下校前
スっと冷たい風が柔らかく額に当たる。目を一度閉じる。すぐ開ける。もうすぐ六時間目の終わりのチャイムが鳴る。
昔中国に生きていた人たちは、こんな風に一日中椅子に座って、大人の話を延々聞いていたりしたのだろうか。切れきっている集中力では漢文を追うことなどできない。ごつごつとした黒い塊をざっと目で撫でる。教壇から念仏のような声が反響して聞こえてくるだけである。
伏せた目から覗く視界の端の白いカーテンが、少しだけ呼吸している。運搬トラックの高いバック音が、すぐ近くから聞こえてくるかのように耳に入る。前の席の奴が右手で左肩を掻く。その後は動かない。自分はまた瞬きをする。
体を一時間硬直させていると、ここに体はないような気さえしてくる。前の方には首を上下させている奴が数人いる。別に誰も咎めないし、そんな気もない。しかし一時間起きていたのにここで寝るのはなんとなく癪であるし、後ろの席とはいえ机に突っ伏すのは何故か少しやりずらい。
ふと思い立って、椅子を引いてみた。椅子の四本足と床の摩擦音がつかの間教室の中に異質な音として混じり、直後溶ける。その椅子を引いた一瞬、足に感覚が戻り、筋肉が使われ、肩が今までのポジションからずれ、浮いたような気がした、背筋が自然と伸びていた。鼻が大きく空気を吸う。木の皮と、湿った草の匂いがさわやかなものとして脳に侵入する。
自分だけが今、教師の声をはっきりと一音一音捉え、かすかなカラスの声を認識し、授業が最後の問三の解説をしていることを理解している。自分一人が顔を上げ、今この一秒一秒を進んでいる。そんな感覚が来た。さわやかであった。
チャイムが鳴った。
教室は五十分前の賑やかさに戻っていった。




