てる吉の、悲しい筆下ろし(二話)
そうそう、こん物語の始まり、越後での皮剥けん話をしとかねばだ。
春んなり雪がとけ、ツクシが出だした頃やったなあ。てる吉の初めての女は、唐の国んお人じゃった。実家をなかば追い出されてから、となり村に住み着き、茶菓子屋でせんべえや柿の種を焼いてたころの話じゃ。長屋に住んでて、隣の部屋に唐の国から来た娘が何人かおった。女衒に連れられて来たんか、いや、みずから来たんかは定かではない。
隣の部屋で、夜な夜な睦ごとが始まろうものなら、てる吉は、障子に目あり壁に耳ありの通り、聞き耳を立てたものじゃ。
こいから先は、てる吉っさんに語ってもらおう……
……オラが、越後から江戸に上がる間際のことらて。
長屋の隣の部屋での、聞いたことねえ言葉が、キャンキャンキョンキョンすんど。なにもんが居なさるかと、気になってもうた。そんで夜んなると、キーキーといい声を響かせてきよる。気になって気になって、オラは壁に耳くっ付けたもんだ。
そんなある日、その異国からのお人に、ばったりと会ったんや……
オラ 「おばんですの」
唐のお人「あら、お若い方、アータ今度からここ住むね、よろしくね」
オラ 「よろしゅうたのんますて」
唐のお人「アニさんは、何、働いてる?」
オラ 「オラは茶菓子屋で、柿の種とか焼いてますらいの」
唐のお人「そう、今度持って来てね、私も何かあげる」
オラ 「ほい、わかりやした」
そいから、何回かせんべえをくれてやったり、飴もろうたりしたの。こちとら、まだ、筆おろし前の身で、アレのこつばかり頭にあてもうた。一刻も早く、男になりたかったんや。夜な夜な聞こえよるうめき声に、心底、うらやんだもんじゃ。うらやましい、うらやましいったらありゃしねえ。
オラ 「おめさんら、どこん国の人らか?」
唐のお人「ワタチらは、琉球の先の台湾から来たあるよ」
オラ 「というと、唐から来たけ、えれえ遠くからよう来なさった。昼間は何してらんだいの?」
唐のお人「一杯飲み屋で、働くあるね」
オラ 「あのオラ、ねんごろになりてえんだども、ええろっか?」
唐のお人「おや、アニさん、まだ女、知らない?」
オラ 「まだ、筆おろし前でがんす」
唐のお人「ワタチ、いいこと教えてあげる、でも小判よ」
オラ 「いかほどで、ございますやろか?」
唐のお人「アニさん、かわいいあるね、まけとくよ」
オラ 「はあ、んだば、のちほど、決心いたしますよって……」
でもの、あの娘達は女衒に囲われちょる。へたに、手出してええろかや、からまれたりしねえろかや。あん女衒は、異国女を、仕込み手なずけ唸らせておる。不安がよぎるのう。
オラ 「あのー、ようやく決心しましただ。銭こんだけで」
唐のお人「ほな、こっち来て、脱ぐあるね、ここね、はいよ……」
オラ 「ど、どげなして?」
唐のお人「ワタチにまかせるあるね、アータ寝て、そう、そう、いい、いくわよ、……ん、……えっ、……だめだめね、アイヤー。不信、好棒不信、不信不信……」
……ってな、訳で、ってな訳での。
めでたしめでたしとなる筈が、そうじゃなかったのである。てる吉は、なんとかモグラにはなったども、不発に終わってもうた。哀れ、てる吉っさんよ、江戸で再起をはかるんじゃよ。越後の仇を、江戸で討て……




