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海図と批准書 2

 サラが漠土行のために用意した食料の余りと、傭兵で得たいくばくかの金銭を馬面の男に渡し、ヒルコ船が停泊している海岸方面を聞いてからヒルコ行列と分かれた。海岸にはヒルコ船の(はしけ)があるそうだ。ヒルコ行列はこの後もクシャス市内を巡回するらしい。

 再び一行は自走車に乗って海を目指す。

 霧の中に飛空艇港の発着場の建物の影が見えてきた。そこからさらに先に進み、海岸線に近い滑走路横、その草原(くさはら)の緩衝地の中を通る道の突き当たりまでくる。そこで一行は自走車を路肩に停めて車外へ降りる。ここからは現地の人の散歩用といった趣の歩道を通り、水飛艇の泊地の方へと向かう。艀はそこの桟橋に繋いであるらしい。

 右手に海岸線を置いて一行は進む。この辺りは護岸された地形になっていて、右に人造石の堤防が肩くらいの高さで前後に続き、霧の中に消えている。

「誰だ?」

 突然、ロペーチが霧の中に問う。いつの間にか右手で軽く脇下の大型ピストルの銃柄を握っていた。

「お待ちしておりました」

 サラには聞き覚えのある声のようだ。

「ミホメか?」

「はい。サラさんもお元気そうで何よりです」

 霧の中から四人の人影が出てきた。

 先頭は華奢というより、痩せっぽちな少女である。彼女の東方人らしい真っ直ぐな黒髪は腰上まであり、歳の頃はまだ十代前半くらいに見えた。着ているのは清潔だがみすぼらしい生成色(きなりいろ)の上下一つなぎの衣だ。

 少女は、その衣を色褪せた赤い太紐を腰帯びのように締め、前あわせを襟元まで閉じさせている。膝下の長さの裾からは棒のような足が伸びていて、素人作りの皮のサンダルを履いていた。

 彼女は人形めいた整った顔立ちをしていた。大きな両眼は盲目らしく、青く澄んでいて微動だにしない。少年の声に応えたものの視線の向きは彼から微妙にずれていた。

 ミホメと呼ばれた少女は、隣に両腕の無い波打つ栗色の髪をした女性、背後に額が瘤のように出っ張った大男と、背の高い金髪の女性を従えていた。

 まさしく従えている風で、幼いといっていい容姿だが、しっかりと屹立した雰囲気である。実際の姿勢も良く、頭をもたげて真っ直ぐ立っている。

「初めましてショアル内親王さま。わたしがヒルコたちの代表をしているシンビュウ・ミホメです」

「え?」

 ショアルは戸惑ったような声を出した。彼女はどうして相手が自分の名前を知っているのか分からなかった風に見えた。これはショアルだけでなくバレル聖国関係者に共通したでも認識あった。ナガン神王族の情報統制から肖像写真などは一般的には出回っていないはずであり、私的な写真さえ撮らないようにしているくらいだ。

 むろん、そうはいっても各国の諜報機関やテベル同盟内では知られているはずなので、それほど厳密には(こだわ)っていない。他国の戦機人鍛冶の親方に氏名を明かしたのは例外中の例外であるが、本国ならこの程度ならば当たり前なのである。

 外交使節として国外に出たのならば、各国関係者に顔を知られてしまうのは想定内だ。そのための巫女王でなく内親王であるショアルの外交活動なのだ。

 しかし、そうだとしても、ヒルコの少女が簡単に顔を知っていて良い人物ではない。しかも、少女は盲目であるらしい。

 それにもまして、目の前の少女はどう見ても十二、三歳くらいにしか見えないこともある。代表というのは()に落ちないことでもあるだろう。

 ショアルも改めてそう思ったらしく、戸惑っているような表情から、隣に立っている栗色の髪の女性を問いかけるように見る表情に変わる。この女性も若く二十代半ばに見えたが、歳相応に落ち着いた雰囲気であった。

「あっ、わたし? エレノア・シュタクリーニっていうんよ。ミホメの右腕を務めているわ。両腕あらへんけどね、にゃはは。参謀とか知恵袋ってとこかな」

 見た目に相違して彼女は軽い口調だった。

「おでは、シャープルだど。ミホメざまの護衛どがいうやづだど」

「あんたたち問いかけの意味を取り違えているわよ。ミホメ様みたいな小さい子がどうして代表なのか? って疑問に思ったのよ」

 西方人に見える金髪の女性は、一見すると何の障害も体に無さそうだった。背が高く健康そうな薄桃色の肌つやをしている。

 ショアルには、それがまた疑問で混乱しているようだった。ヒルコというのは不具者の集まりではなかったのだろうか、そう彼女は思っていたのだ。

 その疑問を感じ取ったのか、ミホメが彼女の名を告げ、健常者に見える理由も教える。

「彼女はルクレツィア」

「ただのルクレツィアよ」

「おでもただのシャープルだど」

「彼女はヒルコ島でヒルコの両親から生まれたけど、体に不具が無かったからヒルコには見えません。それで彼女もわたしの護衛を勤めてもらっています。ヒルコの中では、たぶん一番腕がたつんじゃないかと思ってます」

「まあ、銃の腕って意味でね。素手ならこの大男だし、そこのサラは何それ? っていうようなモノ持っているしね。で、どうしてミホメ様が代表かっていう話しだけど……」

 ルクレツィアが途中で口ごもってミホメを見る。

「わたしこれでも十五歳です、たぶん。何年か前からこんな感じらしいから、もう大きくなれないかもしれないけど……それと、わたしが代表を務めている理由は、わたしが未来を()ることができるからです」

「えっ?」

 ショアルが眼を丸くした。あまりにも胡散臭過ぎる、そう彼女は思ったのだ。

 今まで黙っていたサラが唐突に口を開く。

「嘘臭いが、一応は本当のことだ。イスタールのアハト・バジャスタン市に落とされた新型爆弾の話は聞いているだろ」

 数日前から、イスタール降伏の報とともに、皇都アハト・バジャスタン市を逃れてきた戦災難民たちの流入が始まった。難民の総数は惨劇を示すように少なかったが、彼らの口からアハト・バジャスタン市で起こった新型爆弾による無差別大量殺戮の情報が、クシャス市にもたらされていた。

 また難民には酷い有様の罹災傷病者も含まれていて、すでにその中の少なくない人数がこの地で亡くなってもいる。聞き取り調査に訪れたものは、あまりの惨たらしさに色をなくしたり、堪え切れず落涙したりした者もいるという。

 これによって現在、市上層部と各国のクシャス駐剳(ちゅうさつ)の在外公館員たちは、騒乱じみた情報収集と各所への連絡に忙殺されていた。

 ショアルもその話は知っていたらしく、表情が沈鬱に(かげ)る。

「ええ、まあ」

「おれがバジャスタンを脱出して難を逃れたのはミホメの予言を知らされたからだ」

「そうなんだ……あれ? どうやって伝えてきたの」

 ショアルは首を傾げた。サラは一人で漠土をクシャス市に向かっていた。そしてシンビュウ・ミホメと名乗った少女はヒルコ船に乗って洋上にいたはずである。

「わたし、その人のことを想えば、どんなに離れていても〈魂の姿〉をその人の心の中に送り込むことができます」

 特に自慢げでもなく、ミホメはそう言った。

「あらあらまあ」

 言に戸惑うナガン人関係者の中で、サビヤだけは口元を手で覆うようにして嬌声じみた声を出した。むろん場違いな為にみなに無視された。もっとも、言われた当人のミホメだけは微笑を浮かべていたのであるが――。

 しょんぼりとサビヤがうなだれるのを見て、ヒルコの一人である金髪のルクレツィアだけが、ようやく口元を(ほころ)ばせる。

 はにかんだ様子のままミホメは言葉を続ける。

「そうした不思議な〈力〉があるから、代表を務めているんです。嘘臭いかもしれないけど」

「そうなの。えーと…………サラ、あなたの嘘臭いという発言、根に持たれているわよ。言葉は選んだほうがいいわよ」

 ミホメが顔を曇らせる。

「サラですか……短い時間でずいぶんと仲良くなったのですね」

「そうなのかな? うーん、多少は仲良くなったのかな。最初はケンカみたいな感じになっていたけど。それに比べたらそうかもね」

 サラが慌てたのか早口気味に言葉を口にする。

「あれは姫様が突っかかってきただけだろ。最初が少し険悪だっただけで、特に仲がいいわけじゃない」

 ショアルが行儀悪く腕を組んで見せ、少し意地悪そうに笑う。

「姫様? あなた、さっきはショアルって呼んでいたじゃない。別にそう呼べばいいでしょう?」

「偉いお姫様を名前で呼んでいたんですか? サラさんの方も」

 サラがあからさまに眉をしかめる。

「いや……たまたまだ。なりゆきだ」

 ショアルも特に何もなく、腕を解くと彼の言葉にあっさり同意する。

「そうそうなりゆきでね。別に特に内親王とか巫女姫だからって構えなくていいわよ。ミホメちゃんもショアルでいいわよ」

「はははっ、嬢ちゃんもそう呼んでくれ。この姫さんはこの通り、元気で脳天気であっけらかんとして、まるっきりなんにも考えてないからな。それでいつも巫女王の姉姫様に大目玉もらっているし」

 後からからかったロペーチの声にショアルは振り返る。

「ちょ、ちょと何よソレ!? いくらなんでも、あまりに酷い言いようじゃない!」

「違うのか?」

「違うわよ!」

「そうかぁ?」

「そうよ!」

 ショアルがロペーチと並んで立っていた護衛の一人に視線を向ける。彼は目をそらした。続けて彼女は、その隣のもう一人の護衛に目をやる。彼も目をそらした。彼女の斜め後のサビヤを見る。やはり目をそらした。

「ど、どういうこと!?」

 隣に立っていたサラをショアルは見る。視線の圧力が上がっていた。

 サラが彼女の視線を受け、たじろいだ風に軽くのけぞる。

「い、いや、明るくて誰にも分けへだて無く気さくで……いい性格だと思う」

「そうでしょう、そうでしょうとも、って脳天気とかのあたりはサラも否定はしないの?」

 サラもとうとう目をそらした。

「みんなして……」

「そうだミホメ、おれに何か話しがあるって言ってたな」

 サラがミホメに向き直った。少女は生真面目な顔で頷く。

「はい。ヒルコ島の帝国軍をテベル同盟の協力で倒せないか頼もうと思って」


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