1話 見破る者
「どうだ? 彼女は嘘をついているか?」
銃を腰につけ、紺色で身なりを統一した男は目深にかぶった帽子を手で抑え、僕の耳元で囁く。
「はい、彼女は真っ赤な嘘をついていますよ」
机を挟んで反対側に座っている女性の発言から判断した個人的な見解を素直に言葉にした。
さっきまでソワソワとしていた様子の彼女はまるで真実を見抜かれたと言わんがばかりに目を見開いて突然止まったかと思うと、歪めた顔を隠すように手で覆い、泣き崩れた。
この反応を見て、隣の男も納得したのか、ドアを指さしジェスチャーした。
どうやら、今日の仕事はもう終わりらしい。
やることを終えた僕はガチャリと部屋を後にすると、自分の荷物をロッカーから取り出し、帰宅した。
「ただいま」
一人で住むには多すぎる2F建ての一軒家。
玄関には金色の小洒落た狼の置物と9人がうつる写真が1枚が飾られ、それを見るたびにあの事件を思い出す。
絶対に許しはしない。僕はたとえ どんな手を使ったとしてもやつを追い詰める。
この狼のように僕は獲物の喉元を食いちぎるまで絶対に、絶対にね。この命に変えても....
無造作に僕はテレビのリモコンに手を伸ばし、テレビを付けた。
「では次のニュースです。昨夜22時頃、A県A市で28歳男性の遺体が発見されました。遺体には刃物で刺された跡があり、現在、殺傷事件として犯人を捜査しています。」
ははん、これだな、さっきの取り調べは。
となると今回はやはりさっきの彼女が犯人で間違いない。
こんな真夏の中、長袖にロングスカート、どう考えても不自然だった。
彼女はおそらくアザなどの外傷が目立たないように身の回りのものを整え、家庭内暴力すなわちDVに悩まされたいた夫を殺った。
「えー次のニュースです。西部動物園のライオンが檻から脱走し....」
興味がなくなり、ピッとリモコンの電源ボタンでスイッチを切る。
そして、リモコンをテーブルに戻そうとしたとき、ふと右腕のリングがぴかりと鈍く光る。
もう3年になるのにリングは錆びるどころか、艶や光沢がもらった当時と比べても見劣りしない。
「シャワーでも浴びようか」
浴室に足を運ぼうとしたその瞬間、ポケットに大きな振動を感じ、すかさず取り出した。
「もしもし、九条です」
「いま、お前んち来てんだけど、入っていいか?」
「えーと、僕は留守だ。さようなら」
「は!? え? ちょっ、電気付いてるし...プチっ」
よくここがわかったな...全然Welcomではないが、仕方ない。入れてやるか。
廊下をゆっくりと歩き、ガチャリとドアを開ける。
「やあ、何の用かな? あ、いや、待って。当てるよ」
スーツケースに汚い格好。時計はなし。婚約指輪もなし。メガネは真新しさがある。
「離婚で家なし、娘なし、金無し、コンタクトなし、そして、友情もなし。終わったね。さようなら」
「いやいやいやいや、俺とお前の付き合いだろ?」
「今この瞬間から僕と君は友達じゃなくなった。とても残念だよ」
肩をすくめて悪ふざけいっぱいの顔で友人を迎えた。
そして、1時間後----
「なあ、このリングどうにかならないのか?」
「まあ、無理だろうね。リングにちょっかいをだすと、ボンだもん。腕を切り落とすくらいの意気込みじゃないと物理的には難しいだろうね」
「そうだよなぁ」
友人ははぁとため息をつきながら、リングを擦る。
「僕はあと77件、事件を解決すればこいつを外せるよ。今日022から023になったよ。この3桁の数字が回転して変わるのを見るのは意外と好きなんだよね」
「あっ、それ俺もだよ」
頭の中でビクンと何かが響く。ああ、今友人はしょーもないことで嘘をついたようだ。
「で、奥さんとはわかれたのか?」
「わかれるわけないだろ!」
頭の中で再び同じ響きが脳内をかけめぐる。ああ、また彼は嘘をついたようだ。
「最愛の娘の親権はさすがにお前がもらったんだろ?」
「あたりまえだろ」
ビクン。嘘だ。
「あのさ、嘘を付くにしても3連続はさすがにないぞ...」
目の前の人間が喋ったことが真実なのか、それとも嘘なのか、その真意を知ってしまうというのは生きづらい。自分をよく見せようとするとき、人を傷つけないようにするとき、人に同意したい姿勢をみせるとき、そんな自分という他には変えられない存在を守るために人は毎日嘘をついている。
そして、その嘘を見破る力は存在してはならないものとして、弾圧されることになった。
ここまでが現在のお話です。次からはデスゲーム過去編に入っていきます。