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江戸情話 てる吉の女観音道  作者: 藤原 てるてる
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てる吉の、年増落とし(一話)

 てる吉は、越後の出である。

 女親ゆずりの色の黒か子で、こいはマタ焼けだから仕方がない。

 三つの時、その女親に捨てられてからというもの、妙にませてしもうた。女のぬくもり、温かさを知らずに育ったせいか、女がお肉に見えてきよる。寺小屋に上がる前から、村の娘衆に声かけ口説こうとする始末。そら空恐ろしい子へと、なっていったんじゃ。

 今度は、七つの時にやって来た、とうちゃんの後釜に酷い目にあわされ、ますます、女がわからなくなってたんや。ただ、ええ婆に育てられたんで、一縷の望みはある。そんなてる吉が、江戸に出てから女狂いになってった話じゃ。ゆくゆくは、苦海の女衆を救う何かに…… 

 慶応元年五月、実家を逃げるように出て、村ん衆と三国街道を越えてやって来た。十九の春のことや。今は深川ん長屋暮らしで、町飛脚をしよる。時は幕末、黒船あらわれ、巷はてんやわんやの大騒ぎ。幕府は傾き、今まさに、世が代わろうとしておる。そのうち巷には、えじゃないか音頭の大流行り。庶民一同、老若男女、えじゃないか音頭の渦のなか、さあ、てる吉っさんよ、出てこいや。

 てる吉っさんの女狂い、えじゃないかえじゃないか、黒船えじゃないか、世が変わってもえじゃないか、えじゃないかえじゃないか、それ……


 ……ん、何や、空耳かえ。まあええ、オラ、てる吉だて。江戸ん出てから、さっぱりうだつが上がらず、しがなく暮らしてますて。

 まあでも、年増ん味だけは、たんと丁稚奉公させてもらいやした。柿と同じで、女もよう実ったほうが、うめえもんらいの。

 こいから話すんは、奉公先の飛脚問屋で知りよった、五十路の会津ん女のこつよ。色の白か、笑顔のええ、オラ好みの女やった。仕事にかこつけ、何かと近づいては口説きにかかったのよ。


 オラ  「オラ越後、カカさん会津、となりどうしらの」

 カカさん「あんな八十里越えん先かへ、越後ん人はあばら骨が一本ねえ言うべさ」

 オラ  「何を言うや、こん会津っぽが」


 そんなこんなから始まり、どいしたらええかと、仕事そっちのけになっていったのよ。


 オラ  「カカさんは、若い男の考えてるこつ、なんもわかってねえの」

 カカさん「ガキの考えてんは、わかりゃしねえずら」

 オラ  「若い男が毎日の、何を一番やりたがってんか、なんもわかってねえの。若い男はの、毎日、あのこつで頭がいっぺえら」

 カカさん「いっちょめこくでねえ。色気違え」

 オラ  「男ん欲だて」

 カカさん「何が男ん欲、たわけじゃねえの」

 オラ  「いや、そう、そうらて」


 どうしたもんかいの、日をあらためるべ。


 オラ  「若い男と遊べるなんか、めったにねえらよ。あとで、後悔すんど、ああ、あん時、若い男と遊んどきゃ良かったって。そん時は、もう遅いらよ」

 カカさん「……」

 オラ  「今なら、腰が抜けんまで、遊ぶこつできよるに」

 カカさん「……」

 オラ  「男ん悦ばせ方、えろう知っとるくせにのう」

 カカさん「……」


 だめだこりゃ、オラもう我慢できねえらよ。こいは、人情にうったえるしかねえかいの。


 オラ  「オラ、カカさんにすべて捧げてもええ思っちょるよ。身も心も、全部、捧げてもええ思っちょるよ」

 カカさん「ぷっ」

 オラ  「オラがカカさんだったら、若い男衆の面倒、たっぷりみるらいの。こんげに、求めてるんじゃからの。そいなんにカカさんたら、一度も、ケチ、ケチやなあ。減るわけでも、ねえらいのう」

 カカさん「ぷっ、ぷっ」


 何か、だんだんと笑いを取り出したなも。こん手で、やっちょるかいの。


 オラ  「ちまたではの、カカさんくれえんが、若い男衆の上になって、狂ったように腰ふってらんだよ。女ん悦び、味わっとるんだからの」

 カカさん「……」

 オラ  「またの、男勝りん女は一度に若い男衆を三人も買っとるで。三つどころ責め喰らって、きいきい言って喜んでらんだよ」

 カカさん「ワテ、そっだだこと、よう知らんがな」

 オラ  「あれって、極楽なんやけどな」

 カカさん「うるさいなも」


 あやー、カカさん怒らせてしもうたわ、こりゃいかんがや。しばし、おとなしゅうしときましょ。我慢、我慢、ああ柿くいてえー。


 ……もう、夏が来よったわ。

 カカさんの二の腕がプヨプヨして、オラをさそっとるわい、ほな再開や。


 オラ  「カカさん、本当は若い男の考えちょるこつ、ようわかっとるくせに。毎晩何を一番やりたがっちょるか、ようわかっとくせに。若い男なんかに、遠慮するこつねえらよ。こき使えばええ、何でん言うこつ聞くすけの。オラ、何でん言うこつ聞く、やってもらいてえこつ、たっぷりこんやったる」

 カカさん「ぷっぷっぷっ」

 オラ  「そんかわり、極楽へは一緒じゃよ。オラ、カカさんと一緒に極楽へいきてえら。いくときは、一緒にいきてえら」

 カカさん「けっけっけっ」


 もう一押しじゃの、話にくすぐりを入れてみよかいの。


 オラ  「カカさん、ええもん、持っちょるくせにの、男を狂わす。そうらいね、もったいねえらよ、ほんともったいねえらよ。宝もん、持っとんだからよ」

 カカさん「きぃきぃきぃ」


 よしゃ、だいぶのってきたなも。あと一押しや。


 オラ  「カカさんがの、ワテ今晩、若い男と遊びてえ思えば、遊べるんらいのう。ワテ、三度、遊びてえ思えば、遊べるべ」

 カカさん「きゃきゃきゃ」


 そんのち、芝居小屋に寄席見に誘うこつが出来たいの。だんだんと、ねんごろになっていったんや。


 カカさん「てる吉や、お前ほんとは、女ん心が抱きてえんだんべ。しょうあんめ、年増んワテやども、思いとげさせてやっから。甘えるこつ、知らんかったんだべ、好きんしてええど」

 オラ  「ほんとけ、カカさんは観音様じゃ、オラを極楽へ連れてってくりょ」

 カカさん「てる吉や、てる吉、さんざん遊んだ後は、思っきり泣いてけろ。ワテの胸んなかで、包み込んでやるずら」

 オラ  「カカさんは、わかっちょたんかい、すまんこったいのう」

 カカさん「よがんべよがんべ、早よ、こっちさ、こー」

 オラ  「カカさん……」


 玉屋ぁーーーー。

 てる吉っさんは、その夜、みごと三尺玉をぶっぱなした。えじゃないか、えじゃないかの大騒ぎが近づいて来よるで。えじゃないか、えじゃないか、えじゃないか……


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