5 黒幕の正体 - 宮廷に潜む者
夕陽が朱塗りの宮廷を黄金色に染める頃、俺は再び玉龍の彫像が安置されている庭へと戻っていた。
守護の玉龍は以前にも増して曇りが深く、その輝きはほとんど失われているように見える。
「破壊の玉龍の封印が不完全である以上、守護の力も失われ続ける……」
俺は呟きながら、曇りの進行速度が異常に早まっていることに気づいた。
この状況を作り出した黒幕が、宮廷の中にいるという確信が深まる。
「一条殿、調査の進捗は如何でしょうか?」
侍従が頭を下げて尋ねてきたが、その声には微かな焦りが滲んでいた。
俺は一瞥を返し、彫像の曇りを指差して答えた。
「この曇りが消えない限り、状況は悪化する一方だ。結界に干渉し、術式を乱した者がいる。
そいつが誰なのか、突き止める必要がある」
侍従はぎこちなく頷きながらも、その目にはどこか曇りがあった。
俺はその様子を見逃さず、彼の立ち振る舞いを観察した。
「術式を扱える者は限られているはずだ。宮廷内で術に精通している者を教えてくれ」
俺の問いに、侍従は一瞬言葉を詰まらせ、ようやく答えた。
「皇帝の側近である紅院様が、最も術に長けた方でございます…」
紅院という名を聞いた俺は、宮廷内の勢力争いに思いを巡らせた。
その名はこれまでにも何度か耳にしており、権力を求める野心家として知られていた人物だ。
「紅院…興味深い名前だな」
俺は静かに呟きながら、侍従に紅院がいる場所を尋ねた。
彼の居所を突き止めると、俺は夜が更けるのを待ち、静かにその部屋へと向かった。
朱塗りの扉の向こうから漏れる灯りが、紅院がまだ起きていることを示していた。
扉をノックすることなく押し開けた俺に、紅院は僅かに驚いた様子を見せたが、すぐにその表情を取り繕った。
「おや、一条殿。こんな夜更けに私の部屋に訪れるとは、何か御用でしょうか?」
紅院の声は穏やかでありながら、その奥には隠しきれない警戒が滲んでいた。
「玉龍の曇りが進行している原因について、いくつか確認したいことがある」
俺はその場に立ち、彼の様子を観察しながら言葉を続けた。
「結界に干渉するほどの術式を施せる者は限られている。
そして、あなたの名が挙がった。心当たりはないか?」
紅院は冷静を装いながら微笑んだ。
「術に通じているからといって、全ての疑惑を私に向けるのは早計ではありませんか?私はただ、皇帝陛下に忠誠を尽くす一人の臣下に過ぎません」
その言葉を聞いた俺は、紅院の机の上に置かれた小さな巻物に目を留めた。
「忠誠を尽くす者が、こんな物を持っているとはな」
俺は巻物を手に取り、中を開いて確認した。
そこには古代の術式が記されており、それが玉龍の結界に改変を加えるためのものであることが一目で分かった。
「…一体どこから?」
紅院の声には僅かに動揺が混じっていた。
俺は巻物を指で弾きながら答えた。
「どこから手に入れたのか、それを説明するのはお前の番だ。これを見ればお前が関与している可能性は否定できない」
紅院は沈黙を守ったが、その視線は徐々に険しさを増していた。
その時、背後から小さな気配を感じた俺は即座に身を翻し、霊刃を抜いた。
黒装束の刺客が暗闇から飛び出してきたのだ。
刺客は二人、紅院を守るように俺を取り囲んだ。
「用意がいいな……これも忠誠の一環か?」
俺は冷静に刃を構え、二人の動きを見極める。
彼らの剣の動きは洗練されており、一筋縄ではいかない。
だが、俺は素早く間合いを詰め、一撃で片方を無力化した。
残った一人も躊躇する間もなく俺の霊刃に貫かれ、床に倒れ込んだ。
紅院はその様子を冷や汗を浮かべながら見つめていたが、すぐに口を開いた。
「待ってください…すべて私が仕組んだわけではない!」
俺は刃を鞘に収め、紅院を睨みつけた。
「話せ。術式の改変を行い、玉龍の曇りを進めた真の目的は何だ?」
紅院は沈黙を破り、震える声で答えた。
「私はただ、玉龍の力を完全に解放しようとしたのです。その力を使えば、この国の結界はかつての輝きを取り戻すと信じて……」
「力の解放だと?その結果、守護と破壊の均衡が崩れることも理解せずにか?」
俺はその言葉に怒りを込めて返しながら、玉龍を守ることの本当の意味を改めて思い知った。
「真実を暴くまで、まだ一歩足りないな」
俺は静かに言い残し、紅院を背に宮廷の闇へと歩み去った。