2 術式の乱れ - 彫像を包む影
夜の宮廷は静寂に包まれていた。
月光が瓦屋根を銀色に染め、庭の朱塗りの柱に長い影を落としている。
風が笹を揺らす音だけが微かに響き、その静けさの中で、俺は玉龍を囲む結界を再び調べていた。
玉龍の周囲には古代の術式が張り巡らされ、その複雑さは凡百の術者には到底真似できない代物だ。
だが、俺が指先でその線を辿ると、細かな改変が施されていることに気づく。
「やはり……これは誰かが意図的に書き換えた跡だな」
術式の一部が不自然に湾曲し、結界の流れを乱しているようだった。
その変化は微細でありながらも、玉龍を包む力をわずかに逸らしている。
俺は跪き、結界の裂け目を指でなぞりながら呟いた。
「これを施したのは……相当な腕の持ち主だ。だが目的は何だ?」
その時、不意に冷たい風が吹き抜けた。
竹林の葉擦れの音がやけに大きく響き、背後で何かが動く気配を感じた。
俺はゆっくりと立ち上がり、音のした方向に目を向けた。
庭の暗がりに、ぼんやりと揺れる影が浮かび上がっている。
「誰だ?」
俺の問いに答える者はなく、影はじっとこちらを見つめているだけだった。
その形は人のようでありながら、不自然に揺らめき、どこか異質な雰囲気を漂わせている。
影が動いたのは次の瞬間だった。
音もなく
地面を滑るように近づいてくるその速さに
俺は即座に
霊刃を抜き放った
「…術式を乱した犯人か?」
影は言葉を持たぬまま、黒い霧を纏ったような腕を振り上げ、俺に向かって振り下ろしてきた。
俺は刃でその一撃を受け止め、影の動きを観察した。
その体は半透明で、物理的な攻撃が通じにくいように見えたが、霊刃には怯む様子があった。
「なるほど…ただの魔物ではないな」
俺は一歩踏み込み、刃を深く突き立てた。
影は低い唸り声を上げ、体が揺らめくように崩れていく。
だが、その残滓が地面に染み込むと、結界の一部に新たな乱れが生じた。
「こいつも結界を乱すために送り込まれた存在か……」
俺は霊刃を鞘に収めながら、玉龍を見上げた。
彫像は微かな曇りを纏ったままで、その姿は一層冷たさを増しているように見える。
「影は一体どこから現れた?」
玉龍の曇りが進むたびに、結界が乱れ、魔物が引き寄せられる――それが俺の推測だった。
だが、この術式を改変した者が玉龍に何を望んでいるのか、まだ全てを掴むには至らない。
その夜、俺は宮廷の書庫でさらに調査を進めることを決めた。
古代の術式に関する文献が残されていると聞いていたが、その中に何か手がかりがあるかもしれない。
「術式を乱す影の正体、そして玉龍の曇り……これを仕組んだのは誰だ?」
月明かりが瓦屋根を照らす中、俺は静かに宮廷の奥へと足を向けた。