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ディメンションゲート  作者: 藤井 サトル
1巻 運命を変える者
7/35

初めての経験

草原についた大和たちは隠れながら『スライム』の親玉を探していた。

「親玉はどこかしら……」

「親玉か、それっぽいの見つからないな」

 大和は『ビッグスライム』を探す。前に見たゲームの攻略本では通常の『スライム』は膝くらいまでの大きさなのに対して、『ビッグスライム』は2メートル程の高さを持っている事が書かれていたのを大和は思い出す。そうなるとすぐ見つかる……はずなのだが辺りを見回しても大きい『スライム』は見当たらなかった。

「あれは、人?……人がいますよ!」

 セラは草原の中心に見える人物をさす。大和はセラの指さす方向を見た瞬間、血の気が引いた。

 全身、灰色の人が立っているのだ。大和はソレがどういうものか一瞬で理解する。

 冷や汗をダラダラと流しながら大和は思考をフル回転させた。


 なんで、アレが今ここにいるんだ。あのモンスターは危険だ!ゲーム≪ディメンションゲート≫で何度も全滅するほどの強敵だった。攻略サイトの掲示板でも色んなプレイヤーを泣かせてきた敵だ……


 姿は高さは160㎝程、頭部はやや縦長の丸い形状をしていて、そこから首が少し伸びて上半身につながり、上半身の左右には腕が生えている。また上半身から下はそのままずーと伸びていて、一般男性の膝くらいの位置から『スライム』の様に楕円で形成されている為、上部分だけ見れば人とほぼ同じ姿をしているのだ。

 モンスター名は『アイゼンスライム』で間違いない。ただ、その凶悪さから『心折りマシーン』や『デビルスライム』、『鉄の悪魔』と攻略サイトの掲示板に書かれる程である。

「アイゼンスライム……」

 驚きのあまり大和は記憶喪失という設定を忘れ名前を口にした。

「ヤマトはアレ知ってるの?」

 プリムが冷や汗をたらしていた。ゲームでもそうだったが、プリムは勘が鋭い女の子なのだ。たぶん、一目見てあのモンスターのヤバさを本能的に理解したのだろう。

「ああ、知ってる。といっても少しだけだけど」

 平常心を取り戻せていない大和はプリムに振り向いて、そのまま聞かれたことを素直に答えてしまっていた。

 言ってから気づいたものの既に遅い為、大和が知る情報を口にする。

「あれも一応スライムなんだ」

「あれがスライム!?」

 プリムの驚きの声に大和はコクリと頷く。

「ああ、そうだ。普通のスライムと違うところが結構あるが、特筆する点としては鉄の体ってところだな」

「でも……スライムなんでしょう?それなら攻撃手段なんてたいしたことないんじゃないの?」

 ゲームではステータスによって回避とかが決まっていた為、攻撃モーションについてそこまで考える必要はなかった。では、この世界ではどうだろうか。と大和はゲームの中の動きをこちらで照らし合わせてみる。

「いや、その攻撃手段が問題なんだよ。通常のスライムなら本能的に飛び掛かってくるくらいだけどアイツは違う。あの手は伸びるんだ。その伸びた手をムチ様に振るってくる」

 ゲームの中では攻撃を受けてもダメージエフェクトですんでいた。でも、この世界でそんなものを受けてしまえば、良くて骨が粉砕されるってところだろう。

「でも、核はあるみたいね。それを壊せれば倒せるかしら?……セラはどうおも――」

 『アイゼンスライム』の左胸には円状に赤色に染まっている箇所があるのを見つけたプリムは視線を『アイゼンスライム』からセラに向こうとした時、近くにセラがいない事に気づいた。

「あれ、セラはどこ行ったの?」

「え?」

 既にセラは『人』と勘違いした『アイゼンスライム』に近づいて行っている。

「あの!この辺はモンスターも出てくるので危険ですよ!」

 セラの声に反応したのか、『アイゼンスライム』の頭部、顔と思われる部分がセラに向く。

 直後、凸凹も何もなかった丸い顔の下部分が口と思われる様に開いた。

 醜悪な悪魔の様に三日月型に口を開いてニヤリと獲物を見つけた。と言わんばかりに……。


 ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい


 大和の頭の中でリピートした危険信号がやむと同時に大和も飛び出した。

 まだセラと『アイゼンスライム』の間にはある程度距離が開いている。セラが攻撃範囲に入る前に距離を取れれば大丈夫だと信じて、大和は飛び出した勢いのまま駆ける。

「セラー!下がれーーーー!」

 『アイゼンスライム』が『鉄のスライム』ではなく『鉄の悪魔』と言われる所以は三つある。

 プレイヤーを見つけたときの恐怖のデビルスマイル(プレイヤー名づけ)が一つ。

 戦闘時には『スライム』の特徴ともいえる液体の様に自由に変えられる体を使い、その両手を伸ばしてムチの様に振るってくる。

 その圧倒的な攻撃力、防御力が合わさり、自信満々のプレイヤー達の心をぶち壊してきたのが一つ。

「え?どうしたんですか?」

 大和の声に反応したセラは立ち止まり振り向く。

 その立ち位置は『アイゼンスライム』の攻撃範囲に入っているか、入っていないかギリギリのラインだ。

「止まるな下がれ!!」

 大和の絶叫に反応したかのように『アイゼンスライム』が動いた。

 両手を伸ばし、先端を鎌の形に変えていく。

「なっ!」

 その光景が目に入った大和は走りながらも絶句する。

 通常の攻撃……ムチの様に振るわれただけでも死ぬ可能性は大いにあるが、そんなものとは比べ物にならない攻撃手段。それが「鉄の悪魔」と言われる所以の三つ目。

 『アイゼンスライム』の鎌はHPが3分の一になった時に行う即死攻撃。この三つが合わさって『スライム』ではなく『悪魔』と呼ばれている。

「くそっ、まにあええええええええええええええええええええ!!!」

 大和がセラに向かって手を伸ばす。腕でも服でも掴んで攻撃範囲から遠ざけられれば何とかなる。

 もう少し、あと少し、大和の指がセラの服に届くその刹那――。



 セラの後ろから真っ赤な液体が空中にばらまかれた。



 それが血液だと気づくのに1秒も掛からなかった。

 『アイゼンスライム』の一撃はセラの背中を捉え、切り裂いていたのだ。

 セラが重力に身を任せる様に大和に向かって倒れてくる。

「セラ!」

 大和がセラを抱きとめた瞬間、背中に回した手がぬるっとした生暖かい液体が付着したことがわかった。

 抱きとめているだけでも背中から血液が足を伝ってどんどん垂れていく。傷が深いのだ。

 何が起きたのかセラには理解が追い付かなかった。

 息も自然と荒くなる。視界も暗くなっていく。……だけど、ヤマトに抱きかかえられているのだけはわかった。

 抱きかかえられ見上げる形で見る大和の顔は心配そうな、不安そうな表情をしていたから、セラは何とか笑みを作ろうとする。

「ヤマト……大丈夫、だよ」

 辛さ、苦しさ、痛み。それらを耐えてでも言いたい言葉をセラは口にした。

 ヤマトに心配かけたくなくて安心してほしい。その思いのみでセラは精一杯微笑んで、ゆっくり瞼が落ちていき――息絶えた。


「何が、大丈夫なんだよ……」

 抱きかかえているセラの残った体温、それが徐々に下がっていくのが伝わってくる。

 大和は涙が出ようと、鼻水が出ようと顔を見る事しかできなかった。

 もう目が開くことがない、その幼い顔をしたセラを。


 ――もっと早く気づけていれば、もっと早く走っていれば助けられたかもしれない


「何が…アイゼンスライムだよ……」

 大和は抱きかかえていたセラをゆっくり地面に寝かせる。


 ――自分の馬鹿さ加減が本当に頭に来る


 武器を手に取りスイッチを押した。


 ――ゲームの世界だから誰も死なないとでも考えていたのか


 『アイゼンスライム』に向かって『ヴィンター』の刃を向けて構える。


 ――ふざけるな!!!


 大和は雄たけびを上げ、『アイゼンスライム』に向かって一直線に走り出した。それと同時に『アイゼンスライム』の右腕が鎌の形状から丸みのある先端に戻っていた。

 ムチの様に縦振りの遠距離攻撃がくる。

 大和はゲームでの攻撃モーションを思い出して攻撃の起動を予測する。

 『アイゼンスライム』は右腕を伸ばして振り上げて大和の頭上に振り下ろした。

 当然来る方向がわかっている攻撃だ。走っている勢いを殺さずにギリギリ回避すると、『アイゼンスライム』の腕が地面と接触したのか、背中越しに何かがはじけ飛ぶ音と微弱な振動を感じた。

 大和は『アイゼンスライム』の胸、人間でいえば心臓の部分にあたる核に狙いを定め、『ヴィンター』をその胸に突き立てる。――事はできなかった。

「え?」

 『アイゼンスライム』の右腕を避けた。その油断から見逃していた『アイゼンスライム』の左腕が動く。先端を鋭く尖らせたその腕は大和の右肩を貫いた。

 その衝撃で後方に吹っ飛ばされた大和は背中から地面に着地をすることになり、肺の空気を無理や出させられた。

 右肩に激しい痛みが走る。苦痛に顔をゆがませながらも何とか立ち上がる。

 息が荒くなる。痛みと共に植え付けられた恐怖が大和の全身を駆け巡る。

 それでも、この程度の傷がどうした。セラはもっと辛かったはずだ!

 そう自分を奮起し、大和は右手にもった武器を『アイゼンスライム』に構えなおした。

 直後、大和の左腕がドサっと落ちた。

「っあああああああああああああああああああっ!!!」

 あまりの痛みに右手に持っていた『ヴィンター』を落としてしまう。

 武器から手を離した右手で左の二の腕をとっさに抑えるも、立っていられないほどの痛みが全身に駆け巡り、大和はその場に倒れこんだ。

 強烈な痛みにより吐き気がする。目眩もする。それらを飲み込みつつ転げながら『アイゼンスライム』を一瞥すると、大和は何が起きたのかが理解できた。

 『アイゼンスライム』の右腕が鎌の形状に変わっている事と自分の左腕が肘から切り落とされた事だ。

 痛みに伴い息が荒くなる。左腕から流れる血が恐怖を煽る。


 ……このまま殺される


 だが、その『アイゼンスライム』は大和を見ていなかった。

「どこを、見てやがる……」

 『アイゼンスライム』の口を開いている方向を正面としてその先を大和は見た。

「あ……あ……」

 恐怖、悲しみが大和を再び襲う。

 『アイゼンスライム』から伸びている左腕がプリムの胸を貫いていたのだ。

 『アイゼンスライム』は動かなくなったプリムを腕に刺したまま空中をぶらぶらと振り回す。

 血を浴びて楽しむ様を大和に見せつける。

 一通り楽しんだのだろうか、大和の後方、既に息絶えたセラに向かって『アイゼンスライム』はプリムを投げ飛ばす。

 鮮血が宙に舞い、プリムはセラに重なる様にして落ちた。

「ちくしょおおおおおおおおおおお!!」

 痛みや恐怖よりも、より強い怒りと悲しみが大和を支配する。

 地面に落とした『ヴィンター』を拾い、刃を床に突き刺して支えにして立ち上がり『アイゼンスライム』に向かって走り出す。

 『アイゼンスライム』は何もせず走る大和を見続けている。

 なぜ攻撃してこないのかわからない。だけど、そんな事どうでもよかった。

 既に大和の頭の中は『アイゼンスライム』の核を狙う事しか考えていない。

 間近まで迫った大和は剣を真横に振りぬく。

 アイゼンスライムの体と大和の『ヴィンター』の刃がぶつかり火花を散らす。

 しかし、その火花は長くは続かなかった。


 ――パリン。


 ガラスのような音を立てて『ヴィンター』の刃が砕け、バランスを崩した大和は地面に転がった。

 その一部始終を体感した『アイゼンスライム』は結果に満足したのか、プリムの血で赤のまだら模様が出来た顔。その三日月型の口をガチガチと開閉し大和を見ながら笑う。

「あっ……」

 その異様な光景を目の当たりし恐怖で体が一瞬固まってしまった大和の首を、『アイゼンスライム』は右腕の鎌で一瞬の内に切り落とした。

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