7話 暴かれる魔法
「どういうこと?どういうこと?ねぇ、どういうことなの?」
頭の中がパニックになる月島。
混乱した脳内を整理するため、いつものように額に掌を当てる。
一度心を乱された人間はなかなか平常心には戻れないが、彼女は違った。
日々、冷静な思考を手に入れる必要が何度もあった彼女はそれを得るために自分をコントロールする術を心得ていた。
怒りや焦りにとらわれない、そんな自分自身の抑制方法。
深呼吸や頬を叩くなどその手段は無数にあるが、彼女は額の掌に意識を集中させることで今までの思い込みや考えをクリアにすることができた。
全ての出来事を一から考え、自分が今、有利なのか、それとも不利なのか、視野を広げて確認する。
まず客観的に見て、私が優勢であることに間違いはない。
政府から支給された45口径の銃を身につけているのだからあの坊やは脅せば簡単に私に従うはずだ。
だとすると、あの余裕はなんだっていうの?
まさか私がただの一般人なんて思われてないわよね。
あの時、私が神崎を動かしていたことを明かした以上、やばい人間なのは理解しているはず。
つまり、私が凶器を使うほどに危険な相手だとすでに気づいていると考えて間違いない。
それなら、凶器を持っていてもやられない自信がある、そういうことになる。
九条謡、あいつはどういう男だったか思い出すのよ。
裏山学園、高校2年生で成績は常に上位。
部活などには参加せず友達と帰る毎日を繰り返す、TRUERであることを除けば平凡でごく普通のありふれた生徒の1人。
性格はいつも冷静で温厚。
周りをよく観察しているのが彼の特徴だ。
そのせいであの手紙と神崎の口調という少ない情報から私が待ち構えていたことに気付いた優秀な・・・生徒。
上司からもらった九条謡の極秘プロフィールを振り返った月島は1つ不可思議なことに気が付いた。
そんな優秀な生徒が手ぶらでこんな場所に現れるかどうか、ということ。
もちろん、友達と会って話すだけなら、それは至って正常であるが、今回はそうではない。
こんな時間で人目も全然ないのだから、TRUERの話をする以上あまりにも不用心すぎる。
あの子はそんな無謀とも思えることをするとはとても思えない。
何か必ず武装はするはず。
自分の身を守る絶対的な手段。
わからない、あと一歩まで来ている気がするんだけど、それが何かわからない。
悔しい。
私の方が8年も多く生きているのになぜ勝てない?
私はいくつも修羅の道をくぐり抜けた女。
負けるはずがない、ちゃんとあの子を追えない理由があるはずよ。
そして、それを解き明かさずにここで追いかけたら何かやばいと私の第六感が告げている。
心配ない、私なら必ず気付ける。
よく思い出して。
彼が武装していたとして、まず銃ではない。
そもそも、高校生が持てるわけがないし、それをこんな暗い中でコントロールできる力も持ち合わせていないだろう。
とすれば、ナイフだろうか。
近くにきたら振り回して逃げ切れる、そんな考え。
まあ、それだけじゃあの余裕は生まれない。
ならば、なんだというの?
ケータイ?誰かに助けでも?
そんなことで逃げられるわけが・・・待って。
私はなんで今あの子がケータイを「持っている」と、知っているのよ。
あの子がケータイを取り出すところは見ていない、ならばなぜ?
月島の脳はフル回転しはじめ、もう謎は溶けかかっていた。
ああ、そうよ。
神崎とのやりとりの最中に確かバイブレーションがなっていたからだわ。
バイブレーション・・・キーワードを口にし、頭の中で咀嚼する。
あれは誰かからの連絡であるとみて間違いない。
だけど、あれは会話の最中に偶然鳴っただけなんじゃ?
頭を振って、それは違うと思いとどまる。
本当に偶然?
でももし、偶然なんかじゃないとしたらそれはなんらかの連絡だわ。
そこまで考えた月島は驚愕した。
まさか・・・。
この公園にまだ、い、る、っていうの?神崎とあの坊や、そして私以外に。
周りを見渡すが、夜の公園はいっそう暗くなっていて、4つの一軒家が立つほどに少し広めのこの公園で第4者と呼ぶべき人物を探せるはずもなかった。
滑り台やブランコ、時計台だけでなく、周囲の木々は多くの死角を作り、発見を困難にする条件は全て整っていた。
月島はこれ以上本当に何もできないことを悟り、俯向く事しか出来なかった。
「やられたわ」
最後にそう呟く月島に対し、お返しとばかりに無謀びな背中を晒して、静かな夜に響く大きな声で九条謡は言った。
「どうもありがと。殺人の光景をネットに流さなくて済むみたいだ」
そして、彼は闇へと紛れ、完全に見失った。