3–1 朝と叫び声
翌朝。席に着くと、隣に座る彼女に話しかけられた。
「ねえ、第七話見た?やっぱクロード様かっこいい…」
『剣失き剣士の冒険譚』、通称『つけぼう』に登場する賢者、クロード。主人公をサポートする立ち位置にいるキャラだが、その美貌や最強ぶりから主人公よりも人気がある。いわゆる五条○みたいなキャラである。どうでもいいけどこれだと五○勝の可能性もあるな。ないけど。
「あれは人気投票したら間違いなく一位取っちゃうね」
おっと、五条○に引っ張られてしまった。目を隠している方の五条○である。いや結局どっちだよ。
「…私、クロード様みたいに頭いい人好きなんだよね」
「そうなんだ。確かに、ノイマンとかラマヌジャンとかめちゃくちゃかっこいいよね」
「…そういうことじゃないんだけどなぁ。この鈍感…」
笹川さんは困ったように笑い、茶色いポニーテールが揺れた。最後の方は聞こえなかったがこれだけはわかる。やってしまった。ここに来て俺の中の数学者好きが高じてしまった。反省。
「ごめんごめん。ちょっと間違えちゃった」
「いいよ、別に。それよりさ…」
彼女が話題を変えようとしたところで、教室にその声が響いた。
「染谷京輔はいる?」
名前を呼ばれ、反射的にそちらの方を見やると、教室の入口に稲瀬さんが立っていた。クラスメイトの面々も、いきなりのQ3の登場に驚きを隠せず、「稲瀬さん…」「やっぱ美しい…」「結婚したい…」とか呟いている。最後のやつおかしいだろ。
「いるかどうか聞いているのだけど」
「呼ばれてるよ、染谷君!」
「あ、ごめん。いるよここに」
笹川さんに小声で注意され、手を上げながら言うと、稲瀬さんは俺を視認して、こちらへ歩み寄ってきた。俺の机の前で立ち止まると、
「染谷…京輔…」
再度俺の名前を呟いた。
昨日の今日でなんだろうか。俺は少し身構えると、彼女は机にばんと手を置いて宣言した。
「…次の中間テスト…」
「え?」
「次の中間テストで私と真剣に勝負しなさい!!!」
彼女がそう叫んだのち、一瞬にして静寂が教室を駆け抜けた。
「…えーっと…ちょっと場所を移そうか」
クラス中の視線が痛い。俺はこれだけの視線を一身に浴びてなお、堂々とできるほどの心は持ち合わせていない。