表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/9

第2章「ラヴィニス様、最近おかしくない?」

●2-1 推し、来訪

 アルヴィオン王国の魔術塔前広場には、正装の魔術師団と騎士団が整列していた。


 旗が風に揺れる。空は澄み、遠くにフロルティア王国の使節団の馬車が見えた。

 その中に――いる。間違いなく、彼女が。


(ついに来た……リリア……!!)


 ミカは心の中で悲鳴を上げていた。

 推し、最推し、至高の乙女、聖女リリア。その本物が、今まさに自分のいる場所に降り立とうとしている。

 緊張と高揚で足が震えるのを、なんとかラヴィニスらしい涼しい顔で誤魔化す。


 儀式の進行役はクラウディオ王子だ。彼が前に出て、公式の挨拶を始める。


「フロルティア王国よりのご来訪、感謝する。聖女殿下ならびにご一行、我がアルヴィオン王国は心より歓迎いたします」


 儀礼的な言葉が交わされる中、ついにリリアの乗る馬車の扉が開いた。


 そこにいたのは、ミカの知るビジュアルそのままの――――天使だった。


(うわあああああ、本物だあああああ!!!!!)


 ふわふわの金髪。柔らかく微笑む唇。白いローブが光をはね返し、まるで祝福された存在のようだった。

 ミカは魂が浄化されそうになりながら、理性で踏みとどまった。


(落ち着け、オタク。今お前は“ラヴィニス”だ。黒幕だ。にこにこしちゃダメだ!)


 それでも、リリアが馬車から降りたとき、一瞬視線がこちらを向いたような気がした。

 その瞬間、ミカの心臓が跳ねた。


(こっち見た!? いやいや、ただの気のせい、偶然だ、認識フラグじゃない! ああでも可愛い!!!)


 式が進み、ついに両国代表の“顔合わせ”が始まる。

 ラヴィニスとして、ミカも公式に前へ出ることになる。


「アルヴィオン宮廷魔術師、ラヴィニス・アレクトル。以後、儀礼と任務の範囲において、貴国聖女に協力する」


 自分の声が、意外なほど落ち着いていることに驚く。そう、今の自分はラヴィニス。黒髪長身、クールな魔術師。


「よろしくお願いします、ラヴィニス様!」


 リリアの笑顔が、無垢な声と共に返ってくる。


(ああああああ可愛いいいい!!! でも耐えろ私ぃぃぃぃ!!!)


 目の前に立つ“推し”と初めて交わした言葉。それは、ミカにとって“オタク生命の頂点”だった。


●2-2 推し、急接近

 謁見の間は、豪奢で静かだった。


 長く伸びる赤い絨毯の先、クラウディオ王子とラヴィニスが並んで座す中央席。フロルティア側からは、レオナール王子とリリア、随行者が整列していた。


 場には厳かな空気が漂い、儀礼的なやり取りが淡々と進められていく――はず、だった。


 事件は、まさにその最中に起こった。


「……それゆえ、我が国といたしましては、聖女殿下の――」


 レオナールが何事か述べている最中、リリアがふらりと一歩前へ出た。靴の先が絨毯の端に引っかかり――


「あっ」


 短い声。リリアの体が、前方へと倒れ込む――その瞬間。


 ミカの体が、勝手に動いていた。


 ラヴィニスとしての反応速度。手が自然に伸び、リリアの腕を取って支える。そのまま倒れぬよう体を引き寄せ――


 気づけば、リリアを抱き止めるような格好で、その場に立ち尽くしていた。


「……っ!」


 距離、ゼロ。リリアの顔が至近距離にある。大きな瞳が、こちらを見ている。驚いたような、でも怯えてはいない、ただただ――純粋なまなざし。


(うわ、ちっか! リリアの毛穴まで見える距離じゃん! 可愛すぎる!!!!! こんなの心臓がもたない!!!!! っていうかなんでこんなことしちゃったの私ィ!!!!! いやでも推しが転ぶの見捨てられるオタクとかいる!!!!??????)


「ありがとうございます、ラヴィニス様……!」


 少し照れた様子ではにかんで、リリアは花がほころぶように微笑んだ。自分の失敗を恥じ、思わぬ助け舟にただただ感謝しているのだ。


(ああああああフラグ立つうううううう!!!!)


 ミカは全身を震わせながら、震える手でリリアをそっと立たせる。


「……足元には、お気をつけを」


 低く冷たい声を、どうにか絞り出した。ラヴィニスとしての威厳を保とうと必死だった。


 だが、謁見の間には、ほんのりとざわめきが広がっていた。


(うわあああああやっちゃったああああ!! 今の、今の絶対“好感度上昇”演出ぅぅぅ!!!)


 周囲の貴族たちがひそひそと話している。クラウディオが何か言いたげにこちらを見ている。レオナールが、ほんの少しだけ眉をひそめていた。


(やめてええええ誤解ですうううう!!)


 ミカは内心で泣きながら、背筋を伸ばし、冷静を装った。

 だがこの一件が、ラヴィニスとリリアの“特別な接点”として、今後のルートに影響することになるとは――

 この時点では、まだ知る由もなかった。


●2-3 推し、手強い

 昼下がりの中庭は、春の陽光に包まれていた。

 花壇には色とりどりの花が咲き乱れ、澄んだ水の流れる音が心地よい静寂を作っている。


 そんな場所に、ミカはいた。

 ラヴィニスとして“護衛任務”の名目で、聖女一行の休憩時間に同行することになっていたのだ。

 いや、単なる立ち会いで、特に接触する必要はなかったはず――だったのに。


「ラヴィニス様~、こちら、どうぞ!」


 リリアが、にこにこと微笑みながら席をひとつ指し示す。

 白いドレスに包まれた彼女は、柔らかな光を浴びて、まるで絵画から抜け出た聖女そのものだった。


「……恐縮です」


 ラヴィニスの顔をして、ミカはなんとか微笑を封印したまま、椅子に腰を下ろす。

 視線は正面、手元の紅茶へ――決してリリアの顔を直視しない。しないようにする。してしまうと、絶対に、


「ラヴィニス様って、すごく優しい方なんですね」


 ……耐えられない。


「! ……なぜ、そう思うのですか」


「だって、今日も助けてくださって……あのとき、すごく安心しました」


(やめてくれ~~~! それ、完全にフラグですから~~~!)


 ミカの内心ではアラートが鳴り響いていた。

 やばい。このままでは、“天然ヒロインに懐かれるパターン”が確定してしまう。

 それは即ち――ルート突入、ということ。


(待って、こんなに早く!? これ、ルートロック型なの!? フラグ解除難易度高すぎる!!)


「私は……必要に応じて、最適な行動を取っただけです」


 ミカはあくまで冷静に、距離を詰めない受け答えをする。

 けれど、リリアの表情は変わらない。


「でも、私はすごく嬉しかったです」


(ですよねえええええ!!! 良い子なんだよなあリリアは!!!! 良い子過ぎてちょっとした悪意くらいじゃめげないの!!!!! わかる!!!!!!! でも今はやめてほしい!!!!!!!!)


 崩れそうな心を必死に支えながら、ミカは自らに言い聞かせた。

 耐えろ、耐えるんだ……推しカプのために……この誘惑を乗り越えてこそ、オタクだろ!!


 この日から、ミカの「懐かれ系フラグ折り作戦」が、本格的に始まった。


●2-4 推しに嫌われる方法

 翌日、ミカは意を決して、黒幕としての“らしい”態度を実行に移した。


 リリアが再び魔術塔を訪問し、軽い打ち合わせの場が設けられた。内容は魔力流の安定観測における協力について。

 前回の接触で確実に“懐かれフラグ”が立ってしまったミカは、今回は徹底的にクールかつ無感情に徹する構えだった。


「こちらの術式配置図です。聖女殿下には中央制御陣の“干渉域”まで立ち入っていただきたくはありません」


 言い回しも冷たい。声も硬く、目線すら合わせない。


 リリアは一瞬、ぽかんとした表情になったが、すぐに微笑み直した。


「はい、わかりました」


 その反応に、ミカは内心で「よし」と小さくガッツポーズを取った。これで距離は取れた。たぶん。おそらく。


 だが、会議後――


「最近のラヴィニス様、少し冷たくありませんか?」


 控えの間で、側近ルディが心配そうに声をかけてきた。


「……そうか?」


「いえ、失礼ながら……聖女殿下に対して、以前よりも随分と“距離”を取っていらっしゃるような……」


 図星だった。


「余計な詮索は無用だ」


 低く、短くそう言い捨ててミカはその場を離れた。だが、背中にはルディの「何かあったのだろうか……」という気配がじわじわと刺さってくる。


(くっ、違うんだ……これはフラグを折るための演技なんだ……!)


 さらに、クラウディオ王子にも言われた。


「ラヴィニス、最近ずいぶんと他人行儀だな。聖女が来たというのに、まるで“壁”を作っているように見えるぞ」


 この指摘に、ミカはうっかりむせかけた。


「……業務に私情を挟まぬのは当然だ」


 そう言ってごまかしたが、クラウディオの表情はどこか納得していない様子だった。


(うわー、完全に“ラヴィニス様、最近おかしくない?”の展開……! これはやばい……)


 距離を取ろうとして演じた冷酷キャラが、逆に「様子が変」だと疑念を生む――

 ミカにはその現象に心当たりさえあった。


 (これ完全に、「攻略対象の好感度が上がって逆におかしな態度をとり始める」パターンのやつ!)


 ミカは、まだ序盤のこの段階で、これ以上フラグを乱立させてはならないと、緊張感を強めていた。


●2-5 記録の再確認

 夜、ミカは塔の自室に戻ると、魔術灯を最小限に灯し、机の上に大量の書類を並べた。


「これが、こっちの世界のルートイベント……っと」


 机の上には、リリアの行動記録、王宮の通達文、各地の魔力結節点に関する観測結果など、徹底的にかき集めた情報が広がっていた。ミカはゲームオタクらしい情熱と洞察力を駆使し、それらの断片を頭の中で原作の流れと照合し始める。


「聖女覚醒イベント、魔力暴走イベント、試練イベント……ここまでは、本編と大体一致……っていうか、ほぼ最短ルートじゃん!」


 ミカは頭を抱えた。


「よりにもよって、レオナールルート最速攻略チャート通りって、なにこれ怖い……!」


 原作で最推しだったレオナール×リリアルート。ヒロインと王子が互いに惹かれ合いながら、幾多の試練を乗り越えて結ばれる王道の流れ。ミカはこのルートを“至高”と讃え、死ぬほど繰り返しプレイしていた。


 だが、今の自分の状況はどうだ?


「……ラヴィニスって、原作じゃリリアに『私を利用するだけ利用して、最後は切り捨てるのね』って言われる立ち位置だったよね?」


 にもかかわらず、現実のリリアは純真な笑顔で近づいてきて、攻略対象さながらの好感度イベントを発生させてくる。


「おかしいでしょ!! 私、そんなフラグ立てた覚えないし、立てたくもないし!!」


 バンッと机を叩き、椅子の背にもたれて天井を仰ぐ。だが、そこで終わらないのがミカの“推し愛”だった。


「落ち着け……推しカプは順調にイベント消化してる。問題は私。私がこれ以上フラグを立てなければ、きっと大丈夫……なはず……」


 その時、ふと目に入ったのは、結節点の観測記録に紛れていた、一枚の古地図。そこには、記憶にない施設の名前が小さく記されていた。


「……これって、本編にはなかった地名。ファンディスクの背景とか……?」


 思い出しかけて、ミカは頭を振った。


「いやいや、まだ断定するには早い。とにかく、ルート回避の方法を考えなきゃ……!」


 ミカは机の上の紙束を再び引き寄せ、苦悩の唸り声を漏らしながら、ルート分岐とフラグ管理のシミュレーションを始めるのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ