第1話 『臥龍寺 善』
まえがき
ページを開いていただき、誠にありがとうございます。
現在執筆中の作品とは別に、不定期で更新していこうと思います。
なお、こちらを更新するにあたって、受難の魔王の更新スピードが変わることはありません。もともと遅いしね。
鬱蒼と生い茂る木々や草花。そんな密林の中に村がある。自動車、電車、飛行機、ビル、インターネットといった現代を象徴するものはなく、まさに原住民の住まう村だった。
服と言っていいのかと疑問を問いかけられそうになる局部を隠しただけで、それ以外は丸裸。そんな格好の赤褐色の肌をした村人たちが警戒心を露にして見ている人物がいた。
文字通りの金髪金瞳の男である。
「いい加減、白状してくれよ。あんたたちが何か隠しているのは気付いてんだ」
苛立たし気に金髪の男は言い、煙草をポケットから取り出して口にくわえる。
「ナニモ知ラナイ。言ッタ」
拙い言葉で老体が答える。彼はこの村の村長なのだろう。背後には若いながらにも屈強な体躯の男たちが構えている。しかし、金髪の男は意に介さず煙草にマッチで火を着けた。
「25年ほど前、この森の動植物の生体調査のために調査隊が頓留してから村は外界とも交流を取り始めた。そして、お前たちが大事にしている遺跡を観光のためにと開放。遺跡マニアなんかは大喜びして来るし、歴史研究で来る奴等も多くはないが増えた。そして、帰ってくる人は少なかった……」
「村ノ外、迷ウ、自分タチモ」
「だから、行方不明者が出たところで関係ないと?バカ言うなよ…帰ってこなかったのは遺跡に入った奴等だけだ。帰ってこられた人は皆言ったぜ、中には入ってないとな」
黙る老人を睨むように見て、金髪の男は紫煙を吐き出す。沈黙の空間で煙草を吸い、その場にいる人間を見渡して金髪の男は口を開いた。
「子供は殺したのか?」
その一言に老人の眉がピクリと動く。
「それも、知らねぇって言うんだろ?あんたらから情報も得られそうにないし勝手にさせてもらうぜ」
「待テ。遺跡、行クナ。危ナイ」
「危ない?なら、なぜ封鎖しないんだ。行かせたくない理由は、俺達だからか?」
「……………」
「ふん。自分たちの身の安全が大切なのは確かだ……だが、思い通りに行かない事もあると覚えておけ」
木と葉で作られた家を出て、金髪の男は村の外へと出ていった。
*
ジャングルには場違い過ぎるスーツ姿の金髪金瞳の男は、片耳に手を当てながら口を開いた。
「交渉決裂…お前、今どこだ?」
『例の遺跡の前です。村から北西に2㎞ほどですかね』
丁寧な言葉遣いではあるが、陽気な声が通信機の向こうから返ってきた。
北西に2㎞という言葉にゲンナリしつつ、金髪の男は指示を出す。
「周辺の様子を伺い、異常が無ければ待機してろ」
そんなやりとりをしつつ、金髪の男は汚れ一つ無いスーツ姿で密林の中の開けた場所に出た。
蔓科の植物が縦横無尽に蔓延る其処は、同じような石を組重ねた足場をしていた。明らかに人工的に作られたことが判断できる場所である。
「ここが、例の遺跡か」
辺りを見回しながら進み、遺跡の入り口であろう場所に座っている人影を発見した。
「待たせたな、ディーク」
金髪の男が声を掛けると、毛先の白い頭髪を揺らして此方を向く。
まだ、少年と言える雰囲気だ。
ディークと呼ばれた少年は、伸びをしながら立ち上がる。
「周りに異常は無かったです。この遺跡ってやっぱり…」
「ああ、固有結界だ」
「これが……どう見ても普通の遺跡なんですけどね」
「遺跡は本物だ。結界は中身の方」
「マジかー」
「取り敢えず入るぞ」
金髪の男は特に構えるでもなくスタスタと遺跡に入っていく。それをディークが追い、遅れて中に入ると、外からは予想できない広さだった。
苔むした天井や壁。沢山ある通路の先から水が僅かに流れていたり、大量の石礫が転がっていたりと時間の経過を感じられる。
ジメジメとした空気に少しばかり顔をしかめ、金髪の男は煙草をくわえた。
「行方不明者の捜索が優先だ。生存者を発見したら遺跡の外へと誘導、後に合流だ」
「了解でーす」
額に手を当てて敬礼のポーズを取ったディークは迷う様子もなく数ある通路の一つに走っていった。
後ろ姿を見送った金髪の男も迷う様子無く通路を選んで進んだ。
外とは違う冷たい空気が通路の奥から吹き抜けてくるのを肌でしかと感じ、等間隔に設けられた灯りを横目に歩く。そのためか蒸し気のある空気でもあった。そんな環境の悪さをぶつぶつと愚痴りながら進んだ先に、先程の広場の比ではない広さの空間があった。石柱で支えられた天井や大きく口を開いた獣の石像。よく想像される遺跡である。
「何の用だ」
周囲を眺めていた金髪金瞳の男は、突然の声に正面に向き直った。
先程は気付かなかったが、正面の祭壇と思わしき場所の前に跪く人影があった。
服装は村人と似ているが、遭難者と言われればそうだと思えるような格好であった。ゆっくりと立ち上がり、振り返った人影は巨大な刃を片手に持つ白い肌の青年だった。
「白人……お前、名前は何だ?」
「………オルグレイト」
「オルグレイト、この遺跡内に張られた結界はお前のだな?」
「知らん」
言い捨てたオルグレイトなる青年は、その手に握られていた巨大な刃を振りかぶって投げた。まるで、断頭台の刃のようなそれは、回転しながら金髪金瞳の男に迫る。
悠長に煙草をポケットから取り出して口にくわえた金髪金瞳の男は、空いている方の手で合図を鳴らした。
途端に光の壁が円状に広がりながら、金髪金瞳の男の前に現れた。その光の壁に巨大な刃は弾かれ、走り出していたオルグレイトがそれを掴み、光の壁に叩き付けた。強固な光の壁は、巨大な刃を受けてなお破れていない。
「なんだ、これは?」
「円魔法。俺が出した光輪で防御も攻撃も出来る」
発光した光の壁が爆発し、吹き飛ばされたオルグレイトは祭壇の前に着地する。
足下を見れば、光る円。
「くっ…!!」
飛び退いた途端に円から光が突出した。
オルグレイトは金髪金瞳の男に向けて走り出す。巨大な刃が足場を削りながら振り上げられた。軽く後ろに下がって避けた金髪金瞳の男は、くわえたままの煙草に火を着ける。その余裕綽々といった様子に更に険を強めたオルグレイトは、声を上げながら巨大な刃を横に大きく振った。まるで、空気を噛み砕くように、ゴウッ、と音を立てる。それも、先程と同じように後ろに下がって避けた金髪金瞳の男は、自らの悪手に気付く。
避けられても振る勢いは緩めず、一回転したオルグレイトは巨大な刃を投げた。
後ろに下がって避けたといっても、距離は然程離れた訳ではない。つまり、振り投げられた巨大な刃が金髪金瞳の男に届くのは1秒あれば十分と言える。
光る円が現れ始めるが間に合わない。
―――死んだ。
そう、思えた瞬間だった。
「お待たせです!!」
巨大な刃を上に弾き飛ばしたのは、毛先の白い頭髪の少年。
「助かったぜ」
「避難完了です。みんな、同じ部屋にいたんで楽勝でした」
弾き飛ばされて戻ってきた巨大な刃をキャッチしたオルグレイトは、獰猛な視線で二人を睨み付ける。
「なんだ、おまえ」
「ディーク=エンフェルツです。お見知り置きを」
「みんなを連れ出したのか?」
「ええ、皆さん元気でしたよ。ストレスもあまり無かったようですし、監禁上手ですね」
言い方は丁寧だというのに、どこか緊張感の無い話し方に苛ついたのか、オルグレイトは眉間に皺を寄せながら巨大な刃を片手に走り出す。
一目見ても分かる重量感だが、オルグレイトはそれを片手で振り、ディークを斬り捨てようとする。そんな、巨大な刃を素手で掴み止め、ディークは踏ん張りながら訊ねる。
「連れ出しちゃまずかったんですか?」
「挑発しやがって…」
「挑発とかじゃないですよ」
そう言うとディークは掴み止めていた巨大な刃を押し退け、オルグレイトの腹に体を滑り込ませるように近付ける。
「獅子轟破!!」
獅子の形をした目に見える気が咆哮と共に放たれ、オルグレイトはそれに飛ばされて祭壇の前に転がった。
飛ばされた勢いのまま起き上がったオルグレイトは、巨大な刃を両腕で振りかぶりながら叫んだ。
「殺してやる!!」
横振りに投げられた巨大な刃がディークの首を狙う。前に走り出て難なくやり過ごしたディークは、武器を手離したオルグレイトに掌底を放つ。最低限の動きでそれを避け、ディークの首を掴むためにオルグレイトも手を突き出すが、体を反らして躱された。ディークは体を後転させながら蹴り上げる。顎を軽く擦る。しゃがみ込んだ体勢になったディークを蹴り飛ばし、オルグレイトは戻ってきた巨大な刃を掴みながら飛び上がった。
「砕け、アギト!!」
蹴り飛ばされて地面に転がるディークを粉砕するように巨大な刃が振り下ろされた。ギリギリで躱したが、巨大な刃が砕いた地面の破片がディークの肩口を噛みちぎっっていった。決して、比喩ではない。
文字通り、破片が噛みちぎったのだ。
「何ですか、今の!」
肩の傷を押さえながら、下がったディークは真剣な面持ちで言う。それに、答えたのは金髪金瞳の男だった。
「ヤツの異常だ。恐らく、あの武器で斬りつけた物を牙獣に変えるようだ」
「危ないですね!」
「あの武器を避けるだけでは追加攻撃を食らうことになる。ディーク、出来るだけ早めに片をつけるぞ!!」
「了解です!!」
肩口を押さえる手を離し、両腕を回しながらディークは一歩二歩と前に出る。不思議なことに、先程出来た傷の出血が落ち着いていた。
オルグレイトはそれを怪訝そうに見て、巨大な刃を前方に投げた。
ガリガリガリと地面を削りながら迫る。それをディークは横に飛んで回避するが、巨大な刃が削った地面が獣の口のように牙を剥く。ただの裂け目のようならなんの憂いもないのだが、その牙は首を伸ばす。つまり、横に避けても攻撃を回避しきったとは言えない。ディークは大回りでオルグレイトに近付く。
オルグレイトが、それを良しとするわけは無かった。
直線に投げたはずの巨大な刃が軌道を変えて壁を削りながらディークを追い出したのだ。
「なにそれ卑怯!!」
巨大な刃を躱すことは簡単だが、その後が問題なのである。巨大な刃が削った壁が牙を剥くからだ。そして、早いところ決着を着けなくては、この空間が全て牙を剥くことになる。チャンスは今しか無い。オルグレイトの周囲を巨大な刃で傷つけられては近付けなくなってしまう。
「ディーク、そのまま行け!!」
金髪金瞳の男がそう言った途端、光る円がディークの後ろに現れ、巨大な刃を食い止める壁となった。勢いは衰えず、凶悪なほどに回転して巨大な刃は光る円の壁と競り合う。
後ろの脅威が無くなったディークは前方に転がるように飛び上がり、両手を振り下ろす。
「子烈波」
オルグレイトの足元に打ち込まれた両手が地面を破裂させる。数歩よろけたオルグレイトの脚を払うようにディークは自分の脚を振る。それを飛んで躱すオルグレイトだったが、見下ろしたディークと目があった瞬間に呟いた。
「糞が……」
突き出される2本の腕が、掌底を腹に打ち込もうとする。咄嗟に両腕で腹部を防御するオルグレイトだったが、ディークの両手は防御の為に下げた腕を掴む。
「いただきましたよ!!」
「なっ…!?」
「トドメです!!」
力強く引き寄せられたオルグレイトと大きく振られたディークの額がぶつかり、鈍い音を鳴らした。離れた所に立つ金髪金瞳の男も、その音を聞いて顔をしかめていた。
*
頭に鈍い痛みを覚え、目が覚めた。
話し声が聞こえる。
「――ので、身柄を引き渡していただいてもよろしいですか?」
「村ノ者。村ノ者、村デヤル」
「村長さんよ……あんた、まだ隠すつもりかい?」
「ナニモ隠シテナイ。イナクナッタ者、見ツカッタ、良カッタ」
「自分たちで殺そうとしておいて、よくもまあ、そんな風に言えるもんだ」
「ドウイウ事ダ…」
村長が明らかに気を張った。どうやら、この男は事情を把握しているようだ。オレは家の入り口付近で壁に凭れさせられたまま、ただ聞き耳を立てる。
「どういう事だ、ね……あいつは白色人種だが、この地域は白色人種は文明を築いていない。なのに、何故あいつがいるのか…これは、大分疑問だ。これについては、どういう理由があるか教えてもらっても?」
「ジャングル、アノ子、見ツケタ。親イナイ。ダカラ、村ノ者シタ」
「なるほど……」
金髪金瞳の男が納得したかと思えば、名前を呼ばれた。
「起きてんだろ、オルグレイト」
どうやら気付かれていたらしい。
ゆっくりと顔を上げれば、最後に見た姿よりかなり歳をとった今や村長となったらしい老人と目があった。
オレはその老人を憎々しげに睨みつける。
「……滝に落とされたときは死んだと思った。あんた、村長になったんだな」
「…………………」
「村や村人を守ろうとする信念の強さは認める。でも、オレの両親を目の前で殺したこと、許せはしない」
固く口を閉ざし、目を反らす村長。本当にオレの事を村の一員だと言うのなら弁解すればいいのに、そんな様子もない。やはり、この村にいる限り、常に殺される危機感からは逃れられない。未だに目すら合わそうとしない村長に嫌気が差して外に出れば、他の村人たちが遠巻きにオレを見ていた。
20年経っても風当たりは厳しいらしい。
家の外には、毛先の白い少年がいた。
「もう、平気なんですか?」
「……石頭」
「ツライ環境ですね…ここ」
「……………」
ディークと言ったか、毛先の白い少年は村の様子を遠く見て呟く。お前に何が分かるもんかと思ったが、言ったところでこの状況が変わるわけない。無視して歩き出そうとすれば、話が終わったのか金髪金瞳の男が不機嫌そうに出てきた。
「オルグレイト…お前、この村の夫婦に拾われたらしいな」
「そう。産まれたばかりの赤ん坊を亡くした夫婦に拾われた。肌の色が違うからなのか、災いを招くだのと村人たちは殺せと言ったけど、両親は我が子だと匿ってくれたのを覚えてる」
「両親を殺された……か」
頷くと、金髪金瞳の男は深く息を吸って吐き出す。
「行くとこないだろ?俺達の仲間になれ」
「名前もわからないやつらの仲間になれってムリ言うな」
「ああ、そういえば自己紹介がまだだったな」
村の出口に差し掛かった所で金髪金瞳の男は振り返って偉そうに言った。
「俺は、臥龍寺 善。よろしく」
あとがき
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