5話 嘲笑する刺客
辺りは暗くなり、静けさだけが広がっている。
公園入り口に足を踏み入れると、視線の先には塗装が取れかかったボロボロの時計台。
公園自体の周りには入り口を残して木々でしっかりと囲われ、右には滑り台、左には2つのブランコが設置されている。
ゆっくりと警戒しながら、時計台に近づくと少し高めの声が奥の方から聞こえてきた。
「まずはこんばんわ、と言っておくよ」
「僕に話があるんだろ?ナメクジみたいにこそこそと隠れるのはやめて出てきたらどうだ?ん?」
「君は人を怒らせるのが得意なようだ。まあ、だからと言って、僕は衝動的になったりしないけどね。そんなに焦らないでよ。まあ、それも無理な話か。君の正体はこっちにバレちゃってるしね?」
「正体がバレる?僕がTRUERって書いてあったな。何を根拠にそんなデタラメを?」
「なるほどね、そんなデタラメ、か。それなら、今から僕がいうことをしっかりと聞くといいよ」
「茶番に付き合う気はない、さっさと本題に入ってもらおうか」
「まあ、黙って聞いててよ。1度しか言わないから、よく聞いといてね。僕は君がTRUERだと知、っ、て、い、る」
何だ、今やつは何と言った?
僕がTRUERだと知っているとそう聞こえた。
知っている、だと?
どういうことだ、どういうことだ、どういうことだ。
おかしい、頭で響くはずだが、何も起きない。
頭で何も響かない。
あいつは嘘を言っているはずだ。
なぜセンサーは反応しない?まさか本当に僕がTRUERだと知っているとでもいうのか。
ありえない、どうやって?
しかし、センサーが嘘をつかない以上やつの言っていることは本当だと認めざるをえない。
「どうだい、確認は取れたかな?」
僕は喉を鳴らして、黙殺した。
「よし、それじゃ、交渉といこうか」
軽い口調で僕に問いかけながら、時計台の後ろから姿を現した。
「やっ、初めましてってわけじゃないはずだ。去年、同じクラスだった神崎だけど、覚えてな〜い?」
おどけた態度でその姿をあらわにしたのは金髪頭の元クラスメイト。
彼とはクラスメイトでありながら、1度も話したことはなかった。
というのも、学校で彼は今のようにべらべらとしゃべるキャラではなく、むしろおとなしく隅で本を読んでいるような寡黙な同級生だったからだ。
「いいや、覚えてないな。去年、同じクラスだったなんてま、っ、た、く信じられないな。まあ、そんなことはどうでもいい」
「いやぁー、ただの自己紹介じゃないか。あまり邪険にしないでくれよ。元クラスメイトの仲じゃないか」
「もう帰るぞ」
「待って、待って。いいの?本当に密告しちゃうよ?」
「勝手にしろよ。僕はTRUERじゃないから関係ないし。知らないわけじゃないよな?もし間違えて報告したらどうなるか」
昨日ニュースでは、密告者とTRUERには1億円ずつ渡すことを発表していたが、1億円の欲しさに嘘の証言をするものが出ることを見越して、1つだけルールが設けられていた。
それが今言った、間違えて報告することを禁止するルールだ。
もし間違いだと発覚すれば、発言した本人だけでなくその家族も刑務所に送り込まれる。
これはTRUERにとっては大いに嬉しいルールと言える。
今のように正体がバレそうになったら使える脅し文句だ。
竜司の時も、僕はこれに救われたと言っていい。
このルールがあったからこそ、やつはまだ密告に走っていない。
しかし、今回に限っては全く持って意味をなさないことは百も承知だった。
なぜなら、どういう経緯で僕がTRUERだとたどり着いたかはわからないが、とにかく神崎はもう気づいている。
つまり、いくら脅し文句をいったところでやつが知っているという事実は覆らない。
「脅しのつもりかい?うーん、見込み違いだったかなぁ。君はもう交渉する気もないようだし、もういいや」
「待て、わかった。話だけは聞いてやるよ」
「随分と上からだね。まあ、いいけど。それじゃ、交渉の話に移ろうと思うんだけど、その前に九条、君に1つ聞きたいことがある。君はTRUERが密告されたらどうなるかは知ってるのか?」
「専門的なことをして世に貢献してもらうだっけ?僕がもしTRUERだったらごめんだね。残りの1年と半年の高校生活を社畜生活に塗り替えられるなんて断固としてお断り願うよ」
「本当はもう君は気づいているんだろ?」
「さあ、何のことか?」
「まあいい、それじゃあ君の望み通り本題に入ろうか。ここだけの話だが僕の妹がね、君と同じTRUERなんだけど、実はもう密告されてね。連絡が取れないんだ。何としても助けたいんだけど、あまり時間がなくてね。多分、殺されると思う。だから、その前に君に助けて欲しいんだ。」
「なるほど。断ると言ったら?」
「今すぐに密告するさ」
「神崎君、僕を買ってくれるのは嬉しいんだけど、過大評価しすぎなんじゃないか?僕に君の妹を救えるとはとても思えない」
「いいや、九条。君なら絶対できる。僕が今まであった中で君は一番賢い。クラスではあまり目立っていなかったが、運動会や文化祭といった行事なんかは裏で君が全部操っていたのを僕は知っている」
「操っていた?僕が?運動会や文化祭が成功したのはクラスのみんなが頑張っただけさ。僕は何もしちゃいない」
「そんなことはどうでもいい。僕が聞きたいのはやるのか、やらないのか、それだけだ」
しばらくの沈黙が5分ほど続いた。
「いいだろう、君の頼みは聞いてもいいが、当然何か用意してあるんだろうな」
「ああ。計画と報酬は用意してある」