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第6章「封印の崩壊と“書き換え”の真実」

●6-1 魔力結節点の異変

 ラヴィニスの執務室に、慌ただしい足音が響いた。


 扉が開かれると、ルディに代わる若い補佐官が顔色を変えて飛び込んできた。


「ラヴィニス様、各地の魔力結節点にて、魔力の不穏な動きが確認されました!」


「詳細を」


 振り返りながら立ち上がったミカ――ラヴィニスの姿は、冷静そのものだったが、心の中では緊張が走っていた。


(魔力結節点の異変……。原作でも、確かに一時的に魔力が高まる展開はあった。でも、それは封印の儀式の直前。今の段階でこの兆候って、早すぎる)


 補佐官が広げた地図の上には、複数の結節点に赤くマーキングされた印が並んでいた。そこに記された現象は、一様に“魔力の揺らぎ”、“封印陣の効力低下”、“魔物の活性化”といった、不穏な文言だった。


「各地の神官より、封印再強化の要請が届いております。聖女殿下の力が必要との判断です」


 リリアが動く――その瞬間、ゲームの“共通ルート”の終盤が、現実に近づいてきたことをミカは悟った。


(リリアの力で封印を強化して回る展開。それはルート分岐直前の、大イベント……)


 だがミカには、妙な引っ掛かりがあった。封印の暴走のタイミングも、その規模も、原作で知っている内容と微妙に違う。


(ファンディスクのイベント追加……いや、これは違う)


 結節点は、世界の魔力の要。そこがこのタイミングで同時多発的に揺らぎを見せるのは、“誰かが意図して動かしている”としか思えなかった。


「至急、各国の魔術院にも同様の兆候がないか照会を。アルヴィオン魔術師団も招集し、結節点異常の調査隊を編成せよ」


「はっ!」


 補佐官が再び駆け出していったあと、ミカはそっと唇をかむ。


(これはもう、“推しカプ補助”とか言ってる場合じゃない……。世界の根幹が、壊れかけてる)


●6-2 出陣

 数日後、ラヴィニスはアルヴィオン王国軍の一部と共に、最初の魔力結節点がある山岳地帯へと向かっていた。


 馬車の車輪が石の上で軋む音が、山道にこだまする。その前方、騎馬隊の中に見覚えのある姿があった。リリアだ。


 純白の修道服を身にまとい、長い金髪を風になびかせている。彼女の周囲には、レオナールやカイ、ファロアといった攻略対象たちの姿があった。いずれも、聖女を護るべく編成された護衛隊の一員だ。


(なるほど、ここが“封印巡りイベント”の始まりか……)


 ゲーム本編では、聖女リリアが攻略対象たちと共に魔力結節点を回り、その力で封印を再強化していくストーリーが用意されていた。ルート分岐の直前、各キャラとの絆が試されるポイントでもある。


 しかし。


(やっぱり違う……)


 ミカ――ラヴィニスの心には、終始、妙な違和感がまとわりついていた。


 リリアの表情、レオナールの振る舞い、ファロアの台詞。どれも原作通り、あるいは“ファンディスクで追加されたであろう”描写の範囲に収まっているようでいて、どこかがズレている。細かいイベントの順番、会話のトーン、立ち位置――そうした“演出の粒度”が、ミカの記憶と微妙に異なるのだ。


「聖女殿下、前方に結節点の封印陣がございます。ここより先、魔力が濃くなりますゆえ、護衛の皆さまは……」


「はい、大丈夫です。皆さん、お願いしますね」


 リリアが笑顔で一同を見渡すと、彼らは一斉に頷いた。その様子は、仲間としての信頼に満ちていて、まさに“選ばれる者たち”を感じさせるものだった。


 ミカは、そんな彼らをやや離れた位置から見つめていた。


(推しカプのルート進行は順調。今のところ私とのフラグはないはず……)


 と、そこへ、一人の補佐官が駆け寄ってきた。


「ラヴィニス様、封印陣の周辺に不自然な石碑がございます。調査をお願いします」


 促されるままに馬車を降りたミカは、問題の石碑へと向かった。


 そこには、文字とも記号ともつかぬ紋様が刻まれていた。その中心には、まるで“分岐”を象徴するかのような、枝分かれした螺旋図が描かれている。


「……これは、いったい……」


 触れた瞬間、魔力の奔流が指先を駆け抜けた。まるで、見えざる意志が、彼女に訴えかけているようだった。


(これは……ルートの“固定”……?)


 ミカの脳裏に浮かんだ言葉は、本人さえも即座には理解できなかった。だが確かに、その石碑は“誰かが世界の筋道を操作している”証拠のように思えた。


●6-3 ラヴィニスの記憶

 魔力結節点への再封印のため、一行は山間の小さな村に立ち寄った。


 時折吹き抜ける風が、石畳に積もった埃を巻き上げる。村は静かだった。誰もが教会の修復や、水場の整備に追われているらしく、通りすがるミカたちにもちらと視線を寄せるだけだ。


 そのとき、不意にミカの視界がぐらりと揺れた。


「……っ」


 眩暈に似た感覚。視界の端が白く染まり、耳元で遠く誰かが囁くような気配がする。


 そして、頭の奥底で“何か”が開かれた。


 


 ――灰に染まった村。かつて、そこには確かに人がいた。


 暖炉の前で歌を教えてくれた老女。走り回っていた赤毛の子ども。祈りの鐘を鳴らしていた神父。記録にはない、記憶にも残っていない、けれど確かにそこにいた“人々”。


 彼らは誰からも覚えられず、王国の記録からも削除されていた。


「どうして……誰も覚えていないんだ……?」


 黒髪の青年――ラヴィニスは、何度も記録を残そうとした。魔術で封印し、言語化し、石に刻み、心に焼き付けようとした。


 だが、そのたびに情報は上書きされ、痕跡ごと消失していった。


 選ばれなかった存在は、“いなかったことにされる”。


 あまりに理不尽な世界の構造。物語に沿ってしか許されない運命。ラヴィニスはその絶望に、何度も心を折られながら、それでも抗おうとしていた。


 ――そんな記憶が、ミカの胸に流れ込んできた。


 


「……これが、ラヴィニスの“動機”……」


 世界を滅ぼすことが目的ではなかった。彼が望んでいたのは、可能性を潰さずに“世界を書き換える”こと――誰かを守るための、唯一の反逆。


 記憶の波が引き、現実に意識が戻ったとき、ミカは拳を強く握りしめていた。


(これは、ファンディスクのストーリーじゃない。“プレイヤー”としてじゃなく、“この世界にいる者”としての記憶だ)


 物語の外側から来た自分と、内側に生きるラヴィニス。その感覚が、確かに重なった瞬間だった。


●6-4 崩壊

 結節点の中心部――魔力の渦が息づく石造りの大広間。


 その場には、王子レオナールをはじめ、リリア、カイ、ファロアら主要人物が集まっていた。床には緻密な封印陣が描かれ、リリアの足元には女神の紋章が淡く光を灯している。


 儀式の開始を告げる鐘が、遠く教会の塔から響く。


 リリアが静かに手を掲げ、祈りの言葉を口にする。


「――清き力よ、穢れし門を封じたまえ……」


 その瞬間、空気が変わった。魔力の渦がざわつき、周囲の石壁が不規則に軋む。結節点の中心から、何か別の意思が覗き込んでいるような、異様な緊張感が立ちこめた。


「魔力の流れが反転している……? そんな、封印陣が……」


 誰かの声が、震えていた。


 封印陣の光が一瞬、逆方向に走る。そして、そこから生じた“なにか”が、空間全体に波紋のように広がった。


 


「っ……!」


 ミカの頭が、また揺れた。


 そして、目の前の光景が、断片的に“飛ぶ”。


 


 ――ファロアが、リリアを守るように立っている。その姿が、一瞬、空白に変わり、再び現れる。


 ――カイが、剣を構えて叫ぶ。その背後にいたはずの衛兵たちが、誰もいない。


 ――レオナールがリリアを抱きとめる。彼の表情に、一瞬の“戸惑い”が浮かぶ。何かを、思い出せないかのように。


 そして、リリアがぽつりと呟く。


「ラヴィニス様……あれ? 私、最近……何か、お話したような……?」


 その言葉に、ミカの心が冷える。


 この世界が、記憶そのものを書き換えようとしている。


 攻略対象たちの間に、“記憶の空白”が生じ始めていた。しかも、その矛先は、まっすぐにラヴィニス――つまりミカ自身へと向かっていた。


 このままでは、自分も、“なかったこと”にされる。


●6-5 書き換えに抗う者として

 儀式の失敗から一夜。アルヴィオン王国の仮設拠点で、ミカは沈黙の中にいた。


 消えていく存在。失われる記憶。そして、ラヴィニスの顔を見たリリアが、どこか戸惑うような表情を浮かべたあの瞬間――。


 それらすべてが、何よりも恐ろしかった。


 「そっか……私が、推しカプを信じられてたのは……“全部のルートを知ってたから”なんだ……」


 ようやく、その事実に思い至る。プレイヤーだった自分は、リリアが王子と結ばれようと、他ルートでは別の幸せを選べると知っていた。誰も本当には消えないし、傷つかない。だから安心して“王道推し”にのめり込めた。


 でも、この世界は違う。


 “選ばれなかった者”が、確かに存在ごと消えていく。


 「そんなの……そんなのって……!」


 思考が感情に押し流されそうになる。自分の選んだ“幸せ”の陰で、いくつもの声が、光が、足音が――静かに消えていく現実。


 「推しが幸せになるのが、世界を壊すことだなんて……そんなの、絶対にだめだよ!!」


 ミカは拳を握り締め、決意した。


 “物語の構造そのものに、抗う”。


 プレイヤーではなく、ラヴィニスとして、ミカとして。この物語の登場人物として。


●6-6 設計されざる術式

 書斎の机に、何枚もの羊皮紙が重なる。図形、数式、呪文、陣形、封印、力の流れ――。

 ミカはその一つひとつを、時に正気を疑われるような速度で記し、破り、また描き直していた。


 「……ダメ。魔力の逃がし先が閉じた系になってる。これじゃ、封印と変わらない……」


 呼吸が浅くなる。頭の中は回転しすぎて熱を帯び、視界がぐらついた。

 魔術理論として成立しているはずの式が、どこかで“意味”を喪失する――そんな感覚があった。


 「この世界に“外部”がないから……?」


 誰にともなく呟いたミカは、椅子から立ち上がり、部屋の隅にある書棚へと向かった。

 過去の禁術や失われた理論が眠る、いわば“触れてはならぬ”領域。その中から、かつてラヴィニスが封じていた魔術書を引きずり出す。


 「接続論:構造内における異界化領域の仮説」


 その一冊に記されていたのは、魔力結節点――すなわち、世界と魔界をつなぐ“構造の綻び”を、逆に“余剰領域”として活用する可能性だった。


 (なるほど……魔力結節点の“本質”は、世界の法則の端にある裂け目。ならば、そこに余剰を流し込める)


 術式の設計図に新たな円環を加えながら、ミカは思う。


 「推しの幸せが、誰かの存在を“代償”にしているなんて――そんな世界、おかしいに決まってる」


 リリアの笑顔。レオナールの手を握る小さな指。その一方で、誰にも気づかれず“消されていった”人たちの記憶。

 プレイヤーとしては“他ルート”として切り分けられたその存在たちが、実際には“生きていた”ことに、今のミカは気づいている。


 「私は全部のルートを知っていたから、その中からリリアが一番幸せになれるルートを推してた。

 でも本当は、それぞれのルートに、それぞれの“幸せ”があったんだよね……!」


 誰かの幸せが、誰かの不在を前提にしている世界を、肯定したくはなかった。


 「だから、逃げ場を作る。誰も選ばれなかったからって、存在ごと消されるなんておかしい。

 全部の想いが、全部の関係が、どこかにちゃんと残る場所を――!」


 ミカは新たな図形を描き出す。

 それは、世界の書き換えの内側から、それに抗うための、“記憶の避難所”となる陣式だった。


 その構築には、最低でも五つの魔力結節点を同時に連結し、莫大なエネルギーを回収しなければならない。

 そして、理論上その力を扱えるのは、この世界に“外から来た意識”を持つ、ミカしかいなかった。


 だが、実際に計画を実行に移すためには、ミカ――ラヴィニス一人では手が足りない。


「お願い、みんな……リリアの“幸せ”が、誰かの“犠牲”じゃなくなるように、力を貸して……!」


 小さく呟いたその声は、夜の闇に溶けていった。

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