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死せる運命が変転する時 2

 漆黒の戦機人の急接近に戦列砲艦ハツヤビの中は恐慌に陥りかけていた。

 掌砲長(しょうほうちょう)が伝声器に向かって、そのままでも全艦に聞こえそうな怒鳴り声を上げている。

「主砲装填までなんとしても持たせろ! ありったけぶち込め!」

 しかし、重機関銃や機関砲の類では、戦機人の装甲はびくともしない。黒い機体の突進は、まるで緩まない。

「いかん! 奴をそっちにいかせるな。目標を十一時から外すな! 何やってる、当てろ当てろ! 当てろッ!」

 掌砲長が伝声管にわめき散らす。

 だが、さらに焦りが砲手らの狙いを外させているのか、機関砲の砲弾が目標の手前に着弾すると土煙が立ちこめて黒い戦機人の姿を隠し、逆にますます直撃を難しくする。また、ときたま命中しても滑らかな装甲に火花を散らして弾かれていた。

 そうやってさらに増すばかりの彼らの焦りが、地上での長時間の連続射撃をさせ、焼けた銃身の過熱による異常装填から沈黙する銃座が続出した。空の寒冷な大気や飛翔による強風の冷却が無ければ、飛空艇に備えられた銃砲は連続射撃などできないのだ。

 射線はみるみる厚みを失っていく。

「主砲装填完了」

「も、も、目標、十時半、主砲射線角を……外れました」

 もともと戦列砲艦の主砲は飛行状態で敵重装甲飛空艇を射撃するためのものであり、艇の姿勢を崩さないために正面のわずかしか砲身の向きが調整できないようになっているのである。

 伝声手の甲高い声が聞こえると主艇室は完全な恐慌状態に陥る。

 その時、今まで黙って座っていたカラグキ艦長が椅子から立ち上がった。

「ハツヤビすぐさま発進だ! 推力、這行域(はこういき)まで即時上昇」

 目に見えて落ち着きが主艇室に広がる。離陸自体とて、このような不整地では上手くいくかどうか一種の賭けなのだが、希望に向けて努力することが彼らの不安を抑えていた。

「浮揚器臨界まで急速増力、本艦はいったんこの場より離脱する。離陸は着陸線を反対になぞれ。艦首が離陸線へ向くと同時にモーター全開! 緊急離陸だ。かかれ!」

 カラグキ少佐は不運を呪いたい気分になる。

『クソ! アバドンの死神……本当にいたのか。なぜバジャスタンで死んでないんだ』

 否が応でも、あの酒場での話が思い起こされる。カラグキは艇長座にゆっくりと腰を下ろし、目をつぶって天を仰ぐ。霧のペルチェ遭遇膠着戦やナルハ線突破攻略戦、ブハラガラ市攻囲戦、チーパイ会戦、クルコ川渡河会戦、ナンチャ双要塞攻略戦、そしてジョンイン大会戦でいなくなった飛空兵学校の同期たちの、その頬に赤みを残した永久(とわ)に歳をとらない若い顔がいくつも思い浮かぶ。

『俺も、おまえらの元に行く日が来たのか……』

 しかし、カラグキが目を開けば、部下にはかつての彼らほどの年齢の者もいる、ここで簡単に諦めるわけにはいかないのだ。

 総員が一斉(いっせい)に作業に取り掛かり、それぞれの係の者が進捗(しんちょく)を伝える声が飛び交う。

「至源炉覚醒率六割、エーテル流道接続」

「浮揚界惹起。艇体重量、一割減、一割五分減、二割減……」

 圧推モーターの急速な推力の高まりに合わせて戦列砲艦は地上を()い始める。大きな弧を描いて艇は進行方向を反対に向けていく。

 正面の漠土の風景が横に流れ、斜めに見えていた突進してくる黒い戦機人と白い飛空艇が正面視界から外れる。つづいて呆然と立ち尽くす空挺歩兵の小さな姿も、全員が主艇室窓から見えなくなる。

 戦列砲艦の目の前が開けた。カラグキは声を張る。

「推力全開!」

 圧推モーターの音が爆発的に高まり、艇内が微振動と騒音で満たされる。カラグキは座の背もたれに身体が押し付けられる感じがした。

 その時、主艇室の横の銃座についていた者から悲鳴のような大声が上がった。

「駄目だ! 間に合わない!」

 艇は最大推力で加速していく。だがそれを見越しても、戦列砲艦と斜め後方から離陸線に入り込む漆黒の戦機人の進行は、巌然として重なるのだ。

「銃座砲座! 手を休めるな! 射線を厚くしろ。ここで全て使えなくなってもかまわん!」

 一見すると横手に並走しているように見える黒い戦機人は、だんだんと近づくにつれ、まるでこの戦列砲艦の巨体に吸い寄せられるように接近が加速度的に早まる。

 凍りついたように見つめる銃座手の視界から、黒い戦機人は翼の下に消えた。

 一瞬の空白の後、戦列砲艦ハツヤビの巨体に微かな衝撃が走る。漆黒の戦機人はその手に持っていた折れた剣を、戦列砲艦の翼下から生えていた脚に叩きつけていた。

 ハツヤビの脚は戦機人の激しい一撃に半ば切断され、そこから緩衝装置の油が噴き、バネがはじけている。鋼鉄の猛禽を支える地上での生命線は、それでも少し曲がっただけだった。

 だが、漠土の微かに盛り上がった地面に乗った、次の瞬間。

 その圧力に耐え切れず、刹那に不気味な音を発すると、脚は一息にひしゃげる。

 戦列砲艦はその鈍い衝撃の後、右に傾き、それから姿勢は直ることなく、急速に傾きを増していていく。

 長大な右翼の先端が流れる地面に接触した。すると、後は一息に地面に引きずり込まれてしまう。主翼が少し歪んだと思ったら、その装甲が平頭リベットを弾き散らして一気にめくれ上がり、大音響とともに右主翼全体が破砕(はさい)する。巨大な二基の圧推モーターが後に脱落して地面で転げ踊っていた。

 戦列砲艦は、もうもうたる土煙を上げて半弧を描くように巨体を引きずり、やがて地面の抵抗に屈して擱座(かくざ)する。


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