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第9話 ミシェラの価値

 ミシェラのお腹がいっぱいになると、ハウリーからはもう遅いから今日は帰るようにと言われてしまった。


 あっという間の現実に憂鬱になったが、関係のないハウリーたちにそんな事を伝えても仕方ない。


 先に帰された村長の事を考えると気が滅入りそうになるが、諦めよう。

 どっちにしろ、殴られるに違いないのだ。


「また明日、一緒にご飯食べようね。送ってあげられなくてごめんね気をつけて帰るのよ」


 扉の前で、シュシュが手を振ってくれた。親しげな仕草に恥ずかしくなりつつも、ミシェラもおずおずと手を振り返した。


「暗いからな。転ばないようにするんだ」

「途中で寝ないように」


 ハウリーとダギーからも謎の注意を受けて、ミシェラはくすくすと笑いながら手を振った。

 心配してくれる言葉が、心強い。


 気を付けて、だって。

 そんな風に言われたのは初めてで、何度も反芻する。


 もう村の中は薄暗くなっていた。外に誰かいるかと思ったけれど誰もいない。


 集会所は宿泊施設でもあるので、彼らはここに泊まるのだろう。彼らの世話をするために人は居るのだろうが。

 もう、必要な人以外は家に戻ったのかもしれない。


 暗い道をとぼとぼと歩く。


 戻ったところで今日の村長の怒りは間違いなく、逃げてしまいたいが、ミシェラはこの村の事しか知らない。

 この村の事ですら、村長から読まされる資料と手伝いの時に聞く噂話程度だ。


 ここが辺鄙な場所にあるという事はわかっているものの、他の街との距離感はまったくわからない。

 まして、他で生きていくことなど出来るはずもない。


 まあ、そもそももう生贄になるんだろうけど。


 よばれた時には今日こそは、と思っていたのに結局魔術師団の歓待だけで終わった。そもそもこの白い服は彼らに会わせるために用意されたのだろう。


 今日じゃなかった……。

 それが良かったとも、もう思えないけど。


 それでも、今日は色々な人と話せて楽しかった。


 あんなに人形みたいな美しい見た目のハウリーが、話すと優しくて世話焼きで、どんどん食事を勧めてくる事にもびっくりした。

 さっきの話ぶりからして、また明日も話せるのかも。


 ふふふ、と自然に笑みがこぼれる。


 少し浮かれて歩いていたのだろう。ミシェラは近づく人影に気が付くのが遅れてしまった。

 気が付いた時にはすでに腕を掴まれていて、強い力に痛みが走る。


「いたっ」


 振り向くと、にやにやと笑うグルタが立っていた。グルタはそのまま、ためらいもなくミシェラの腕をひねりあげ自由を奪う。


 ミシェラの事を対等な人間とは決して思っていない扱い。


 先ほどの楽しい気持ちがあっという間に霧散する。


「ミシェラ。今日は俺の部屋に来るはずだっただろう? 遅いから迎えに来たんだぞ」


 そんな約束はしていない。


 そう言えれば良かったが、長年逆らわずに生きてきたミシェラにはそれは出来なかった。しかし、頷くことも出来ずに立ちつくす。


 生贄になるよりもそれは嫌だった。


 ミシェラにもついていけばどうなるかぐらいはわかっている。必死で断るすべを探したけれど、何も思いつかない。


 何も言わないミシェラに、グルタはどんどん腕への力をかけていく。


「返事がないな。全くお前は素直じゃないんだから」


 くっと楽しそうに笑うグルタは、もとよりミシェラの返事など期待していなかったのだろう。そのまま腕を掴まれた状態で自分の部屋の方へと向かう。


 ミシェラが綺麗にして集会所に行ったことを、父親から聞きつけていたのだろう。

 まさか、こんなところで待ち伏せされるなんて。


 涙が出そうになるが、泣きたくなくてお腹に力を入れた。ずるずると引きずられるように、歩いていく。


 グルタは離れの部屋を与えられているので、部屋についてしまえばやりたい放題だろう。


 逃げるなら今しかない。

 でも、何処に?


 いつだって誰も助けてくれなかった。


 ミシェラの胸に諦めが広がり、力が入らなくなる。手を引かれるままに、あっという間にグルタの部屋についた。


 絶望に似た気持ちとともに、グルタの部屋をぼんやりと見る。


 グルタの部屋はミシェラの部屋とは雲泥の差だった。広さも段違いながら、調度品も。本棚には本がびっしりと詰め込まれているし、敷き物はミシェラに出さえ高級品だとわかる織の複雑さと艶やかさだ。


 ベッドも広く、誰かの手が入っているのだろう、きれいに整えられていた。


 グルタは乱暴にミシェラをベッドに投げ捨てる。ひねられ続けていた腕が痛い。のろのろと上半身を起こすと、上機嫌なグルタがこちらを見ている。


 白いワンピースは何も守ってくれそうもない。


 ミシェラには全く自覚はなかったけれど、グルタはミシェラの細長い手足と儚げな外見が気に入っていると言っていた。

 何も嬉しくない褒め言葉を、グルタは気持ちが悪い視線とともに何度もミシェラに投げつけてきていた。


 そういう目線だと、知っていた。

 でもずっと気が付かないふりでやり過ごしてきていた。


 しかし、それも今日はもう無理だろう。


 生贄になるのが昨日なら良かった。

 これ以上嫌な目に合う前に。


 痛い目なら散々あってきた。なのに、更にこんな辱めまで受けるのかと絶望的な気持ちになる。


「良かったな、ミシェラ。今日は俺が可愛がってやるから喜べよ」

「……生贄になるなら、綺麗な身体の方がいいんじゃないかな」


 震える声で言った精いっぱいの抵抗を、グルタは笑い飛ばした。


「なんだミシェラ、そんな事を気にしていたのか。可愛いなあ」


 そう言って、ミシェラの白い髪の毛を掴む。乱暴なその仕草に、頭皮が痛い。


「こんな髪色してなけりゃ、俺の嫁になれたのにな」


 残念そうに言うけれど、そんな未来も全く望んでいない。何でも手に入る子供の、傲慢な考えを押し付けないでほしい。


 何にも持っていないミシェラは、身をよじってグルタから身体を遠ざける。その動きが不快だったのか、バシンとグルタはミシェラの頬を打った。


 簡単に行われる暴力に、ミシェラは自分の価値を存分に思い知る。


「なに抵抗してるんだよ。所詮生贄なんて魔力があればいいんだ、生きていれば関係ないんだからな」


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