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鉄の玉座に拘束されし 3

「いけませんや旦那、こいつぁヤバイしろもんだ。ちょっと勘弁してくだせえよ」

 デュバンらが大破した帝国製戦機人を持ち込んだ町外れの工場(こうば)の親方は、羽布をめくってひと目見るなり、そう言った。

「そこを何とか頼むよ親父さん」

 目の前の五十がらみの小男に、デュバンが重ねて懇願(こんがん)する。だが戦機人修繕をする町工場の親方である彼は、あっちこっち油汚れの跡で斑になった皮の前掛けで、たいして汚れてもいない手をしきりに(ぬぐ)っているだけで答えない。その人の良さそうな丸顔も、困った表情を隠しきれずにうつむき加減だ。

 親方の後背には奥に細長い大きな建屋があり、開け放たれた大扉の向こうに一領の中製代の戦機人が、椅子に坐る格好で修繕作業を受けている。左腕の装甲を外されて鈍く輝く蛭型金属筋肉がむき出しになっていた。

 建屋の入り口近くに廃材らしき小山があったが、屋内は整頓されている印象だ。鎮座する戦機人の向こうからは、先ほどから旋盤を使って金属を加工する甲高い音や、鎚を振るって鉄板でも叩いているような音がしきりに耳に響いてくる。そういった作業場があるのだろう。

 むろん、新製代の戦機人も扱っているので、悪臭がそこはかとなく漂っている。しかし、培養液に漬けてのキメラ筋肉の保管や、蟲骸泥の密閉保管もしているらしく、それほど酷い臭いではない。むしろ長期稼動中の戦機人に比べれば薄い臭いだ。

 また、工場の建屋の左手は土が見える空き地になっていて、簡単な戦機人の動作点検ができるらしい。周りには人家の一軒も無い荒地で、こういった作業に向いた場所である。

 その空き地では一領の新製代戦機人が胸甲殻前面を開き、片方の膝をついた待機姿勢でいる。操鞍腔では徒弟らしき大柄な少年が、手持ち無沙汰にこちらを眺めていた。

「いやね、わたしらも戦機人鍛冶としてナガンの人たちにゃ長年世話になっているけど、こいつぁ紋章の類を塗り潰しちまっているけど噂に聞くパラカン帝国のもんだ。ほら新製代の戦機人なのに操鞍腔から外を見る操鞍窓が無い。あっしの知っている限り、新製代ものでそんな造りをしているのは帝国の戦機人だけだ」

「それは……」

 さすがにデュバンも言葉が無い。

「イスタールもあっさりやられちまいそうで、このクシャスだって明日あさってにゃ、どうなるか知れたもんじゃない。いや、わが身惜しさに、恩顧(おんこ)のあるデュバン艇長さんにそう言ってるんじゃないんですよ。あっしにも家族ってもんがあるんですよ旦那」

 この工場の親方とデュバンとは、戦機人関係の取引を通じた以前からの知己であるらしい。てっきり軍人だろうとデュバンのことを思っていたサラは、少し首を傾げた。後に聞いた話だが、バレル聖国は小国であり、軍事関係にまわせる予算もままならないのだそうだ。その為、飛空艇隊に所属している軍人は特に、外貨獲得の目的で出向して交易に従事している場合が多いのだという。

 白い飛空艇アクロフォカも立派なバレル聖国国軍飛空隊の所属艇でデュバン艇長は中佐位であり、実際に飛空艇に乗り込む現場組では最高位なのである。

 疑問なのはアクロフォカに国籍標識が無いという事だが、これはバレル聖国自体に存在しないためである。テベル同盟自体には有るので、同盟軍として行動する時にはつける事になっているそうだ。

「いや、しかしね親父さん。親父さんもひとかどの戦機人鍛冶だ。気になるだろう、大破した戦機人が操士も乗せずに動く理由は」

 工場の親方は腕を組むと眉間にしわを寄せて唸る。その間にも横手の荷台上では鋼縄と装甲が擦れる微かな音がする。

「とにかく! わたしたちもフォリドフォルがやられるなんて信じられないのよ。この戦機人はどうしても検分したいの」

 たまらず焦れた様子で横からショアルが口を挟んだ。

「フォリドフォル? フォリドフォルってまさか九聖装神甲の一つ、聖バレルの至宝と呼ばれる蒼のフォリドフォルのことかい」

「だったらどうだって言うのよ」

 口を尖らせたショアルの顔を工場の親方は訝しげに見ていたが、何か思い当たることでもあったのか、口調を改めてデュバンに尋ねる。

「デュバン艇長さん、こちらのお嬢さんはどちら様で?」

「……紹介をまだしていなかったですね。このお方はナガン神王家の第二巫女姫たるショアル・マリ・シィスティ殿下にあらせられます」

 デュバンの少し困った顔を親方は透かし見るように覗きこむ。

「ほんとですかい?」

 どこか不承不承の観を漂わせながら、デュバンは顎を引くようにして小さくうなずいた。

「ちょっと失礼ね! どこからどう見たって、そうとしか見えないでしょう」

「いやなんというかその……大変失礼しました」

 親方はそう言いながら慌てて平伏すると、地面に額こすりつけんばかりに頭を下げる。サラはその大袈裟な様に目を剥くのだが、他の者は平然としていて、それが彼らには当たり前の態度に見えるのだろうと思わせた。

「そのような事はどうでもいいのだけれど。それで検分して下さるの? さあ、立ってちょうだい」

 親方がショアルに言われるまま、顔を上げて立ち上がるが、および腰の雰囲気はそのままだった。

「親父さん、頼みますよ。他に当てもないし、親父さんほど腕のしっかりした職人なんてそうざらにはいないし。それに親父さんだって気になるでしょう、蒼のフォリドフォルが三対一とはいえ新製代の戦機人に遅れをとるなんて」

 このもの言いが自身でも気に入らないのか、デュバンが苦い顔をしていた。

「わかりました。ようござんす。あたしが検分いたしましょう。なに、とっととバラしちまってサッサと始末しちまえば、分かりゃしませんや」

 ようやく話がまとまると、親方はまず身じろぎする戦機人の動きを止めなくてはいけないと言い残し、せかせかした足取りで建屋の奥へ進んだ。それからそこにあった扉から外へ出て、別棟になっている人造石造りの大きな物置小屋に入る。

 親方は入ってすぐに右壁の点滅器を入れて電気灯を点け、薄暗い室内を明るくする。中は新製代戦機人に使われる培養キメラ筋肉の育成室になっていた。

 床にうがたれた幾つもの培養槽の中では、培養液であるエーテル水に漬かり、大きなキメラ筋肉が細かい泡を発している。壁際の棚に並べられた大小さまざまな硝子瓶や槽の中でも、それぞれに合った大きさのキメラ筋肉が培養されていた。

 親方は壁際の小さな立ち机の引き出しの鍵を開け、中から帳面を取り出して何やら書き込む。それを戻すと、親方は同じ壁の一角に掛けられた皮の防護服を手に取り、それを身に着ける。防護服は頭のてっぺんから爪先まで油光りする皮で覆われ、目元だけ硝子を嵌めたゴーグル風の作りになっている。

「くそったれ! やっぱ(あち)ィーな」

 文句を誰ともなく一つ言って、親方は巨大な注射器を棚から取り出した。続いて、すぐにそれを床に置き、一つだけぽつんと離れたところにある保管庫の錠を開け、そこから取り出した黒色の瓶のふたを開ける。

「さて、原液でぶち込んでやるか」

 親方はそう呟き、おもむろに瓶の中に注射器の針の先を突っ込んで、こげ茶色の液体を吸い取る。この液体はキメラ筋肉の成長を抑制する働きがあり、原液ならば人間を数滴触れただけで死亡させかねないほど、強い毒性がある。

 その為に、親方は大汗を掻きながら、こういった防護服を着て作業しているのだ。揮発性は無いために、慣れてくると手を抜いて防護服を着けない者も多いのだが、そういった事はきっちりする人物らしい。

 注射器を抱えた親方が建屋に戻ってきた。

「誰も近づかないでくださいよ」

 親方は大声で注意を言いながら、戦機人の前に進む。その後、すぐに身じろぎする戦機人の装甲の隙間から、親方は全身の筋肉に注射していく。しばらくすると戦機人は動かなくなった。

 この頃になるとショアルやデュバンらは、クシャス市執政官らとの会食の準備のために工場を後にしている。その為、工場の者を除けばこの場に居るのはアクロフォカの副艇長だというアクィナス・ウェルキンをはじめ、三人の艇員とサラだけだった。

 親方が奥に注射器を戻し、防護服も脱いで戻ってきた。防護服に染みこんだ臭いが移ったのか、少し離れたところからでも酸っぱい臭いがする。

 親方と徒弟で戦機人を固定している鋼縄を解く。天井吊り下げ移動式の巻上機の、建屋内側から外へ突き出した軌条部分、その突端へと巻上部を移動させる。ちょうど荷台に積まれた戦機人の真上の位置だ。

「いいぞ、もう少し。もう少し。よし止めろ! フックを降ろせ」

 親方たちは巻上機の鎖とその先のフックを降ろし、金属の巨人の両肩へと引っ掛ける。すぐに寸動で少し吊り上げて地切りをし、吊り具や荷の玉掛け状態に異常がないかを確認する。

 その後、戦機人をゆっくりと巻き上げてある程度の高さへ持ち上げ、それから慎重に建屋の奥に水平移動させて椅子状の固定台に坐らせるように置く。

 巨人の肩のフック掛けからフックを外し、そこへ台座の固定フックの位置を調整して連結させた。再び動き出すのを懸念して鋼縄で何箇所かも結わえる。

 親方はまずは装甲を外すことにした。帝国の戦機人だとひと目で分かってしまう装甲の類は、早く取り外して形を分からなくするに限ると考えたのだろう。

 戦機人の目の前に櫓状(やぐらじょう)の足場を移動させると、親方はまず特徴的な頭部甲に手をつける。レンチを頭頂の固定ボルトに差し込んで継ぎ手をしてレンチの柄を長くし、その柄尻を引っぱたくようにして緩め始た。

 その部分はサラの操る漆黒の戦機人によって大穴が開き、装甲も歪んでいるのだが、何とかボルトが回ったようだ。外したボルトを親方はぼろいバケツの中に放り込んでいく。十二本全部を外すと、ロープで頭部甲をぐるぐる巻きにして巻上機で吊り上げる。

「こいつはいったい……」

 親方は驚いてそう呻いたのだが、それっきり呆然の体で黙り込んでいる。

 そこにあったのは萎びた巨人の顔だった。皮膚の質感は、遺跡から見つかる古代人のミイラのような感じをしている。体毛の類は無く、閉じられた目蓋にもまつげが無い。鼻は溶けたようにぽっかりと穴だけが開いている。

 干からびた口元には使役獣に使うハミのようなものが噛ませてあり、その上から鉄の帯をボルト止めで厳重に封印している。奇妙なことに、漆黒の戦機人によって開けられたはずの頭部の穴が無かった。

 正確にはふさがりかけているのだ。剣突による破壊の痕は窪みとしてあるだけで、そのこねくったような肉と皮の表層の凹凸は、周囲から再生した肉が押し寄せたとしか思えなかった。

 醜悪である。

 人の顔を醜く歪ませた顔だ。苦痛を堪えるような肉のうねりが皮膚上にのたくっている。苦行を強いられる魂罪人(カントゥガリ)の顔だと、もともと東方人だったサラなどは思った。

 親方の周りに工場にいた数人全員が集まってきた。彼らは何か図りかねているように一様に押し黙って、目の前の奇怪な物体を見つめている。

 すると、頭部甲を外されて明るくなったことに反応したのか、それとも人の気配に反応したのか、巨人の目蓋が痙攣しだした。

「……目を開けるぞ」

 誰かが低くかすれた声で言った。

 全員が固唾を呑んで見守るなか、奇怪な巨人の頭部は目蓋を持ち上げた。

 そこにあったのは乾いて萎びた眼球だった。白く濁った半透明の表面から、その下の青い虹彩と黒い瞳孔が分かった。

「うわっ」

 たまらず誰かが小さな悲鳴を上げた。眼球が動き出したのだ。

 眼球がゆっくり右へ動いてそちらを見た。

 眼球がゆっくり左へ動いてそちらを見た。

 再び、ゆっくり動いて右を見た。

 瞳孔が焦点を合わせようとして大きくなったり、小さくなったりしている。

 不気味な沈黙だけがそこにあった。

 しばらくして、ようやく親方が近くにいた徒弟に唸った。

「ちくしょうめい。おい、抑制剤を持って来い。一番でかい注射器にたっぷりぶち込んでこい。原液のままだ」

 ◆◆◆

 デュバンたちは実りの無い昼食食が終わると、早々にクシャス執政官の館を後にして、街外れの工場に向かった。

 敷地に前でラマ馬車を止めると彼は急ぎ足で建屋に向かう。すっかり日の暮れた市郊外は風もひんやりと涼しく、草陰からは虫の音が聞こえた。

 扉の隙間からもれる建屋の明かりを背にした親方が、彼らを出迎えて立っていた。ずっと待っていたらしい。入り口の大扉が閉められているので、微かな明かりで判別しづらいのだが、親方はかなり疲れた様子である。

「艇長さん、やっぱりこいつぁとんでもないシロモノだ。今まで見たり聞いたりしたことのあるヤツとぜんぜん違いやがる」

 デュバンは親方を促すように工場の建屋に足を向ける。親方は足を引きずるようにして横に並んで歩く。

「それで艇長さんに調べてくれと頼まれていた至源炉の方なんだがね」

「やはり近年に製造されたものだったんですか」

「いや、調べるも何も、その至源炉の在処(ありか)が判らないんですや」

 驚いたデュバンは思わず立ち止まって親方の顔を覗き込む。

「本当ですぜ、旦那。あっしが口で説明するより実際に見てもらったほうが早い。まあ、ヤツを見てくださいや」

 親方はそういって建屋の扉を開いた。

 デュバンは強くなった明かりに足を踏み出す瞬間、彼は神の啓示を受けた預言者めいた感覚で、避けがたい苦難の道が自分と周りの人々の人生の前に広がっていることを確信した。

 不意にこみ上げそうになった涙をこらえ、彼の後についてきているショアルの若々しい顔をデュバンは見た。その肌はみずみずしく滑らかで、緊張でもしているのか神妙な面持ちである。

 出来れば彼女には、ここから先のものを見せたくないとデュバンは思った。だが、現実は甘んじて受け入れるしかない、という彼の信念のようなものが、逆に力強く足を踏み出させた。

 顔を向けた先には、残酷な啓示を彼に運んできた使者の姿があった。

 その奇怪な巨体は西方伝承に言う黒巨人族(ヘデスベダルム)の王のごとく、拘束されて鉄の玉座に座している。


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