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鉄の玉座に拘束されし 1

 サラは身じろぎする帝国製戦機人を少しあいた扉の向こうに見据えていたが、呼び出されたアギン右書記官長が現れたのでそちらに顔を向ける。デュバンが再び一通りの説明をした。

「……そうか」

 アギン右書記官長がそう答えたきり、黙考しだした。

 頃合いを見計らってデュバンが切り出す。

「姫様、アギン卿、わたしは何としてもこの帝国の戦機人を本国まで持ち帰りたかったのですが、もしこれ以上に動き出せば飛空艇を壊しかねない。尾翼を壊されでもしたら艇の墜落は必至です」

 デュバンが周囲の皆の顔を見回した。サラの顔に視線が少し長くとどまる。少年の表情に何を見つけたのか、見つけなかったのか、彼は目を細めて続けた。

「そして我々には、この気味の悪い戦機人が、この先どうなるか予測し得る判断材料が無い。残念ですがこの戦機人をあきらめるしかないと思います。鋼縄を切断して漠土に投棄します」

 デュバンの言葉に間髪を入れずショアルが反対する。

「待って、この戦機人を捨てないで! だってデュバン艇長言っていたじゃない、もしかしたらパラカン帝国が大量に至源炉を持っている理由が分かるかもしれないって。きっと大丈夫よ、わたしたちには帝国の情報が必要なのよ」

 サラは眉をしかめてショアルの言を聞いていた。彼女がいったい何を根拠にそういう判断をするのか、どう考えても理由と結論が繋がってない、少年はそう思っていた。その理屈の破綻(はたん)にサラはどうしようもなく苛立ちを感じてもいるのである。

 それから話し合いは続いたが、デュバン艇長はショアルを説得しきれずに折衷案(せっちゅうあん)を採ることにした。アギン卿はデュバンの判断を最優先する考えで口に出してそう言った。

「わかりました。ですがこれだけは承知してください、今から副長のアクィナスとバルロンで常時監視をさせます。もちろん定期的に状態を知らせる報告は入れてさせますが、もし戦機人の状態が急変してこれ以上は艇が危険だと彼らが判断した場合、わたしたちの判断を待たずに即時の処置をします。戦機人は鋼縄を切って漠土に投下します。いいですね」

「わかったわ」

「それと明日正午過ぎにクシャス市に到着予定ですが、戦機人を本国に持ち帰るかどうかはそのときに判断します。無理と判断したらクシャスで戦機人を降ろして検分します」

 デュバンが話しをまとめると、アクィナス・ウェルキンとバルロン・ソルヴスに細かい指示を出しはじめ、他の者はそれぞれの持ち場に戻っていった。サラもその場を離れる者たちの後について貨物槽を離れた。

 ◆◆◆

 正午過ぎ、飛空艇アクロフォカは眼下にクシャス市を望めるところへ、たどり着く。

 海洋に突き出た山峰に挟まれた半月状の平野、その海岸線に沿って市街地は横たわっている。後背には何本かの河川が蛇のようにきらめき、美しい農耕地や牧草地の緑が低い山の中腹にまで広がっていた。

 雲ひとつない快晴の空の日差しが市に降り注ぎ、都市は危難から逃れてきた彼らの目に蜜色に輝いて見えていた。

 飛空艇アクロフォカは、昨日の不時着地点からの離陸に無事成功すると、いったんは漠土を南西に飛んでいた。その後、西から東に流れる激しい気流に当たったところで真南に舵を切り、一気にそれを突き抜ける。それから西イスタリア海と大陸中央部(イスタリア)沿岸を翼下に見ながら西進して、クシャス市上空に達していたのである。

 真っ直ぐ本国のあるナガンの地へ向かえばよさそうなものだが、アクロフォカは無補給で帰りつけるほどの航続距離がなかった為の航程である。現代の飛空艇の性能では、無補給飛翔を目的として特別に設計された飛空艇でなければ不可能な距離なのだ。

 それに、何よりも不時着させられた艇体の状態と、ひとりでに動こうとする積載物への懸念がある。

 艇長座からデュバンが着陸準備の指示を出し、各所から艇員の復唱の声が威勢良く返ってくる。クシャス市までくればナガンの地まではもう一息である、誰の声にも安堵の高揚が(にじ)んでいる。

 主艇室の一番後ろでは、一人の艇員が机の上に設置された小さな機械の取手を上下に忙しく動かし、小さな打突音を連続させている。規則性のあるその音は軽快で、左隣のその様子にサラは目を引きつけられた。

 その動作が終わってしばらく経つと、今度は機械がひとりでに動いて、取手の横の小箱から小さな穴が無数に開いた紙の帯を吐き出した。よく見ると穴は長短があり一列に並んでいる。係りの艇員は帯を手にとって目を通していくと艇長へ報告した。

「クシャス艇港より入電。エーテル水採取艇出港中、着陸しばし待て。以上」

「わかった。了解と打て。あれは鈍いからな。あれだな。よし、いったん艇を大旋回させろ」

 艇は左旋回していたので、右座列のサラの目にはエーテル水採取艇がしばらく見えなかった。ほどなくしてエーテル水採取艇が高度を上げ、アクロフォカ正面の窓から斜めに見えるようになる。遠目にもその雄大な艇影にサラは目を奪われた。

 クシャス市所有のエーテル水採取艇は巨大な硬体風艇(こうたいふうてい)である。不燃気体入りの硬式風袋(こうしきふうたい)の下に、何本かの円筒状のエーテル水貯留槽(ちょりゅうそう)を持っている。貯留槽は風袋に比べればこぢんまりとして見えるが、実際にはかなり大きなものだった。

 エーテル水採取艇は揚力を生み出すような大きな翼はない。舵となるらしい小型の翼がいくつか見えるのが目立つくらいだ。揚力は厚皮を剥いた柑橘のような風袋部の中に詰まっている、空気より軽い不燃性の気体で得ているのだそうだ。その為に浮揚機はいらない構造をしている。

 操舵室は小さな吊りかご型で貯留槽の下にある。四方を硝子窓が囲み、見晴らしは良さそうである。船の推進に関しては、操舵室の両脇から左右に伸びた細長い腕の先に、ずんぐりした圧推モーターが付いていた。

 これからエーテル水採取艇は、クシャス市からほど近い雲田に行くことになっている。そこで圧推モーターを待機出力に落として艇体を浮遊させ、空一面に広がる雲田に何百メルトもある細長い採取管を下ろし、燃焼源物質である〈エーテル(むし)〉を吸い上げるのである。

 雲田とは力を宿した極微細な生物エーテル蟲の群生態である。このエーテル蟲から可燃液体を抽出したものが精製燃素である。一般的な飛空艇の燃料だ。

 クシャス市が盟主的な立場である沿海州四ヶ国は、近隣にエーテル水採取に適した良質の大雲田地域を抱える交易国だった。元々は大イスタール皇国の地方太守が治める四都市の一つだったが、敵対関係だったテベル同盟諸国との交易の便宜(べんぎ)をはかり易くする為に、百年ほど前に四都市とも行政自治市となった。その後、五十年ほど前には朝貢義務だけの自由市となり、国際的に都市国家として認められている。

 市の政体は有力商家の代表による十五人委員会と、そこから選出された三人の執政官による寡占合議となっている。執政官には序列があり、権限も第一位のものが一番高く、その役職者がクシャスの国家元首である。

 他の三ヶ国中の二ヶ国は似たようなものだが、一番小さな一国だけは、名門都市貴族の一族が総督と呼ばれる世襲元首をしていた。

 また、クシャス市には元宗主国のイスタール高等弁務館や、パラカン帝国、西方列強各国の公使館、テベル同盟の外地政務別館がある。同盟諸国などは各国で商館も持っていた。

 エーテル水採取艇が南に向かって遠ざかる。アクロフォカは進行方向を滑走路の向きに合わせ徐々に高度を下げていき、生物が死滅したといわれる緑玉色の海にひらめく影を泳がせる。

 風の速さで駆ける影は灰黒色の波打ち際を一足に越える。瞬く間に草地も越え、平らな赤土の滑走路上に達する。影はそこで急に大きくなり、その上に覆いかぶさるようにして飛空艇の巨体が舞い降りた。

 アクロフォカは、大型艇らしくほとんど跳ねずに赤土の上に吸い付き、車輪の舞わせた土埃(つちぼこり)も艇の速度が落ちるにしたがい、微かなものとなる。クシャス市の滑走路はかなり大きなもので、圧推モーターの制動噴射も使わずに艇は減速を終えた。

 手旗を振る艇港員の誘導にしたがって駐艇場に進み、あいだを空けて並ぶ色とりどりの飛空艇の列にアクロフォカは加わる。

 駐艇する飛空艇は弓月と盾星の紋章から、イスタール民間のものが多いと判った。戦乱を避けて国を脱出してきたものと思われた。中には緑円黄丸に六芒黒星といったイスタール軍の国籍標識をつけたものもあるが、これはごく一部で武装も解除されているようである。飛空艇丸ごとの脱走かもしれない。

 駐艇場にはさまざまな飛空艇が翼を連ねていた。ずんぐりした交易艇やいくぶんほっそりした形の高速輸送艇、小型複座の連絡艇らしきものもある。

 誘導路を挟んだ隣には、この艇港に属する飛空艇と整備用の格納庫が、なだらかな朱色の三角屋根を連ねる。手前の開け放たれた大扉の向こうで、緑と橙色の大型艇が整備を受けているのが見えた。

 また、左手に隣接する人工の海岸線を持つ入り江には、水飛艇の尾翼が立ち並んでいるのも見えた。水飛艇の泊地となっているのだろう。

 艇が完全に停止するとデュバンが座から立ち上がり、ショアルの方に身体を向けた。

「ショアル姫、今のうちに言っておきますが、我々は後ほどクシャス市の役職に(あずか)る方々に招かれると思います。その時、その席上では、けして軽はずみなことを言わないように願います」

「軽はずみって?」

「たとえばテベル同盟との軍事協力などです」

 ショアルが眉をひそめた。

「どういうこと?」

「いいですか、はっきりと申し上げますけれど、テベル同盟には沿海州を守護する力がありません。思っていたよりもパラカン帝国の力は強大です」

「でもここは最重要な場所だって。エーテル水の補給とか食糧輸入とか、南方路の要でイスタールの支配国だった昔はここを拠点に何度も攻めてきたのでしょう、イスタールが」

「確かに沿海州を軍事拠点にされるのは非常に不味いことです。ですが、ここはナガンの地から遠すぎます。もし帝国がその気なら、たぶん早々に軍門に降るでしょう。沿海州諸国が保有する戦力もイスタールの足元にも及びません」

「それは、そうかもしれないけれど」

「イスタールも風前の灯です。パラカン帝国にすぐに負けてしまうでしょう。その後のことです、今の我々の飛空艇戦力では、沿海州四ヶ国を守護することは無理なのです」

「そんな! 見捨てるってことなの」

 眼を見開くショアルをデュバンが諭す。

「ここはテベルの盟約に連なる国ではありません」

「でも長年の友好国を援助しないなんて」

「それに、いくらこちらが働きかけようともクシャスや沿海州各国は応じませんよ。沿海州四ヶ国にとって帝国への正面きった敵対など自殺行為ですからね。彼ら自身が望まないはずです」

 ショアルの帝国に対する敵愾心に満ちた真っ直ぐな視線が、デュバンに向けられる。

「他国に支配されるのを(よし)とするなど、どこの国人でも思うはずがありません」

「彼らは我々誇り高きナガン人とは違います。商人の民なのです。利の無い戦いなどけしてしません」

 デュバンとショアルの会話はここで終わった。飛空艇の開けた昇降口についていた艇員から、クシャス市の艇港監督官主席の到着が告げられたからである。


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