第二話
「よっこいしょっとっ。先生、言われてた物持ってきました。」
井戸から汲んできた水桶と替えの布。
新しいと包帯と薬など、色々あるからけっこう重かった。
「あら、ベルちゃん。ありがとう。」
いつもの柔和な笑みを浮かべて先生が振り返る。
同性から見ても美しく見とれてしまうような外見の先生は、全く年齢を感じさせない。
違和感といえば、髪から突き出た尖った耳ぐらいか。
私と違い、先生は亜人種の中でも特に長命と言われるエルフという種族だった。
ある一定の年齢で極端に老化の速度が遅くなるそうで、どれだけ年齢を重ねてもほとんど見た目が変わることはない。
先生が言うにはゆっくりとだが確実に老化は進んでおり、高齢のエルフには老人の姿をした人もいるそうだ。
果たして何年生きればそうなるのか、想像もつかないが。
というか一体いくつなんだろう、間違いなくゆうに100歳は越えているはずなんだけど。
「でもベルちゃん。今のは年頃の女の子の言葉じゃ無いわ。乙女がそんなこと言っちゃダメよ。」
いや貴女が言いますかつか乙女って。
そんなことはとてもじゃないが口が裂けても言えない。
「以後気をつけます、先生。」
素直に謝っておこう。
怖いしね。
「女はいくつになっても乙女なのよ。たとえゆうに100歳を超えていたとしてもね。」
何故分かるのですかと問いたかったか、黙って軽く頭を下げた。
そんな弟子の心境を知ってか知らずか、本人は楽しそうに笑っている。
「・・・それで、先生。彼の容態は?」
私が引きずって、もとい運んできた男の子はベッドの上で静かに息をしている。
さっきまで高熱でうなされていたが、もう大丈夫そうだ。
「熱は酷かったけど、感染症の心配は無さそうね。血もそこまで流してはいないようだし。
槍傷はかなり深かったけど、後遺症が残るほどでは無いわ。何週間かすれば歩けるようになるでしょう。
あとは、そうねぇ・・・。」
額に乗せたタオルを替えてあげながら、先生は思案げな顔をする。
「たくさん食べれば元気になると思うわ。」
「・・・は、はぁ。」
そんな花が咲いたような笑顔で言われても。
まぁ、先生がそう言うのだから大丈夫なんだろう。
「まぁ、そんなに心配しなくても大丈夫よ。それに」
ついと彼の方に目を配る。
「そろそろ目を覚ますはずよ。」
言われて視線を戻すと、呻き声を上げながら少年が目を覚ました。
「・・・ここは?」
「私たちのお家よ。怪我を負って倒れていたところをこの子が見つけて運んできてくれたの。」
まだ意識がはっきりしていないのか、虚ろな目でこちらを見る。
「・・・。」
「怪我も手当したから、もう大丈夫よ。他にどこか痛いところはある?」
優しい眼差しで少年に問いかける。
「め・・・。」
「目?目が痛むの?」
「め・・・。めし・・・。食わせて・・・。」
「おかわり!!」
「はいはい。ちょっと待ってね。」
起きがけの少年の言葉に従い、お粥を持ってきてみればあっという間に平らげてしまった。
あまりの勢いに押され、鍋ごと持ってきてみれば皿によそう暇も無く平らげている。
どうやらあの時の轟音は聞き間違いでは無かったらしい。
ていうか、怪我でじゃなくて空腹で倒れてただけじゃないの?
凄いお腹の音だったし。
「はい、どうぞ。」
先生から手渡された皿を奪うように手に取り、ほとんど飲む勢いで皿を傾ける。
片手が使えないのは分かるが、それじゃ溢れちゃうよ。
ああ、シーツに染みが。
「っぷはー!生き返った!ごっそさんです!」
渡された皿の中身をあっという間に平らげて、満足そうに叫んだ。
「いやーっ助かった!まさに天の助け、地獄に天女ってやつか!?ありがとう美人さん!!」
「それを言うなら地獄に仏よ、ボク。」
可笑しそうに笑いながら先生が答える。
褒められてちょっと嬉しいらしい。
それはそれで何かちょっと気に食わない。
助けたの私なのに。
「それで?元気になったんなら、そろそろ話してくれる?」
「ん?何を?」
「何をって。名前とか、どうしてあんな所に倒れていたのかとか。色々あるだろ?」
「あー、そっか。そうだよな、わりーわりー。」
苛立ちも隠さず問い詰めるように言うが、別段気にした風も無く朗らかに笑う。
元々大らかなのかもしれない、よく笑う人だ。
「オレはケン。よろしく!」
快活な笑顔で握りこぶしに親指を立てて答える。
・・・説明終わりかい!?
「それでケンくん。どこか痛むところは無い?」
「大丈夫です!それと気軽にケンちゃんと呼んでください、お姉さん!!」
「あら、イヤだわ。お姉さんだなんてそんな。」
そこの師匠、嬉しそうにクネクネしないで。
そんな仕草でも妙に色っぽいから美人は卑怯だ。
「で?ケン、だっけ?どうしてあんな所で倒れてたのさ。」
「だからケンちゃんでいいって。そっちのほうが呼ばれ慣れてるし。」
「・・・はいはい。で、ケンちゃんは何で倒れてたのさ。」
真面目に話しをする気があるのかコイツは。
「あー、それはな。」
「それは?」
「腹が減ってたからさ。」
「ふんっ!」
「ぶんっ!?」
いい加減腹が立ったので、持っていたタオルで全力ではたいてやった。
「真面目に!話しを!しろ!このっ!このっ!」
「いてっいてっ。ちょ、まて!落ち着けって!あてっ!」
先生の手前、大人しくしていたがもう我慢ならん。
しばしベシベシと叩いてやる。
こちとら人一人を引きずって森の中を延々と歩かされたんだ。
そのうえ、こんなにフザけられたら腹の一つも立つ。
「分かった、分かったから!悪かったよ!ちゃんと話す、話させて頂きます!」
「ふんっ!最初からそうしろ!」
ようやく観念したのか、両手を上げて降伏姿勢をとった。
よし、勝った。
「全く、酷ぇ仕打ちだ。これでも一応怪我人なんだぞ。」
「怪我人じゃなかったら鍋でぶっ叩いてるところだよ。」
ジロリと睨みつけて言うが、おどけて肩をすくめるだけだった。
懲りた様子もない、まったくフザけたヤツだ。
「二人共、もうすっかり仲良しさんね。」
さすがにやりすぎかと今更ながら思ったが、隣に座る先生は可笑しそうに笑っているだけだった。
「とりあえずお話はまた明日にしましょう。もう夜も遅いし。」
「分かりましたお姉さん!」
「・・・はい。」
バカの受け答えに苛立ちを覚えつつ、不承不承ながら頷く。
まともに相手をすると疲れるので、もう無視することにした。
「それじゃ、ゆっくり休むのよ。」
言うが早いか、先生は先に出ていってしまった。
私も寝よう、今日は疲れた。
「・・・あのさ。」
「・・・なにさ?」
もういい加減振り返るのも面倒なので、返事だけ返す。
使い終わったタオルを手早く回収する。
「まだ聞いて無かった。アンタ、名前は?」
「・・・ベルだよ。」
今までのおどけた感じとは打って変わって、とても真面目な声だった。
今更なんだよと心の中で文句を言いながらドアノブに手をかける。
「アンタのおかげで命を拾った。美味い飯が食えた。ありがとう。ベル。」
「っ。・・・ど、どういたしまして!!」
バカに不意打ちされた!
くそう!!
赤くなった顔を見られるのも癪なので、そのまま逃げるように部屋から出た。
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二話目です。
ベルの口調の理由はまた後ほど。
ちなみに先生は部屋の外で聞き耳を立ててニヤニヤしてます。




