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死せる運命が変転する時 3

 白い飛空艇アクロフォカの中で安堵の溜息と歓声が上がった。

 そのような中、デュバンが漆黒の戦機人が擱座した戦列砲艦に近づいていくのに気づく。

「何をするつもりだ」

 ここからでは詳細は見えないが、漆黒の戦機人は戦列砲艦の装甲の亀裂に手をかけてそれを押し広げ、艇の内部に半身を突っ込んでいる。

 黒い戦機人が戦列砲艦の亀裂から上半身を引き抜くと、背後で青い閃光が瞬く。

「いかん、覚醒中の至源炉を破壊したぞ」

 漆黒の戦機人が瘴壊爆発を繰り返す戦列砲艦から離れる。

「どうしてあんなことをするのよ……もう勝負はついているでしょう。どうしてなのよ」

 ショアルのその問いかけに答える者は誰もいなかった。

 さらに彼女の嫌悪を煽るように漆黒の戦機人は、原型をとどめていたたった一領のキョウカクに近づくと、恐るべき膂力で頭のてっぺんに折れた剣を力任せに突き刺す。

 生き残ったパラカン帝国の空挺兵たちはさすがに意気消沈した。

 彼らには先ほどまでの威圧感や傲慢が見当たらなかった。おとなしく勧告に従い一ヶ所に集まって降伏する。

 ◆◆◆

 長銃を持って臨んだ艇員たちは、帝国軍の空挺兵たちを武装解除させて長縄で手首を数珠繋ぎにする。その後、前から順に隠し持っている武器がないか一人ひとり身体検査を始めた。

 ショアルたちはその様を遠目に見ながら、ナガン人の求めに応じて武装解除の時に帝国兵に睨みを効かせていた漆黒の戦機人を、目の前に迎えていた。外声器(がいせいき)の類はついていないのか、戦機人は武装解除の協力を要請した時も、武装解除の間も、終始無言である。その為、黒い装神甲の操士とは言葉のやり取りが無いまま、ナガン人たちは一抹の不安を抱えながらの顔合わせとなる。

 未だ金属や機械油やゴムなどがくすぶる匂いが濃く漂う中、黒い戦機人が近づいてきて膝を折り、胸甲殻の前面装甲がゆっくりと前に倒れた。

 漠土に流れる微風と陽光に銀色に髪が泳いでいる。倒れた蓋扉のふちに立ってこちらを見下ろしている人物は、白い髪と白い肌を持ち、そして真紅の瞳を持っていた。

「……ヒルコ?」

 ショアルの呟きは、彼女の意外さを示すように平板な抑揚になっていた。

 

 彼の後方では、降伏した帝国兵たちを飛空艇アクロフォカに乗せていた。彼らに付着した害毒のあるといわれる漠土の砂土を、昇降階段の前で一人ずつ馬毛(まげ)刷毛(はけ)で払い落としている。

 目の前に立った戦機人操士の姿をショアルたちは見ていた。

 年の頃は彼女と同じくらいの十七歳前後に見える。少年は傭兵の操士らしく、腰には護身用のピストルやナイフの類を複数提げている。背は低からず高からずといったところだろう。

 ショアルたちが驚いたことに、彼の左腕の(そで)は肘ぐらいから先が厚みも無く、漠土のゆるい風に揺れていた。薄い革と布でできた操士服は身体にぴったりしているので余計に目立っている。また、それだけでなく、左足もどことなく突っ張ったような歩き方から義足だと分かった。

 彼を見る皆が、どうやって戦機人を操っているのか、はなはだ疑問に感じざるを得ない体をしているのだ。

 顔は繊細に整っていたが、ショアルは初めて見る赤い眼に驚きを禁じえなかった。

 血の色の瞳だ。

 まさしく、血液の流れを透けさせて不吉に染まるかのようだ。

 それと反対に、生命の脈動が美しく輝くかのようでもある。

 破壊による死と躍動する生を象徴する色。

 ショアルは知らず、何か強力な力で吸い寄せられる感じがした。

 その一種異様な容貌に気圧された訳でもないだろうが、アギン右書記官長もしばし無言で相手の顔を見つめていた。その書記官長が口を開く。

「まずは我々の窮地(きゅうち)を救って頂いた事を感謝します」

「ん、ああ」

 その操士の応えは、戸惑ったような歯切れの悪い、返事ともいえないような返事だった。

 アギン右書記官長とデュバン艇長が、すばやく目配せを交わして互いに小さく頷き合った。

「わたしは当テベル同盟、訪イスタール使節団副使を務めます、ステュン国右書記官長のマーガス・コルネリウス・アギンです」

 アギン右書記官長がここでもう一度、その年若い操士の表情を観察するように見つめる。

 彼はぼんやりしたような鈍い表情をしていた。どうやら何を言われているのか、良くは理解できていないようである。傍目から見ていたショアルにもそう感じられた。

 アギン右書記官長がいくぶん表情を緩め、虚偽のない紹介をしだした。

「そしてこちらが正使のバレル聖国はナガン神王家、二位の巫女姫たるショアル・マリ・シィスティ内親王殿下にあらせられます」

 紹介を聞くあいだにも、少年の眼は彷徨(さまよ)うように相手全員の顔を見回していた。しかし、すぐにショアルの放つ敵意を感じさせる眼の強い光に、彼の視線は捕らわれてしまう。

 

 奇妙な色の瞳だ、そうサラは思った。普通の碧眼と違って緑の色彩がかなり強い。生物が死滅してしまったいわれる海の、あの美しくも近寄りがたい深い緑を思わせる。また、人にありえる色素なのだろうか、とも思う。

 真紅と深緑の眼が見つめあう。

 相容れることなく。

 混ざることなく。

 正反対であるかのように。

 そして、自分無いものを求めるかのように。

 サラは意識して()がしても、再び彼女の翠眼に吸い寄せられてしまう気がした、その濡れたような潤んだような煌きに。

 海の色じゃない。植物の葉色だ。神古代に比べれば惨めでしかない世界の、それでも命を育んでくれる植物の力のようだ。そう少年は感じた。

「そうなのか……お姫様が乗っていたから、パラカン帝国は襲っていたのか……」

 だが、周りから見ると、少年はさして感銘自体を受けた様子は無いように映っていた。一国の姫や高官の名を紹介されたのに、出てきた言葉はそういった気のないものだったからだ。

 デュバンとアギン右書記官長の張り詰めた気配がさらに減じた。彼らはサラのその態度に安堵を覚えようである。だが、今まで大人しく黙っていたショアルが(たま)らずといった感じで口を差し挟んでくる。

「あなた! まともな返事はできないの」

 サラは唐突な彼女の言葉に凝然(ぎょうぜん)として声もない。

「姫様、ものには言い様があるでしょう」

「なによ、まともに名乗ってもいないのはあちらでしょう。だいたいいくらパラカン帝国の兵隊であっても、あんな風に虐殺をしていいわけないでしょう。操騎士としてあるまじき行為よ。どこか変なのよッて、ちょっとどこ行くのよ!」

 サラは(きびす)を返し、黒い戦機人の方へと歩いていく。アギン卿とデュバン艇長が心持ち青ざめたようである。

「話しはまだ途中でしょう! ちょっと待ちなさい!」

「忘れ物をした」

「そんなもの放っておきなさい」

「あんたらで話しがあるんだろう」

 ショアルが(けわ)しい顔で睨みつける。

「ありません! あなたに話しがあるのでしょう。名前くらい言ったらどうなのよ」

 サラはその声に振り返った。

「俺の名はサウラヲミ・サラだ。俺は操騎士じゃない。ただの雇われ操士だ」


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