第17話 発光体
「……嘘、でしょ……っ!? 体が……霧、なの……っ!?」
割れた兜の奥から溢れ出す、どろりとした漆黒の靄を見て、彼女は絶望に顔を歪ませる。
「血も、肉も、骨も……何一つ、実体がないなんて……っ! 」
「そんなの……そんなの、どうやって倒せばいいのよ……っ!!」
「オラァ!」
ゼンの拳が霧を貫く。しかし次の瞬間、黒い霧はゼンの腕にまとわりついた。
それはジワジワと皮膚を蝕み、じゅうじゅうと肉が焼ける嫌な音と匂いが立ち上る。
酸で溶かされるような激痛が腕を襲うが、ゼンは眉一つ動かさない。
「……なんだぁ、これは面倒くせぇ……。」
もう片方の手で霧を振り払う。
しかし、散らばった気体は再び集まり始めた。
「おい!お前は勇者だろう!魔法とかなんかそういうのでなんとか出来んのか!」
捉えどころのない黒い霧が、周囲の空気を汚染していく。
物理的な打撃が霧をかき乱すだけで、その本体を捉えられないもどかしさが戦場を支配する。
ゼンの叫びが虚しく響く中、霧は蠢きながら、新たな形を成そうとしていた。
「ま、魔法……!? ああ、そうよ、私は勇者……! でも、こんな、手応えすらない相手に……っ!!」
混乱と焦燥に駆られながら、必死に聖なる力を手元に集めようとする。
「"光の力"で……何か出来るかしら……!? 試してみるわ!!」
"光の力"が効くのかどうか、自分自身にさえ疑念を抱きながら、震える手で聖なる力を練り上げる。
「お父さま…お兄様…お願い、私の光が……あの暗闇をっ!!」
シャロンが剣を掲げる。
全身から放たれた聖なる光があたりを白銀に染め上げた。
その光の奔流に触れた黒い霧は、まるで焼かれる雪のように激しく泡立ち、散らばろうとする霧の粒子を無理やり中心へと引き寄せていく。
混沌とした虚無が、光の圧力によって強制的に形を成され、再び一人の、冷酷な肉体を持つ魔王の姿へと凝縮されていった。
「……っ、はぁ、はぁ……! できた……! 霧を、実体に……っ!!」
光を放ち続けた反動で、肩を激しく上下させながら、必死に剣を構え直す。
「ゼン、今よ! 霧が固まったわ、今なら、今ならきっと……っ!!」
黒い霧が肉体を形成した瞬間だった。
「オラァッ!!」
ゼンは地面を蹴った。
一歩。
いや、踏み込んだ瞬間には、すでに魔王の懐にいた。
回転した身体から放たれた蹴撃が、魔王の側頭部を撃ち抜く。巨躯が大きくのけぞった。
「おい!とどめだ!剣を突き立てろ!」
ゼンの言葉に呼応し、シャロンは光の力を剣へと集中させ、黄金色に輝く刃を突き出した。
「これでおしまいよ、魔王ーーーーッ!!」
一撃にすべてを賭ける決意を胸に、光の奔流を伴った剣先が、実体を得た北の魔王の胸部へと突き立てられる。
突き立てられた聖剣の刃から、眩いばかりの光が魔王の体内へと奔流となって流れ込む。
実体を取り戻したばかりの黒い肉体は、その光に耐えきれず、激しく沸騰するように震え始めた。
魔王の悲鳴すら上げられぬまま、その体は粒子へと分解され、白い霧となって空へと蒸発していく。
「あ……ああ……っ!!」
目の前で魔王が霧へと還っていく光景に、言葉を失って剣を握りしめたまま立ち尽くす。
「消えていく……。私たちの力で、本当に、魔王を……っ!!」
勝利の歓喜よりも先に、極限の緊張から解放された脱力感がシャロンを襲う。」
「ゼン、……やったのね……。私たち、やったのよ……っ!!」
激闘の余韻が冷めやらぬ中、魔王が消え去った静寂が戦場を包み込む。
勝利の達成感と、極限まで使い果たした力、そして身体に刻まれた痛みが、一気に押し寄せてきた。
「どうして、倒せるって思ったの?」
「勘だ……。」
「……え?」
「しんど……」
ゼンは小さく呟く。




