迷宮区探索 後編
読んで下さる皆様ありがとう御座います。
3
朧の眼に入った光景は、沼地であった。その見える世界は、今いるこの場所以外すべてが、泥沼であった。誰の侵入を拒否する世界であった。
そんな世界に朧に声を掛ける和也が居た。
「さて、この世界どう征服しますか。泥沼は、脚捌きも困難で、踏み込み出来ず。杖の構えにも、影響あり。実に、今の鍛錬に必要な場所ともいえます。」
和也は、辺りを見回しながら言葉を続ける。
「沼地に、そこに自生する植物、陸地は皆無ですね。少し試してみますか。」
和也は、杖を大地に突き刺し、泥沼と今いる足場の、境目に立ち構えを取る。そして、吐く息と共に、引き足を蹴り上げる。
その瞬間に、泥沼は斬り裂かれ、辺りに泥を跳び散らせる。そして、裂かれた沼地の底には、大地が広がっているのが見えた。
和也は、沼地が戻るまで、観察し終わった後、朧に話し掛ける。
「底なし沼でない様だな。深くて、腰ぐらいだな。ここは、杖は使えないな。無手が、一番使い易いだろうな。杖を渡してくれ片付ける。」
朧は、言われたと通りに、和也に杖を手渡す。
和也は、自分の杖を、大地から引き抜き、二本の杖を空間制御術で、他の場所へと移す。
「そろそろ、進むとするか。殿は、私の方が、良いだろう。」
と、和也は、朧に語る。
朧は、和也の言葉に頷き、泥沼の中へ入って行く。和也もそれに続く。
迷宮は、他の階層へ向かう部屋に、妖魔が居る事は無い。次の部屋に向かう通路に入った時から、妖魔達が、侵入者に襲い掛かって来るのだ。
二人が、足を踏み入れた場所は、太腿の辺りまで、泥に浸かる事になった。朧は、進みにくそうに歩を進め、和也はその後に、続いて行った。
次の部屋に入った時、朧と和也に泥の塊が跳んでくる。朧は、その塊を拳で攻撃し、和也は手の甲で回し受け、掌で軽く叩き落とす。
和也は、朧にこう語る。
「泥が、飛び散るので、余り強く、攻撃しない方が、良いですよ。敵が、現れた様ですよ。」
和也の視線の先に、泥の中より現れる、二つの姿が、人の形へと、変化していく。
その、妖魔の名を泥田坊と言い姿は、頭は禿げ上がり、目は一つ目で、手の指は三本しかない。
二匹の泥田坊が、二人を襲う。
朧は、泥田坊の攻撃を手と腰の捻りで捌き、攻撃をする。朧の攻撃は、頭部に減り込む。だが、泥田坊は、気にせず朧に、攻撃を仕掛ける。朧は、右腕を頭部から、引き抜こうとするが、腕を抜く事が出来ない。
その姿を見た和也は、もう一匹の、泥田坊の攻撃を、捌きながら、朧の手助けをする。
「神仙術、火遁法、☲・離。」
和也の指から炎が、朧を狙う泥田坊の右腕に向かい、敵の腕を焼き尽くす。
和也は、敵の攻撃を避けながら朧に、声を掛ける。
「今のうちに、右手を抜け。そして、後退しろ。術を完成させる。」
朧が、十分な距離を取った事を、確認してから和也は、術印を切り、術を解放させる。
「神仙術、火遁法、☲・離。中伝・焔舞。」
焼き尽くした腕の中から、無数の炎が現れ、風に舞い踊る花弁の様に、敵を覆い尽くす。そして、泥田坊を焼き尽くし、炎も儚く消えて行く。
和也は、朧に声を掛ける。
「この術の儚さは、美しいと、思わないかい。まあ、それより、こいつ等の屠り方を教えよう。そこで、見ておきたまえ。」
和也は、泥田坊の攻撃を先読みする様に、全ての攻撃の軌道を変える。それは、妖魔の動きも含め、全てを支配していた。そして、最後に妖魔の両腕を左手で押さえるに至った。
和也は、防御の空いた、泥田坊の顔面に、攻撃する。その攻撃は、妖魔の頭を吹き飛ばす。だが、妖魔の破損部が盛り上がり頭部を形成し始める。
その動きを見て、和也は、泥田坊の胸部に、二本貫手を入れる。妖魔の背中を、突き破り何かが、跳び砕ける。それと共に、泥田坊が音無く崩れ泥沼へと変える。
崩れ落ちる妖魔の姿を見て、朧が和也に問う。
「何が起きたのですか。」
「泥田坊の核を、破壊したのですよ。奴らは、肉体を持って無いのです。寄せ集められた泥の中に、核が有ります。その核が、彼らの意思と成るのです。普通は感じる事は出来ません。」
「私の腕が抜けなかったのも。攻撃しやすい様にするためですね。和也さんがした様に、吹き飛ばすぐらいの、攻撃が必要なのですね。その後は、どうすれば良いのでしょう。」
「そこまで、考えが纏まれば、後は簡単です。元の個体へと戻ろうとする時に、核を見つけ破壊したのです。」
と、和也は答える。
「次の部屋で、それを試せば良いのですね。」
「理解が早くて助かります。数が多い時は、一体だけに、集中して下さい。他は私が、対処します。手助けするのは、次だけですけど。」
朧は、頷き次の部屋へと向かう。
「次の部屋から、念態での、攻撃を再開する。その積もりで事に当たってくれ。個数は、次だけ五個にしよう。」
と、さらりと和也は、朧に報告する。
朧は、振り向き和也に抗議をする。
「それは、横暴です。」
「朧、君の鍛錬は、横暴ぐらいが、丁度良い。君の応用力と判断力から、導き出した結果だ。喜びたまえ、君の様な伸び代が多い子は、そうはいないよ。」
「私に、伸び代が、有るのでしょうかうか。」
と、自身なさげにそう答える。
「呑み込みが早く、応用力が有り、敵の行動からの情報を得、そこからの判断力の早さがある。それを見ると伸び代が有ると言える。だが、少し力不足だ。」
「成程、力不足を補うため、攻撃の速さを上げる。そのための鍛錬ですか。」
和也は、朧のその言葉を聞き答える。
「その通りだ。これ以上の問答は無用だ。私の答えは変わらないのだからな。」
和也の言葉に後押しされる様に朧は、次の部屋へと向かう。
次の部屋に入り、和也は、早々に朧と対峙する泥田坊以外を屠り、念態による訓練を始めていた。
朧は、和也の念態を捌きながら、攻撃の手数を増やし、泥田坊の体に無数の傷を、付けていく。
それを見て和也は、こう考えていた。
『成程、私の様に、重さが無いために、手数を増やし無数の傷を付ける。再生する時間を稼ぎ、核を見つけ出す。後は、核が破壊できるかどうかだな。』
朧が、泥田坊の攻撃を受け流し、念態を軽く弾き、その合間に攻撃していたが、その手を止める。
そして、朧は二本貫手に、光を纏わせ、泥田坊に攻撃する。泥田坊の核は、破壊され体は、泥へと戻って行く。
朧の、その姿を見て和也は、言葉を漏らす
「今回も合格だ。実体が掴み難い敵は、数多く居るが今回は、その中でも、簡単な方だった。気体の妖魔や、二次元化する妖魔の方が、厄介だ。その対処法は、朧幻拳を修得してからだな。」
「分かっていますよ。私も覚悟を決めました。」
と、朧は、答える。
「さて、どの道に進もうか。」
と、和也は、三本に分かれた道を見ながら、朧に尋ねる。
「なら、右側の道を進みましょう。」
朧は、そう答え、その道へと進み始める。少し進んだ道で分かれ道へ入る。
和也は、朧にこう切り出す。
「このまま、さまよいながら進むのは、得策でないですね。」
「何故ですか。」
「泥とは言え、長時間水の中にいるのは、体温を下げる事になります。今日は、ここまでにしましょうか。」
和也は、懐から数枚の形代を取り出し、唱える。
「我が、使役する式神よ。我が求める道を探せ。」
和也の手から形代が、飛び出して行く。そして、和也は、朧にこう語る。
「これで、出口までの道が、解ります。少し、ここで待ちましょう。」
「元の道へ戻らないのですか。」
「この階の出口にある転移石を、使い探求者協会へ戻ります。」
朧は、感心する様に答える。
「協会は、そのために在るのですね。」
「次に入る時は、協会から直接、この階まで来る事が、出来ます。」
和也が、そう語り終った時、何かを感じ取り言葉を続ける。
「どうやら、出口が見つかったようです。付いて来て下さい。妖魔の処理は、終わったようですから。」
和也は、そう言い朧の前に出て道案内を始め、こう話を続ける。
「迷宮内の妖魔は、倒すと一定の時間現れません、その間に進みましょう。」
二人は、泥沼の迷宮層を出口に向け歩み始める。
妖魔の出現しなくなった道を、数分掛けて進むと、久しく地面が見え始める。そして、二人はこの層の出口へと付いた時、二人に、声が掛かる。
「御待ちしておりました、和也様。
「待たせたな、影よ。戻るが良い。」
「承知。」
影と呼ばれた式が形代へと戻り、和也の手に戻る。
「では、戻るとするか。朧も、疲れただろう。」
「迷宮探索がここまで、大変だとは思いませんでした。」
朧は、そう答える。
和也は、辺りを見回した後、迷宮の壁に歩み寄る。その壁に、文様の掘られた壁に触れると、光り輝く石が出現する。
その光医師に近付き朧を呼ぶ。
「朧、こちらに来て下さい。」
朧が、近付いたのを確認してから和也は、光る石に触れてこう告げる。
「転移。」
光が二人を包み込み、次の瞬間二人は、光と共に、この場所から協会の、転移室へと消えて行く。辺りは、静まり返り泥沼から変化した、壁に包まれた迷宮へと変化していた。
4
二人は、誰もいない協会の、転移室へと帰って来ていた。全身に泥の付いた朧と、袴を泥で汚す和也の姿があった。
和也は、朧の姿を見て話し始める。
「朧、一旦ここで別れましょう。ここには、風呂が有ります。その後に、食事に行きましょうか。」
朧は、自分の姿を見て、和也の真意を理解し、目線を外し、
「はい、解りました。」
と言い残し、そそくさと女湯へ姿を消す。
和也は、笑みを零しその感情を、消す様に髪を掻く。そして、男湯の暖簾を潜り消える。
両協会の建物には、風呂が設備されている、言うなれば、協会管理の銭湯である。低料金でも入る事が出来る施設であり、協会員は、無料である。
そのため、ゆとりのある者は、利用する者が多く、その中でも、商売をしている者が多数を占めている。
暖簾を潜った先に、整えられた部屋で、壁に棚と籠が備え付けられていた。出入り口は、二ヶ所有る。転移室から入る場所と、探求者協会から入る場所のである。
和也は、番台に近付き、声を掛ける。
「悪いが、転移室の、掃除を御願いしたい。それと、着物の替えを頼む。」
「随分と汚れたな。替えは、これで良いか。合計で二朱銀だ。御連れの着物込みの値段だ。これ以上は負からん。」
と、番台に居る男が、にこやかに答える。
「ならこれで、頼む。着物は、私の使う籠の隣に置いといてくれ。」
番台から離れる和也に、男は慌てて声を掛ける。
「おい、これは少し多すぎるぞ。」
「迷惑料と、掃除する者の、心付けだ。自分の懐に入れるなよ。」
「そんな怖い事出来ません。旦那の話は、村中に広まっています。」
「そうか、人の口に戸は立てられぬとは、良く言ったものだ。これで、他村の両協会の人間が訪れ易くなるな。良い事だ。」
和也は、着物を脱ぎながら、にこやかに答える。
「旦那には、敵いませんね。何か、要り様なら声を掛けて下さい。」
男の声を、聴きながら和也は、風呂に入る準備を整える。自分の持ち物は、空間制御術で別の場所にしまう。汚れた着物を、籠の中へと入れる。
和也は、手拭いを手にして、風呂へと続く扉を、開き入って行く。檜の香りが浴室に広がる。幾人かの入浴者が、居る広い浴槽、体を湯で拭う者も居る。
和也は、湯で体を拭い、足の汚れを念入りに取って、風呂に入る。旅の疲れを取る様に目を瞑り入浴する。
風呂で疲れを取った和也は、徐に目を開きそれに合わせて、ゆっくり風呂から上がる。そして、肩を揉み解しながら、風呂場から脱衣所へと足を運ぶ。
和也は、用意されている着物へ袖を通し、奢れた着物等を風呂敷で包み、番台の男に目礼をして、違う出入り口より退出する。そのまま、協会待ち受けへと足を運ぶ。
和也は、探求者協会の受付の椅子に腰を掛け、朧が、訪れるのを待つ。時間が経つと、奥から朧の気配が、近付いて来るのを感じ、廊下の方に目を向ける。
廊下から、着物姿の朧が現れ、和也の方へと歩み寄って来る。その後ろに、どこかで見た少女と共に。
「和也さん、今日の昼食も、この子のお店で頂きませんか。」
と、擦り寄って和也に語る。
「近い、近い。そこまで、近付かなくても聞こえますよ。では、今朝と同じ場所で食事しましょうか。行きますよ。朧。」
和也は、そう言うと、腰を上げて、建物の出入り口へと歩み始める。
朧は、後ろにいる少女に声を掛ける。
「行こうか、静奈ちゃん。」
朧は、静奈と手を繋ぎ和也の後を追う。
和也は、後ろから来る二人の、気配を感じながら、ゆるりと街並みを楽しむ様に、足を進めて行く。
辺りに響く、物売り達の声や、子供の遊ぶ声が、聞こえてくる。後ろからも、朧と、静奈と呼ばれた少女の話し声と笑い声が聞こえてくる。その声に後押しされる様に、飯屋へと向かう。
飯屋に着いた時に、静奈が店に走り込んで行く。そして、暖簾から顔を出し二人を手招きして店へと呼び入れる。
和也と朧は、店へと入って行き、席へと案内される。二人は、席に付き御品書きに目を通し始める。この店では、昼専用の御品書きが有る様で、定食が主体と成っていた。
「私は、この山菜定食にしましょう。和也さんは、どれにしますか。」
「秋の山菜ですか。なら、私も山菜定食にしましょう。それと、この徳利に酒を入れて貰えるかい。酒の種類は、この国で造られている物で頼む。」
和也は、そう答えて、静奈に徳利を渡す。そして、静奈は和也から、徳利を受け取り、板場へと姿を隠す。
その後に、女将さんが二人に、茶を運んで二人の前に出す。女将に声を掛ける間も無く、呼ばれた客席へと足早に去って行った。
朧の前に、静奈が定食の膳運んでくる。
「御待たせしました。もう一つは、少しお待ち下さい。」
静奈は、そう言い終わると板場へ走り去って行った。そして、板場からゆっくり次の膳を、静奈が運んでくる。
和也の前に、その膳を置き、こう言葉を掛ける。
「山菜定食と、御酒になります。どうぞゆっくりしていって下さい。」
静奈は、板場へと姿を消す。
「いただきます。」
二人は、膳に箸を進めていく。
秋の山菜に舌鼓を打ちながら、食事を楽しむ二人の姿がここに在った。
秋色に染まる田千穂村に、昇る太陽が、傾き始めていた。『秋の日は、釣瓶落とし。』その言葉の如くなり。
この世界の通貨の設定と神仙術の設定を書いときます。
貨幣の種類 貨幣価値 日本円
大判 十両 51200000円
五両判 五両 25600000円
小判 一両 5120000円
二分金 二枚で一両 2560000円
一分金 四枚で一両 1280000円
二朱金 四枚で一分金 320000円
一朱金 八枚で一分金 160000円
二分銀 二枚で一朱金 80000円
一分銀 四枚で一朱金 40000円
二朱銀 四枚で一分銀 10000円
一朱銀 八枚で一分銀 5000円
八百文 一分銀 40000円
二百文 二朱銀 10000円
百文 一朱銀 5000円
百文銭 百文 5000円
十文銭 十文 500円
四文銭 四文 200円
一文銭 一文 50円
と設定しました。江戸時代に使われていたお金を使っていますが、価値観は全く違う物になっています。気になる方はお調べください。
神仙術は、八卦の自然を基に考えています。その中でも今考えているのは、離『火』・震『雷』・巽『風』・坎『水』・坤『地』と成ります。後の乾『天』・兌『沢』・艮『山』に付いては考え中です。
他の術に付いては、五行法術等も考えております。武に付いても、思案中です。
感想お願いします。