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ディメンションゲート  作者: 藤井 サトル
1巻 運命を変える者
8/35

護れる世界へ

「あの、大丈夫ですか……?」

 大和の意識が覚醒して耳に入ってきた第一声は自分の安否を確かめる言葉だった。

 大和は起き上がり回りを見ると、そこは暗闇の世界。

 その中にポツンと一つクリスタルが宙に浮いていた。

「俺は……?」

 いまいちどういう状況か把握できていない大和がポツリとつぶやいた。

「最期どうなったか覚えてますか?」

 大和は腕を組みながら出来る限り新しい記憶を思い出す。

 セラ達と草原に行って、そこに灰色の――。

「……アイゼンスライムにセラやプリム、そして俺が殺されたんだ」

「はい、正解です……」

 クリスタルはこちら側から大和達の出来事を見ていた。

 セラが背中から切られたこと、プリムが胸を貫かれたこと、大和が腕を落とされ、首を切られたこと。

 その一部始終、全てを見ていたクリスタルは痛ましく感じ、重い口調で大和に答えた。

「死んだはずなのになんで俺はここにいるんだ?」

 死んだあとの記憶なんて当然ない大和は首を傾げる。

 もしかしたら死後の世界というヤツなのかもしれない。

 そうであるならばセラやプリムはいないのだろうか?

 大和は周りを見渡してみたが、どこにも居るような気配はなかった。

「それは、私がこの場所に引き戻したからです」

 クリスタルの言った『引き戻した』の意味は理解できなかったが、自分が今ここにいるのはクリスタルのおかげらしい事だけはわかった。

「……なぁ、俺はこれからどうしたらいいんだ?」

 あの世界で大和は死を迎えた。いや、大和だけではない。セラもプリムも殺されたのだ。

 ゲームの主人公も仲間も既にいなくなった世界なんて崩壊の一途をたどるのではないだろうか。

「元の世界に戻す事も出来ます」

「戻れるって言ってたもんな……」

「はい、ここの事は忘れて元の世界で生きてください」

 クリスタルは「では、ゲートを開けますね」と言った。

 その言葉を聞いた途端、大和は映画のワンシーンを切り取った様にセラの笑顔が見えた。

 時間としては一瞬だった。でも、大和の感情が揺れるには十分すぎるほどだ。

「……泣いているんですか?」

 もう二度とセラには会えないのだろう。その事は心の奥底で気づいていた。その悲しみを心の中に強引に押しとどめていたはずなのに……両目から溢れる涙として表に現れていた事にクリスタルの言葉を聞いて気づく。

「……なぁ、もうセラとは二度と会えないんだよな?」

 答えなんて聞かなくてもわかっている。セラはあの時に死んだのだ。それは誰よりも大和自信が一番わかっている事だ。腕の中で冷たくなっていく彼女を感じていたのだから。だけど、もし、あの世界がゲームでセーブデータをロードするように戻れるなら……と、一縷の望みを持って大和は聞く。

「それは……」

 クリスタルが何かを言い淀む。

 これが人間であったら表情から何かを察する事が出来るが、石の見た目じゃ表情なんてあるはずも無く、何に対して言葉に詰まっているのかが分からない。

 ただ、その言い淀む姿勢を大和は勝手ながら希望的な物として期待せざるを得なかった。

「……いえ、会う事は出来ます」

 クリスタルから願った答えが返ってきた。ただ、そのニュアンスは言いたくなかったと言うような、重い口調での言葉だった。

「本当に……?」

「はい。でも――」

「……本当に、本当に会えるんだな!!」

 『死んだ』という事実は消えない。だが『会える』という希望が願いが想いがそれらを上回る。あの世界に渡り、出会った事で何度でも実感したセラへの想いが『あの笑顔を二度と見ることが出来ない』この結論が覆り、もう一度、いや、『何度でもあの笑顔が見れる』との結論に至った大和は理性を止める事は出来なかった。

「はい、会う事は出来ます。でも――」

「また!また会えるんだな!どんな方法なんだ!?」

 大和は嬉しさのあまりに声を荒げながらクリスタルに近づく。

「……あの世界の戻りたい時間に貴方を送り込めます」

「そうか。なら決まりだな!俺をもう一度送ってくれ!」

 すぐにでも会いたい。その気持ちが先行し、大和は矢継(やつ)(ばや)に言った。

「でも!!!私は貴方を……送りたくないです!!」

 だがクリスタルは精一杯声を荒げた様に言い放った。

「なんでだよ!戻りたい時間に戻れるなら、セラが生きてる時に戻れるってことだろ!?今度こそ死なせない事が出来るって事だろ!?」

 セラを助けたい。セラを守りたい。セラに会いたい。

 それら全ての気持ちを一瞬で踏みにじられた気持ちになり、大和は今にも襲い掛かりそうな権幕でクリスタルに迫った。

「だって!?また死んじゃうかもしれないんですよ!?」

 だがクリスタルからの返答は思いつめていた物が爆発したような、悲しみと痛みが入り混じった泣き声の様に聞こえた。

「左腕が切られたんですよ、血だっていっぱい出てました。……痛くなかったんですか?」

「……痛かったよ……物凄く痛かった」

「貴方は……死ぬのが怖くないんですか?」

「死ぬのは怖いよ……」

「なら、ここで元の世界に戻ってもいいじゃないですか!行けばまた死ぬかも知れないんですよ!もっと悲惨な姿になるかもしれません!もっと苦しいかもしれません!もっと痛いかもしれません!もっと辛いかもしれません!もっと……もっと…………」

 クリスタルは声を荒げてしゃべった為か、最後にはやや落ち着いていた――というより悲しみで声が沈んで小さくなっていった様だった。

「戻ればこの世界や彼女たちの事も、モンスターと戦った事も夢だったと感じる様に忘れられますから……」

 これがクリスタルの精一杯の説得だった。

 確かにゲームの世界に送り出したのはクリスタル自身だ。でも、当初、大和を送り出した時には考えられない事が、残酷な出来事が起こり得る。いや、起こったのだ。そしてそれはきっと……この先、送り出した回数、辛く、苦しく、残酷な結末が起こる事が容易に想像できる。そんな事を考えると、体を持っていたら震えて崩れて泣き叫んでいただろう。

 大和は戻れば平和な日常が待っている。それは十分にわかっていた。 

 肩が刺される痛み。腕が切られる痛み。一生の内にそうそう体験しない事が起きるあの世界より、平和に過ごして入ればそれらとは無縁の自分のいた世界。

 どちらを選ぶかは明白である。死が近いあの世界を選ぶなんて馬鹿のすることだろう。

「ありがとな。でも、俺はあの世界に戻りたい」

「なんで――」

「一度死んだから言える事だけどさ、平和っていいよな。何もないのが幸せだってよく言ったものだと思うよ」

「だったら――」

「だけど!……たとえあそこがどんな理不尽な世界でもセラを守る事が出来る世界なんだよ」

「なんで、なんでそこまで!」

「俺はセラが好きなんだよ。もともとゲームのキャラクターだったけど、実際にあえて一目ぼれ……っていうのはおかしいのかな?でも短い時間だったけど話して、ちょっと触れて……もう一度言うけど俺はあの子が好きなんだよ。だから行く理由なんてたった一つ。セラを護る。これだけさ」

 大和の言葉を最後に沈黙が流れる。

 数十秒という時間が経過した後に言葉を発したのはクリスタルからだった。

「どうして貴方は……」

 罵倒されるのか、悲しまれるのか、泣かれるのか。どんな言葉が来るのかはわからなかったが大和はどんな言葉でも受け入れようとクリスタルの次の言葉を待つ。

「……本当にいいんですね?次は本当にもっとひどい目に合うかもしれませんよ?」

 だが、言いたい事を飲み込んだような間を置いて出た言葉はとても優しく、大和を心配してくれているものだった。

「そうだな。でも俺はセラを守りたいんだ」

「……何を言ってもダメみたいですね。わかりました」

 クリスタルは最後の説得も受け入れない大和の強情さに負けたせいか、言いたいことを飲み込めなかった分、溜息を一つ吐き捨てた。

「時間はどうしますか?」

「アイゼンスライムとの戦闘前で頼む」

「わかりました。……行ってらっしゃい」

 クリスタルが自らの体を淡く光らせるとその隣に白く光る渦が現れる。これに入ればまたセラとプリムに会えるのだ。


 今度こそ護る。ゲームスタートだ!


 大和はその白い光の渦へしっかりとした足取りで歩み進めた。白い光はやがて大和の体を全て飲み込みここより別の世界へと送りだす。

「……ごめんなさい……ごめんなさい…きっと私のせいです……」

 大和が完全に居なくなり、誰もいないこの空間でクリスタルが呟いた言葉は誰にも聞かれることなく静かに消えていった。

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