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ディメンションゲート  作者: 藤井 サトル
1巻 運命を変える者
4/35

戦闘チュートリアル

 白く光る渦を潜って最初に見た景色は大空だった。それから下に視線を移すと一面の緑が広がる美しい草原が見えた。問題なのは大和が今いる場所だ。足場が無く空の上に放り出されたという事だ。大和はその事を一瞬で理解する。そして――落ちる。

「うわああああああああああああああああああ」

 空を飛ぶことなんて出来ない大和は重力に引っ張られ、地面に吸い込まれていく。


 風が吹き葉と葉が擦れ合う音しかない静かな草原に落下音が鳴り響いた。


「いってぇ、俺は生きてるのかな」

 すぐさま上体を起こすと大和は自分の体を調べ異常がないことを確認する。

 痛みは無く傷もなさそうであり体が無事で安堵すると、爽やかな風が吹き抜け、大和の黒髪を撫でていくのを感じた。

「ここって…」

 大和が落ちた場所。

 足の指までしか届かない草から足膝まである草がまばらに生い茂る草原だ。周りをぐるりと見渡すと森が見える。その反対方向には見覚えのある町も見えた。大和はこの場所に見覚えがある。


 クリスタル曰く≪ディメンションゲート≫の世界であることしか情報に無かったからどこに出るのか不安だった。だけど――。


「まさか最初の草原とはね」

 今いる場所はゲームの戦闘チュートリアルで来る草原で主人公の『セラ・ミフォート』と、その親友の『プリム・ローズ』で戦闘方法を確かめ合う場所だ。

 とはいえ、似たような風景なんていくらでもあると思い直した大和はゲーム≪ディメンションゲート≫かどうかを見極めるところから始めるべきかと考え始めた。そんな時である少女の声が大和の耳に入ってきたのは。

「だ、大丈夫ですか?」

 つい先ほどゲームで聞いたボイスと同じ声が自分の耳に届いたことに驚きながら振り向くと、そこにいたのは大和が大好きなキャラクター。

 ゲーム≪ディメンションゲート≫の主人公である『セラ・ミフォート』だった。

「え?…セラ……」

 見間違うはずはなかった。


 白の下地に赤色がよく栄えるワンピース。

 幼めの顔立ちで、背中まで伸びた艶やかな黒い髪。

 アクアマリンの様な水色の瞳。

 顔と同じように幼さが残る可愛らしい声。

 160㎝の身長でもCカップ程ある胸。

 別人と言うには無理があるほどそっくりなのだ。

 ちなみに年齢は16歳である。

 尚、これらの情報は≪ディメンションゲート≫の設定集から抜粋である。


 半信半疑だったが最初の風景、そして『セラ・ミフォート』が目の前にいる事でここが≪ディメンションゲート≫の中だと確信した。

 早速声をかけようと大和は立ち上がるがセラはその大和を警戒したのか後ずさりしながら言う。

「え?……なんで私の名前を知ってるの……?」

 当然だ。見知らぬ男がいきなり自分の名前を口にしたのだ。控えめに見ても気持ち悪いことこの上ないだろう。

 そう分かっていても、好きな人との間に生まれたこの距離感に若干ショックを受けながら大和は慌てて口を開く。

「あ、えっと、そ、空って言ったんだ…」

 少しでも警戒心を解く為に身振り手振りで空をさしつつ言い訳をする。

 それは傍目から見ても戸惑いながら言っているのがわかる程、かっこ悪い様子で大和も内心無理があるとわかっている。ただ、ここで警戒されたままにするのはまずいと思っての行動だった。

「ふふ……」

 その一連の仕草が面白かったのかセラはクスリと笑う。

「そういえばすごい音がしましたけど……空?」

「あ、ああ、気づいたら空から落ちてて、その……地面にね」

 自分で言ってても胡散臭い事を自覚しながら大和は人差し指を空に向けた後、次にその指を地面に向ける。

 また警戒されるかもしれない事に冷や汗の一つも流れてしまう。だが甲斐あって思わぬ効果を得ることができた。

「大変!?怪我とかしてませんか!?」

 その言葉が『嘘っぽい』とか、『信じられない話だ』等を考える前にセラは大和が落ちた時の音とその衝撃を思い出し落ちてきたのだと理解していた。

 そのおかげか、距離をとっていたはずのセラは小走りで大和に近づいてきた。

 その距離はかなり近く、吐息すら届きそうだと錯覚してしまう程で大和は顔を赤くしてしまう。だが、少し動けば体に触れちゃいそうで身動きが取れず固まった。今の大和が出来る事は彼女が何をするのか……その様子を見ることしか出来ない。

 そんなセラは大和の回りをぐると回りながら腕や背中、頭等に手を伸ばし怪我をしていないか確認をし始めた。

「痛いところとかは……ありませんか?」

 くすぐったいやら恥ずかしいやら、そして女の子に触れられているという事実が大和の顔を耳まで真っ赤にさせる。

「だ、大丈夫。怪我はないよ!」

 そう、言葉にしてようやく気付いた。本来最初に思わないと不思議な変化に。高いところから落ちたはずなのに『死ぬ』どころか『怪我』がないのだ。


 これはつまり……異世界物語の特典といっていいチート能力かな?


 その考えに至ると大和は少し下がってから大丈夫っと言ってぴょんぴょんと飛んで見せた。

「そ、そうですか……」

 セラが安堵している様子を見てといる遠くから声が聞こえてきた。

「ちょっとー!セラ、いきなり一人で突っ走っちゃだめでしょー!!」

 現れた人物はセラの親友『プリム・ローズ』だった。


 黒と薄い水色で構成された服装でスカートが風に吹かれて靡かれている絵はセラより大人びた雰囲気を纏っているが、その容姿は可愛らしさを残していている。

 また、金色の髪を頭の右端からリボンで結んだサイドテールがお腹の辺りまで伸び、その瞳はエメラルドの様に綺麗な緑色をしている。

 因みに身長は163㎝、年齢はセラと同じ16歳、胸は……セラより控えめである。

 尚、これらの情報は≪ディメンションゲート≫の設定集から抜粋である。


「もう!この辺はモンスターが出るんだから……ってその人誰?」

 プリムはずっと走ってきたのか、肩で息をしながらサイドテールを揺らし、横眼でチラリと大和を見てからセラに向いた。

「えーっと。空から落ちてきたらしくて……」

 セラとしてもそれしか言いようがなく、首をかしげている。

 その様子からセラの知り合いでない事が明確になり、プリムはすぐにセラを引っ張る様に大和から遠ざけた。

「空から落ちてきたってそんな事信じられるわけないでしょう。あんた、護衛は……いないみたいね。」

 大和に警戒しながらプリムは辺りを見回す。だが、他に人がいる様子はない。

「見たところ武器は持ってなさそうだけど、隠してるのかしら?」

 大和への警戒が強まったのか、プリムは大和をきつくにらむ。

「まてまて、武器なんて持ってない」

 少しでも警戒を解こうとした為、大和は両手を上げ、掌をプリムに見せる。だが、この行動が更にプリムの警戒を強める事になった。

「ここはね、モンスターが出てくる危険場所なのよ。それなのに武器も持ってない。護衛もいない……あんた、なんでこんな場所にいるのよ?」

 プリムの言った『モンスターが出る』。この言葉を聞いて何でこの二人がここにいるのかが理解できた。ゲームでのこの草原は戦闘のチュートリアルで来る場所だ。という事は今はゲームの物語、その序盤という事になるのだろう。

 しかし、そんな事がわかってもプリムから警戒されている今の現状をどうにかすることは出来ない。更に言えばこのまま時間が過ぎればモンスターもやってくるのではないだろうか。そうなれば事態はうやむやになるかもしれないが、セラとプリムからは避けられ続けるかもしれないのだ。


 ……それは嫌だ


 モンスターが来るまでの間に少しでも警戒心を解く必要がある事に大和は冷や汗をたらしながら焦る。

 そして、この焦りが大和の思考を鈍らせ、嘘をつくという安易な逃げをしてしまった。

「実は、空から落ちる前の記憶がないんだ」

 大和のこの突拍子のない発言にセラもプリムも目を丸くして、呆気にとられている口はぽっかり開けて唖然としていた。

「あ、あの、名前も覚えてないんですか……?」

 そのように数秒固まっていたセラはまず質問を試みたのだ。


 名前か……。どうしようか。本名は「水上 大和」だ。本当に記憶喪失なわけではないから答えられる。でも、本名を言ってしまうと記憶喪失が嘘っぽくなるよな。それに、苗字を教えたら苗字で呼ばれるかもしれない。どうせだったら好きな人に名前を呼んでもらいたいし……


「ヤマト…そう!ヤマトって呼ばれていた……と思う……」

 記憶喪失の設定なら自身満々に言えば怪しまれる可能性がある。それ故に、大和は自信が無いように言う――演技をした。

「……本当に記憶喪失なの?ちょっと信じられないわね」

 当然のようにプリムは疑ってくる。だが、意外にもセラは大和の事を擁護(ようご)したのだ。

「ねぇプリムちゃん、本当に記憶喪失だったら可哀そうじゃない」

「だけど……」

「プリムちゃん、今は信じようよ。それにモンスターも来ちゃったみたい」

 セラは徐々に集まり始めているモンスターの『スライム』を見つめながら円柱状の機械を取り出した。その機械の大きさは片手で握ってから上下に3センチずつの幅が余るほどの長さだ。

 セラがその機械についているボタンを押すと機械の先端から透明度のあるピンク色で透明度がある両刃を作り出した。

 その武器の名前は『フリューリング』、ゲーム≪ディメンションゲート≫でも最初から最後までセラが使用する武器である。

「……わかったわよ!いい?いったん信じるだけだからね!!」

 そうやって念を押しながら言うプリムは女の子が持つには大きく見えるハンドガンを構える。

 プリムが手に持ったハンドガンは全体的に銀色で、撃鉄がついたその銃には6発の弾丸が入る回転式弾倉があるリボルバーだ。

「……こんなに集まってくるなんて」

 セラが徐々に集まってくるモンスターを見る。既に視認出来る数で8体以上はいる。

 プリムもモンスターの位置を把握して、射程距離に入った順番に撃ちぬける様に構えた。

「これがモンスターか……よし、やってやるか!」

 そんな二人を他所(よそ)に大和は『スライム』を見ながら左手の掌に右手の拳をパシッと合わせて気合を入れる。

 初のモンスター戦に気後れもしていない。意気込みも十分。いざ、『スライム』を倒す為に一歩足を出した瞬間、セラとプリムから叱責(しっせき)を受けた。

「あんた!何やってんのよ!!」

「え?」

「『え?』じゃないです!武器もってないんですよね?ここは任せて逃げてください!!」

 いきなり怒られて驚きはしたものの、セラとプリムのその言葉を聞いて大和は不思議と嫌な気持ちにはならなかった。

「馬鹿言うな。女の子だけ残して逃げたら男が廃るってもんだろ」

 こんな怪しい男――自分の事だが――にさえ心配するこの二人に大和は嬉しくなる。

 そもそも『スライム』なんて雑魚モンスターはRPGの最初に何度も倒したのだ。今更怖気づく敵じゃない。

「何言ってんのよ!!あんた死ぬ気!?」

「こんな水だけのモンスターにそんなに焦る必要はないだろ?」


 大和は改めてモンスター『スライム』の形状を見る。

 液体でできている体はビニール袋に水を入れて床に置かれたような楕円形の姿をしている。透明度はあるもののやや青色でモンスターの下に敷いているしなった草まで見える。体の中心には『目』だろうか、ピンポン玉よりやや小さい濃い青色の玉が見える。

 そのまま観察をしてみる。フルフル震えて力を蓄え、それを解放する様に飛び跳ねて移動する『スライム』と、ズリズリ音がしそうな体を引きずって移動する『スライム』がいる。この移動方法はゲームと同じような動きだ。


「馬鹿!あんたが武器の一つでも持ってたらこんなに焦らないわよ!!」

「プリムちゃん!!」

 セラが何か気づいたかのようにプリムの名前を呼び大和に向かって走り出す。

「あーもう!!」

 それに答える様にプリムが大和を見る。

 ――直後。

 プリムが銃を構える――その銃口は大和に向いていた。大和がそう認識する前にトリガーは引かれていて弾丸が発射していた。狙いをつける時間がないと思われる速さで放たれた弾丸は、大和の横を通り抜けて飛び掛かかる為に震えていた『スライム』の中心を見事に撃ちぬいた。

 その早撃ちに驚いている大和の脇をセラは通り抜け、セラの武器『フリューリング』を振るった。その斬撃は大和に向かって飛び掛かり中の『スライム』。その中心の玉を見事に切り裂いた。

「うわっ」

 『スライム』の死骸となった液体を大和は頭からかぶる。

「ヤマト!怪我はありませんか?」

「ああ、とりあえず大丈夫……でも、あんなモンスター素手でもなんとか――」

 大和が『何とかなるんじゃないのか?』そう言い終る前にセラが怒る。

「何言ってるんですか!もう少しで死んじゃうところだったんですよ!!」

「はい?」

 セラの思わぬ言葉を聞いて、大和は空気の抜けたような言葉しか出なかった。

「スライムは確かに弱いモンスターですけど、油断したらベテランハンターでも食べられて死んじゃうんですよ!」

「えっと、それはどういう事?」

 大和はその言葉で困惑する。


 スライムに食べられる?そんなのゲームじゃなかったはず……


「いいですか?スライムの体を構成している水はただの液体じゃないんです。液体に指が触れてしまったら、液体に触れた部分の指を一瞬で溶かして栄養にしちゃうんです」

「な、なんだって……俺さっき頭からかぶったけど……」

「大丈夫です。生きているスライムの液体が危険なだけであって、死んだら消化能力も無くなりますしモンスターは消えます」

 大和は自分の体を確認する。確かに濡れたはずなのに既に乾いたかのように濡れた後はどこにもなかった。

「でも、生きているスライムに飛び掛かられたら……大きな穴が空いちゃいます……」

 もし、二人が助けてくれなかったら……自分の体は?と大和は想像して背筋をゾッとさせる。

「援護しますから早く逃げてください。理由は分かりませんがスライムがいっぱい集まってきています」

「君たちは逃げれるのか?」

 当然の疑問として大和はセラに聞く。

「……私達はこのモンスターを討伐しに来たので大丈夫です」

 その一言で分かる。全員で逃げるのは不可能という事に。

「……やっぱり逃げる気にはなれないな」

 大和は首を横に振る。

「さっき死んでてもおかしくなかったのよ!?……確かにこんなに集まってくるのは予想外だけど、私達は何度も倒しているベテランよ?任せておきなさい」

 プリムが『スライム』を撃ちながら大和に微笑みかける。

「死にかけたってわかってる。だけど、少しでも油断したら死ぬモンスターがどんどん集まってるこの状況で一人逃げる事はできねぇよ!」

「いいから逃げなさい!それとも、この状況で……まだプライドなんて気にしてるの!?」

 プリムが6発目を撃ち終わったのか銃の回転式弾倉を人差し指で押し出して横に取り出し、銃を上に向けて6個の空になった薬莢を地面に落とす。

「プライドなんてどうでもいい!ここで逃げて君たちが死んだら……俺は絶対に後悔する。だから……」

 セラはどんどん集まってくる『スライム』を『フリューリング』で切り裂いていく。だが、数が多すぎる為、いまいち踏み込めず一体倒したら引いてを繰り返している。

 プリムも大和に怒りながら射程に入った『スライム』をいつの間にか弾丸を込め終わった銃で撃ちぬいてく。

 二人とも懸命に戦っているが『スライム』の増え方が尋常ではない。

「だめよ!第一、あんたが残って何が出来るのよ!何も出来ないでしょ!」

「ヤマト。安心してください。ちゃんと逃げられる様に道は開きますから」

 『スライム』達は円形に広がっていて少しずつセラ達との距離を縮めていく。

 そんな状況下でセラは微笑み、プリムはセラの言葉に同意する様に頷く。そんな二人だからこそ死なせたくない。と大和は強く思う。

「やっぱりダメだ。……なに、倒す事が出来なくても囮くらいは出来るさ」

「……どうしても、逃げないんですね」

 セラは説得を諦めた。恐らくこの男性は何を言っても無駄だとわかってしまったのだ。

 そして大和も当然の様に答える。

「ああ。俺一人逃げるなんてごめんだね。囮にでもなんでもやってやるさ」

 仕方ない。そうニュアンスを含めてセラは大和に手を差し出しながら言う。

「それなら……せめてこれを使ってください。でも、無理に戦わないでくださいね」

 その掌にはセラと同じ円柱状の機械が収まっていた。違う点と言えばセラの持つ『フリューリング』よりも柄となる機械が一回りも大きく、両手で持っても少しだけ余る。

 大和はセラからその機械を受け取るとその機械をまじまじと見つめた。

「これは……?」

「私と同じ武器……エネルギーセイバーです。名前は――」

 大和がセラの話を聞きながら機械についているボタンを押してみる。

 すると透明度のある澄んだスカイブルー色の刀身が姿を現した。セラの持つ『フリューリング』と同じ両刃の剣だ。

「ヴィンターです」

 大和はエネルギーセイバーの『ヴィンター』のスカイブルー色した透明度のある両刃の刀身を見つめた。


 なんでだ?持つのは初めてのはずなのに……


 手になじむような不思議な感覚を大和は覚える。

「……大抵の人は刃を出すと重みが増えるからバランスを崩すんですけど……重さ増えませんでしたか?」

 確かに刃が作り終わってからいっきにその分の重さが増した。だけど、何故か分からないけど大和は『重くなる』と、そんな気がしたのだ。

「……確かに重くなったよ。でも……いや、今はスライムをどうにかしないと」

 何故か分からないけど大和は体が軽くなった様に感じる。

 そして何かに導かれる様に一歩、また一歩と『スライム』の群れに大和は近づいていく。

「あの馬鹿!……ヤマト!今すぐ下がりなさい!!」

 プリムの怒声が草原に響く。

「大丈夫だ」

 『スライム』に大和は近づいた。当然『スライム』は近くに来た人間に反応するように大和に飛び掛かる。


 これが初のモンスター戦だ。でも、セラとプリムの戦いを見てたからか『スライム』の弱点はわかる……。『スライム』の中心にある『目』だと思っていた玉……これが奴らの核だ!


 右から飛び掛かってきた『スライム』を一歩下がって(かわ)す――だけではすまない。大和はそのまま空中にいる『スライム』を中心で捉え、『ヴィンター』を縦に振るって真っ二つに切り裂いた。

 二つに分かれた『スライム』は地面に落ちると紫色の靄となって|霧散≪むさん≫する。

「え?」

「すごい……」

 驚くプリムに素直に感想を口にするセラ。

 もちろんセラも今の大和の動きは出来る。でもそれは今までの戦闘経験があってこそだ。視線の配り方も歩き方も素人丸出しの大和が出来る動きではない。

 大和は息を吸い込み、ゆっくりと吐く。

 だが、『スライム』はその動作が終わるのを待つことなくどんどん飛び掛かる。

 大和が息を吐き終わった時には『スライム』は既に大和に飛び掛かっている。しかし、『スライム』が大和の体に触れる事は無かった。

 大和は右に一歩動いて『スライム』を躱すと『ヴィンター』を真横に振りぬき空中で『スライム』真っ二つにする。


 やれる……!


 大和自身も理由、理屈は分からない。だけど、セラから『ヴィンター』を受け取った時に感じた体が軽くなる感覚。大和はそれに全て身を任せる。

「セラ!プリム!こっちは俺が全て片付ける!」

「だ、大丈夫なの?」

 今の動作を見てもプリムが心配そうに声をかける。

 その言葉に大和は二ッと笑って返した。

「任せろ」

 大和はすぐさま振り返ると奥の方から『スライム』がどんどん集まってきてるのがわかる。

 その数は最初に出てきた数の倍……いやそれ以上の数になろうとしていた。モンスターと戦ったことがない人から見ればゾッとするような光景で背中を向けて逃げ出したくなる程だろう。

 これまでモンスターと戦ったことなんてなかった大和も同じようにゾッとしていた。

 だが、大和は背中を向けて逃げ出すようなことはしない。

 もしそんなことをすればセラ達にモンスターをすべて押し付ける事にもなるし、『逃げだしたくない』と心の底から思ったからだ。

 その思いが大和の逃げ出したいと思う『生存本能』を抑え込んで『ヴィンター』を構え、『スライム』の群れに飛び込んでいった――。


 全部の『スライム』を討伐し終わったころにはセラもプリムも大和も疲れ切っていた。

「何とか……倒し終わったね」

 草原の回りを見渡しながら『スライム』がもういない事を確認する。

「そうね。スライム討伐の依頼がこんなにきつくなるなんて思わなかったわ」

 少し愚痴りながらプリムはやれやれと言った様子だ。

「武器ありがとう。すごく助かったよ」

 大和は『ヴィンター』の柄にあるボタンを押して刃をしまった状態でセラに『ヴィンター』を返す。

「役に立ってよかったです」

「さて、なにはともあれ依頼も達成出来たし、町に戻りましょう」

 大和は二人が町に向かうのを見送りつつ、これからどうするかを考える。


 できれば二人についていきたいけど……このままついて行こうとしてまた警戒されたら嫌だな……


「うん、ギルドに戻らないとだよね。あれ、ヤマト何してるの?」

 プリムとセラが町に戻ろうと歩き始めた時、止まっている大和に気づいたセラは振り返って少し離れている大和に声をかけた。

「いや……え?」

 大和は声をかけられるとは思っていなかったせいかすっとんきょうな声を上げる。

「『え?』じゃないわよ」

 呆れた様にプリムは言い、その二人のやり取りがおかしかったのかセラはセラでクスクスと楽しそうに笑っている。

「いいのか?……だって俺は……」

 二人からしたら怪しい人物であるのに変わりはないはず。

「そりゃアンタは怪しいけど、武器も持たずにここで立ち往生してたら死ぬわよ」

 プリムの言葉にセラも頷いて手を差し伸べる。

「ヤマト、行きましょう」

 セラもプリムも優しい笑みを浮かべながら大和の返答を待つ。

 それ故に大和も弾んだ声で返した。

「ああ!行くよ!」

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