ホワイト・バレンタイン
滑り込み投稿です。過ぎちゃった3月14日。作者は、男子からのお返しをニヤニヤしながら見ています。手作りと違って最近の男の子はレベル高ぇな。
コツコツコツコツ……。
規則正しい足音が大理石で作られた廊下に響く。その廊下は柔らかな日差しが窓から差し込み、冷たい廊下を包んでいる。外では木の下で子どもと動物が遊んでおり、なんとも平和な日常の一コマのようだ。
すると、さきほどの足音は青い扉の前で止まる。大きく重たそうな扉を前にして、
「面倒くさい……」
そう言った声は、酷く疲れているが凛とした少女の声だった。その少女は溜息を小さく吐くと、ノックもせずに軽く扉を開く。
周りを見渡せば、何十個も置かれた椅子と長いテーブル。そして、白髪の美青年が一番奥の椅子に座っている。
「やぁ」
「……」
青年は片手を軽く上げ、陽気な挨拶。その声はのんびりとしていて、とても優しそうな声であった。
しかし沈黙を貫く少女に耐えかねた青年は、
「挨拶はないのかい?」
「……ごきげんよう」
青年が首を傾げながら言うと、小さな声で挨拶をする。
「君は本当に…そんなに僕が苦手かい?」
「いえ…苦手というよりかは……大嫌いが合っていますわ」
最後は少し強めて言う黒髪の美少女。
「それにしても…今日も一段と可愛いね」
「聞き飽きましたわ…エジェル大天使様」
名前を言われた青年は眉間に皺を寄せ、不機嫌そうにする。
「大天使様と言われるのは嫌いだと何度言えば分かる。それと僕のことはエルと呼んで良いと言っただろう」
「えぇ…耳にタコができるくらい何度も聞きましたわ。しかし…私はあなたより役職は下ですわ。きちんと名称で呼ばなければいけないのは当然でしょう?」
青年の目をしっかりと見る少女。何度も見た淡い瞳。
「はぁ…君はいつ、僕に惚れてくれるんだい?」
「あと1万年はかかるんじゃないかしら?」
そう言って笑う少女の背中には黒い翼が、青年には白い翼が生えていた。
「最近、地上の阿呆どもは戦争だの温暖化だの騒いでうるさくて構わん」
「もっともだ。今一度、滅ぼしてやろうか」
「また、リセットか……これで何回目だ」
たくさんの声が入り交じる部屋には老いぼれや役に立たない側近がいる。自然と深い溜息が出る。
「天魔平和構築宣言」。1000年くらい前に、ある者が掲げた宣言。天界と魔界。この2つは対立し、戦争では多くの者が命を落とした。そのとき後で英雄と呼ばれた者が出した宣言であった。
簡単に言えばこうだ。「天界と魔界が戦えば、宇宙の摂理が狂い歪んでいく。それならば、天界と魔界が手を取り助け合いこの狂い歪んだ世界を変えていこう」と。
では、この宣言を掲げた人物は誰か……。
パンパンと2回、手を叩く音が聞こえた。それと同時に、話し声が一斉に止む。
「皆さん…地上の人々の文化をここで途切れさせるおつもりですか?そんなことをすれば、私たちは民の反感を買ってしまいます。それならば、様子を見てみましょう。それから、判断し滅亡させませんか?」
優しい笑みを浮かべ、諭すような口調。それに比例し、整った顔立ち。
「そっそれもそうだな。少し頭に血が上っていた」
「では、今日の会議はこれで終わるとしよう」
「そうだそうだ。わしらの国の問題もあるしな」
と、ぞろぞろと帰って行く老いぼれと役に立たない側近。まぁ、今日集まったのは顔見せと国の報告だけ。残ったのは、私とあいつとあいつの側近だけ。
「気持ち悪いですわ、エジェル大天使様」
「こうでもしないとあの方達は地球を滅ぼしかねないからね」
先ほどの笑みは消え、紅茶を優雅に飲むあいつ。
決してこの男が宣言したのではない。この男の父親である。英雄である父親は死んでしまったが。
「それにしても、今日も大胆な服装だね。もしかして僕の為に」
「違いますわっ!!メイドに着せられたんですのよ。決してあなたの為ではありません!!」
机を叩いて、激しく抗議する。本当にこいつは!!
「失礼しますわ!!!あなたのことなんてだいっきらいですから!!!!」
踵を返し、扉に向かって歩く。扉を乱暴に開け、綺麗な廊下を速く歩く。外では空を飛んでいる天使のメイドとウサギが花に水をやっていた。
私があの花に触れば枯れてしまうらしい。なぜなら私は、「悪魔」だから。
でも私はみんなと同じように空を飛べない。私のような悪魔は稀なんだそう。それでも、飛べないからなんだ!と、開き直り勉強した。何でもこなせるように頑張った。
そして手に入れた「魔王」という役職。でも魔王と言っても中の下辺り。そんなに高いわけではない。さらに、魔王は沢山いるから私はパズルの1ピースのような存在。
「報告はして…会議は終わり…あとはお菓子の試作品作りだけ」
ガトーショコラは前にしたから…マドレーヌにしようかな。おいしく食べてくれるかな、エジェルは。自然と頬が緩む。私はあいつを好きになってしまった。散々、嫌味を言ってきてしまったが。一応、天使と悪魔の結婚は認められている。「堕天使」と呼ばれる子どもも最近は増えている。でもきっとあいつは私を遊んでいるだけ。だって、何人もの女と付き合っては別れをくり返していた。だからきっと、私もそうなんだと思う。
「ウィリーナ様、どうぞ」
「ありがとう」
御者の老人に一言お礼を言って、馬車に乗る。
「それじゃぁ出し」
「ちょっと待って」
馬車の外から聞き慣れた声が聞こえる。
まさか……!
「はっ早く出してちょうだい!」
「しっしかし!」
「面倒ごとは嫌いなの!」
「面倒ごとって僕のこと?」
「ぎゃぁぁぁぁ!!」
馬車の扉を開け、走ってきたにも関わらず息切れ1つしない男。女らしくない声を出した自分が恥ずかしいじゃない。
「僕も乗せてくれるかい?」
「……嫌、と言いたいところだけど翼をしまうなら別にいいわ」
「分かっているさ、僕の姫君」
あぁ…だからこの男は!!
閉ざされた馬車の中、ニコニコと笑う隣の男。
「で?何の用でしょうか、エジェル大天使様」
「だから、エルでいいって言ってるのに」
用件を聞いているのに、何で話を逸らすかなぁ。
「あっそうそう、用っていうのはこの前のお返しだよ」
そう言ってエジェルが取り出したのはピンクの可愛い箱。
この前といえば…ガトーショコラのことかな?
でも、お返しなんてくれたことないのに。一体なぜ?
そう思っていると、ふふっと笑うエジェル。
「もしかして、2月14日のこと忘れてる?」
2月14日?確かその日は……何かあったかしら?
「ウィリーナ、バレンタインデーだよ」
あっ……地上にそんな行事があったわね。
最近は、こっちでも流行ってきているし。
「だからそのお返し…ホワイトデーだよ。といっても僕は昨日、君に会うことができなかったからね。1日遅れてごめんね」
まぁ、会うといっても会議のときぐらいだし、私はすっかり忘れてたし。
「…別に、エジェル大天使様は悪くありませんわ。でも、箱の中身は何ですの?」
両手に収まるぐらいのものだし、あまり重くもない。
「髪飾りさ。君に似合うと思ってね。今、付けてみてよ」
もらえたことは嬉しい。だって、好きな人からだし。
箱を開けると、赤いバラの髪飾りだった。
私が花に触れないからなのかな。お人好しなやつ。
髪飾りを付け、エジェルのほうに向く。
「本当に君は可愛いね、ウィリーナ」
嬉しい。照れる。でも……
「聞き飽きましたわ、エジェル大天使様」
外を眺めながら、エジェルの言葉に反論する。
そりゃあ、可愛いって言われるのはとても嬉しい。それも好きな人に、だ。しかし、こいつはただ私を遊んでいるだけ。
「大天使様は今はいいだろ?あとエルって呼んで」
「はぁ…エル様、そういう言葉は愛する者に言う言葉ですわ」
何度も言っているのに、聞いてくれない。もう一度、外を眺めようとすると後ろから抱きしめられる。
「ちょっ、ちょっと!エル!!やめてちょうだい!!」
「やっと呼び捨てにしてくれたね。でも、ダメだよ。……俺は欲しい物は余すことなく手に入れる。着実に手に入れないとまた、落としかねないからな」
1人称が変わり、口調もだいぶ違う。これが本来の「エジェル」である。大体、エジェルが元に戻るときは私と2人きりの時だけ…だと思う。それと…悲しそうな声も2人きりの時だけ。これは譲れない。エルの悲しみも不安も全部、私しか知らないままがいい。
「エル…そんな声出されたら離しがたいじゃない」
「それなら、一生離さないで?」
「……もうっ!また騙された!!!今すぐ、ここから降りて!!!」
「えぇ!ウィリーナと離れるなんて嫌だなぁ」
降りることより私と離れたくないほうが嫌ですって!?いや…それはとても嬉しいけれど。
「こんっの!!性格悪魔!私は心配したのに!!!!」
「そういう所、僕は好きだなぁ」
「なっ!!もう、知らない!!!」
怒ってしまったのは仕方のないことだ。というか、心配して損した。なんか、叫びすぎてどっと疲れた。だんだん重くなっていくまぶた。エルがいるけれど、別に何かされるわけじゃないし。消えていく意思の中で、エルが優しい笑みを浮かべている。それは嘘の笑顔じゃないって私…知ってるよ。
「……おやすみ、――――」
最後にエルの言った言葉がよく聞き取れなかった。
隣で静かに眠る彼女に自然と頬が緩む。
「……おやすみ、愛しのウィリーナ」
最後は恥ずかしくて小さな声で言ってしまった。悪魔の彼女はとても可愛らしい。まるで天使のようだ。髪を一房取って、軽くキスをする。穢れを知らない彼女は俺を酷く非難する。多分、彼女は自分のことを遊び相手だと思って嫌っている。全然、そんなことないのに。
君に送ったバラの髪飾り。花言葉を知ってる?
「あなたを愛しています」。
さっきの様子だと全然、知らないみたい。
「愛してる」。その一言が何年も言えずにいる。
もし、君に伝えたなら君はどんな顔で俺を見るんだい?