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第1話:死んだらホワイト企業に就職してました。

1. 終焉と、静寂の目覚め


「……あぁ、これ、明日までに終わんねぇな」


それが、佐藤(27歳・営業職)の最後の言葉だった。




 気が付いたら光に包まれていた。




 (……ここはどこだ? 早く資料まとめないと)




 記憶を整理する。


 俺は誰もいないオフィスで積み上がった書類の山を片付ける為、深夜遅くまで残業をしていた。確か深夜の3時頃だったと思う。




 その辺りまでは何となく覚えてる。


 で、なんか心臓が変な動きをしたと思ったら“ここ”にいた。


 やけに眩しい。


 少しづつ目が慣れてきた。


 目を細めながら辺りを見回すと、目の前には雲のように白い大理石のカウンター。そして、信じられないほど穏やかな微笑みを浮かべた爆乳の美女が立っていた。




「お疲れ様でした、佐藤様。貴方は現世での過酷な労働の末、尊い命を全うされました」




 佐藤は反射的に叫んだ。




「す、すみません! 今すぐ見積書作ります、課長には俺から謝って……!」


「落ち着いてください。ここは死後の世界。もう、貴方を縛る上司も、理不尽な納期も存在しません。貴方は選ばれたのです。死後のエリートが集う、最高の職場に」






2. スピリット・ロンダリング社へ入社


 案内されたのは、超高層ビルが立ち並ぶ美しいオフィス街。そこにある「スピリット・ロンダリング」という会社は、全宇宙の死者の魂を整理・浄化する、いわばあの世のインフラ企業だった。


 佐藤に与えられた条件は、生前の彼が見れば「気絶するほどの幸福」のハズだった。




■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


勤務時間:10:00~15:00(休憩2時間含む)


残業:法律で厳格に禁止。1分でも残れば強制送還。


休日:完全週休3日制+祝日+「なんとなく休みたい日」


福利厚生:社内食堂は三ツ星シェフが無料提供。昼寝専用個室完備。


■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■




「……なにぃ?! こんなに待遇の良い会社が世の中にあるわけない! これは罠だ。ライバル会社の人間の洗脳かなにかだろう。」




 佐藤は震えた。大学を卒業後、彼が経験してきたことは、罵倒され、人格否定をされ、そして罵倒され罵倒され続け、殴られ、理不尽に酒を飲まされ、人格否定をされ、苦痛に耐えることが仕事であり、劣悪な環境から脳が自分を守る為、劣悪な環境を最大の幸福であると、誤認識し思考停止になり、彼は完全なる“THE・社畜”として生きてきた。


そして、給料を貰えること、休みや有給があることを“悪”だと刷り込まれてきた。






3. ホワイトすぎる職場の「毒」


 入社初日。佐藤の指導係となった死神・リリィは、ふわふわとした羽根を揺らしながら言った。死神なのに可愛い顔をして、しかも爆乳だ。




 (そういや、受付の女の子やここのフロアの女性社員も巨乳か爆乳が多かったな。人事のシュミか?)




「佐藤さん、そんなに急いでタイピングしちゃダメですよ? 指が疲れちゃう。ほら、ハーブティーを淹れたから、30分くらい庭園を散歩してきてください」


「えっ、でもこの魂の選別作業がまだ……」


「それは明日やればいいんです。世界は逃げません。何より、貴方の『心の平穏』が一番の優先事項なんですから」




 リリィはその暴力的な胸を揺らしながら言った。周りを見渡せば、同僚たちはアロマを焚きながら談笑し、定時(15時)の15分前には片付けを始め、15時ジャストにはオフィスが完全無人になる。


 サトウの心に、どす黒い「渇き」が芽生えた。


(……15時に帰れる……だと? 普通は定時が来てからが本番ではないのか?! なんだこれは。こんなの、生きてる……いや、俺は既に死んでる……)


(俺の細胞が、叫んでいる。罵声が足りない。胃の痛みが足りない。常に胃薬常備でストレスマックス。上司に罵倒され、殴られ蹴られ、ありとあらゆる罵詈雑言を喰らわせられ、周りの同僚が辞めていき、そんな環境の中で生き残るこのカタルシス! 深夜のコンビニ弁当を買う時の俺は遅くまで仕事をしたのだという優越感! 納期に追われて脳汁が出る、あの感覚が……!)






4. 決意:この楽園を「戦場」へ


 一週間後。佐藤は鏡を見て愕然とした。


 肌はツヤツヤになり、隈は消え、表情は穏やかになっている。




「……これは働いているというのか?? 健康体そのものじゃあないか!! こんなのは俺じゃない!」




 彼は立ち上がった。


 ホワイトすぎて腐りかけたこの組織に、現代社会が誇る最強の劇薬を投じるために。


 彼は私物として持ち込んだ(死後の特典として具現化した)ノートパソコンを開き、あの世では誰も見たことがない「禁忌の書」を作成し始めた。


 タイトルは、『第1四半期・魂回収目標達成に向けた、※KGIとKPIの設定と進捗管理表』。




「ヌル過ぎる。こんなの仕事じゃねぇ。仕事ってのは自分の精神を削ってやるもんなんだよ。教えてやるよ、リリィさん。本当の『やりがい』ってやつを。……あの狂気の中にしかないんだ!」




 翌朝、佐藤は10時出勤のルールを無視し、朝5時にオフィスへ「不法侵入(自主出勤)」した。


 そして、出社してきたリリィたちに、かつて彼を死に追いやったあの「地獄の笑顔」で告げた。




「おはようございます、皆さん。今日から『朝礼』を始めます。あ、復唱用の社訓はプリントしておきました。まずは喉が潰れるまで叫びましょうか」


「……えっ? あ、佐藤さん、顔が怖いですよ……?」




 こうして、あの世で最も「白かった」企業が、一人の社畜によって黒ではなく、漆黒に染まり始める。


 佐藤の、二度目の、そして本当の意味での「命を懸けた仕事」が幕を開けた。






KPI(Key Performance Indicator)とは「重要業績評価指標」の略




KGIは「Key Goal Indicator(重要目標達成指標)」の略





■次回予告


第2話:「やりがい」という名の麻薬


「えっ、残業代が出ないのに働いていいんですか!?」


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