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第2話:「やりがい」という名の猛毒、深夜のオフィスで踊る死神

1. 「優しさ」という名の壁


 スピリット・ロンダリングの課長、ベルゼブブは悩んでいた。中途採用したサトウが、どうしても「休まない」のだ。




「サトウ君、今日はもう帰りなさい。君のデスク、アロマの香りが足りないんじゃないか? メンタルケア休暇を3日あげよう」




 サトウは心の中で舌打ちした。




(休暇……だと? 甘い……甘すぎる。この課長、部下のタスク管理を『善意』でやろうとしている。そんなもので現場が回るか!)




 サトウは立ち上がり、あえて「悲劇のヒーロー」を演じた。


「課長……。僕は、今の自分に満足できません。リリィさんに優しくされ、定時に帰るたび、自分の魂が削れていくような気がするんです。僕は、誰かの役に立ちたい。『君にしかできない』と言われたいんです!」


「き、君にしかできない……?」




 ベルゼブブ課長の目が泳ぐ。これまで「誰でもできる仕事を、みんなで楽しく」がモットーだった彼に、その言葉は劇薬だった。






2. ブラック企業あるある:その1「自己成長の強制」


 サトウは翌日から、リリィを含むチームメンバーを集めて「勉強会」と称する儀式を始めた。




「皆さん、今の仕事に『ワクワク』していますか? 魂の回収は単なる作業ではありません。**『顧客(死者)の人生の集大成をプロデュースする感動体験』**なんです。もっと自分をアップデートしませんか?」




 サトウが配ったのは、キラキラした文字で書かれた手作りの冊子。




『死ぬ気でやれよ、死なないんだから』




『感謝の正拳突き10000回から始まる朝のミーティング』




『限界は、嘘つきの言葉だ』




「さあ、みんなで唱和しましょう! 『現状維持は退化なり!』」




 純粋な死神たちは、サトウの迫力に押され「げ、現状維持は退化なり……!」と復唱し始めた。







3. ブラック企業あるある:その2「ステルス残業と連帯責任」


 サトウの策略は止まらない。彼は「自由参加の親睦会」を22時から開催した。




「これは仕事じゃありません。ただの『飲み会』です。……あ、でも、ついでに明日の会議の資料、みんなで揉んでおきませんか? 飲みながらの方が、クリエイティブなアイデアが出るでしょう?」




 拒否権はあるはずなのに、サトウが**「あれ? リリィさんは参加しないんですか? チームの絆、大事だと思ってたんだけどな……。まぁ、強制じゃないからいいですよ」**と寂しげに笑うと、責任感の強いリリィは断れなくなった。


 さらにサトウは、あえて「終わるはずのない量」のタスクをリリィに振り分ける。




「リリィさんならできる。これは期待の証です。もし終わらなくても、僕が一緒に残るから。……僕たち、チームですもんね?」




深夜2時。




 静まり返ったオフィスで、青白いモニターの光に照らされるリリィ。その隣で、サトウは優しくエナジードリンク『ヘル・モンスター』を差し出す。




「リリィさん、見てください。この静かなオフィス。世界を独り占めしている気分でしょう? これが**『ゾーン』**ですよ」


「はは……。サトウさん……。私、なんだか、すごく『仕事してる』って感じがします……。脳が痺れてきました……」




 リリィの瞳から光が消え、代わりに社畜特有の「ハイな輝き」が宿った瞬間だった。





4. ブラック企業あるある:その3「数字のマジックと詰め」


 一週間後、スピリット・ロンダリング社の雰囲気は一変していた。


 壁一面に貼られた**『今週の魂回収ランキング』**。最下位には赤い斜線が引かれている。


 朝礼では、サトウがベルゼブブ課長の横に立ち、冷徹に数字を読み上げる。




「Bチームの皆さん。目標達成率80%。……これ、どういうことか分かってますか? 80%ってことは、20%の魂を見捨てたってことですよ。皆さんの優しさは、どこに行ったんですか?」


「す、すみません……次は頑張ります……」


「『頑張る』じゃなくて『どうやって達成するか』を、今この場で、全員納得するまで話し合いましょう。……あ、定時になりましたが、当然、終わるまで帰れませんよね? 『納得』が大事ですから」


「はい……!」




 かつて15時に無人だったオフィスは、今や深夜まで煌々と明かりが灯り、怒号と涙、そして「やりがい」という名の狂気が渦巻く魔窟へと変貌を遂げていた。






5. あの世の王、動く


 この異常事態は、当然、最上層部にも伝わる。


 漆黒の玉座に座る「あの世の王」の元に、報告書が届いた。




「……何だ、この数字は。魂の浄化効率が前月比で1,200%向上しているだと?」




 王は震えた。怒りではない。欲望にだ。




「この『サトウ』という男……連れてこい。もっと、もっと効率を上げられるはずだ」




 その頃、サトウは給湯室でリリィに「休日出勤の素晴らしさ」を説いていた。




「いいですか、リリィさん。日曜日に出社して、誰もいないオフィスで独り言を言いながらキーボードを叩く……。これが大人の贅沢なんです」




 サトウの顔は、生前よりもずっと活き活きとしていた。


 彼にとって、ここは地獄ではない。**最強の「遊び場」**なのだ。





■今回登場した「ブラックあるある」


「やりがい」の搾取: 仕事を「自己実現」や「感動体験」にすり替える。




強制ではない「親睦会」: 参加しないと空気が悪くなる、実質的な拘束。




チームの連帯責任: 自分のせいで他人に迷惑がかかると思わせる心理的重圧。




詰め(ロジハラ): 感情を殺し、数字を盾に精神的に追い詰める。




深夜のテンション: 疲労が限界を超えた時の、謎の万能感。




過剰な数字は誰かの犠牲によって成り立っている。






■次回予告

第3話:「36協定? なにそれ美味しいの?」


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