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World Rush  作者: たっさそ
第二章 煌き瞬く
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第4話 『煌めき瞬く』―1

前話にイラストを乗っけております。確認してください。


 20年ほど前のことだ。


 何も持たない少年がいた。

 年の頃は7歳くらいだろう。

 今まで、どうやって生きてきたのか分からなかった。


 周りにもそんな子供は沢山いたのだが、その子だけに目が止まった。


 気紛れだった。


 それが彼を苦しめることになるとは、その時は思いもしなかった。


「名前は?」

「……………ない」


 無愛想な返事だった。

 しかし、手だけは強く握っていた。


「アルトリウス」

「?」


 顔を上げて首を捻る少年


「君の名前だよ。これから私の息子になるのだから、名前が無くては不便だろ」


 何も言わずに頷く彼。

 長い年月生きてきたが、父になった者の気持ちはこういうものかと胸が暖まる気がした。



         *



 不機嫌。意味は、機嫌の悪いこと。または、そのさまを言う。


 金色の髪と金色の眼をした美麗な男は正に不機嫌であった。

 彼の前には、灰皿から溢れんばかりの煙草の吸殻と無愛想な雰囲気が犇々と感じ取れる男の姿。


「帰れよ」

「オレが珍しく頼んでいるのにか」

「お願いする態度じゃねえんだよ」

「どこがだ」

「そういうとこだよ」


 舌打ちして窓の外に視線を移し、不貞腐れる金色の男は煙草を口にする。

外へと流れていく紫煙を眺めながら、金色の男―臥龍寺 善は徐に口を開いた。


「……大人になれよ、アルトリウス。」

「…分かっている。あの人の決めたことだ……受け入れたい思いはある」


 愁いを帯びる表情を横目に善は煙を吸い込む。


「アルトリウス…お前、これ以上何が欲しいんだ?」


 善が言うと、無愛想な雰囲気の男―アルトリウスは見据えるように金色の瞳と視線を合わせた。


「失いたくないだけだ」


 その言葉を聞いて、善はニヤリと笑みを浮かべ、まだ長い煙草を灰皿に押し付ける。


「いいぜ。手を貸してやる」

「すまないな、臥龍寺」

「俺に感謝するなんてお前らしくねぇな。もっといつも通りやってくれなきゃ苦労するぜ」

「そうだな。猫の手も借りたいとこだったんだ」

「癇に障るやつだな…」


 善は笑みをひきつらせながら言い、さっきまでの愁いを帯びた雰囲気とはうってかわって無愛想な態度で部屋から出て行ったアルトリウス。その後ろ姿を眺めながら善は一人呟いた。


「あんた、立派に父親してんじゃねえか………。トゥバン。」




         *



 トレーニングフロアで人を探しながら歩いている善。後ろから声を掛けられ、誰だろうかと振り向いた善の視線の先には、野性的な雰囲気の青年が立っていた。


「オルグレイトか」

「善、これから任務か?」

「任務ではないな」

「?」


 曖昧な返しに眉根を寄せながら首を傾けるオルグレイトに微笑しながら、善は説明する。


「今回のは依頼だ。薔薇十字団から行けって言われんのが任務。依頼は、助けてください手が足りないですってやつ」

「個人からの仕事か」

「くそ、頭良くて腹立つな」


 言いながら周りをキョロキョロする善を見て、オルグレイトは怪訝そうに言う。


「人探しか?」

「ああ、23歳くらいのフワフワした女なんだが……」

「そいつか?」


 オルグレイトが善の背後を指差す。


「バラしちゃダメだよ~」


 ゆるい言い方をしながら、薔薇色の髪の蕾のようなツインテールをフワフワと揺らし、善の前に回り込むように出てきた女は、ポーズを取って止まった。


「ステファニー・パワーズちゃん、参☆上!!」


 どこからか効果音でも聞こえてきそうなくらい、キャピキャピとした仕草に善は何の反応も示さず、用件を伝える。


「ステファニー、仕事だ。拒否権はあるが、どうする?」

「えー、どんな仕事~?」

「アルトリウスの父親を連れ戻す」


 善がそう言うと、ステファニーはさっきまでのおちゃらけた様子とは一変して、真剣な面持ちになった。


「……分かった」

「死ぬかもしれないぞ」

「かもね……でもね、死ぬかもって言ってなにもしなかったらアタシ、後悔する」


 胸の前で小さく拳を握るステファニー。

 その様子に安心したのか、善は微笑を浮かべ、ステファニーの頭をポンポンと叩く。


「決定だな」


 そう言ったところで、オルグレイトが口を開いた。


「善、オレも行く」


 唐突で一瞬だけ口を開いて止まったが、善はすぐに首を横に振る。


「ダメだ。お前は連れていけない」

「オレも戦える」

「そうだな。武器を出せるし、お前の異常は使いこなせば頼りになる」

「ならなぜだ」


 苛立たし気にオルグレイトが訊ねると、善は溜め息混じりに言う。


「固有結界を使いこなせていない…それが理由だ。どちらかというと、お前は個人戦向き…これから行くのは、恐らく協闘となる。お前はまだ、色々とトレーニング不足って話だ」

「………そうか」

「聞き分けが良くて助かる」


 オルグレイトの肩を軽く叩き、善がステファニーとトレーニングフロアを後にしようとすると、オルグレイトが呟くように言った。


「オレもいつか、誰かの為に戦いたい」


 その言葉を聞き、善は静かに笑みを浮かべていた。


          *


 大きな鐘がある。

 恐らくは、敵の襲撃や周辺の異常を報せるためのものだろう。しかし、それは出来そうにない。

 なぜなら、苔がむしており、錆も目立つからだ。

 これでは、到底動かすことは出来ない。

 よく見れば壁が所々崩れている。庭園も草木が枯れており、噴水も渇れていた。


 中世の装いをそのまま残した城には連想出来ないようなバラバラバラと激しく空気を切る音を立てながら、ヘリコプターが曇天の中、旋回していく。

 そのヘリコプターの中から蕾のようなツインテールの薔薇色の髪がフワフワと揺れながら外を覗いていた。


「うへー…こんな所にお城が建ってるなんて」


 そう呟いたのは、薔薇色の髪の女―ステファニーである。

 その呟きに無愛想な雰囲気の男が言う。


「これは、あの人の固有結界だ。ただ…オレの知っているものとは違う」

「知ってるの?知らないの?」


 ねえねえ、と顔を近付けるステファニーに嫌そうな表情を浮かべ、無愛想な雰囲気の男は顔を引く。

 そんな二人の様子を横目に金髪の男が口を開く。


「俺もあの人の固有結界は知っている。が、こんな見た目になっているのは始めて見たぜ」

「ああ、もっと華やかなはずだ。臥龍寺……」


 チラリと金髪の男―臥龍寺 善を見て、無愛想な雰囲気の男はステファニーを退かしながら中腰で立ち上がる。

 善も腰を上げ、ヘリコプターのスライドドアを開けた。ゴウッ、と強風が機内に流れ込む。


「所々崩れている。戦闘を続けているのは明白だな……どうするよ、アルトリウス」

「まずは、あの人を見つける」


 城壁にヘリコプターが近付き、3人が降りると、ヘリコプターは飛び去っていった。


「見つけるったって、結構広いよね……つか、大きいよね」


 ステファニーが言いながら眺めた城は、まるで、巨人の城のように全てが大きく作られていた。門も通路も、扉も何もかもが見上げる程の大きさだった。


「ああ、山一つどころじゃないからな。つくづく、バケモノみたいな連中の固有結界は常軌を逸しているぜ」


 咥えた煙草に火を着けながら、善は城壁の内側にあった階段を降り始める。ピョコピョコ跳ねるように後を追い、ステファニーが訊ねる。


「固有結界の広さとかってやっぱり個人差があるの?」

「固有って言うぐらいだからな。違う人物で同じ結界を見たことはないな……」

「ふーん、そうなんだぁ」


 階段を降り終わり、一行は大きな扉の前で止まる。どうやって開ければいいか、などと考える必要はなかった。

 明らかに大きな衝撃で破壊され、人が難なく通れる程の穴が巨大な扉に空いていたからだ。

 瓦礫を越えて中に入ると、大きなシャンデリアが広間を照らし、きらびやかな装飾の施された柱や壁が光を反射して豪華絢爛たる空間が広がっていた。


 ただ一点、そんな広間の床が凄く柔らかいのかと錯覚させるかのように、綺麗に広範囲に裂け目が入っていた。


「ヘリからは中が見えなかったが、スゲーな…」

「確かに…てか、お城の中もビックリだけど、この切れ目の方がビックリだね!」


 善が感嘆の声を上げるが、アルトリウスはステファニーの台詞に頷いた。


「奴の仕業だ」

「奴って誰?」


 ステファニーが訊ねると、アルトリウスは深く息を吐いて話し出した。




 昔、1000年以上も前だろうか。名を馳せた騎士がいた。


 騎士の名は、“ゴーヴァン=ウィリディス”。


 彼の剣術は豪快で、しかし、粗野などでは決してなく、むしろ見るものを魅了するような洗練された太刀筋だった。


 彼も又、異常の持ち主だった。


 木や岩もなんのその、彼の剣は大地も風も断ち切るものだった。ただ、そんな彼にも斬れないものがある。


 それは、“光”。それと、“妻”。


 彼の妻は器量よく、美しかった。彼の異常も受け入れ、その異常の原因をも癒してみせるほどに彼へ愛情を注いでいた。

 一度は絶望の淵に立たされた彼は、そんな妻を大切な存在だと、失いたくないものだと言っていた。


 そんなある日、事件が起こる。

 彼の妻が死んだ。一閃の袈裟斬りによって命を落とした。彼が帰宅すると争った跡はなく、血を流す妻と銀色の髪の男がいた。


 妻の名を呼ぶが反応はなく、妻が死んだのを理解した彼は、そこに佇む銀髪の男を睨んで言った。


「また、オレから奪うのか!!」


 それを聞いた銀髪の男は何も言わずに去っていった。




 アルトリウスは視線を前へと戻し言った。


「その銀髪の男こそがオレの父親であり、オレの連れ戻したい人…“トゥバン=ランスロット”だ」

「いや、だからぁ…」

「分かってる。お前に戦い方を教えたのもあの人だからな」

「うん。てか、この切れ目を作ったのが、そのゴーヴァンって人でいいの?」


 ステファニーが訊ねながら床の裂け目を指差すと、アルトリウスは頷いた。


 改めて見ると、床の裂け目は断面が荒立っていなく、どれほど強力な斬撃だったのだろうかと思わせるものだった。


「なんでも断ち切る、ねぇ……」


 携帯灰皿に吸い終わった煙草を押し込み、善が呟いた。

 アルトリウスは無言で歩き出し、広間を奥へと進んでいく。残る二人も後に続き、先を歩く背中を見ながら小さく話す。


「アルくんってさ、子供みたいだよね」

「特別世話の焼けるやつだぜ」

「ツンデレだよね、絶対」

「まあ、子供っぽいっつー感じがするのも理由があるがな」


 善はアルトリウスの背を見る目を細め、独り言のように呟いた。その様子を横目に見上げ、ステファニーも何事もないかのように相槌を打つ。

 そんな二人のやりとりを知ってか知らずか、先を歩くアルトリウスが振り返り、遅いぞ、と不満そうに言う。


「ごめーん」


 ステファニーが陽気に返すと、アルトリウスは溜め息を吐いて肩を竦める。

 小走りで追い付いたステファニーが後ろ腰に腕を組みながら言う。


「あのね、ゴーヴァンって人の異常ってなんなのかなーって話してたの」


 遅れて追い付いた善は、やれやれと言ったようにニヒルな笑みを浮かべる。




「ゴーヴァンの異常は、太陽がある間は通常の3倍の身体能力を出すことが出来るんだ」

「え、そんなものなの?」


 拍子抜けだと驚くステファニーとは対称的に、善は神妙な面持ちになる。

その様子が何でなのか分からないステファニーがしつこく訊ねるが、床の裂け目を見ながら考えに耽っていた善は相手にしない。

 そんな善が何かに気付いたのか、ハッと顔を上げると、アルトリウスと目が合った。


「トゥバンの固有結界か!!」


 善の言葉にアルトリウスは頷く。


「固有結界:幸福篭城グインネヴィアあの人(トゥバン)の結界は剣と鎧を祝福する。さらに、幸福籠城は常に昼の環境……つまり、結界内で戦えば不利になるのは、あの人の方だ」

「じゃあさ、固有結界なんて発動しないで夜に戦えばいいんじゃないの?」

「いや、あの人は絶対に固有結界の中で戦う」


 理解しがたいと言うように眉根を寄せながら首を傾げるステファニー。

 アルトリウスは扉に手を当て、続ける。


「それが、騎士道だからだ」


 大きな扉が音を立てて開く。

 途端に開き出した扉に驚きつつ、徐々に見えだす扉の先に目を凝らす。

 大きな段差が先ず目に入った。階段の先へと視線を上げていくと、巨大な騎士の像が剣を携えていた。

 なんとも壮麗で言葉を失う。開ききった扉を抜け、大きな階段を昇ると、圧巻の広さに吐息が漏れるばかりだった。


 カツカツと足音を響かせ、窓の外を眺めながら善は歩を進める。ステファニーも天井を見上げながら歩き、アルトリウスは伏し目がちに後に続く。


 静かな空間。


 そう、一同が感じた瞬間だった。

 突如として大きな音が鳴り響く。


 音の方向は大広間の更に奥。視線を前へと戻すと、巨大な騎士の像の上から、瓦礫と粉塵を伴って何かが飛び出てきた。


 白銀の鎧。仄かに光る両刃剣。湖の煌めきを映したかのような銀色の髪。

 目を見開き、アルトリウスが叫んだ。


「トゥバン!!」


 余程の衝撃で飛ばされたのだろう。着地しても、かなりの距離を滑って止まった。

 走り出したアルトリウスに銀色の騎士は背を向けたまま言葉を発す。


「アルトリウス! 何故、此処にいる!!」


 思わず体が痺れるような覇気の隠った怒声だった。知らぬうちにアルトリウスも足が止まっていた。


「………あんたを…連れ戻しに来た」


 その言葉をようやく口にしたアルトリウスが再び足を動かそうとする。その時だった。


 粉塵を破くようにもう一つの人影が飛び出てきたのだ。


 黄金の鎧。陽の光を彷彿とさせる大振りの剣。日光のように明るいブロンド。


「ランスロットォォオオオ!!」


 見た目の華美さからは想像も出来ないような雄叫びを上げながら大振りの剣を降り下ろし、トゥバンに斬りかかる。

 それを両刃剣に腕を当てて受け止めるが、その衝撃に足場が広範囲に陥没する。


 巻き込まれぬように飛び退がり、アルトリウスが前を見ると、蹴り飛ばされたトゥバンが窓を割って外へと消えていく瞬間だった。


 後ろで二人がトゥバンの心配をする中、アルトリウスは目の前の人物に集中していた。


「ゴーヴァン……」


 アルトリウスの声に黄金の鎧の男が顔を向ける。なんとも美しい碧眼。だが、表情は険が掛かり、獰猛な猛獣のよう。


「……アルトリウス…」

「もう止めろ、ゴーヴァン」


 唸るような低い声で名を呼ぶゴーヴァンに、アルトリウスは凛とした声で説得の言葉を掛ける。しかし、ゴーヴァンは表情を変えずに問う。


「キサマ、あの人でなしの肩を持つというのか?」

「いや」

「ならば、退け」

「そういうわけにはいかない」


 そう言うと、アルトリウスは歩き出した。ゴーヴァンの碧眼とアルトリウスの黄玉の瞳が視線を交じ合わせる。


「お前の為に言っているんだ」

「何?」

「お前では、あの人は殺せない」

「ふざけるなッ!!!」


 激昂したゴーヴァンが大振りの剣を構え、床を蹴る。床が捲れる程の強さで飛び出たゴーヴァンがアルトリウスを攻撃範囲に捉えるまでは僅かな時間だった。


 叩き潰すように振られた大振りの剣を大袈裟と思われるほどに大きく躱し、アルトリウスはバルコニーへと跳び移る。


 大袈裟などではなかった。


 大振りの剣が床に触れるや否や、大きな粉塵が舞い上がり、バルコニーに立つアルトリウスの目の前まで到達したのだ。


 勿論、同じ階の善とステファニーは粉塵に軽く呑まれたのは道理である。

 粉塵を切り裂いて姿を表すゴーヴァンを見下ろしながら、アルトリウスは口を開いた。


「臥龍寺、あの人の所へ…」


 粉塵に辟易しながら善が訝しげに返す。


「お前一人で倒せんのかよ」

「足止めくらいは出来るだろ」


 視線をゴーヴァンから逸らさずにアルトリウスは言う。出来るわけないだろと善は言うことが出来なかった。


「アルトリウス…」


 善に考えを見透かされたのに気付きつつも、アルトリウスは意に介した様子はなく、ゴーヴァンを見据えて何かを呟いた。


 途端にアルトリウスの足元から黒い剣が現れる。


 それを握るとアルトリウスは飛び上がり、天井を蹴ってゴーヴァンの上に落ちた。重力と合間って、その速さは一瞬のもの。それでも、ゴーヴァンは反応し、振られた黒い剣を大振りの剣で受け止め、僅かに火花を散らしながら弾き飛ばす。


 善たちの前に着地したアルトリウスは短く言った。


「行け」


 それだけ言うと、再びゴーヴァンへと斬りかかり、剣劇を繰り広げる。鍔競り合い、火花を散らす二人を見ながら、善はステファニーに促す。


「行くぞ、ステファニー」

「でも、アルくんが…」

「大丈夫だ」


 うん、と頷いたステファニーは先に走り出した善の後に迷いのある様子で続いた。





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