最初の街『ピーフ』
「ここが私たちが住んでいる町、ピーフです」
大和より数歩前にいるセラが振り向きながら笑顔で教えてくれる。
目の前には木製で作られたと思われる門とその近くには衛兵と思われる人が槍を持って立っている。その門から横に石で作られた壁広がっていた。
「ここが……」
ゲームでは何度か通ったこの門。それはゲームとして見るものと現実で見るものとでは雰囲気も迫力も全てが違って見えた。
「さ、ぼーっとしてないで行くわよ」
プリムが圧倒されている大和の横を通り過ぎながら声をかける。
「お、おう!」
歩くのを忘れていた大和はプリムの一言で再び歩き出し、セラとプリムの後に続いて門を潜っていった。
町『ピーフ』。町と言っても大きい町ではなく3時間あれば端から端まで歩くのには十分である。
道は石畳で整備されているが、殆どの家は木造建築で作られていた。
街灯のようなものは無く夜になれば辺りは真っ暗な闇に包まれるだろう。
そのせいか、日が傾き始めた今の時間では商店街と思わせる店並びの大通りで行き交う人々であふれかえっていた。
今日の夕飯を買う為に店の主人と交渉する人。外食の為に店を探して歩く人。兄弟、姉妹で仲良くお出かけする人。賑やかにもそれぞれの人がそれぞれの目的の為に動いている。ゲームの中のはずなのに一人一人が生きているような、それを思わせる光景だ。
西の門から入ったセラ達は最初に町の中央にある噴水へとむかう。
その道すがら興味深そうに大和はキョロキョロと視線をいたるところへと動かす。テレビ越しに見ていたゲーム≪ディメンジョンゲート≫と同じ街並み故に面白いのだ。ゲーム画面越しに見る映像と自分の足で歩いて感じる風景では全くの別物であり感慨深く思ってしまう。
「ヤマト、何か思い出せそうですか?」
周りを見ながら歩いている大和が何か身に覚えのある物でも見つけたら記憶を取り戻す手がかりになるかもしれない。そう考えてセラは大和に声をかけた。
「いや……ごめん」
本当に記憶喪失になっているわけではない大和は思い出すものは無い。当然今から『記憶喪失は嘘です』なんて事も言えない。ただ、キョロキョロ見ていたのは物珍しかったから……その罪悪感から大和は謝る事しか出来なかった。
「そうですか。……何か見覚えのあるものがあったら言ってくださいね?」
セラが優しい笑みを浮かべてくれる。自分を気にかけている事がありありとわかるのだが、大和が今しているのはそのセラの優しさを裏切っている行為だ。その事実を真正面から考えるとどうしても胸がズキリと痛む。
「ここが町の中央の噴水よ」
町に入って最初に案内されたのが町の中央にある噴水だった。その噴水は円形状に作られており外周には水が中央に向かってアーチを描くように噴き出している。そして、その中央には高々と昇る水流が水しぶきを散らしていた。
「綺麗な場所だな」
「えへへ。私もお気に入りなんです」
大和と噴水の間に入ったセラは両手を自分の後ろに回しながらやや前のめりで、更に視線は大和の双眸を捕らえている。
「あ、ああ。いい場所だと俺も思うよ」
しかし、そんなポーズを取られてしまうと直視するのは難しい。好きな人が可愛いポーズをとったときに凝視するのはとても勇気が必要なのである。だから、大和はついセラから目をそらしてしまう。
「ここから更に東に歩くわ」
「どこに向かってるんだ?」
「ギルドよ。と言っても記憶喪失ならそれも覚えてないかしらね。ま、行けばわかるわ」
「あ!ついでだからギルドだけじゃなくてほかのお店も案内して行こうよ」
思いついたように両手を合わせたセラがプリムに提案をした。
「ええ、それがいいわね」
セラの提案にプリムは頷いてから視線を大和に移して同意を得ようとする。
「あんたもそれでいいかしら?」
「ああ、お願いするよ」
もちろん、大和も拒む理由が無い為に頷く。それを見届けるとプリムとセラは再び頷いてから三人は東に向かって歩く。ギルド以外のお店として一番最初に歩みを止めたのは道具屋の前だった。
「ここで色々道具が買えるんですよ」
道具屋の扉の上にはでかでかと『道具屋』と書かれた看板が取り付けてある。
「まぁ道具屋なんて名前しているんだから当たり前ね」
セラとプリムのやり取りを見てゲームのチュートリアルを思い出す。
少しだけ違うのはゲームの主人公であるセラが言うセリフは『ここでアイテムが買えるんだよね』とプリムに確認する内容だった事だ。
「少し覗いてみましょうか」
そういうとセラが道具屋に入っていく。
その後にプリムと大和が続いて入っていった。
大和は道具屋の内装をぐるりと見渡す。基本的な構造としては木で作られた床やカウンターがあり、壁に目をやると棚とその上に置かれているいくつかの見覚えのあるアイテムが置かれている。
ゲームで最初の町で買えるアイテムは傷を治すアイテムと毒を治療するアイテムのみだったが棚の上に置かれているアイテムはそれ以外の道具も置かれていた。値札が書かれている以上買う事は出来るのだろう。
そう思って大和はポケットの中に手を突っ込んだ。しかし、その手が何かをつかむことはなく、一つの真実として『無一文』という現実を突き付けられた。
「お、セラとプリムかいらっしゃい!……ん?そこの兄ちゃんは二人の連れかい?」
大和が現実に打ちのめされている中、カウンターの奥から出てきた道具屋の店主はセラとプリムを見ながら言う。
「はい。彼はヤマトと言います」
「ほ~う?」
今も棚を見続けている大和を店主は値踏みするように上から下までしっかりと大和を見る。
「そのよ……あいつ大丈夫なのか?あんまり強そうには見えないけど」
「そうね。まあ、少なくともスライムよりは強かったわ」
プリムの言葉に店主は『ふむ』と言いながら頷く。
「ま、二人がいいなら俺からとやかく言う事じゃないしな。それより明日行くんだろう?今日は何か買っていくのか?」
「あ、ごめんなさい。今日はヤマトを案内するために寄ったので……」
草原の更に西にある森で依頼をこなす場合、セラとプリムが道具屋を必ず利用しているのだ。
森には『ブラックベア』という黒くて大きい熊のモンスターや『ポイズンビー』と言った毒を持つ蜂のモンスターがいる為、準備をしっかりしなければいざというときにピンチを招く事を経験上知っている。
だが、今回に限りは大和の案内によっただけなので、何も買わない事に申し訳なく思いセラはうしろめたさを覚える。
「そうかい。ま、気が変わったら言ってくれ。サービスするからよ」
「ありがとうございます!」
セラはカウンターに戻っていく店主にお礼を言ってから棚のアイテムを見ている大和に近づいた。
「道具の説明しましょうか?」
棚に置かれている傷を癒すアイテム『ポーション』をじっと見ていた大和は急に声をかけられた為、驚きながら声が聞こえた方向に振り返った。
「セラ?」
「記憶喪失ならわからないですよね。それはポーションと言って傷を癒してくれる道具なんですよ」
目の前にあるアイテム『ポーション』はゲームと同じで青色の液体が入った小瓶だ。
「これって飲むといいのか?」
「飲んでもいいのですが、傷口に塗ったほうが効果がでますよ」
「どっちでも使えるんだな」
大和は『ポーション』を手に取ってまじまじと見る。
ゲームで使用した時は塗って使っていたんだろうか?
そんな事を考えているとプリムから声が掛かる。
「さて、そろそろ行くわよ」
その言葉にセラと大和は頷き、道具屋を出る事となった。
それから少し歩くと武器屋が見えてきた。と言ってもゲーム内と同じ作りの町だった為、大和は武器屋がある事もギルドがある事も知っている。
「ここが武器屋です」
懇切丁寧にセラは武器屋の前に来て大和を案内してくれた。
目の前には道具屋と同じように看板みたいなものが立て掛けられていて、『武器屋』と書かれていた。
プリムを先頭にセラ、大和の順で店の中に入る。内装としては道具屋と同じで木で作られた床やカウンターがある。棚は無いかわりに壁には弓や短銃が掛けられていたり、店の真ん中に置いてある樽の中に片手剣や槍が差し込まれている。
どれもモンスターを倒せる武器であるがその中に一つだけ気になる物が見つかる。
「木の剣?」
鉄を一切使用していない木を剣の形に削って作られた木剣だ。
「あ、それは剣での練習用に作られている武器ですよ。安いんですけどモンスターと戦えません」
なるほど。対人で剣の練習する為の武器か。これを買って練習するのもいいけど、金が乏しい今、何も買えないんだよな
「いろいろな武器があるんだね」
大和は棚や樽の中の武器を見て回る。置かれている武器はどれもゲームで見たことあるが、元の世界で実物を見る事がなかったためか興味が湧いていた。
大和は樽の中に差し込まれている剣を手に取ってみるとずっしりと重さを感じる。ただ、重さで言えば今日セラから借りたエネルギーセイバーのほうが重かった。そのことからどの剣も扱うのは難しそうではないと感じる。
「何か使ってみたい武器とかありますか?」
武器を眺めていたら隣から声が聞こえ視線を移すと隣にはセラが居た。
「そうだな……使うなら剣かな」
壁には弓と短銃、樽には片手剣と槍、奥のカウンターには大剣と大斧が置かれているのを見てから大和は答える。
その答えに満足したのかセラの表情が何故かパァっと明るくなった。
「そ、そうですか!あ、何か買っていきますか?」
「い、いや、何となく見ているだけだからさ」
まぶしい程の笑顔で大和に聞くセラ。しかし、無一文の大和は濁すしか返答できなかった。
そんな二人のやり取りを余所にプリムは店主と話をしている。
「で、どうする?買っていくかい?」
「確かに……珍しい弾丸よね。これって……」
木の床を踏みしめながらプリムは店主の手に持っている箱をのぞき込み、うーっと唸りながら購入するか考える。
「……ちなみにいくら?」
待ってましたと言わんばかりに店主はニヤリと笑いながら言う。
「高いぜ?……大体このくらいはするな」
店主は指を3本立ててプリムに突き出した。
プリムは店主のその値段を聞いてプリムは驚く。
「……安すぎるわ。本来その3倍くらいするんじゃないの?」
「おっと、お見通しか。明日行くんだろ?サービスだと思ってくれ」
「……そこまでしてくれたら買うしかないわね」
「へへ、毎度あり」
差し出したお金を店主が受け取り、店主が差し出した商品をプリム受け取った。
「さて、そろそろ行くわ。帰ってきたら、また寄るわね」
「おう、まってるぜ。セラ嬢ちゃん達も気を付けてな」
プリムが|踵≪きびす≫を返して武器屋の扉から外に出る。セラと大和も店主に一礼してからプリムを追うように武器屋を出た。
武器屋を出て更に東へ歩き、大和達が当初の目的地となるギルドに到着したのは夕方を過ぎた頃だった。
ギルドの外装は他の木造建築の店とは違いレンガのような石が綺麗に積まれて作られている。建物自体の大きさはほかの店の倍はある。
中に入って周りを見渡すと左側には掲示板やカウンターが見える。右側にはいくつものテーブルとイスが置かれていて奥にはカウンターがある。
だが、大和がワクワクする理由は内装だけではない。
回りを見渡した時に見えたのは掲示板に貼ってある依頼を眺める客。カウンターにいる受付嬢と話し込む客。酒を飲む客。飯を食う客。
人が多くガヤガヤとした喧噪がより一段とファンタジーの世界にいるんだと実感させる。
「さて、依頼の報酬を受け取りに行ってくるわね」
プリムが本来の目的である依頼の報酬を受け取りにギルド側のカウンターへ小走りで向かっていくのを見送ってからセラが口を開いた。
「じゃあ、プリムちゃんが戻って来るまで席にすわってましょう」
セラは大和を見てから空いている席に向かって歩き出す。
そのセラの後ろから大和はついて行く様に後を追った。
「ギルドって酒場なのか?」
セラと対面するように椅子に座り一息ついたところで、大和はゲーム内の知識と照らし合わせる為に質問としてセラに投げかける。
「酒場でもある。が正解なんです」
セラは頷いてから更に言葉を繋げようと「えっと」と言いながら入ってきた入口に指をさす。
「入口から入って左側が依頼を受け、報酬を頂くことが出来るギルドです。そして、右側が酒場となっていて冒険者はごはんを食べたり、大人達はお酒を飲んだりします」
「一つの建物の中で二つに分かれているんだな」
「はい。といっても他の町にあるギルドを見たことが無いのでどうなっているか分からないんですけどね」
セラは少し眉を寄せて困った顔をする。
「今、プリムが左側の、ギルドのカウンターに行ったのはさっきのスライム討伐と関係が?」
「はい、私達はそもそもスライム討伐の依頼をこなす為に西の草原に行ったんです」
セラの言葉を聞いて大和はやや下を向きつつ考え込む。
セラとプリムが草原にいたのは『スライム』討伐の依頼をこなす為か。という事は、今この時はゲームでいう序盤も序盤。チュートリアルでの戦闘だったのか?……それにしては『スライム』がかなり多かったな
「どうしました?」
首をかしげ、大和の顔を覗き込む様に身を乗り出すセラ。
二人が座った席はさして大きいとは言えないこのテーブル席である。そのため、セラの声を聴いて大和が顔を上げると可愛らしい顔が目の前にあった。
近い距離感のせいか、ふわりと甘い女の子の香りが漂い大和にその香りが届くと否応なしに心拍数を上昇させる。
「い、いや、なんでもない」
「そう…ですか…」
大和が何か思い出したのか。と思ったセラは身を乗り出していた体を戻しながら少し残念そうに声を沈ませる。
「そういえばギルドがどういうものか説明をしてなかったですね。ここで依頼を受けて達成すれば報酬をもらう事が出来ます」
セラが言うには3つの主な内容は次となるようだ。
採取系――薬草等の薬の材料、又は、鉱物の採取等が主な目的となる。
討伐系――行ってしまえば害獣駆除にあたる。迷惑なモンスターを討伐するというものである。
特殊系――それらに該当しない依頼となる。
「これらがギルドで出来る内容です。そして私たちみたいに依頼を請け負って達成する人たちの事をハンターと言います」
「今日やったのは討伐系か」
「はい、でも討伐対象はスライムですから報酬は低めです」
「そういえばモンスターって死んだら消えていたけど、どうやって討伐報告してるんだ?」
「それはですね……」
セラは左手で首元の服を引っ張りながら右手を自分の胸の中に手をいれる。
その仕草に大和はイケナイモノを見ている様な気分になり、頬を赤くしながら顔を左に向かせて視線を更にその左に動かして大仰に目をそらす。
「これが討伐したモンスターをカウントしてくれるので、ギルドにお渡しすれば報告完了になります」
セラが取り出したのは鎖のペンダントで、鎖の行きつく先にはハートの形にあしらってある金属の中に真っ赤な宝石がはめ込まれていた。
「このペンダントが?」
「はい、ハンターに登録するとこういったペンダントが支給されます。どんな原理かわからないんですけど、モンスターの討伐記録の他にも道具をしまう事も出来たりする不思議なペンダントなんです」
セラは目の前でペンダントの宝石部分に手を突っ込むと空間にゆがみが発生し腕がすっぽりと空間の中に入っていった。それから何かを掴んだのか直ぐにセラは手を取り出すと道具屋で見たポーションがセラの手の中に収まっていた。
「すげぇ……」
目の前で起きた事に単純な感想しか出せない大和。それを見て、少しはにかみながらセラも口を開く。
「次元倉庫っていうらしいです……原理はよくわからないんですけどね」
「これって何でもはいるのかな?」
「生き物は一部だけ入るんですけど、全部は入らないって聞いているので『何でも』は入らないと思います」
大和は今、明日死ぬんじゃないかというくらいに幸せを噛みしめている。目の前には好きな女の子と楽しく話しているのだからそれも当たり前の事である。
この22年生きていた中で一番楽しい。この二人だけの時間がずっと続けば――
「報酬受け取ってきたわよ」
なんて思った矢先にプリムが戻ってきた為、幸せの時間が終わりを告げた。
「プリムちゃん、ありがとう」
「やっぱりスライム討伐じゃ報酬も少ないわね。何時もの事だけど」
そんな愚痴を漏らしながらも「はい、これアンタの分」と言いながらプリムは討伐報酬が入った小袋を大和の前に置く。
「え?俺の?」
「そうよ」
依頼を受けたのはセラとプリムの二人で俺は当然ながらその場にいなかった。
なのでこの報酬を貰ってもいいのかと大和は思案するが、それを見透かしたようにプリムは口を開いた。
「あんたも戦ったんだから、ちゃんと報酬はもらっておきなさい」
ぐいっとプリムはお金の入った袋を大和に押し付けるように渡す。
大和は戸惑いながらもそれを受け取りお礼を言う。
「さて、じゃあ行きましょうか」
ギルドを出た頃には空が暗くなり始めていた。
最後の案内として連れてこられた場所は噴水広場まで戻ったところにある宿屋だった。
「とりあえず、ヤマトは今日ここで休んでおきなさい」
ゲームでの宿屋は基本的にHPを回復する手段として使用する施設だった。
だけどこの世界でHP減ったときにだけ入る施設と決めつけてしまうと体が持たない。
ならば本来の活用方法、つまり寝る場所として使用する必要があるのだ。
そう思うがここに来て見てみて見ぬふりをし続けていた『無一文』のツケが回ってきたことを痛感する。
「あのさ、さっきもらった報酬以外、お金持ってないんだけど、どうしよう……」
看板に出ている値段を見ると、さっきの『スライム』の報酬じゃ宿代は足りない。
『スライム』討伐の報酬が40ゴールド、それを分けたので14ゴールド頂いた。
つまり大和がいくらゴールド袋の中身を見ても小さめに作られた銅で出来ている平たい円形の小さい銅貨が14枚しか入っていない。
だが看板に出ている値段は一泊30ゴールド。足りないのだ。
「あんた、お金も持ってなかったの?ほんと、どうやってきたのよ……」
モンスターが出る場所に居た、でも武器も無い、金も無い、護衛も居ない。
ここまでくると、プリムは疑うを通り越したのか、ため息一つ吐いて呆れる。
その隣でセラは「うーん」っと何かに悩んだ後、意を決して口を開いた。
「じゃあ……私の家に来る?」
――世界が数秒止まった――
様な気がするほど驚いたプリムは思考を停止し、大和は大和で頭の中でセラの台詞がリピートされていたせいで動きを止めていた。
一早く我に返ってきたプリムはセラの肩に手を置いて揺らしながら止めに入る。
「いくらなんでもだめよ!素性も得体もしらない人と一日過ごすなんて危険すぎる!!」
「でも、記憶喪失の人を放り出せないよ……」
セラはプリムのいっている意味もわかっている。
だが、危険である事に変わらない事をプリムは必死にセラに伝えるが、それでもセラは『記憶喪失で独りぼっちの人を放り出せない』を主軸に譲ろうとしない。
「あーもう、わかったわ。私がヤマトの宿泊費を出すから宿屋で過ごしてもらう。それでいい?」
プリムとしてはこれが最大級の妥協点だった。
「いや、それは悪いし、野宿でも……」
大和としては嘘をついて二人と行動をしているのだ。
そのせいで罪悪感でいっぱいいっぱいの大和としては、これ以上迷惑をかけると精神的に受けるダメージで死んでしまいかねない。
だが、その大和の提案はセラではなくプリムが拒んだ。
「いいから。ほら、来なさい!」
大和の手を引っ張りながらプリムは宿屋の中に入っていく。
大和からはプリムの顔が見えない。その歩行速度を考えると『怒っているだろう』と大和は思う。
だが、そう考える大和を余所に、プリムと並んで歩くセラはプリムを見てクスクスと笑っている。
「あんたモンスターと戦えるんだし、明日、別の依頼を受けるから手伝いなさい。そうしたら今日の宿代はチャラにしてあげる」
プリムは大和の顔の近くで人差し指を立てながら「いいわね!」と念を押す。
大和はそれに気圧されたのか「お、おう」と短い返事しかできなかった。
プリムが支払ってくれた宿の部屋に入った大和は椅子に腰を下ろした。
「……ゲームのストーリーと同じであれば、明日旅に出るはずだったんだよな」
座っている椅子の目の前には木のテーブルがあり、その左にはすぐに窓がある。大和は顔を左に向けて窓の外を眺めながら今日の出来事を振り返る。
「テレビが光って、クリスタルにこの世界に飛ばされ、セラ、プリムと出会って。」
にわかには信じられなかったクリスタルの言っていた《ディメンションゲート》の世界というのは本当の事なのだろう。
見たことがある草原、セラ、プリムというゲームのキャラクターがいる事。町とその名前もまったく同じだった。
ただ、そのゲームとの違う点が気になる。
チュートリアルで戦う『スライム』の数が多かった。本来は3体程度のはずだったが大量に集まっていた。それに戦闘と言えば自分が戦えた事も疑問である。この22年生きてきた中で殴り合いすらしてこなかったのだ。
「ラノベでよくあるチート能力ってことなのか?……という事は女神の役割はあのクリスタルってことか」
とても女神らしくもないクリスタルだ。だけど、気落ちしたり元気になったりとコロコロと変わる様は今思い出してフフっと楽しい気分になる。
大和と別れたセラとプリムは宿から出ると噴水広場から南へ歩いている。この辺りは住居地になっていてセラとプリムの家もこちら側にある。
「セラ、勝手に決めてごめんなさい。本当なら明日旅に出るはずだったのに……」
勢いとはいえ、相方であるセラに相談せずに明日もギルドの依頼をこなすと言ってしまった事にプリムは申し訳なさを感じている。
「ううん、私は大丈夫。むしろ私もこのままヤマトを放り出すのはちょっと嫌だったから……」
「ありがとう、そう言ってくれると助かるわ。それにしても不思議な男よね。本当にどこからきてどんな経緯で空から落ちてくるのやら……」
「ふふ、そうだよね。強かったしギルドのペンダントは見えなかったけどどこかのハンターなのかな。それに……」
セラは武器『ヴィンター』を取り出す。ボタンを押せばいつでも青い刀身が作られるセラが作った武器。セラはそれをジッと見つめる。
プリムちゃんやギルドの人がこの武器を持って刀身を作り出した時、刀身が重くなるから皆一回はバランスを崩して刀身が床に刺さったりするんだけど……ヤマトはなんで重くなる事がわかったんだろう?
「セラ?どうかしたの?」
「……なんでもないよ」
セラは武器『ヴィンター』を服の上からでも反応するギルドのペンダントから繋げる次元倉庫へとしまい、今度大和に詳しく聞いてみようと思うのであった。