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昼下がりの影は濃く 1

 巨人のミイラに取りつくようにして調べるデュバンなのだが、だんだん焦りなのか、行動がせわしなくなってきた。

「無い、無い、無い。至源炉が無い。いったいどこにあるというんだ。そんな馬鹿な、至源炉も無く戦機人が動くものか」

「あっしも何か見落としがないかと何度も調べなおしたし、背中も切り開いてもみたんですけどね、どうしても見つからない」

 戦機人鍛冶の親方が言うには、すでに見た目からして帝国製戦機人の中身は異常なのだそうだ。帝国製以外の新製代の戦機人は、金属の内骨格を中心に、培養キメラ筋肉、外部装甲の階層構造なっている。関節部分や筋肉の間からは内骨格が視認できる構造となっているのである。

 しかし、この戦機人は外殻の装甲を外しても、内骨格が直接には見えないのだった。培養キメラ筋肉と皮膚のようなもので完全に内骨格を覆っている。

 まるで人体そのもののように、である。

「いや、しかし有り得ない……そうだ漠土で黒い戦機人がこいつら三領を撃破したときに確かに瘴壊爆発した。そうだ確かにした。至源炉の存在無くして瘴壊爆発は有り得ない」

「それでも実際、無いんですよ、至源炉がどこにも」

「そうだサウラヲミ殿!」

 デュバンが辺りを見回すと彼の姿を工場の隅に見つけ、急いで近寄っていった。サラは疲れていたのか、工場の隅に置いてあった小さな脚立に腰掛けていたのだが、彼が近づくと立ち上がる。

「聞きたいことがある。君は漠土の戦いで帝国の戦機人を撃破したとき、瘴壊爆発を引き起こした。そのとき、いったいどこを破壊したんだ。あの黒い戦機人の手で貫いたときだ」

 デュバンもその光景は目にしているが、なにぶん極度に緊迫した状況であったし、そのおぼろげな記憶でも漆黒の戦機人の背中越しにあった行動だったので良くは分からない。ただ、その時に疑問を持たなかったという事は、特殊な場所を刺し貫いて瘴壊爆発させたようには見えなかったという事であろう。今、彼はそう思い至ったのだ。

 サラが目深に被られた漠土マントのフードの下で目を伏せて力なく首を振った。今日は漠土ターバンをしていない。

「あの時、そのまま手を突きこんだだけで、何も変わったところは無かった。普通に胴体を串刺しにしただけだと思う」

「いや旦那、それであっしは思ったんですけどね」

 いつの間にかデュバンの背後に立った親方が言葉をかけてきた。

「培養キメラ筋肉にまつわる伝説をご存知ですか? あっしら新製代の戦機人をあつかう者には禁忌にあたる行為があります」

 二人の会話が始まったと見て、邪魔しては悪いと思ったのかサラはその場から離れる。デュバンはそんな彼に一瞬目を走らせるが、何も言わずに親方の話を聞き続けた。

「その一つですけど、けして培養キメラ筋肉をどこまでも成長させるな、というもんでさぁ。その禁忌だか戒めだがの話しなんですけどね」

「それは……」

「まあ、そのギィ古王国の祭祀だったっていうナガン神王族を戴くバレル聖国の方々にあっしがいうのもなんですけど。伝説の島アダカにあったとされる黄金の都市ラパ・ルバンバの話しでさあぁ。培養キメラ筋肉を発明したとされる滅びた人々の言い伝えです」

 話とはこういうものだ。

 ラパ・ルバンバの城塞都市の近く、敬虔なる巡礼者ハムという者がいたとされている。その男がある時、不思議な深い井戸の底から壺のようなものに納まった肉片を持ち帰った、という所から伝承は始まっていた。

 巡礼者ハムは、その地方に発したエーテル雲から落ちたエーテル水に、偶然からか肉片を浸してしまう。すると肉片はそれを吸って少し大きくなり、さらに与え続けると指にまで成長した。

 妻シリアの制止を聞き入れず、巡礼者ハムは何かにとり憑かれたようにエーテル水を与え続ける。やがて、肉片は夜の闇のような巨人にまで育ってしまった。

 闇の巨人は巡礼者ハムを親とも慕っていたが、生来の邪悪なものだった。ハム本人を除き、妻シリアを含めて村の住人を皆殺しにして食べてしまった。そうしてラパ・ルバンバの近隣の村々を回り、その(ことごと)く殺して食したという。

 事態を知ったラパ・ルバンバの一千の装神甲人を束ねる黄金人の王は、ギィ古王国のすべての装神甲人を派遣したのだが、闇の巨人を打ち倒すことが叶わなかったという。王は殺され、国土も荒れ果て黄金の都ラパ・ルバンバも破壊される。そしてギィ古王国も滅亡した。

 やがて荒野の賢者が一計を案じ、たくさんの酒に酔わせて寝込んだところで燃える水をかけて焼き殺すのだが――。

 そして、その焼け残った肉片から今世界にある培養キメラ筋肉のすべてが生まれたというのである。

 その焼け残った闇の巨人の肉片を育てたものこそ、呪われた巡礼者ハムであり、新製代戦機人鍛冶の祖であるという。

「確かにその話しでは、闇の巨人は培養キメラ筋肉から育てられた物で、至源炉を組み込んだ戦機人とは違う。けれど、それは御伽噺(おとぎばなし)の類だ。さすがに短絡過ぎるよ、親方」

 デュバンは途方にくれる。おそらく新造されたであろう至源炉の実物さえ見れば、何とかナガンの地で製造できはしないかと彼は考えていたのだが、鹵獲した帝国製戦機人から至源炉が出てこないとは思わなかった。

 かえすがえす残念なのは、サウラヲミ・サラが帝国の戦列砲艦を瘴壊爆発させてしまったことである。あれさえなければ、帝国の使用している至源炉がどういったものか、現物で確認することができていたはずだった。

 デュバンは目前の巨人を睨む。ほんとうに醜悪な姿をしていた。どうかするとデュバンは吐き気さえ覚えるほどだ。

 いや、実際に装甲を外されて新製代戦機人の悪臭が強くなり、心理状態の悪化とあいまって、デュバンは軽い吐き気を覚えていた。

 装甲を剥かれた戦機人は身体バランスが六頭身半ほどに見え、太い足は体の三分の一ていどと短く、手が比較的長めだが掌は普通の大きさだ。人間なら腹腔にあたるところに鉄籠状の操鞍腔の下部があり、その上の肋骨の一部が切り取られたようになって、代わりに鋼鉄の外縁がつけられている。まるで解剖されて臓器をすべて摘出したかのように見える。

『人に似た生物を素体として戦機人を造ったようにしか見えない。だが、こんな生物が実際に存在するのだろうか? いや、これは本当に生物なのか?』

 デュバンにはあまりに不可解だ。パラカン帝国はいったいどこから、この戦機人の中身の巨人めいたものを見つけてきたのだろう、そう思う。

 このような生物が存在するならば、必ず世界に知られているはずだ。だが、まったくもって彼は聞いたことも見たこともない。

 ならば生物ではないとデュバンは仮定する。しかし、それは実際に実物を目にすれば、ちょっと考えられない事だった。

『おそらくパラカン帝国によって創られたのだろう』

 そう結論づけるしか納得のいく説明は思いつかないし、おそらくそれが正解だとデュバンは確信できる。

 強い胸苦しさを覚えている自分にデュバンは気づいた。息を吸っているのに肺に空気が入ってこないような感覚だ。未来に対する恐怖にも似た、その大きな不安が胸を苦しくさせているとは、彼にも判っていたが、だからと言ってどうなるものでもない。

 デュバンは深く息を吸いながら目をつむり、あまり先のことは考えず、今やらなければいけないことを考えた。

「親方、明日にでも早々にこいつの処分をお願いします。あまりこのままにしておくのは止めたほうがいいでしょう。解体しながら検分の続きをやって、動機体(どうきたい)は精製燃素かコークスを使った高温の焼却炉で燃やしましょう。内骨格が残れば砕いて海に投棄します。装甲は溶鉱炉行きでいいでしょう」

 親方も無駄なことは言わないで、簡単に打ち合わせをして話しは終わった。


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