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遠雷と空虚のあいだに 3

「そ、そんな! 誰か、誰かアッレさんを助けて!」

 ショアル内親王の悲痛さを多分ににじませた懇願に答える者は、誰一人としていなかった。デュバン艇長もアギン右書記官長も呆然の体である。

「こんなことが……古製代の装神甲が新製代の戦機人に……ここでは良く見えない!」

 デュバン艇長が覗き込んでいた丸小窓から顔を離すと、艇首に向かって駆け出した。ショアル内親王もアギン右書記官長とともに後を追う。

 彼らは騒然とする主艇室に駆け込み、左手の大きな窓に取りついている艇員の後ろに向かう。

「どいてくれ! 見せてくれ」

 三人が艇員たちを押しのけるようにして窓に取りつく。見ると蒼のフォリドフォルが、両脇からキョウカクに支えられるようにして膝立ちになっていた。

「どうなったんだ?」

 デュバン艇長の問いかけに艇員の一人が答える。

「たぶんフォリドフォルは手足の腱がやられています。さっき奴らが関節に剣をこじ入れていました」

 戦機人の腱とは、古製代ならば蛭型金属筋肉(ひるがたきんぞくきんにく)と骨格を繋ぐ金具の部分を指していう。

「カラッカ殿はどうなったのだ!?」

 アギン右書記官長の切羽詰(せっぱつま)った甲高い声に、彼の横にいた艇員の一人が引きつった顔を向けた。

「わかりません。動きがまるでありません。棍棒みたいなあの手で十発ほど殴られていましたから……中で失神しているかもしれません」

「離れていく……」

 ショアルはそう呟いた。彼女の言葉通り、キョウカクがフォリドフォルの周りから離れていく。

「あきらめたのか?」

 古製代の戦機人をそうそう完全に破壊できるものではない。アギン右書記官長の言葉には願望があったかもしれない。

「あっ! 大砲が動いている」

 全員が艇員の一人が指差す方を見る。この距離では望遠鏡を持たない彼らには良くわからないが、監視の者が言うには戦列砲艦の艇首下部にある長い砲身が、その角度を少し変えてフォリドフォルの方を向いたのだそうだ。

「いかん! 奴ら、フォリドフォルの至源炉を狙っている。距離が近すぎる。やられるぞ」

 砲手にしてみればこれくらいは至近距離といえる。加農砲のように砲身内に腔綫(こうせん)が刻まれていれば、砲弾は進行方向を軸として回転し、上下落差の少ない安定した低伸弾道を描く。そういう弾道であり、そして静止した標的を撃つのなら、厳しく訓練されるパラカン帝国砲兵であれば、まず新兵でも外す距離ではない。ましてや、帝国軍の空の花形である戦列砲艦の古参砲手ならなおさらだ。実際、高速で動き回る飛空艇は初弾でもって仕留めるしかないのだ。

 そして戦機人の背中には力の源である至源炉がある。そこを九十五リミ・メルトにもなる大口径、さらに長砲身のおそらくは徹甲榴弾の使用では、いかな古製代戦機人でもどうなるか判らない。

 戦列砲艦ハツヤビの主砲である十式砲は、西方列強国ルーンレーヴェン軍の八十六リミ・メルト砲に対抗し、一昨年に開発制式化された強力な野戦加農砲を、仕様を変更して艦載化したものである。

 帝国軍における制式化の砲では最強だった。これ以上の砲といえば特注である飛空要塞搭載の主砲副砲級しかない。戦列砲艦ハツヤビでは、対イスタール開戦前の昨年度末から年頭の約一ヶ月をかけて、五十五リミ・メルトの六式砲から砲座骨格を補強して換装されている。

 そうはいっても工作機械精度を含めた高硬度金属加工技術や、炸薬燃焼ガスの爆膨張制御技術に劣るパラカン帝国製なので、八十六リミ・メルト砲に対して威力の優越は僅かな差しか無い。その上、不発率や命中精度、砲身命数など軒並み劣ってもいた。

 しかし、それでも帝国の威信に懸けて開発された十式砲の直撃弾は、想像を絶する破壊力を持っている。約二リコ・メルト先から百リミ・メルトの鋼板を易々と貫通することができるのだ。

 突然、ショアルは叫ぶ。

「やめて! 降伏します。急いで誰か伝えて……きゃっ!」

 戦列砲艦主砲の前方に、周縁部が赤みを帯びた黄色とも白ともつかないような独特の色をした、明度が高い閃光を放つ巨大な発砲炎が生じる。それとともに爆発的に暗灰色の煙が噴出し、直後に大気が焼けるような飛来音が一瞬、艇内の人々の耳に聞こえた。

 それと同時にフォリドフォルが()ねるように身震いし、直後に砲声が轟然と鳴り響く。

 金属のひしゃげる音。それにかぶさって現れた爆発音の塊が、飛空艇の中にまで叩きつけられてきた。

 思わず閉じた目をショアルは開けた。もうもうたる砲弾の爆煙に巻かれたフォリドフォルが、漠土にうつ伏せに倒れていたのが彼女の目に見えた。

 これといった変化が有るようには見えなかったので、ナガン人たちは安堵しかけた。だがすぐに、誰かのうめくような声で陽炎のような揺らめきが戦機人の身体を包んでいる事を全員が認識した。

 ショアルは背骨から意思が抜き取られるかのような恐怖を覚えていた。呼吸が苦しいと感じた。

 フォリドフォルの胸甲殻の背中から青い炎が立ち上り始め、手足の関節からも同様に炎がこぼれだした。やがて戦機人はひときわ不気味な炎で輝く。

「至源炉がやられた。あああ、フォリドフォルが瘴壊(しょうかい)……何てことだ」

 アギン右書記官長が自らの顔を片手でつかんで呻いた。

 ショアルは誰ともなく訴える。

「どうしてよ。どうしてあんなことが平気でできるのよ。いったい何人殺したら気が済むの。どうしてなのよ」

 その力ない声には誰も何も答えない。衝撃は誰の心からも大きな何かを奪い去り、代わりに得体の知れない塊を置いていった。その塊が喉を詰まらせて皆から言葉を奪っているのである。

 しばしの呆然を経て、デュバン艇長が窓際から離れて酷く厳しい顔を見せた。そして周りに集まっていた艇員の一人ひとりの顔を彼は見る。

「主艇室要員も全員、武器棚へ行って長銃を手にしろ。わたしの分も持ってきてくれ。それと全員を一度ここに集めてくれ」

 艇員たちは無言のまま、すぐさま通路を艇奥へ向かった。この場にはデュバン艇長とアギン右書記官長、ショアルに彼女の侍女であるサビヤの四人だけが残った。

 さして広くない艇の中だが、四人だけになると恐怖は圧倒的な力でショアルを(とりこ)にした。彼女は艇内にできた空間に寒々しさを感じる。

 そして、彼女は人気の少なくなった周りを見渡している内に気づいてしまった。

 全員ここで死ぬのだ。

 ショアルは三人の顔を順繰りに見つめた。それぞれが厳しい顔で無言である。

「でも、デュバン艇長、戦機人に銃で勝てるわけ……このままではみんな死んでしまう」

 彼女を見返してきたデュバンは無表情で、ショアルは自分の言葉がきちんと伝わっているのか分からなかった。

 では、どうすれば良いかとショアルが考えたときに、彼女は恐ろしいことに思い至った。先ほど反射的に自分が口にした事が、どういう結果をもたらすかを。

 ショアルは首から提げた銀の首飾りを震える手で握った。

「……降伏」

 侍女のサビヤがショアルの押し潰されたつぶやきを聞きつけ、彼女の手を銀の首飾りから引き剥がすように握ってきた。

「そんな姫様、降伏などなさりましたら、姫様だけお命が」

「でも……これ以上に人が死ぬのは……撃墜されてしまった護衛の二艇に乗っていた人たち……アッレさん……」

 ショアルはそれきり後を続けられず、色を失った唇が音もなく開いては閉じ開いては閉じを繰り返す。

 デュバンが静かに首を横に振った。

「我々は、バレル聖国の民、ナガン神王家を(いただ)く国のものです。絶対に降伏などいたしません。姫様ひとりを犠牲に我々だけ助かろうなどとは思いません」

「わたし、わたし……」

 ショアルは目を潤ませる。彼女の心を映して揺れ続ける瞳は、やがてうつむいた顔に合わせて床を見つめるだけとなる。

 アギン右書記官長も心の中で何かを決したのか、厳かな口調でショアルに言い聞かせる。

「我々ナガン人は誇り高い民族です。国は違えどもわたしもまたナガン人、テベルの盟約に従って同盟国とナガン神王家を守るのが我らの務め、どうしてショアル姫お一人を犠牲にして助かれましょうや。聖毒(ひじりどく)は最後の最後まで(あお)られないよう切に願います」

 全艇員が長銃を持って主艇室に集まった。ショアルも長銃を持つ男たちが並び立つさまを目にして、もう本当にこれから先の事はどうにもならないのだと悟った。

 これが現実なのだと。

 敵の降伏勧告は黙殺しているため、皆が今にも戦機人が突撃してきそうな気がして落ち着かないでいた。

 その時である、ふと艇員の一人が艇窓のすみに黒い色彩の何かが現われた事に気づいた。

「あれは?」

 声に誘われてショアルは虚ろな視線を艇の外に向けた。彼女の隣に立っているデュバンからぽつりと呟きが洩れる。

「何だ、あれは? 地面から浮いている」

 それは一領の戦機人だった。

 現われた戦機人と土の上に落ちた濃い影とのあいだには、明らかに空間がある。戦機人は異様なことに、手足を胎児のように縮め、数メルトほど宙へ浮いているのだ。

 装甲の精密さから、この戦機人が古製代のものだというのは一目見るなり誰もが判った。しかし、身体を丸めたような詳しい判別が難しい姿勢をとってさえ、古製代の戦機人を見慣れた彼らナガン人の眼にも、見たこともないような特異な姿形をしていると映る。

 窓からはっきり見える位置へきたとき、戦機人は手足を伸ばして漠土へ降り立った。とたん、地鳴りのような音が轟き、風がごうごうと渦巻いた。飛空艇が怯えた小動物のように振動している。

 黒い機体の周りが薄く球形に発光したかと思ったら、目も(くら)むような雷光じみた輝きが四方八方に向かって放たれた。直後、激しい破裂音が衝撃波となって広がる。

 漠土に土煙が流れていく。その(もや)のごとき土砂粒の群生が、荒れ狂う風の行く先を教えてくれる。漆黒の戦機人へ向かって吸い寄せられているのだ。

 まるで、恩寵の聖霊気を強引にねじ伏せ、その力で従わせているかのようだった。

「なんだ、この凄まじい導恩現象は!」

 アギン卿の驚嘆の声がショアルの思考を彼方から呼び戻した。

 そして、今この時に死するのみだった運命が、変転し始めているのだと彼女に直感させた。

 しかし、それを素直に喜ぶには、この異形の戦機人はあまりにも禍々しい姿かたちをしている。

 黒い戦機人は、古製代のそれをさらに華奢にした身体の線をしている。だがそれは、遠目には人体がそのまま巨大化したようで、彼女には気味悪くも見える。

 まるで飾り気のない意匠も違和感に拍車をかけている。関節の構造は驚くことに、筋肉の類を外面から一切見えなくしている。(つぼみ)のごとき肩覆甲からのぞく肩などは、大小の二重球体らしく、知られているどんな戦機人とも構造が異なっていた。

 そして、顔面の半分ほどだけが洗われた骨のように白く、黒との境目の輪郭はいびつに歪んでいる。左の手首から先にいたっては、いったい何のためなのか右手よりも一回り大きく、尖った指先とごつごつとした線をもった凶悪な意思を感じさせる。機能的な意味も無く、わざと左右の均衡を嫌ったとしか思えないものだった。

 ショアルはわけも分からずに違うと叫びたかった。何故だかは説明できないもどかしい情動が、彼女の胸をいっぱいにする。

 帝国の戦機人キョウカクが、三方から新参の戦機人を取り囲むように適当なあいだを空ける。アクロフォカに近づきつつあったパラカン帝国の空挺歩兵は、再び散開しながら後退して距離をとる。


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