持つには荷が重すぎる敵だ。早く、早く助けに行かないと。そう考えながら立ち上がろうとするプリムを大和は制した。

「その状態で行ってアイツの腕をよけきれるのか?」

「でも――」

 プリムの続きを大和は遮る。

「お前だけじゃないんだよ、セラを守りたいのは!」

「……………わかったわ……呼吸を落ち着か………せたら行くから……セラをお願いっ……」

 やっと折れたプリムに大和は「任せろ!」と言って、『アイゼンスライム』にめがけて走り出した。

「セラっ!」

 『アイゼンスライム』に近づくや否や大和はセラの名前を呼ぶ。

「っヤマト!」

 『アイゼンスライム』を挟む形で対峙した為、セラの姿がしっかり確認できなかったが、セラが大和の名前を叫び返した事で無事だとわかると、大和はそのまま『アイゼンスライム』を渾身の力を込めて切りつける。

 火花が散り、エネルギーセイバーの刀身が触れた部分から傷がついていく。だけども、やはり傷をつけるだけで精一杯だ。改めて『アイゼンスライム』の硬さを実感する。

 だが、セラはこの硬さを知っても尚、何度も攻撃を続けている。それならば一度二度しか切りつけただけの自分が諦めるわけにはいかない。そう思う事で大和は自分自身を奮わせて攻撃を続ける。

「私も負けてられないんだから!」

 そして大和の姿を見てセラもまた、エネルギーセイバーを持つ手に力を込めなおし、鎌の攻撃を避けた後、カウンターの要領で『アイゼンスライム』を切りつける。

 何度も攻撃を続ければ突破口が見つけられるかもしれない。二人がそう思った時、『アイゼンスライム』の鎌の動きが止まった。

 直感的に大和とセラが危険を察知したのか『アイゼンスライム』から距離と取ると同時に『アイゼンスライム』は自分を中心に辺り一帯に鎌が無作為に振り回して暴れた。

「うわっ!」

「きゃっ!」

 一歩判断が遅れていたらどこか切られていた。いや、死んでいた可能性のほうが高かっただろう。

「くそっ、あんな攻撃もしてくるのか……ゲームではやってこなかったぞ……」

 セラに聞こえない様に小声で大和はつぶやきながら、この戦っている今も尚、大和は自分の記憶を頼りに『アイゼンスライム』の弱点が無かったかを思い出そうとする。だが、ゲームではレベルを上げて殴るといった脳筋プレイだったため、弱点は知らない。攻略サイトの情報なんかも見た事があるだろうが、都合よく思い出せるはずも無い。

 二人が離れたのを知るや『アイゼンスライム』は両腕を先端を丸くする。だがその先端の大きさは先ほどと違い一回り大きく、まるで人の頭一つ分の大きさとなる鉄球となっていた。

「やべっ!」

 大和が叫ぶと同時に『アイゼンスライム』の右腕が大和、左腕がセラに落ちていく。当然二人は交わすが2発目の振り下ろしもすぐにやってきた。

 大和とセラは『アイゼンスライム』に反撃する隙を見極める為、近すぎはしないものの離れすぎない距離を保っている。だが鉄球を次々と振り下ろしてくるせいで、大和とセラは『アイゼンスライム』を中心に時計回りで走り避ける。

 先ほどの中華包丁を連続で振り下ろしてきた攻撃とは比べ物にならないほどの音と振動が真後ろで響く。何度聞いても慣れないその破壊音に何度目となる恐怖を煽られる。

 それでも二人はその恐怖に負けじと走り続ける。もし恐怖に負け、立ち止まってしまえば死が待ち受けているのは明白だからだ。

「このままじゃプリムと同じようにバテんのが先か……」

 一瞬近づいて攻撃を行おうと大和は考えた。だが、もしここで『アイゼンスライム』に接近した場合、二つの鉄球は大和、又はセラのどちらかに絞られてしまう可能性がある。二つの鉄球をよけ続けるのは難しいだろう。一回でも避け損なえば死に直結する。それならばここはやはり走り続けてチャンスを待つしかない。

 ところが、いつまでも続くと思われていた振り下ろしの攻撃はがピタッと止まった。

 大和とセラは次の攻撃が来ない事に不思議に思い、真後ろとその上の空を見上げてしまった。


 それこそが罠だとも知らずに――。


「二人とも伏せてーーーーー!!!」

 力の限り叫ばれたそれはプリムの声だと知るに時間は掛からなかった。

 それと同時に大和とセラは地面に倒れ込む様に伏せた。伏せてから何事かと考えた直後に二人の頭上を鉄の腕が何度か横切る。鉄球の横切る度に風と風切り音を全身に浴びながらも二人はこの攻撃が終わるのを待つ。

 もしプリムの声が間に合わなければ。もしプリムの声の通りに伏せなければ二人は何も知らずに鉄球が直撃して死んでいただろう。

 たった一人、動けなくてセラ達より離れるしかなくても自分が出来る事としてプリムは『アイゼンスライム』を観察していた。

 大和とセラが動く度に『アイゼンスライム』の体に腕が少しずつまかれ、セラと大和が3週したあたりで一気に腕を体に巻き付けていた。そこまで見ていれば感の鋭いプリムは次の攻撃が予測できる。

 しかしどんな攻撃が来るかを説明する時間なんてない。それを本能的に察知した瞬間、プリムが叫んだのだ。

 結果としてそれは正しかった。捻じれたゴムが元に戻る時の様に『アイゼンスライム』体がぐるぐる回りだし、遠心力が働き大和とセラの頭上を『アイゼンスライム』の腕が数回横切ったのだ。

「二人とも早くこっちに!」

 大和とセラが立ち上がり、プリムの方向へ全力で走る。幸いにもプリムから見て左にセラ、『アイゼンスライム』を挟んで右に大和がいる立ち位置だった為、二人は問題なくプリムの下に集まる事が出来た。

「プリムちゃん、ありがとう」

「お礼には早いわよ。まだ、戦いは終わっていないのだから」

 『アイゼンスライム』から十分な距離を取った大和とセラがエネルギーセイバーを構える。そして、上がっていた息を落ち着かせたプリムもまた銃に弾を込めなおして『アイゼンスライム』と対峙する。

「それで、切りつけた感想はどう?」

 プリムが二人に軽口を叩くように二人を見やる。

「切れる気がしないな。もっと踏み込めればわからないがそんな余裕はないな」

「私もヤマトと同じです。全力で踏み込めればもう少し深く切れるかもしれませんが、いつ鎌が飛んでくるか分からない以上、難しいです」

「そう、それじゃあやっぱり、弾丸で穴を開けるしかないようね」

「プリムちゃんそんなこと出来るの?」

「ええ、出来るわよ。ちょっと大変だけど。ね?」

 プリムが大和を見ながらウィンクする。狙ってやってるのか、それとも自然体なのか分からないがその可愛さと、セラの前という二重の意味で否定することが出来ない以上大和は頷くしかなかった。

 とはいえ、一度言ったのだ。プリムに囮になる事を承知したのだ。そして囮と言っても失敗したらセラもプリムも危険に陥る可能性が高い。それならばっと気合を入れなおし、そして覚悟も決めた。最悪、死ぬ可能性があったとしても彼女は守りきる。

「ああ、やるしかないな。セラは――」

 『セラは離れて機をうかがっててくれ』と言いかけた大和の言葉を遮り、セラは首をかしげながら言った。

「やるってヤマトは何をするんですか?」

「それは、ほら。プリムがしっかりと狙えるように囮をだな」

「……囮ですか。それで私は何をすればいいんですか?」

「ああ、セラは少しは――」

 またもや大和の言葉を遮る。既に今までの会話で大和が囮になる話がついている事は察している。が、そんな事をセラは良しとするはずはなかった。

「まさかとは思いますけど、『離れてろ』なんて言わないですよね?」

「え?」

「もしそうだとしたら断ります。私が囮をやりますから、ヤマトが離れていてください」

「でも」

「『でも』も『だって』もいりませんよ?」

「あの……怒ってる?」

 『アイゼンスライム』を見たままのセラを大和は見ながら恐る恐る聞いて見た。

「怒ってないと思いますか?二人に危険な役をやらせて私は安全な場所にいろって言われて……だいたい囮をやるべき役は私のはずです。町を守る為に戦う事を決めたのですから。本来、ヤマトは命を懸ける必要なんてないんですから……だから、ヤマトこそ離れていてください」

 どんな時だって仲間の身を案じて……体が震えるくらい怖いくせに前に出る。ゲームで知っている『セラ・ミフォート』もそうだ。毎回ハラハラしたけど、仲間を信じて恐怖に打ち勝っていく彼女を見るのが好きだった。そのゲームの姿が今の『セラ』と重なり、変らない彼女がここにいる事に嬉しくなった大和は二人に気づかれないように口に笑みを浮かべる。

「……それは無理だな。この役は『俺が』プリムにお願いされたことだ。セラに譲るわけにはいかないな」

 セラに軽口を叩きながら大和は一歩前に足を出し、セラより足一歩分前に出る。

 大和の行動にセラはムっとしたのか、足を二歩前にだし大和より足一歩分前に出た。

「こんな状況で何言ってるんですか?危険なんですよ?一歩間違えれば死んでしまうんですよ?もともと無関係だったんですから、ヤマトは命を張らなくてもいいんです」

 その言葉を聞いて、大和はさらに二歩前に足を出し、また、セラより足一歩分前に出ながら言う。

「いやいや、危険なんだろ?それなら余計セラにやらせるわけにはいかないな」

 しかしセラもまた譲らない。足一歩分前に出して大和より前に出ながら言う。

「危険な事を率先してやりたがるってヤマトはバカなんですか?もう……プリムちゃんから何か言ってください」

 だが大和も譲る事はなく、セラより足一歩分前に出ながら口を開く。

「それ特大のブーメランだからな?ったく、プリムからも何か言ってやれ」

 そこで同時に大和とセラがプリムに振り向くが、今までのやり取りを聞かされていたプリムは……イライラしていた。

「あーもう!なら二人にお願いするわよ!アイツの気を引き付けて私が接近する。そして私がチャンスを見てアイツの胸、あの赤色の部分をぶち抜くわ。それでいいわね!」

 しかしプリムのこの怒りの言葉を聞いて二人は抗議するかの様に口を開こうとした

「でも――」

「だって――」

 だが二人が言いかけた時、ズドンっと二人の間を弾丸が通り地面に穴を空けた。

「い い わ ね !」

「「はい!!」」

 二人仲良く返事をしたことにプリムはやっと落ち着いたと一息つく。だが、その安心感から失敗したときの事が脳裏をよぎってしまった。考えれば考える程、手が震えてくる様な不安感が泥沼にはまる様にプリムにプレッシャーをかけていく。

「でも……二人とも本当にいいのね?私が失敗したら二人とも……いえ、私を含めて三人とも……その」

 プリムの口からその先の言葉……『死ぬ』という言葉は出てこなかった。だが、ここまで口にされてから察せない大和とセラではない。それどころかセラは少し笑って言う。

「ふふ、ヤマト。プリムちゃんが失敗しちゃうかもしれないそうですよ?」

 セラはプリムから『アイゼンスライム』の姿を隠す様に左前に立ちながら大和を見やる。

「冗談が上手いな。まあ、でも?腕に自信がなくて本当に失敗したらちゃ~んとカバーしてやるから安心しろよ?」

 大和もセラの右側へプリムから『アイゼンスライム』の姿を隠す様に立ちながら、少し芝居がかった風に大和は冗談交じりで答えた。

「あんた達……怖くないの」

 なぜだろうか、これから大勝負をしようとしているのに二人はふざけあっているのだろうか。それともさっき怒った事についての仕返しかなんかだろうか。プリムは(うつむ)きながら考える。

「ん~それは……」

「怖いに決まってるだろ?」

 何の悪びれもせずに答えた大和に向かって同意だと言うようにセラは首を縦に振り頷く。

「じゃあなんで――」

 なんでそんな軽口が叩けるのか。そう言葉を繋げようとした。だがプリムは顔を上げて見た二人の顔は優しそうに見守る様な真面目な表情でプリムを見ていた。そして大和とセラが同時に口を開いた。

「「信じてるから」」

 再びプリムは俯いてしまう。だが今度のは不安からではなく……。

「本当に……あんた達ってバカね。いいわ!見せて……いえ、魅せてあげるわよ。私の速さについてこれたら……だけどね」

 そして再び顔を上げたプリムに不安は欠片程も無くウィンクして言い切った。

 そのプリムの表情を見た大和とセラは満足したのか二人は頷く。

「ところでヤマト。囮って何したらいいのかな?」

 セラが首をかしげながら大和に尋ねた。

「一般的には敵の攻撃を引き付け、罠があるところまで誘い込んでって感じじゃないか?」

「罠ですか……」

「まぁ罠を作ってもないから……やるとしたら敵の攻撃を引き付けて、プリムが狙い定めて撃てるチャンスを作る。ってところか」

「どうしたらいいかな?」

「そうだな……ちょっとプリムも聞いてくれ。俺に一つ考えがある。とても危険な綱渡りだが……」


 大和はプリムの名前を呼んで手招きをし、三人が近くに集まったところで『アイゼンスライム』に聞こえないように話し始めた。

 その内容は二人より少しだけ多く戦った大和の経験を基に戦闘の流れを構築した作戦を二人に聞かせる。

 その作戦でも綱渡り部分は3つあり、どれか一つでも失敗すれば全滅する可能性は高い作戦だ。

 大和がその作戦を話し終わった後、大和達は『アイゼンスライム』に向き直る。


「もし……一つでも上手くいかなければ?」

「死ぬ……だろうな。この綱渡り、渡りきる自信は?」

 プリムの質問に大和は答え、そして作戦会議の最後の締めくくりとしてセラとプリムに大和は問う。

 だが二人は顔を見合わせたかと思えば大和に向き直り口をそろえて言った。

「……もちろんあります!」

「……もちろんあるわ!」

 二人の言葉に頷いて大和は再度、『アイゼンスライム』に向いた。

「よし!作戦は決まったな。セラ、プリム行くぞ」

「うん!」

「ええ!」

 大和とセラが同時に『アイゼンスライム』に向かって飛び出した。

 ある程度近づいたころに『アイゼンスライム』の右腕がセラに、左腕が大和に向かって伸ばされた。両腕が鎌になっているそれは二人の首を狙って振るわれる。だが、見え見えの攻撃を受ける程、二人は弱くない。

 攻撃を避けながらセラは作戦内容を思いだす。


 『まず、この作戦はアイゼンスライムが人並みに知能がある事を認めるとこから始まるんだ』

 『アイゼンスライムが人間と同じように知能を?』

 『そうだ』

 『でもモンスターですよ?』

 『ああ、だけど思い出してほしい。アイツの行動は俺たちをはめる様な戦い方だった』


 走り続けながら止まらずに鎌の攻撃を避けたセラと大和は『アイゼンスライム』を同時に切りつける。エネルギーセイバーを軽く振るった斬撃は『アイゼンスライム』の体に傷を付けることはない。だがそれでいいのだ。『アイゼンスライム』からプリムの意識を引き離す為、セラは叫んだ。

「貴方の相手は私たちです!」

 プリムはだいぶ離れた位置にいるが、セラと大和、そして『アイゼンスライム』を視界に収め、囮作戦が始まった事を実感する。成功すればきっと……いや、絶対『アイゼンスライム』を倒す事が出来る。その最後の(かなめ)となるプリムは緊張のせいか震える手を胸にやり落ち着かせながら作戦内容を思い出す。


 『……そうね、確かにそうだわ』

 『だけど、そろそろアイツも俺たちを仕留める一撃で攻撃してくると思う。だからこそ、ソコを狙う!』

 『でも、何をしてくるかわかるの?』

 『ああ、予想はついている』


「本当にうまくいくのかしら……ってこんな考えじゃダメね。絶対に成功させないと!」

 プリムの胸中に不安はある、だけど、幼いころからずっと一緒にいる、どんな時も信じられるセラがいる。

「ヤマトは……本当に何でこんな危険な事を付き合ってくれるのかしらね」

 謎も多いし、怪しい人でもある。でも、不思議と一生懸命なのは伝わってくる。その部分だけは信じられる。そこまで考えて自然と笑みが零れ、手の震えが止まっていることに気づく。

「私の番はもう少し先ね。絶対決めて見せるから、二人とも頑張って……」

 大和とセラにも『アイゼンスライム』にも聞こえない声で決意を改める様にプリムはつぶやいた。


「やぁあああああ!」

 セラが『アイゼンスライム』に切りかかり、火花を散らす。その攻撃を受けた『アイゼンスライム』はひるんだ様子はなく、反撃と言わんばかりに右腕の鎌をセラの右肩から左腰をめがけて斜めに振るう。それをセラは右下に屈みこんで回避し、立ち上がると同時に再度、『アイゼンスライム』を切りつけた。

 『アイゼンスライム』の左腕の近くでは大和も奮戦している。

「こっちだこっち!」

 『アイゼンスライム』が一人に絞らない様に大和にも注意を向けさせながらエネルギーセイバーを振るった。

 その思惑通りに『アイゼンスライム』の左腕が大和に襲う。鎌となっているその腕を大和の胴体を真っ二つにしようとしたのか真横に振るって来た。だが大和は後ろに飛んで避けた後、着地し、鎌が既に横切った事を知るや否や地を蹴り直ぐに『アイゼンスライム』に近づいてエネルギーセイバーを振るう。

 ダメージになっていないだろうその攻撃を続けながら大和は思う。


 一昨日まで普通のサラリーマンのはずだった俺が、何故こんなに動けるんだろうか。エネルギーセイバーを振るう時の踏み込みも何となくでやれているし、『アイゼンスライム』の攻撃も見切れて避ける事が出来るのも不思議だ。それに……本当にあの作戦でうまくいくのだろうか


 『ヤマト、その攻撃をしてこなかったらどうしますか』

 『その時は死ぬ……事になるな。この作戦は三つある細い道筋を渡り切れるかどうかなんだ。一つ目は俺が思っている攻撃をしてこなくて粘られた場合、二つ目は俺たちの知らない攻撃を隠し持っている場合、三つ目は俺の予想通りに攻撃してきたとして、俺とセラがアイツの攻撃を弾けるかどうかだ。どれも厳しいが三つ目は特に難しいだろう。攻撃を弾くのにタイミングが遅れても早くてもダメだ』

 『危険すぎるわよ。賭けもいいとこだわ!第一、ヤマトの予想している攻撃もいつするか分からないのに』

 『まぁそういうなプリム。俺とセラがアイツの前でウロチョロしてれば(しび)れを切らして攻撃してくるさ』


「うわっ!」

 大和の顔の真横を『アイゼンスライム』の腕が通り過ぎた。

「ヤマトっ!」

 セラが心配そうな声で大和の名前を叫ぶ。

「だ、大丈夫だ!」

 それに大和も叫んで答えた。

 この状況で考え事していれば次こそ避け損なって死ぬかもしれない。と大和は考える事を後回しにして今は目の前の『アイゼンスライム』を引き付ける事だけに集中することにした。セラとプリムを信じ……そして自分もうまくやれる事を信じて。

 急に『アイゼンスライム』の鎌の動きが早くなった。ちょこまかと攻撃を避け、切りつけてくる大和とセラに怒りを覚えたのだろうかめちゃくちゃに鎌を振るう様になったのだ。右腕の鎌を避けたと思ったら時間差で左腕の鎌が迫ってきたり、両腕の鎌を同じ場所に振り下ろしたりと、まるで癇癪(かんしゃく)でも起こしたような何も考えていない攻撃だ。だが、その攻撃を避ける過程で左右に分かれていた大和とセラの距離が縮まっていく。

 そんな中、『アイゼンスライム』の左腕の鎌がセラと大和をまとめて薙ぎ払う様に真横に振るわれた。二人してしゃがんで避けるが『アイゼンスライム』の余った右腕がセラに向かって斜めに振り下ろされる。その攻撃は見れていればセラも軽く避ける事が出来る程度のものだ。だが、セラの背後から振り下ろされるその攻撃は完全に死角をついていた。

「きゃっ!」

 セラが気づいたときには鎌は振り下ろされている最中だ。虚を突かれた人間がいきなり行動することはまず不可能。セラがこの攻撃を回避することは出来なかった。だが、今、この戦闘は一人ではない。

「させるかよ!」

 しゃがんだ状態から大和は地を蹴りセラと『アイゼンスライム』の間に割って入り、エネルギーセイバーの腹に手を当てて支えて斜めに構えた。『アイゼンスライム』の鎌がそのエネルギーセイバーの刀身を切りつける。火花が散り金属音の嫌な音がする。一瞬が何秒にも感じた時間も過ぎ去った時には鎌の攻撃を受け流しきった事実だけが残った。

「大丈夫か?」

「……うん!」

 セラもすぐに立ち上がりエネルギーセイバーを構えなおした。

 安堵するのもつかの間、『アイゼンスライム』の左腕の鎌が振り下ろされた。大和とセラは左右に転がる様にこの攻撃を避けた。だが、大和の避けた先で『アイゼンスライム』の右腕の鎌が真横から大和の首を狙って動いた。大和はそれを切り上げる事で上方へ弾く。その直後、『アイゼンスライム』の左腕の鎌が斜めに切り上げる様に振るわれた。

 『まずい』大和は心の中で思った。今、大和のエネルギーセイバーを持つ右腕は掲げている状態だ。それ故に、下からの攻撃を防ぐには掲げている右腕を下ろして防御態勢を取らなければならないが、そんな時間はない。

 大和の左腕は確かに空いている。だが、左腕を犠牲にしたところで鎌の攻撃を防ぐ事は出来ないだろう。

 『アイゼンスライム』の鎌が迫ってくる。死の間際に立たされているせいか全ての動きがゆっくり動いている様に感じた。

 ああ、また死ぬのか。

 大和はせめて痛みがなければいい。と考えながら目をつむった……。

 直後に金属音が『キン』と鳴り響いた。大和は何が起きたのか目を開いた。そこには白の下地に赤色がよく栄えるワンピースに身を包み、その背中には艶やかな黒い髪が揺れている。直ぐに理解したセラの背中だと。

「今度は私の番ですね」

「悪い、助かった」

 大和は掲げていた腕を下ろし『アイゼンスライム』の目の前で深呼吸を一度した。敵の目の前でこんな行動すればすぐに命を落とす事だろう……一人ならば。だが、今目の前にはセラがいる。それならば何があっても大丈夫だとセラを信じ、死の恐怖を一旦落ち着かせる事を優先した。

「もう大丈夫だ」

 大和が構えなおした。その直後に再び『アイゼンスライム』の右腕の鎌が振り下ろされた。大和は右にセラは左に数歩動き、最小限の動きで避け、二人は同時に『アイゼンスライム』に切りつける。攻撃直後の隙を狙ったのか『アイゼンスライム』の左腕が動き、セラに向かって伸ばされた。そのセラはさらに踏み込んで『アイゼンスライム』を切りつける。防御も回避もセラはしなかった。しかし、『アイゼンスライム』の鎌がセラを切りつける事は無かった。いつの間にかにセラの真後ろまで移動していた大和がエネルギーセイバーで切り上げて鎌を防いだのだ。

 だが、『アイゼンスライム』も一つの動作で終わる事はない。振り下ろされていた右腕の鎌が大和を狙って振り上げられる。しかしこれも大和に届くことはなかった。大和とセラが右回りにクルリと位置を入れ替え、大和は掲げていたエネルギーセイバーを『アイゼンスライム』に振り下ろす。同時にセラが振り上げられている右腕の鎌を横に弾いた。

 大和は不思議な感覚を体験していた。何故か分からないが先ほどと違ってセラの動きがわかる。

 どう動くのか、何をするのか。それにより自分はどう動けばいいのかが勝手に導き出されていた。その道筋に沿う様に動くとセラの行動を遮らずに敵の攻撃を弾き、或いは、敵の攻撃をセラが防いでくれる事を察知して攻撃が出来ていた。


 ゲームではよくセラを見ていたが、所詮はゲームだ。こんな複雑な動きはなかった。俺自身がセラに引っ張られて戦闘技術があげられているのだろうか?


 大和がそんな考えをしている中、セラもこの空間を不思議に感じている。

 何故かわからないけど、大和と戦っていると自然と体が動く。それどころではない。体が軽い気がしていて……そう、戦いやすいのだ。動きやすく感じる。


 ……違う。大和が私の動く先を読んでる見たい。私がアイゼンスライムを切りつけると同時に振り下ろされた鎌を防いでくれる。私が大和に迫る鎌を防ごうと動いた時には大和も同時に動いてくれて私が防ぎやすいように移動してくれる


 なんでか分からないけど、それが何故か嬉しくなりセラの表情に笑みが零れる。

「ヤマトっ!」

「セラっ!」

 二人の頭上にそれぞれ右腕、左腕の鎌が揺られていた。このまま二人を狙って落としてくる。そう考えた大和とセラは同時に名前を叫び、セラは『アイゼンスライム』の右腕の方向へ飛び、大和は『アイゼンスライム』の左腕のほうへ転がり込むように飛んだ。しかし、『アイゼンスライム』の鎌が振り下ろされる気配はなかった。

 『アイゼンスライム』を挟み込む形になったセラと大和が頭上にあったはずの鎌を探すが見当たらない。どこにいった?

 二人は再度頭上を見上げると、そこには鎌から丸い鉄球、それも大きさは1度目の時より2倍程の大きさに膨れ上がって変化していた。『アイゼンスライム』は『鎌を振り下ろす』と見せかけ、避けた先を想定して攻撃する為に罠を張っていたのだ。

 先に動いたのは鉄球だった。鉄球が二人の頭上にめがけて落とされる。もちろん、これを受ければ確実に死ぬだろう。


 『でも!』

 『……もし、攻撃してくるのなら、大振りの攻撃の後でしょうか。……例えば、そう!インパクトの大きかった鉄球を落として来た後とかに』

 『セラ。アンタは……この作戦に乗る気なの?』

 『私は……乗ります。なんでかわからないけど、上手くいく。そんな気がするんです』

 『……まったく。わかった、私も乗るわ。セラ……そしてヤマト。アンタたちに命預けるから頼んだわよ』

 『ところでヤマト。アイゼンスライムが私たちを仕留める一撃ってなんでしょうか?』

 『ああ、俺の考えが正しければ……』


「っ速い」

 二人は大振りの一撃が来ることを見越していた。だが、その上で『アイゼンスライム』の攻撃速度が速く、慌てて大和とセラは元の位置に戻る様に『アイゼンスライム』の前へ飛び込む。

 直後に振り下ろされた鉄球が大きな音と振動をまき散らす。タッチの差で回避することに成功した。しかし、大和とセラは一泊置いて休むことすら許されていなかった。

 『アイゼンスライム』の伸びていた腕はいつの間にかに縮み、元々ある場所に収まっていた。だが、その腕は槍の形となり鋭利に尖った先を大和とセラに既に向けていた。

 それに大和とセラが気づくと同時に腕は二人にめがけて射出された。


 『槍攻撃がヤツの必殺の一撃だ』


 もし何の作戦も立てずに戦っていたら、この次の攻撃に対処できず死んでいただろう。

「やぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「うぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 この作戦の三つ目の綱渡り、少し遅れても、少し早くてもピンチに、或いは死ぬ可能性がある。

 しかし、二人の声がピッタリと重なり、『アイゼンスライム』の伸びてきた右腕をセラが左に、左腕を大和が右に完璧なタイミングでエネルギーセイバーを振るい弾く事に成功した。

 だが、ただ弾くだけでは終わらない。二人のエネルギーセイバーは腕から離すどころか押し込む事で伸び続ける両腕が『アイゼンスライム』の意思に反して開かれ、エネルギーセイバーと『アイゼンスライム』の腕の摩擦により火花が散り続ける。

 そしてこの作戦の最後の(かなめ)。プリムは既に大和とセラの間で銃を構えていた。その狙いは『アイゼンスライム』の胸にある赤い円形状の模様。核だ。

「これで終わりよ!」

 プリムが叫ぶと同時にダンっ!と一回の銃声が静かな草原に鳴り響いた後、全ての生物が静寂に包まれた。

 大和とセラとプリムが『アイゼンスライム』から距離を取る様に下がりながら『アイゼンスライム』の様子を見る。

 プリムの弾丸を受けた『アイゼンスライム』はその反動からか背中を反らし、目があれば上空を見つめている状態となっていた。

「やった……のか?」

 しばらくしても動かない『アイゼンスライム』を見て、疑いつつも大和は希望をもって「倒した」つぶやいた。

 三人は実感が無かったのか最初は唖然としていたが徐々に『本当に倒したんだ』という気持ちが芽生え、そしてそれぞれが喜ぼうとした瞬間、その希望は粉々に砕け散った。

 『アイゼンスライム』が反らしていた背中を戻したかと思ったら、今度は俯くように地面を向く形で体を反らす。すると、胸の赤い円形状に空いた穴から弾丸が2つ落ちた。

 プリムの『ソニックバレット』で撃ち出された弾丸だ。音を超える早撃ちで1回目の射撃音がなる前に2発目を撃ち出す。早撃ちの必殺技だ。だが、今驚くのはその事ではない。

 『アイゼンスライム』は死んでいない。その事実だけに全員が注目する。

 『アイゼンスライム』の核を壊すに至らなかったのか。それとも別の要因によって生きているのか。または――あれが核ではなかったか。

「うそ……」

 『アイゼンスライム』の胸、赤い円形状の核に確かに穴の開いているのを見たセラが、尚、それでも生きている事に驚愕する。

「コイツ……まさか核を破壊しても死なないっていうの!?」

 確かに正確に赤い円形状のど真ん中を撃ちぬいた。それも一発じゃ足りないと考え2発分奥まで穴を開けたのだ。だが、それでも動く事にプリムは取り乱して叫んだ。

 一歩間違えれば死ぬ状況から解放された。そう、思ってしまったがゆえに緊張の糸がプツリと切れてしまったのだ。

 だが、大和だけは頭をフル回転させていた。もし、大和が一回でも『死』を経験していなければ同じように混乱、驚愕、恐怖。そういった感情に動きも完全停止していたであろう。


 そもそも、アイゼンスライムはスライムという名前だが通常のスライムとは全く別物なのだろうか。だとすると核は無い?だが、仮に別物だとしたらスライムと名前が付くのが腑に落ちない。人の形はする。攻撃方法が全く違う。核が無い。それではスライムではなく別の名前を付けるものじゃないだろうか?ならば、スライムであるという事を大前提に考えると……核はアイゼンスライムの中?通常のスライムと違うところがありすぎるが、あの中が見えない体、その中に核が!?


 大和が思考をフル回転させた後に結論に至った直後、『アイゼンスライム』からキィーーーーーーっと甲高い金切り声で地面が揺れると錯覚するほどの大音量で叫んだ。

 大和達はたまらなく耳を塞ぐがその程度じゃ完全に防ぐ事は出来ずこの嫌な声が5秒間続いた。

「くそ!なんて音をだしやが……る………」

 耳を抑えながら大和は『アイゼンスライム』を見る。そこには既に反らせていた体を戻している『アイゼンスライム』が大和達をじっと見ている。

 だが、大和が驚き言葉に詰まったのはその先だった。『アイゼンスライム』の核と思っていた赤色の円形状の模様が広がり始めたのだ。じわりじわりと広がるその赤色の模様は腕も、頭も下半身も、『アイゼンスライム』の全てを真っ赤に染めた。

「ヤ、ヤマト。一体何が……起きてるのでしょうか」

 振るえた声でセラは大和に問いかけた。だが、大和もその答えを持ち合わせていない。

「わからない……なんだこれは……」

 『アイゼンスライム』の変化は全身が真っ赤に染まるだけでは終らなかった。

 下半身、お饅頭のような楕円形だったソレが二股に分かれ二本の棒となっていき……その形は見れば誰にでも分かる人の足の形になった。

 今まで動くことはなかった『アイゼンスライム』がこれで動く事が予想される。だが、更に腕も変化し始めたのだ。両腕とも刀の刀身の様に鋭利な刃物へと変貌を遂げた。

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