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第3章「推しが可愛すぎて困る件」

●3-1 結節点封印任務

 王宮から届いた正式な命令書を読み終え、ミカは椅子に深くもたれかかった。


「……ついに来たか、“結節点封印任務”」


 魔力結節点。それは世界各地に存在する、魔界と現世を繋ぐ亀裂のような存在だった。

 特異な地脈に沿って現れるその地点は、普段は封印術によって安定が保たれているが、近年は突発的な魔力の漏出が報告されるようになっていた。


 そして今、聖女――リリアの力をもってして、それらの再封印を行う任務が下されたのだった。


 ミカにとっては、まさに“原作で言う共通ルート中盤の核心”とでも言うべき展開。

 これに参加することで、攻略対象たちが一堂に会し、リリアと絆を深める重大イベントが続々と発生する流れになる。


 それを思い出すだけで、心の中のオタクが騒ぎ始める。


(やばい、尊すぎる……推しと王子が一緒に旅して、命を助け合って、距離が縮まって……!)


 だが、現実の自分――いや、ラヴィニスは、この任務において“魔術師枠”として参加せざるを得ない。

 それはつまり、“フラグ地雷原を同行する”ということに他ならなかった。


 執務室の扉がノックされ、クラウディオ王子が入ってくる。


「ラヴィニス、準備は整っているか? 我々もフロルティアとの合同部隊に合流することになる」


「……ああ」


 クラウディオはにこりと笑って肩をすくめる。


「またお堅い返事だな。まあいい、どうせそのうちリリア嬢にほぐされるんだろう?」


 ミカは(勘弁して)と内心で叫びながらも、冷徹な魔術師の仮面を崩さぬよう努める。


 こうして、“魔力結節点封印任務”を皮切りに、推しカプの進展を間近で見守りつつ、自分のルートフラグ回避というスリリングな任務が、またひとつ追加されることになったのだった。


●3-2 怒涛のイベントラッシュ

 初めての結節点封印任務が行われるのは、フロルティア王国南端、霧深い森に佇む古代遺跡だった。


 結界を通って現場に到着すると、重苦しい魔力が肌を刺すように感じられる。


(うわ、魔力量がえぐい……これ、下手すると暴走するやつじゃん……)


 だが、リリアは怯える様子も見せず、神官ファロアとともに封印の儀式を準備し始めた。

 そして――


「癒えよ、穢れを払え、女神の祝福を――」


 リリアの声が聖域に響いた瞬間、空気が澄み、魔力の揺らぎが静かに沈静化していく。

 それは、原作でもプレイヤーたちが歓喜した、“聖女覚醒”イベントの始まりだった。


 ファロアがリリアに布をかけ、手を取り、優しく微笑む。


「やはり、あなたには真の聖なる力がある。……ご無理はなさらないでくださいね」


 リリアは恥ずかしそうにうつむきながらも、微笑み返した。


(かわいい~~!!これ、ファロアの好感度爆上がり確定のやつ~~!!)


 ミカは手帳に「原作通り、ファロアイベント発生」と記録しながら、鼻血をこらえた。


 だが、その感動もつかの間、事件は起きた。


 封印直後、結節点の地脈に亀裂が走り、魔力の奔流がリリアを襲う。


「リリアッ!」


 誰よりも早く彼女に駆け寄ったのは、またもやラヴィニスだった。

 身体が勝手に動いた。細身の体に力を込め、リリアの前に立ち、結界を張る。


「下がれ、貴様では防げん!」


「で、でも!」


 その時、ミカの脳裏に赤信号が点った。咄嗟にダメ押しの一言を付け加える。


「足手まといは黙っていろ!」


(あっっっぶな!! 完全に“守ってくれた彼、実は優しいのかも……?”イベント誘発するとこだった!! これくらい言えばさすがに嫌なヤツでしょ!)


 かろうじてその場は魔術による中和で乗り切ったが、結節点の反応は原作の記憶にない展開だった。

 魔力の暴走、そして自分がリリアを庇う構図――


(これ……もしかして、ファンディスクで追加されたイベント……!?)


 立ち去り際、リリアがぽつりと呟いた。


「……ありがとうございます、ラヴィニス様。冷たいと思ってたけど……本当は優しい方なんですね」


 ミカは固まった。


(……ゲームの神様、お願いです。今のセリフ、なかったことにして)


 原作イベントと似ているが、ところどころ異なる展開。

 やはり未プレイのファンディスクの内容なのだろうか? その不確かな情報に、ミカの胸に不安が渦を巻き始めていた。


●3-3 黒幕演技ふたたび

 封印任務から戻ったミカは、応接室の椅子に深く座り込み、ぐったりと天井を見上げた。


(もうダメ……精神力が持たない……)


 リリアの「ありがとうございます」事件の衝撃は、未だ尾を引いている。

 あれは明らかに“フラグ音”が聞こえるレベルのセリフだった。

 放っておけば、次は「ラヴィニス様って本当は優しい人なんですね」のおかわりが来てしまう。


(ここで気を抜いたら、共通ルートで好感度ぶち上がり→分岐点で個別ルート突入のコンボだよ!?)


 ミカは“冷酷な魔術師”モードを再構築すべく、早速次の対策に取りかかった。


 リリアと次に顔を合わせた場面――魔術研究の成果として、結節点の安定化方法を報告する場だった。


「……必要な術式は三重構造であるため、素人には扱えぬ。無論、聖女とて例外ではない」


 ミカはわざと冷たく言い放った。リリアは一瞬だけきょとんとした顔になったが、すぐに小さく笑った。


「でも、ラヴィニス様がついていてくだされば、きっと大丈夫ですね」


(うわああああああ~~!! なにこのナチュラル信頼コメント!? むしろ逆効果!?)


 焦ったミカは、更にトゲを増して返す。


「勘違いするな。私が動くのは、この世界が崩れるのを見たくないだけだ。貴様個人のためではない」


 だがその直後、ファロアがぽつりと呟いた。


「……ラヴィニス様、最近、妙に言葉が刺々しい気がします。以前より、感情を隠しておられるような……」


(おいぃぃい!! 感情バレてる!! これ完全に“照れ隠し”に見えてるやつ!!)


 クラウディオも冗談めかして加わる。


「まあ、ラヴィニスには珍しく、人のために動いたからな。逆に落ち着かないんじゃないか?」


 ミカは思わず机に頭を打ちつけそうになった。

 距離を置くために強めた態度が、周囲には“照れの裏返し”と解釈されていたのだ。


(なにこの負のループ……! 強く出れば出るほど、好意をこじらせた照れ隠しに見えるやつじゃん!)


 額に手を当てながら、ミカは天を仰いだ。


 推しカプの成就を願って裏方に徹しているというのに、自分の立ち回りがことごとく裏目に出る。

 演じた冷酷さが、逆に「気にしてる」ように見えてしまうこの世界――

 もしや、すべてが恋愛フラグ成立のためのシステムに包囲されているのではないか?


(っていうか、これもう私が罠にハマってるってことじゃん!?)


 心の中で絶叫しながらも、ミカは気を引き締めた。


 まだゲームでいうところの“共通ルート”段階。

 ここでルート分岐を誤れば、最推しカプが成立しないどころか、自分のルート入りという最悪の未来もあり得る。


(絶対に……絶対に、王子とリリアのルートに入れなきゃ……!)


 そう心に誓いながら、ミカは次の任務の指示書に視線を落とした。


●3-4 次なる封印任務

 次なる封印任務の通知が届いたのは、前回の任務から三日後のことだった。


 新たな結節点は、フロルティア王国とアルヴィオン王国の国境近くにある、峡谷の底。

 魔力の流れが複雑に交差する難所であり、専門家であるラヴィニスの同行は必須とされていた。


「ふむ……峡谷の底か。転落事故でも起きれば、物語的に“支え合って急接近”イベント待ったなしだな」


 ミカは文書を読みながら、脳内であらゆる乙女ゲーム演出をシミュレートする。

 案の定、今回の封印にはリリア、レオナール王子、ファロア、そしてカイが同行予定と明記されていた。


(これ……王子とリリアが協力し合って封印する重要イベントだ。つまり、最大の山場チャンス!)


 だが同時に、ミカは己の立場を思い出す。

 ラヴィニスとしてその場に同行しながら、自分にだけはフラグを立てさせない。まさに綱渡りのような任務だ。


「ルディ、準備を整えておけ。結節点の魔力流を測定する装置を優先だ」


「承知いたしました、ラヴィニス様。今回は王族方も同行なさるとのこと。万全を期すべきでしょう」


(そう、これは推しカプ支援イベント! 私が舞台を整え、王子がヒロインの手を取って封印する……!)


 ミカは拳を握りしめた。次の任務が、“王子ルート強化”の鍵であることは間違いなかった。

 その一方で、リリアとの接触機会が増えることに、わずかな恐怖も覚えていた。


(でも……やるしかない! オタクの矜持にかけて、推しの恋を成就させる!)


 決意を胸に、ミカ――ラヴィニスは、次なる任務地・峡谷へと出立する準備を始めるのだった。


●3-5 峡谷での急展開

 峡谷の空は、午後を過ぎてもなお薄曇りだった。


 王族の護衛隊とともに現地に到着した一行は、慎重に結節点の調査を始めていた。

 崖の裂け目から吹き上がる風は、生ぬるく、わずかに魔力を帯びている。


「この地に流れる魔力は……不安定ですね。封印は早めに済ませた方がよさそうです」


 リリアの指摘に、ファロアが頷く。

 そして今回の封印儀式には、王子とリリアが“魔力の対”として選ばれていた。


(やった……原作再現の大チャンス!)


 ミカは結節点の縁に魔法陣を描きながら、心の中でガッツポーズを取った。

 王子がリリアの手を取り、彼女の力を導いて封印を成す――まさに王道イベントの再現だ。


「リリア。……お前の魔力を、信じている」


「はい、レオナール様……!」


 王子とリリアが手を重ね、魔法陣が淡く光を放ち始める。

 魔力の流れが安定し、封印の印が浮かび上がるのを見届けたとき、ミカは心底ホッとした。


(よし……推しカプ、順調!! これは……これでいい!)


 しかし、その安堵も束の間だった。

 儀式が完了し、帰路に就こうとしたそのとき――結節点の裂け目から、一陣の風が吹き荒れた。


「っ……何?」


 ミカが思わず振り返ると、結節点の魔法陣が淡く脈動し、不可解な紫の光を帯びていた。


「……暴走の兆候? いや、封印は正常だったはず……!」


 ミカは魔力測定具を構え、再度数値を読み取る。だが、波形は不規則で、今までにない変調を示していた。


「これは……“何か”が干渉している? だが、何が――」


 背筋に冷たいものが走った。


(まさか、これもファンディスクの追加イベントだっていうの……?)


 原作では存在しなかったはずのイベントが、静かに牙を剥きかけていた。


 リリアと王子が不思議そうに魔法陣を見つめる中、ミカはひとり、胸の奥に広がる不安を飲み込んだ。


(フラグを回避するのも大事だけど……これ、放っておいたら本当にマズいかも)


 物語は、確実に予想の範囲を越え始めていた。


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